不正会計(不適切会計)の発覚と歴代3社長の引責辞任
「チャレンジ」と呼ばれた収益目標は、なぜ組織的な利益の水増しに転じたか
更新:
- 概要
- 2015年、証券取引等監視委員会の指摘を端緒に設けられた第三者委員会が、東芝で2008年度から2014年度にかけて税引前損益で累計約1,518億円の修正を要する不適切な会計処理があったと認定した。同年7月21日、田中久雄社長ら取締役8名が辞任し、佐々木則夫前社長・西田厚聰前々社長を含む歴代3社長が経営の座を退いた。長く優良企業とされた東芝の信頼が損なわれ、その後の事業解体へと連なる歳月の入口にあった。
- 背景
- 2000年代の選択と集中で原子力とメモリへ経営資源を集めた東芝は、リーマン危機後の業績悪化のなかで収益目標の達成を強く求めた。社長月例で各部門に示された「チャレンジ」と呼ばれる目標が、現場への圧力となっていた。
- 内容
- 第三者委員会は、工事進行基準の案件・映像事業の経費計上・半導体事業の在庫評価・パソコン事業の部品取引の4分野で、損失の先送りや利益のかさ上げがあったと認定した。原因として「当期利益至上主義」と、上司の意向に逆らいにくい企業風土を挙げた。
- 含意
- 東芝は2003年に大手で先駆けて委員会等設置会社へ移り、社外取締役中心の統治形態を整えていた。制度を備えながら不正を防げなかった事実は重く、その後の課徴金・特設注意市場銘柄の指定を経て、ウェスチングハウス損失から事業解体へと連なる歳月に東芝を送り込んだ。
制度の器と、目標達成の運用
この一件が重いのは、制度の不在ではなく、制度を備えたうえで不正が長く続いた点にある。東芝は日本の大手で先駆けて委員会等設置会社へ移り、社外取締役による監督の形を整えていた。にもかかわらず、「チャレンジ」と呼ばれた収益目標が現場を圧迫し、損失の先送りや利益のかさ上げが7年近くにわたって重ねられた。統治の器と、目標達成を最優先する運用との隔たりが、この事案の底に横たわっていたとみることができる。
残る問いは、強い創業家を持たない専門経営者の連なりが、なぜ過大な目標に歯止めをかけられなかったのか、という点にある。歴代3社長がそろって責任を認めて退いた一方で、田中久雄社長が語ったように、目標を課した側と課された側では、その過大さの受けとめが食い違っていた。短期の利益への圧力と、それを外から律する仕組みの実効性をどう両立させるか——東芝が突きつけたこの問いは、統治の形を整えたはずの多くの企業に、なお開かれたまま残されているといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
選択と集中と、過大な収益目標
東芝は、重電の芝浦製作所と電球の東京電気を源流とし、発電から家電、半導体、情報機器までを一社で抱える総合電機として歩んできた。2000年代に入ると幅広い事業を選別し、原子力とメモリに経営資源を集める選択と集中を進め、2006年には米ウェスチングハウスを約6,600億円で買収して原子力を成長の柱に据えた。しかし2008年秋のリーマン危機で半導体とパソコンの需要が急減し、2009年3月期には3,436億円の連結最終赤字に転落した。成長投資を続けながら見かけの利益を保つことが、経営の重い課題になっていた[1][2]。
好調でない年でも利益目標を下げない経営のもとで、社長から各部門へ収益目標の達成を強く求める慣行が根づいていた。この目標は社内で「チャレンジ」と呼ばれ、社長月例と呼ばれる会議の場で経営トップが各カンパニーに達成を迫った。第三者委員会は、歴代社長がこの厳しい利益目標の達成を求めたことが問題の背景にあったとみている。目標を掲げること自体は珍しくないが、達成の圧力が過大になったときに、数字を取り繕う誘因が生じていた[3]。
制度は整えた統治
統治の形の上では、東芝は先進的とされた企業であった。2003年6月、商法改正を受けて大手で先駆けて委員会等設置会社(現在の指名委員会等設置会社)へ移り、社外取締役を中心とする指名・報酬・監査の3委員会を置いた。業務を担う執行役と、それを監督する取締役会を分けるこの形態は、米国型のガバナンスに範をとったものであった。制度の上では、経営を外から律する仕組みが備わっていた[4]。
だが、整った制度と現場の実態には隔たりがあった。工事進行基準を用いるインフラ工事では、損失の引き当てを先送りして利益を厚く見せる処理がとられ、パソコン事業では部品取引を通じた利益のかさ上げが重ねられていた。監督の仕組みが置かれながら、収益目標の圧力に押された会計処理をとどめることができていなかった。制度が存在することが、実効性をそのまま保証するわけではなかった[5]。
決断
疑いの発覚と第三者委員会
不適切な会計処理の疑いが表に出たのは2015年であった。証券取引等監視委員会の指摘を端緒に、東芝は同年、社内の特別調査委員会を設け、続いて5月15日、上田廣一弁護士を委員長とする外部の第三者委員会を設置して、調査と発生原因の究明、再発防止策の提言を委嘱した。委員会が調べたのは、工事進行基準の案件・映像事業の経費計上・半導体事業の在庫評価・パソコン事業の部品取引という4分野であった[6]。
2015年7月20日、東芝は第三者委員会から調査報告書を受領し、要約版を同日公表した。調査は歴代社長を含む経営幹部から現場の担当者まで広く及び、社長月例をめぐるやり取りが精査された。報告書は、目標を達成できなければ事業からの撤退が示唆されるほどの圧力のもとで、数字を合わせる処理が選ばれていたと整理した。会計の技術的な誤りではなく、目標達成を最優先する運営そのものに原因があるという見立てであった[7]。
認定された金額と原因
金額の大きさが、問題の深さを示していた。7月21日に東芝が公表したところでは、第三者委員会の調査結果の範囲で、税引前損益の要修正額は2008年度から2014年度にかけて累計マイナス1,518億円にのぼった。手口は、インフラ工事での損失引き当ての先送り、映像事業の経費計上の繰り延べ、半導体在庫の評価、パソコン部品取引を用いた利益のかさ上げなど多岐にわたった。その後の東芝自身の追加調査を含めると、過年度決算の下方修正額はさらに膨らんでいった[8]。
第三者委員会が挙げた原因は、個々の担当者の資質にとどまらなかった。報告書は「当期利益至上主義」と、上司の意向に逆らいにくい企業風土を指摘し、目標達成を迫る経営陣の関与のもとで組織的に処理が重ねられたと整理した。田中久雄社長は同日の会見で「過大な要求をした認識はない」「実現可能なレベルで各カンパニーに要請していたと認識している」と述べ、圧力を過大とは見ていないとの立場を示した。目標を課した側と課された側では、その過大さの受けとめに隔たりがあった[9][10]。
結果
歴代3社長の引責辞任
経営責任は、歴代のトップに及んだ。2015年7月21日、田中久雄社長をはじめ、佐々木則夫副会長ら取締役8名が同日付で全ての役職を辞任し、前々社長で相談役の西田厚聰も相談役を退いた。取締役16名のうち半数が同日に去る異例の交代となり、翌22日から会長の室町正志が暫定的に代表執行役社長を兼ねて当面の経営を担った。強力な創業家を持たない専門経営者が連なる体制のもとで、相互の監視がはたらかなかったことへの批判は強かった[11]。
辞任を表明した田中社長は、同日の記者会見で経営責任を認めつつ、不正への直接の関与は否定した。株主をはじめとする関係者への謝罪を述べたうえで、代表執行役社長の職を退くと表明し、一方で「直接的な指示をしたという認識はございません」と語った。過大な目標が現場を圧迫したという第三者委員会の見立てと、トップ自身の認識との間には、なお開きが残された[12]。
課徴金・訂正決算と、その後
不正の代償は、決算の数字と市場での扱いにも表れた。2015年9月、東芝は過年度の決算を訂正し、下方修正が必要な税引前利益の総額は約2,248億円に達した。粉飾の修正で発表が遅れた2015年3月期の連結決算は、売上高6兆6,558億円、営業利益1,704億円としたうえで、当期損益は前期の602億円の黒字から378億円の赤字に転じた。東京証券取引所は同社株を特設注意市場銘柄に指定し、内部管理体制の改善を求めた[13][14]。
行政の処分も、過去に例のない重さであった。2015年12月7日、証券取引等監視委員会が課徴金納付命令の勧告を出し、金融庁は同月25日、73億7,350万円の課徴金納付を命じた。有価証券報告書などの虚偽記載に対する課徴金としては、当時の過去最高額であった。会計不正の処理が続くさなか、東芝はウェスチングハウスの巨額損失という次の危機に直面し、債務超過を避けるためのメモリ事業売却、そして2023年の非上場化へと連なる歳月に入っていった[15][16]。
- 東芝 プレスリリース 2015年7月21日「第三者委員会の調査報告書全文の公表及び当社の今後の対応並びに経営責任の明確化についてのお知らせ」
- 東芝 有価証券報告書【沿革】
- 東芝 有価証券報告書(2009年3月期・連結・米国会計基準)
- 東芝 アニュアルレポート2016(2015年度版)
- THE PAGE(2015年7月21日)「『チャレンジ』がプレッシャーに? 東芝社長『過大な要求した認識ない』」
- THE PAGE(2015年7月21日)「【全文】東芝・田中社長『直接的な指示をした認識ない』 不適切会計で会見」
- マイナビニュース(2015年9月7日)「東芝、ついに決算発表--2015年3月期は378億円赤字、修正総額は2448億円に拡大」
- 金融庁(2015年12月25日)「株式会社東芝に係る有価証券報告書等の虚偽記載に対する課徴金納付命令の決定について」
- Bloomberg(2015年12月7日)「監視委:東芝不正会計で課徴金73億円を勧告、過去最高額」