東芝 米ウェスチングハウス買収 約54億ドルを投じた世界一の原子力事業の構築

更新:

時期 2006年2月
当時の社長 西田厚聰
論点 原子力への集中と多角化
何をなぜ決めたか
概要

2006年2月、東芝は英国原子燃料会社(BNFL)が保有する米原子力大手ウェスチングハウスを総額54億米ドルで取得する売買契約を締結し、同年10月16日に買収を完了した。西田厚聰社長が掲げた2010年ビジョンの中核をなす成長投資であった。

背景

地球温暖化対策と新興国の電力需要を背景に、世界で原子力発電の見直しが進む原子力ルネサンスが広がっていた。国内市場が成熟へ向かうなか、沸騰水型を主力としてきた東芝は、加圧水型を加えて世界の新設市場を獲得しようとした。

内容

米英に買収目的会社を設立し、その株式の77%にあたる41億5,800万米ドルを東芝が出資した。残りは米ショー・グループが20%、石川島播磨重工業(IHI)が3%を持つ。買収資金は社債1,000億円と長期シンジケート・ローン2,500億円で長期化し、のれん3,507億円を計上して、二方式を擁する世界ナンバーワンの原子力事業が生まれた。

含意

2011年の福島第一原発事故で成長の前提が崩れ、ストーン・アンド・ウェブスターの建設費膨張が重なった。2016年3月期に原子力事業ののれん2,476億円を減損し、2017年3月のウェスチングハウス経営破綻で1兆2,428億円の損失を計上して債務超過に陥った。この買収から、東芝は解体へと向かっていった。

いつ何が起きたか 9件
筆者の見解
筆者の見解

世界一という賭けが残したもの

この判断は、事業の位置づけを組み替える宣言でもあったとみられる。原子力を含む社会インフラは、それまで安定的な事業領域と考えられてきた分野であり、そこを半導体と並ぶ主力事業へ引き上げたところに、この買収の本当の意味がある。ただし払った対価は、のれん3,507億円という形で貸借対照表に残った。米国会計基準では毎期の費用として溶けていかない代わりに、年に一度、将来の稼ぐ力そのものを問われ続ける。買った時点では利益を圧迫せず、前提が狂えば一度に表面化する——そういう構造を抱えた買収であった。

もっとも、崩れ方は単純ではなかった。福島の事故という誰も織り込めなかった衝撃のあとも、東芝はむしろ持分を67%から87%へ引き上げ、原子力への傾斜をさらに強めている。のれんが実際に失われたのは事故から5年を経てからで、引き金を引いたのは市場環境ではなく、建設子会社を取り込んで初めて見えた工事費の膨張であった。外部の激変が前提を壊し、事業固有の綻びが決定打になった。退けない規模の賭けに企業の命運を寄せることの重さを、この判断は今日に問いかけているのだろう。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
買収の条件

買収の条件

科目 概要 備考
被取得企業 ウェスチングハウス社グループ 持株会社はBNFL USA Group Inc.とWestinghouse Electric UK Limitedの2社
売主 英国原子燃料会社 British Nuclear Fuels. plc。売買契約の締結は2006年2月
取得の法的形式 現金を対価とする株式の取得 米英に設立した東芝原子力エナジーホールディングス2社を通じて全株式を取得
取得完了日 2006年10月16日 米国東部時間。経営成績は2006年10月1日から連結損益計算書に含めた
取得価額 54億米ドル 2005年3月末の貸借対照表に基づく合意額。価格調整を経て54.4億米ドルで確定
東芝の出資額と持分割合 4,158百万米ドル(77%) 買収目的会社の発行済株式総数に対する割合。取得直前の保有はない
共同出資者の持分割合 ショー・グループ20%、IHI3% それぞれ1,080百万米ドルと162百万米ドル。6年間は持分を譲渡できない
買収資金の調達 社債1,000億円と長期ローン2,500億円 当初はコマーシャル・ペーパーと銀行借入で調達し、長期資金へ組み替えた
のれん 350,785百万円 米国会計基準のため償却せず、年1回の減損テストで判定する
償却無形資産 201,677百万円 技術関連171,377(加重平均22.4年)とその他30,300(同18.1年)
非償却無形資産 50,299百万円 ブランドネーム。耐用年数が確定できないため償却しない
受け入れた流動資産 119,530百万円 このほかその他の固定資産222,775百万円を受け入れた
引き受けた流動負債 117,042百万円 このほか固定負債181,320百万円を引き受けた
取得した純資産 497,962百万円 少数株主持分148,742百万円を含む。買収日時点の見積公正価値による
通期換算した売上高 72,320億円 2006年4月1日に結合したと仮定した2006年度の概算。監査を受けていない
通期換算した当期純利益 1,402億円 同じ概算。実績は売上高71,164億円、当期純利益1,374億円
結合の理由 沸騰水型と加圧水型の補完 製造・販売・技術面で補完し、単独では困難だった事業領域へ進出する
2007年10月の一部譲渡 10%(540百万米ドル) カザトムプロム社へ譲渡し、東芝の持分割合は67%(3,618百万米ドル)へ
2012年度の追加取得 124,724百万円 ショー・グループの出資持分を取得し、東芝の持分割合は87%になった

出所:東芝 有価証券報告書 第168期(2007年3月期)【ウェスチングハウス社の買収】 / 第169期(2008年3月期)【ウェスチングハウス社の買収】

のれんの推移

東芝:のれんの推移

(百万円) のれん原子力を含む部門への配分のれん減損損失 備考
2006年3月期 24,191−− 買収前。すべての営業権はデジタルプロダクツセグメントに属していた
2007年3月期 368,537−− ウェスチングハウス社の取得でのれん350,785を計上した
2008年3月期 328,552−− 買収価額と配分金額の調整1,277、外貨換算調整額△52,273による減
2009年3月期 310,715281,220− 社会インフラ部門への配分額は第171期の前期欄から採った
2010年3月期 315,234286,157− 第172期は組替後の305,398を前期欄に置いている
2011年3月期 283,453255,459−
2012年3月期 442,761414,680− ランディス・ギア社の取得162,182を含む暫定値。原子力の増分ではない
2013年3月期 549,837433,049− 第175期の前期欄では509,700へ組み替えられている
2014年3月期 580,158474,793− 電力・社会インフラ部門へ再編。第176期の前期欄では574,520
2015年3月期 673,817555,680− 円安による外貨換算調整額72,705で増えた
2016年3月期 337,256265,905294,972 原子力事業の報告単位に247,600、電力流通に16,560を減損した
2017年3月期 227,422160,13516,914 ウェスチングハウス社を非継続事業とし、前期欄も249,474へ組替
のれんの残高
のれん(百万円)

出所:東芝 有価証券報告書 第167期〜第178期(営業権及びその他の無形資産/のれん及びその他の無形資産)

原子力を含む部門の推移

東芝:原子力を含む部門の推移

(百万円) 売上高セグメント営業損益セグメント資産 備考
2006年3月期 1,815,11576,5531,577,973 社会インフラ部門。ウェスチングハウス社の連結前
2007年3月期 1,991,08396,7602,385,297 連結は10月からの半年分。総資産59,320億円のうち9,045億円が同社分
2008年3月期 2,305,984131,2742,337,972
2009年3月期 2,285,596113,2472,427,465
2010年3月期 2,238,487136,2652,449,478
2011年3月期 2,192,759137,1202,537,293
2012年3月期 2,328,844134,2472,859,298
2013年3月期 2,494,456135,8553,100,064
2014年3月期 1,711,86032,2682,642,407 電力・社会インフラ部門へ再編。前期までの社会インフラとは範囲が違う
2015年3月期 1,885,10219,5692,841,475
2016年3月期 1,948,208△367,4042,428,266 原子力事業の報告単位に247,600百万円ののれん減損を計上した
2017年3月期 918,426△41,6891,145,031 エネルギーシステムソリューション部門へ再編。同社は非継続事業で除外
原子力を含む部門の売上高と利益率
売上高(百万円)セグメント営業損益率(%)

出所:東芝 有価証券報告書 第167期〜第178期(事業の種類別セグメント情報/セグメント情報)

同じ問いに直面した会社

同じ問いに直面した会社

海外企業の買収2006年住友電工独ワイヤーハーネスメーカーの買収と併せた自動車配線事業の囲い込み自動車用ワイヤーハーネス事業のグローバル体制と中核子会社の資本関係
2008年野村ホールディングスアジア太平洋・欧州中東部門の引き受けによるグローバル投資銀行への転身世界金融危機下でのグローバル投資銀行への転身と海外ホールセール基盤の獲得
2001年古河電工ケーブル部門の取り込みによる世界シェア2位への浮上光ファイバ事業の拡大と、銅線に代わる主力事業の獲得
2017年コニカミノルタ巨額の買収を対価として得た、がん遺伝子診断への本格進出事業ポートフォリオの転換と資本配分
2020年日立製作所送配電の世界最大手の買収と、エネルギーの柱の火力からの入れ替えエネルギー事業の再構築と海外ポートフォリオ
祖業の転換2001年クラレ祖業レーヨンの生産停止と、ポバール・PVB事業への軸足の移行祖業からの撤退と機能素材への資源集中
2015年東京海上ホールディングス898,012百万円を現金で投じ、成長の場を国内損保から米国のスペシャルティ保険へ転じた成長領域の選択と海外展開
2016年NISSHAメディカルへの事業転換 — Graphic Controls 買収に始まるCDMOシフト事業ポートフォリオの転換と資本配分
2005年オープンアップグループ障害者雇用の特例子会社から、技術者派遣を本業に据える転換事業内容の入れ替えと上場準備
2005年日清紡ホールディングス公開買付による株式取得と、連結子会社としての取り込み事業構造の転換
参考文献
出典・参考

免責事項およびポリシー