米ウェスチングハウスを約54億ドルで買収し、世界一の原子力事業を築く
原子力に成長を賭けるか、総合電機のまま留まるか——世界一を狙った巨額買収は何を残したか
更新:
- 概要
- 2006年2月、東芝は英国核燃料会社(BNFL)が保有する米原子力大手ウェスチングハウスを約54億ドルで取得する契約を結び、同年10月に買収を完了した。西田厚聰社長が掲げた2010年ビジョンの中核をなす成長投資であった。
- 背景
- 地球温暖化対策と新興国の電力需要を背景に、世界で原子力発電の見直しが進む原子力ルネサンスが広がっていた。国内市場が成熟へ向かうなか、沸騰水型しか持たない東芝は、加圧水型を握って世界の新設市場を取りにいった。
- 内容
- 三菱重工業や米ゼネラル・エレクトリックなど日米4社の争奪戦を制し、1999年の取得額(約12億ドル)の4倍を超える約54億ドルで落札した。東芝が約77%、米ショー・グループが20%、石川島播磨重工業(IHI)が3%を出資し、二方式を擁する世界一の原子力事業が生まれた。
- 含意
- 2011年の福島第一原発事故で成長の前提が崩れ、ストーン・アンド・ウェブスターの建設費膨張が重なった。2017年のウェスチングハウス経営破綻で東芝は原子力関連で1兆円規模の損失を被り、債務超過に陥った。この買収から、東芝は解体へと向かっていった。
世界一という賭けが残したもの
この判断の核心にあったのは、成熟する国内市場を超えて、世界の原発新設ブームへ成長を賭けるという選択であった。加圧水型を外から取り込み、二方式を押さえて世界一へ——構想そのものは、当時の原子力ルネサンスという時流に沿っていたとみることができる。ただ、争奪戦の末に膨らんだ取得額と、原発という超長期かつ巨額の事業に内在するリスクを、東芝がどこまで見通していたかは問い直される。好機と映った場面で相場を上回る対価を払った点に、この投資の危うさがうかがえる。
買収の帰結は、一企業の判断が外部環境の激変にどこまで耐えられるかという問いを残した。福島の事故という誰も織り込めなかった衝撃に、米国での建設費膨張という事業固有の綻びが重なり、成長の柱と見込んだ原子力は最大の重荷へと転じた。稼ぎ頭のメモリを手放し、株式市場からの退出に至る東芝の解体は、この買収からたどることができる。集中と分散のいずれが正解かではなく、退けない規模の賭けに企業の命運を寄せることの重さを、この判断は今日に問いかけているとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
2010年ビジョンと原子力ルネサンス
2005年6月、パソコン事業で頭角を現した西田厚聰氏が社長に就いた。西田社長が掲げた2010年ビジョンは、原子力とNAND型フラッシュメモリを成長の両輪に据え、売上高を9兆円台へ引き上げる目標を置いた。折しも世界では、地球温暖化対策として原子力発電が見直され、新興国の電力需要も伸びていた。国内市場が成熟へ向かうなか、原発を新たな柱とする構想は、時代の追い風を受けているように見えた[1]。
東芝は米ゼネラル・エレクトリックの技術を導入した沸騰水型軽水炉を長く手がけ、国内の電力会社に原発を納めてきた。だが世界の新設市場で主流を占めていたのは加圧水型であり、東芝はこの方式を持たなかった。新設ブームを取り込むには、加圧水型の技術と実績を外から得る必要があった。折しも英国核燃料会社が傘下の原子力大手ウェスチングハウスの売却に動き、東芝はその争奪戦へ加わった[2]。
決断
日米4社の争奪戦と高値の落札
2006年2月6日、東芝は英国核燃料会社が保有するウェスチングハウスの全株式を約54億ドルで取得する契約を結んだと発表した。発表時の為替では約6,210億円にあたる。三菱重工業や米ゼネラル・エレクトリックなど日米4社が競り合う争奪戦の末に、東芝が落札した経緯であった。この落札額は、後の追加出資分を含めると約6,000億円に達したと報じられた[3][4]。
落札額がふくらんだ背景には、原発の新設ブームを見込んだ各社の期待があった。ウェスチングハウスの利益水準や、英国核燃料会社が1999年に取得したときの約12億ドルという価格と比べても、東芝の落札額は割高との見方が示された。それでも西田社長は投資回収に自信を示し、「買収資金の回収計画も17年から14年に短縮できる見通しだ」と語った。加圧水型を手にした東芝は、沸騰水型と合わせて原子炉の二方式を押さえた[5][6]。
世界一の原子力事業という位置づけ
買収は2006年10月に完了した。東芝は約41億5,800万ドルを投じてウェスチングハウスの約77%を握り、残りは米ショー・グループが20%、石川島播磨重工業が3%を出資する構成となった。巨額の投資を単独で抱え込まず、共同出資者とリスクを分ける形をとった。加圧水型と沸騰水型の両方式をあわせ持つ東芝は、規模で世界の首位に立つ原子力事業の担い手となった[7]。
この買収は、東芝の事業観の転換をも示した。それまで東芝は原子力を含む電力・社会システムを安定した事業と位置づけ、国内外の設備事業を進めてきた。ウェスチングハウスの取得を機に、東芝はこれを成長が見込める分野へと引き上げた。国内で積み上げた実績に加圧水型と世界の販売網が加わり、原発は半導体と並ぶ収益の柱として描き直された。西田社長の成長構想の中核に、原子力が据え直された[8]。
結果
束の間の成功と前提の崩壊
原子力とメモリの両輪は、短期的には成果を生んだ。半導体の好調に支えられ、東芝は2007年3月期に純利益1,374億円と過去最高益を計上し、2008年3月期には売上高7兆6,681億円という過去最高の売上を記録した。ウェスチングハウスも2008年春に米国で原発建設を受注し、成長シナリオは順調に進んでいるように見えた。総合電機として稼ぐ力の頂点にあった時期にあたる[9][10]。
前提が崩れたのは、2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故であった。世界で原発の新設計画が凍結や見直しへと動き、成長の柱と見込んだ原子力事業の土台は根底から揺らいだ。それでも佐々木則夫社長は「長期的には原発の必要性は変わらない」と述べ、原子力路線を維持した。時代の変化に成長シナリオを描き直せないまま、東芝は買収時に描いた構想を抱え続けた[11]。
建設費の膨張と経営破綻
新設需要を取り込もうと、ウェスチングハウスは2015年12月に米原発建設会社ストーン・アンド・ウェブスターを買収した。ところが米国で建設中の原発の工事費が想定を超えて膨らみ、巨額ののれん損失が表面化した。安全規制の強化で建設費が世界的に高騰するなか、東芝は米国の原発事業のリスクを制御できなくなっていた。東芝は2016年3月期に営業損益4,994億円、最終損益4,600億円という巨額赤字を計上した[12][13]。
2017年3月29日、ウェスチングハウスは米連邦倒産法第11章の適用を申請して経営破綻した。負債総額は98億ドルを超え、債務を保証していた東芝は原子力関連で1兆円規模の損失を被った。東芝は2017年3月期に9,657億円の最終赤字を計上して債務超過へ転落し、2期連続の債務超過による上場廃止を避けるため、稼ぎ頭のメモリ事業の売却へと追い込まれた。買収からわずか11年、原子力への傾斜が東芝を解体の淵へ運んだ[14][15]。
- 東芝 プレスリリース(2006年2月6日)「ウェスチングハウス社の買収について」
- 東芝 ニュースリリース(2006年10月17日)「ウェスチングハウス社の株式取得完了について」
- 日本経済新聞(2016年12月27日)「東芝、止まらぬ損失 WH買収で『10年の重荷』」
- nippon.com(2017年2月18日)「米原発事業で巨額損失:実力以上の賭けに失敗した東芝」
- 東洋経済オンライン(2017年3月29日)「米ウエスチングハウスが破産法適用を申請 東芝の今期純損失は1兆円超の可能性」(ロイター)
- 週刊ダイヤモンド 2008年4月12日号
- 日本経済新聞(2011年4月14日)
- 東芝 有価証券報告書(2007年3月期・連結/米国会計基準)
- 東芝 有価証券報告書(2016年3月期・連結/米国会計基準)
- 東芝 有価証券報告書(2017年3月期・連結/米国会計基準)
- 東芝 アニュアルレポート2007(2005年度版)