東芝 NAND型フラッシュへ集中 汎用DRAM事業からの撤退と、主力メモリの入れ替え

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時期 2001年12月
当時の社長 岡村正
論点 半導体の栄光と選択と集中
何をなぜ決めたか
概要

1980年代に1メガビットDRAMで世界の先頭に立った東芝が、2001年12月に汎用DRAM事業からの撤退を決めた。米国の生産拠点ドミニオン・セミコンダクタ社をマイクロン・テクノロジー社へ売却し、主としてDRAMの組み立てを担っていた100%子会社1社の閉鎖もあわせて決めた。

撤退に伴う建物・製造機械設備等の評価損及び廃棄損は5,125百万円、契約破棄損失や固定資産の解体費用を含むその他の損失は31,083百万円。半導体製品向けに保有する製造用機械装置等には55,247百万円の減損を計上した。空いた資源は、みずから発明したNAND型フラッシュメモリとシステムLSIへ寄せた。

背景

各社が256キロビットへ移るなかで一挙に1メガビットへ先行投資した東芝はDRAMで世界一となり、川西剛副社長は「DRAMエンペラー」と呼ばれた。一方で舛岡富士雄氏が1987年にNAND型フラッシュメモリを発表し、強みの分野へ賭けを重ねる素地ができていた。

1990年代を通じて汎用DRAMはコモディティ化し、韓国・台湾勢が量産で追い上げる。市況によって価格が大幅に変動し、急激な価格下落がグループ全体の収益をも揺るがしかねない事業へ変わっていた。他社に先駆けて大容量品を投入することによる先行者利益も、以前ほど見込めなくなっていた。単独で続けるビジネスリスクは、期待できるメリットをはるかに上回っていた。

内容

2001年8月に策定した「01アクションプラン」は、独自の経営指標TVCによる事業の集中と選択、調達コストの20%削減、グループ人員の10%削減、資産8,000億円の圧縮を四つの重点項目に据えた。汎用DRAMからの撤退は、そのTVCの厳格な運用が導いた事業構造改革の最重要課題で、松下電器産業との液晶事業合弁会社の設立、三菱電機との電力系統・変電分野の事業統合と並んで実行に移した。

2001年度の連結売上高は前年度比9%減の5兆3,940億円、営業損益は1,136億円の損失となり、創業以来初めて営業損失を計上した。事業構造改革費用2,089億円の計上などで税引前損益は3,767億円の損失、当期純損失は2,540億円にのぼった。

含意

電子デバイス部門の売上高は2001年3月期の1兆5,513億円から2002年3月期に1兆748億円へ落ち、1,763億円の営業損失を計上した。撤退の翌期には319億円の営業利益へ戻り、2004年3月期には1,170億円まで回復する。落ち込みの深さと戻りの速さが、この撤退の輪郭をそのまま描いている。

世界一の事業をあえて畳み、稼げる分野へ資源を配分する選択と集中の型は、その後の原子力への集中投資と、2018年のメモリ事業売却へと連なっていった。

いつ何が起きたか 8件
筆者の見解
筆者の見解

世界一を畳むという選択

この判断の核心は、世界一という地位そのものよりも、その地位が置かれた市場の性格を見極めた点にあるとみられる。汎用DRAMは、微細化の競争が世代ごとに巨額の投資を求める一方で、製品が規格品へ近づくほど価格の主導権を掌握しにくい。市況の振れがグループ全体の収益をも揺るがすところまで来ていた以上、稼げない汎用品を手放し、みずから生んだNAND型フラッシュメモリへ資源を配分する選択には一定の合理があったと推察される。電子デバイス部門が1,763億円の営業損失から翌期には黒字へ戻ったことは、決断の遅速がそのまま損益に出る事業だったことを示している。

もっとも、選択と集中という同じ型は、その後の東芝に別の顔も見せている。稼ぐ事業へ資源を配分する発想は原子力への大型投資へと引き継がれ、やがて巨額の損失を招いた。窮地に立った東芝は、汎用DRAM撤退のときに残したNAND型フラッシュメモリの事業までも手放すことになる。何を残し何を捨てるかという目利きは、市場の性格を読む力と、その賭けに社運を集中させることの危うさとを、つねに背中合わせに抱える。創業以来初めて営業損失を計上した年に下したこの決断は、総合電機の東芝が事業を選ぶ経営へ向かった早い一歩として、後年の集中と手放しへ連なる問いを残している。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
撤退の条件

撤退の条件

科目 概要 備考
決定の時期 2001年12月 汎用DRAM事業からの撤退と、米国生産拠点の売却を同じ月に決定した
売却した子会社 ドミニオン・セミコンダクタ社 汎用DRAMの米国生産拠点。東芝の100%子会社
売却先 マイクロン・テクノロジー社 連結財務諸表注記の表記はMicron Technology Inc.
売却の対象 土地、建物及びDRAM製造装置等 ドミニオン・セミコンダクタ社のほとんどすべての資産が対象となった
閉鎖を決めた子会社 100%子会社1社 主としてDRAMの組み立てを行なっていた
固定資産の評価損及び廃棄損 5,125百万円 建物、製造機械設備等。汎用DRAM事業からの撤退により2002年3月期に計上
その他の損失 31,083百万円 契約破棄損失、固定資産の解体費用等を含む。2002年3月期に計上
製造用機械装置等の減損 55,247百万円 半導体製品向けに保有する製造用機械装置等の評価損。2002年3月期に計上
設備の移転 NAND型フラッシュメモリの製造機械装置等 汎用DRAMの売却にあたり、米国から日本へ移転した
事業構造改善費用の総額 111,280百万円 「01アクションプラン」全体の額。うち79,993百万円は非現金支出費用
自立自営支援金 97,674百万円 約8,200人が対象。2002年3月末現在で実質的にすべてを支払済み

出所:東芝 アニュアルレポート2002(2001年度)/アニュアルレポート2003(2002年度)連結財務諸表注記

電子デバイス部門の売上高と営業損益

東芝:電子デバイス部門の売上高と営業損益

(億円) 売上高営業損益 備考
1999年3月期 11,372△671 電子デバイス区分での最初の期
2000年3月期 13,732△235
2001年3月期 15,5131,164 メモリの数量増と価格の安定化で営業黒字へ
2002年3月期 10,748△1,763 汎用DRAMからの撤退を決定。2003年度の区分変更後の組替値は10,444と△1,752
2003年3月期 12,744319 2003年度に区分を変更。以降は変更後の電子デバイス区分
2004年3月期 12,8361,170
2005年3月期 13,072925
2006年3月期 13,0171,233
2007年3月期 15,7301,198
電子デバイス部門の売上高と営業損益率
売上高(億円)営業損益率(%)

出所:東芝 インベスターズガイド(1999年3月期・2001年3月期・2002年3月期)部門別業績 / 東芝 ファクトブック2005(2005年3月期)セグメント別業績 / 東芝 有価証券報告書 第167期(2006年3月期)・第168期(2007年3月期)【事業の種類別セグメント情報】

従業員数と平均年収の推移

東芝:従業員数と平均年収の推移

(人) 連結従業員数提出会社の従業員数平均年間給与 備考
2002年3月期 176,39845,649− 汎用DRAM撤退を決定した期。従業員数は第167期【主要な経営指標等の推移】
2003年3月期 165,77639,875− 撤退の翌期。連結は1.1万人、提出会社は5,774人減った
2004年3月期 161,28632,412− 提出会社は2期で1.3万人減。平均年間給与は照合できていない
2005年3月期 165,03830,810− 同上
2006年3月期 171,98931,5957,660 平均年間給与は提出会社のみの開示で、連結の平均年収は開示がない
2007年3月期 190,70832,3097,823 連結は1年で1.9万人増え、撤退前の水準を超えた
従業員数と平均年収
連結のうち提出会社以外(人)提出会社の従業員数(人)提出会社の平均年間給与(千円)

出所:東芝 有価証券報告書 第167期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】【従業員の状況】 / 東芝 有価証券報告書 第168期(2007年3月期)【従業員の状況】

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参考文献
出典・参考

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