キオクシアホールディングス の歴史

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1987年の東芝によるNAND型フラッシュメモリ発明、2018年のベインキャピタル連合への売却、2024年の東証プライム上場までの沿革と経緯を執筆。

創業

2019年

創業者

東芝

創業地

東京都港区

直近売上高(2026/3)

23,376億円

長期業績と転換点(2022/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ東芝はメモリ事業を手放したのか
A 東芝本体の経営危機のためである。2015年7月に第三者委員会が営業利益の過大計上(約1,518億円)を認定して経営陣が退き、追って2017年3月には米原子力子会社ウェスチングハウスが連邦破産法第11章を申請、東芝は巨額損失で債務超過に陥り、二期連続なら上場廃止という瀬戸際に立った。手元でもっとも高く売れる資産が、成長を続けるメモリ事業だった。東芝は2017年にメモリ事業を分社し、外部への売却で短期に自己資本を回復させる道を選んだ。虎の子を手放したのは、成長性を見限ったからではなく、本体を延命させる資金を他に確保できなかったからである。
Q なぜベインキャピタル連合が買い手になったのか
A 技術と生産を日本に残しつつ、外資の資金力で巨額の取引を成立させる折衷が必要だったためである。入札には米ブロードコム連合や鴻海、SKハイニックス、ウエスタンデジタルが名乗りを上げ、提示額は2兆円を超えたが、機微な技術の海外流出を警戒する声もあり、東芝は2017年6月、ベインキャピタルが主導する日米韓連合を優先交渉先に選んだ。決め手となったのは議決権の設計で、ベインが49.9%を握る一方、再出資した東芝が40.2%、HOYAが9.9%で日本勢が過半を占め、SKハイニックスは当面議決権を持たない転換社債で加わった。外資の資本力と、主導権を日本に残す体裁とを両立させた連合が、最後に残った。
Q なぜウエスタンデジタルとの経営統合は破談したのか
A 株主であるSKハイニックスの同意が得られなかったためである。四日市と北上の工場を折半で運営する両社が一つになれば、首位サムスン電子に迫る規模のNANDメーカーが生まれるはずで、2021年の株式交換案を経て2023年に交渉が再燃した。しかし2018年の買収連合に転換社債で参加し、キオクシアの企業価値に大きな利害を持つSKハイニックスは、競合との統合が自らの投資価値を損なうとして反対し、パンゲアを組成したベインとの条件も折り合わなかった。発明の系譜を分け合う両社を一つにする構想は、複雑な資本の連立に阻まれ、2023年10月に破談した。その後ウエスタンデジタルは、フラッシュ事業をサンディスクとして切り離す道へ転じた。
Q なぜ上場は4年遅れたのか
A 独立直後に狙った上場が、地政学と市況の逆風で二度にわたり見送られたためである。キオクシアは2020年10月の東証上場を目指したが、米中対立と対ファーウェイ輸出規制、新型コロナ下の市況軟化を理由に、同年9月に延期した。主力顧客だったファーウェイへの米国の制裁が、メモリ販売の先行きを曇らせていた。2023年にはウエスタンデジタルとの統合交渉が破談し、上場の前提が揺らぐ。2024年も9月に、想定した企業価値の下振れと市況の回復遅れから10月上場を見送った。結局、生成AIによるメモリ需要がはっきりした2024年12月18日に、公開価格1,455円で4年越しの上場を果たした

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1951年〜 トランジスタから1MビットDRAM首位へ、そしてNAND型フラッシュメモリの発明

  1. 1987年 東芝が世界初のNAND型フラッシュメモリを発明
  2. 1991年 NAND型フラッシュメモリの量産を開始
  3. 1992年 四日市工場(三重県)を設立

トランジスタ試作からDRAM製造で世界首位に立った東芝の半導体

キオクシアのNAND型フラッシュメモリ事業は、母体である東芝(東京芝浦電気)の半導体事業[1]から分かれた。東京芝浦電気は1951年1月、川崎市の小向工場でトランジスタを試作した[2]。1956年7月までには、東京通信工業(後のソニー)・日立製作所・三菱電機・神戸工業とともに、米ベル研究所とウェスタン・エレクトリックからトランジスタ技術のライセンスを受けた日本の最初期5社の一角を占めた[3]。ただし東芝は、メモリではNECと日立製作所の後塵を拝していた[4]。第2次石油危機をはさむ時期には設備投資を抑えて事業の規模を縮め[5]、1981年に川西剛氏が半導体事業部長に就いた直後には、東芝がDRAMから撤退するという報道[6]が新聞に出た。

    • [1]キオクシアのNAND型フラッシュメモリ事業は東芝(東京芝浦電気)の半導体事業を母体とする
    • [2]東京芝浦電気は1951年1月に川崎市幸区の小向工場でトランジスタを試作した。1960年建立の「東芝トランジスタ発祥の地」記念碑に「昭和二十六年一月」と刻む
    • [3]東京芝浦電気は東京通信工業(現ソニー)・日立製作所・三菱電機・神戸工業とともに、1956年7月までにベル研究所/ウェスタン・エレクトリックの日本最初期トランジスタ・ライセンシー5社の一社となった
  • 日経ビジネス 1991年12月16日号
    • [4]東芝のメモリ事業は1MビットDRAMで首位に立つまで日本電気・日立製作所の後塵を拝していた
  • 日経ビジネス 1991年7月1日号
    • [5]第2次石油危機をはさむ大戸彧也半導体事業部長の時代、東芝は半導体事業で戦線を縮め、設備投資を抑制してDRAMなどメモリの量産に踏み込めずにいた
    • [6]1981年に川西剛が病身の大戸彧也から半導体事業部長を引き継いだ直後、「東芝、DRAMから撤退」との新聞報道が大きく出た

東芝が1MビットDRAMで首位に立った[7]のは、技術と投資の両面で他社と別の道を選んだためである。DRAMは集積度が上がるほど掘り下げるか積み上げるかの立体加工[8]が要るが、東芝は1Mビット世代で平面セルと低消費電力のCMOSを選び[9]、消費電力を従来の半分未満に抑えて量産性で優位に立った。各社が64Kビットから256Kビットへ生産を移す時期に、東芝は一挙に1Mビットへ先行投資[10]し、1986年に月産100万個へ量産を伸ばし、[11]この製品分野で世界首位となった。同年、日本の半導体シェアは米国を抜き、東芝もNEC・日立製作所とともに上位を占めた[12]。9月2日には日米半導体協定が結ばれ[13]、公正市場価格を下回る販売が規制された。東芝機械のココム違反事件[14]で東芝が米国市場から締め出されかけたときは、1MビットDRAMを頼るIBMとヒューレット・パッカードが米議会に働きかけ、制裁は米政府関連の調達からの排除にとどまった。

    • [7]東芝は1MビットDRAMで世界のトップサプライヤーとなった
    • [9]東芝は1MビットDRAM世代で3次元トレンチではなく平面セルと低消費電力CMOSを選び、消費電力をNMOS比で半分未満の150mWに抑えて量産性で優位に立った
    • [11]東芝は1986年に1MビットDRAMで月産100万個体制を確立し、この製品分野で世界首位となった
  • 日経ビジネス 1989年12月4日号
    • [8]DRAMは集積度を上げるとコンデンサ容量の確保のため、積み上げるスタックか掘り下げるトレンチかの立体加工が必要になり、両方式を追う余裕はないため選択を迫られる。東芝は4Mビット世代でスタックからトレンチへ変えた
  • 日経ビジネス 1991年12月16日号
    • [10]各社が64KビットDRAMから256Kビットへ生産を移す中、東芝は一挙に1Mビットへ先行投資し、日本電気・日立の後塵を拝していたメモリ事業で首位に立って先行者利得を得た
    • [12]1986年に日本の世界半導体シェア(総合)が米国を抜いて首位となり、世界上位10社中6社を日本勢(NEC・東芝・日立・富士通・松下・三菱電機)が占めた
    • [13]1986年9月2日に第一次日米半導体協定が締結され、公正市場価格(FMV)以下の販売がダンピングとして扱われた
  • 日経ビジネス 1991年7月1日号
    • [14]東芝機械のココム違反事件で東芝が米国市場から排除されかけた際、東芝が供給する1MビットDRAMが途絶えると商売が成り立たないとIBMやヒューレット・パッカードが米議会に働きかけ、制裁は米政府関連資材の調達からの締め出しにとどまった
    • [1]キオクシアのNAND型フラッシュメモリ事業は東芝(東京芝浦電気)の半導体事業を母体とする
    • [2]東京芝浦電気は1951年1月に川崎市幸区の小向工場でトランジスタを試作した。1960年建立の「東芝トランジスタ発祥の地」記念碑に「昭和二十六年一月」と刻む
    • [3]東京芝浦電気は東京通信工業(現ソニー)・日立製作所・三菱電機・神戸工業とともに、1956年7月までにベル研究所/ウェスタン・エレクトリックの日本最初期トランジスタ・ライセンシー5社の一社となった
  • 日経ビジネス 1991年12月16日号
    • [4]東芝のメモリ事業は1MビットDRAMで首位に立つまで日本電気・日立製作所の後塵を拝していた
    • [10]各社が64KビットDRAMから256Kビットへ生産を移す中、東芝は一挙に1Mビットへ先行投資し、日本電気・日立の後塵を拝していたメモリ事業で首位に立って先行者利得を得た
  • 日経ビジネス 1991年7月1日号
    • [5]第2次石油危機をはさむ大戸彧也半導体事業部長の時代、東芝は半導体事業で戦線を縮め、設備投資を抑制してDRAMなどメモリの量産に踏み込めずにいた
    • [6]1981年に川西剛が病身の大戸彧也から半導体事業部長を引き継いだ直後、「東芝、DRAMから撤退」との新聞報道が大きく出た
    • [14]東芝機械のココム違反事件で東芝が米国市場から排除されかけた際、東芝が供給する1MビットDRAMが途絶えると商売が成り立たないとIBMやヒューレット・パッカードが米議会に働きかけ、制裁は米政府関連資材の調達からの締め出しにとどまった
    • [7]東芝は1MビットDRAMで世界のトップサプライヤーとなった
    • [9]東芝は1MビットDRAM世代で3次元トレンチではなく平面セルと低消費電力CMOSを選び、消費電力をNMOS比で半分未満の150mWに抑えて量産性で優位に立った
    • [11]東芝は1986年に1MビットDRAMで月産100万個体制を確立し、この製品分野で世界首位となった
  • 日経ビジネス 1989年12月4日号
    • [8]DRAMは集積度を上げるとコンデンサ容量の確保のため、積み上げるスタックか掘り下げるトレンチかの立体加工が必要になり、両方式を追う余裕はないため選択を迫られる。東芝は4Mビット世代でスタックからトレンチへ変えた
    • [12]1986年に日本の世界半導体シェア(総合)が米国を抜いて首位となり、世界上位10社中6社を日本勢(NEC・東芝・日立・富士通・松下・三菱電機)が占めた
    • [13]1986年9月2日に第一次日米半導体協定が締結され、公正市場価格(FMV)以下の販売がダンピングとして扱われた

舛岡富士雄が発明し、東芝が名付けた「フラッシュメモリ」

キオクシアの主力製品であるNAND型フラッシュメモリは、東芝の技術者が発明した[15]。舛岡富士雄氏は1980年に川崎の研究拠点で[16]数名の技術者と不揮発性メモリの開発に着手し、1984年の国際会議IEDM[17]で、記憶素子を1個のトランジスタで構成する小型のメモリを発表した。ビット当たりの面積は従来のEEPROMの4分の1以下[18]で、一括して素早く消せる様子がカメラのフラッシュを思わせることから、同僚の有泉章二氏が「フラッシュ」と名付けた[19]。後にNOR型と呼ばれるこの方式に対し、舛岡氏は素子をまとめて直列につなぎ、面積あたりの記憶容量を高めたNAND型[20]を考案した。東芝は1987年のIEDMでこれを世界で初めて発表した[21]。狙いは、パソコンのハードディスクを半導体で置き換える[22]ことにあった。

    • [15]NAND型フラッシュメモリは東芝の技術者・舛岡富士雄(1943年生、東北大・西澤潤一門下)が発明した
    • [16]舛岡富士雄は1980年に川崎のR&Dセンターで技術者数名と不揮発性メモリのプロジェクトを主導した
    • [17]舛岡富士雄は1984年のIEDM(サンフランシスコ)で、従来の2トランジスタEPROMより小さい単一トランジスタ・セルのフラッシュEEPROM(後のNOR型)を発表した
    • [20]NAND型はセルを直列に連ねる構造でNOR型より小セル・高集積を実現し、1.0µmルールでセル面積6.43µm²、従来の4MビットEPROM比でビット当たり面積を約30%減らした
    • [18]1984年発表のフラッシュEEPROMはビット当たり面積が既存EEPROMの4分の1未満だった
    • [19]一括消去がカメラのフラッシュのように速いことから、舛岡の同僚・有泉章二が「flash」の名称を提案した
    • [21]東芝は1987年のIEDM(ワシントンDC)で世界初のNAND型フラッシュメモリを発表した
  • 日経ビジネス 1998年1月26日号
    • [22]1990年ごろまで東芝はフラッシュメモリを、パソコン用の大量記録媒体であるハードディスク装置の置き換えとして構想していた

東芝は1991年に世界初の4MビットNAND型フラッシュメモリを製品化[23]し、1992年には三重県に四日市工場を設けた[24]。ただし発明を事業にする速さでは後れを取り、東芝の開発要員は1991年の時点で数十人規模[25]にとどまった。1986年に事業部を置き数百人体制を組んだインテルが、1992年にはフラッシュメモリの世界市場で85%以上[26]を占めた。東芝は同年、NAND技術を韓国のサムスン電子へ供与した[27]。サムスンは半導体不況で日本勢が投資を抑えた1992年に8インチ量産ラインへ踏み込み[28]、この投資でDRAMの世界首位へ躍り出た。舛岡氏は処遇への不満から1994年に東芝を退職して東北大学教授に転じ[29]、発明対価を求めた訴訟は2006年に和解した[30]。東芝は16Mビット世代でDRAMの競争力を保てず[31]、四日市がNAND型の生産を始めた1999年[32]には、携帯電話とデジタルカメラの普及でフラッシュメモリの需給が逼迫していた[33]

    • [23]東芝は1991年に世界初の4MビットNAND型フラッシュメモリを製品化・量産した
    • [24]1990〜92年に用地を造成し、1992年に四日市工場(三重県)が発足した。第1製造棟の操業開始は1993年で、最初の生産品種は16MビットDRAMだった
    • [32]四日市工場は1993年に16MビットDRAM、1996年に64MビットDRAMを生産し、NAND型フラッシュメモリの生産開始は1999年だった
  • 日経ビジネス 1991年7月22日号
    • [25]フラッシュメモリを発明した東芝の開発要員は数十人規模にとどまり、経営資源を十分に使っているとはいえない状態だった
    • [26]インテルは1986年にフラッシュメモリの事業部を設けて数百人規模の研究体制を組み、1992年時点で世界市場の約85%以上のシェアを占めていた
    • [27]東芝は1992年にNAND技術をサムスン電子(三星電子)へライセンス供与した
    • [29]舛岡富士雄は報奨の乏しさから1994年に東芝を退職し東北大学教授に転じた
    • [30]舛岡富士雄が発明対価を求めて東芝を提訴した訴訟は2006年に約8,700万円で和解した
  • 日経ビジネス 1996年11月11日号
    • [28]1992年の世界的な半導体不況下で日本勢が投資を抑制する中、三星電子は8インチウエハーの量産ライン投資を決断し、この投資戦略でDRAM世界首位に立った
  • 証券アナリストジャーナル 1998年9月号 別冊付録 東芝(1998-08-03 講演)
    • [31]東芝は1メガ・4メガの時代にはトップサプライヤーだったが、16メガではトップクラスの競争力を確保できなかった(森本泰生・東芝上席常務)
  • 日経ビジネス 1999年8月23日号
    • [33]1999年、多機能化する携帯電話とデジタルカメラの普及でフラッシュメモリの需要が春先から逼迫し、大手メーカーが相次いで値上げに転じた
    • [15]NAND型フラッシュメモリは東芝の技術者・舛岡富士雄(1943年生、東北大・西澤潤一門下)が発明した
    • [16]舛岡富士雄は1980年に川崎のR&Dセンターで技術者数名と不揮発性メモリのプロジェクトを主導した
    • [17]舛岡富士雄は1984年のIEDM(サンフランシスコ)で、従来の2トランジスタEPROMより小さい単一トランジスタ・セルのフラッシュEEPROM(後のNOR型)を発表した
    • [20]NAND型はセルを直列に連ねる構造でNOR型より小セル・高集積を実現し、1.0µmルールでセル面積6.43µm²、従来の4MビットEPROM比でビット当たり面積を約30%減らした
    • [27]東芝は1992年にNAND技術をサムスン電子(三星電子)へライセンス供与した
    • [29]舛岡富士雄は報奨の乏しさから1994年に東芝を退職し東北大学教授に転じた
    • [30]舛岡富士雄が発明対価を求めて東芝を提訴した訴訟は2006年に約8,700万円で和解した
    • [18]1984年発表のフラッシュEEPROMはビット当たり面積が既存EEPROMの4分の1未満だった
    • [19]一括消去がカメラのフラッシュのように速いことから、舛岡の同僚・有泉章二が「flash」の名称を提案した
    • [21]東芝は1987年のIEDM(ワシントンDC)で世界初のNAND型フラッシュメモリを発表した
    • [23]東芝は1991年に世界初の4MビットNAND型フラッシュメモリを製品化・量産した
  • 日経ビジネス 1998年1月26日号
    • [22]1990年ごろまで東芝はフラッシュメモリを、パソコン用の大量記録媒体であるハードディスク装置の置き換えとして構想していた
    • [24]1990〜92年に用地を造成し、1992年に四日市工場(三重県)が発足した。第1製造棟の操業開始は1993年で、最初の生産品種は16MビットDRAMだった
    • [32]四日市工場は1993年に16MビットDRAM、1996年に64MビットDRAMを生産し、NAND型フラッシュメモリの生産開始は1999年だった
  • 日経ビジネス 1991年7月22日号
    • [25]フラッシュメモリを発明した東芝の開発要員は数十人規模にとどまり、経営資源を十分に使っているとはいえない状態だった
    • [26]インテルは1986年にフラッシュメモリの事業部を設けて数百人規模の研究体制を組み、1992年時点で世界市場の約85%以上のシェアを占めていた
  • 日経ビジネス 1996年11月11日号
    • [28]1992年の世界的な半導体不況下で日本勢が投資を抑制する中、三星電子は8インチウエハーの量産ライン投資を決断し、この投資戦略でDRAM世界首位に立った
  • 証券アナリストジャーナル 1998年9月号 別冊付録 東芝(1998-08-03 講演)
    • [31]東芝は1メガ・4メガの時代にはトップサプライヤーだったが、16メガではトップクラスの競争力を確保できなかった(森本泰生・東芝上席常務)
  • 日経ビジネス 1999年8月23日号
    • [33]1999年、多機能化する携帯電話とデジタルカメラの普及でフラッシュメモリの需要が春先から逼迫し、大手メーカーが相次いで値上げに転じた

2000年〜 汎用DRAMからの撤退とサンディスク合弁によるNAND専業化、そして3次元への転換

  1. 2000年 サンディスクグループとフラッシュメモリで協業を開始
  2. 2001年 汎用DRAM事業からの撤退を決定
  3. 2002年 四日市工場の生産に向けサンディスクと合弁のフラッシュビジョンを設立
  4. 2007年 3次元フラッシュメモリ技術を開発
  5. 2011年 東芝の社内カンパニーとしてセミコンダクター&ストレージ社を設置
  6. 2015年 48層積層プロセスのBiCS FLASHのサンプル出荷を開始

サンディスクとの合弁と汎用DRAM撤退が決めたNAND一本化

1990年代末、東芝のDRAM事業は世界シェア約5%まで後退した[34]。1999年にはIBM・独シーメンスとの256メガDRAM共同開発[35]が2000年をめどに解消と決まった。バージニア州で東芝とIBMが折半出資したドミニオン・セミコンダクタも、東芝がIBMの全持株を買い取る形[36]で提携を解いた。生き残りには世界シェア20%が要る[37]との見方が広がっていた。NECと日立製作所は事業統合を決め[38]、韓国では現代電子がLG半導体を吸収し、サムスン電子は投資を拡大し、マイクロン・テクノロジーはテキサス・インスツルメンツのDRAM事業を買収した[39]。東芝はIBM向けの生産能力をフラッシュメモリへ振り替える[40]方針を掲げ、2000年5月に米サンディスクとの協業を始めた[41]。2001年のITバブル崩壊は半導体市況を冷やし[42]、東芝は同年12月に汎用DRAM事業からの撤退を決めて[43]、ドミニオンの工場をマイクロンへ売却した[44]

  • 週刊東洋経済 1999年7月17日号
    • [34]1990年代末の東芝のDRAM世界シェアは約5%で、富士通分を吸収しても10%に満たない規模だった
    • [35]東芝・IBM・シーメンスは1992年に256メガDRAMの共同開発で提携し、当初の目的が達成されたとして2000年をめどに解消することになった
    • [36]東芝とIBMが1996年に折半出資で設立したドミニオン・セミコンダクタは、2000年12月に提携を解消しIBMの全持株を東芝が買い取ることになった
    • [37]当時のDRAM市場は量産力とそれを背景にした開発力が競争力を生み、生き残りには世界シェア20%が必要との判断が業界で共有されていた
    • [38]1999年時点でNECと日立製作所はDRAM事業の統合をすでに決断していた
    • [39]1999年当時、韓国では現代電子がLG半導体を吸収し、サムスン電子は投資を拡大し、マイクロン・テクノロジーはテキサス・インスツルメンツのDRAM事業を買収した
    • [40]東芝はIBM向けDRAM生産能力分をフラッシュメモリ生産に転換し、収益を安定化させる方針を示した
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)【沿革】
    • [41]2000年5月、東芝はサンディスクグループとフラッシュメモリについて協業を開始した
    • [43]2001年12月、東芝は汎用DRAM事業の撤退を決定した
  • 週刊東洋経済 2009年1月31日号
    • [42]2001年のITバブル崩壊時、半導体は供給過剰に陥り需要が落ち込む不況となった
    • [44]東芝はバージニア州マナサスのドミニオン・セミコンダクタ工場をマイクロン・テクノロジーへ売却した

東芝はDRAMでの敗因を生産体制に求めた[45]。DRAMの生産は最大7拠点に分かれ[46]、大規模な設備投資ができないまま最新技術の導入も遅れ、大型投資で攻める韓国・台湾勢に抜かれていた[47]。そこでフラッシュメモリの開発と生産は四日市工場に集め[48]、組み立てとテストの後工程は外部委託に回した[49]。四日市第4工場では土地と建屋を東芝が出し[50]、製造装置はサンディスクとの折半出資会社が持つ[51]形で、投資を分担した。2002年4月にフラッシュビジョンを四日市に設けた[52]のを皮切りに、フラッシュパートナーズ、フラッシュアライアンス[53]、フラッシュフォワードと合弁を重ねた。2005年2月には300ミリウエハ対応の第3製造棟[54]を稼働させ、2007年9月に竣工した第4製造棟[55]では回路線幅43ナノメートルの量産に入った[56]。2007年のNAND市場は推計で約1.4兆円まで拡大し[57]、サムスン電子が世界首位[58]、東芝とサンディスクの連合が2位を占めた。

  • 週刊東洋経済 2013年4月27日・5月4日合併号
    • [45]東芝はDRAMの敗因を生産体制に求め、「DRAMの反省なくして勝てるわけがない」を合言葉に生産体制の見直しから着手した
    • [46]東芝のDRAM生産は最大7拠点に分散し、大規模な設備投資ができず最新技術の導入も遅れた
    • [47]東芝のDRAMは大規模投資で攻める韓国や台湾の企業に対抗できず追い抜かれた
    • [48]東芝はフラッシュメモリの開発・生産を四日市工場に集中させた
    • [49]差別化要素の薄い組み立てやテストの後工程は外部委託を活用し、設備投資の効率化を図った
  • 週刊東洋経済 2007年9月22日号
    • [50]四日市第4工場は土地と建屋を東芝が出資した
    • [51]四日市第4工場の製造設備は東芝とサンディスクの折半出資会社フラッシュアライアンスが負担した
    • [55]東芝とサンディスクが共同出資した四日市第4工場は2007年9月に竣工した
    • [56]四日市第4工場は最大で月産21万枚(300ミリウエハ換算)の生産能力を持ち、回路線幅43ナノメートルで量産を開始した
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)【沿革】
    • [52]2002年4月、四日市工場でフラッシュメモリを生産するため、東芝はサンディスクグループとの共同出資でフラッシュビジョン有限会社を設立した
    • [54]2005年2月、四日市工場で300ミリウエハ対応のクリーンルームである第3製造棟が稼働した
    • [53]東芝とサンディスクはフラッシュパートナーズ、フラッシュアライアンス、フラッシュフォワードの合弁を通じて四日市の製造棟を増設した
  • 週刊東洋経済 2008年11月1日号
    • [57]NAND型フラッシュメモリ市場は2007年に推計で約1.4兆円まで拡大した
    • [58]2007年時点のNAND市場でサムスン電子が世界首位、東芝・サンディスク連合が世界2位だった
  • 週刊東洋経済 1999年7月17日号
    • [34]1990年代末の東芝のDRAM世界シェアは約5%で、富士通分を吸収しても10%に満たない規模だった
    • [35]東芝・IBM・シーメンスは1992年に256メガDRAMの共同開発で提携し、当初の目的が達成されたとして2000年をめどに解消することになった
    • [36]東芝とIBMが1996年に折半出資で設立したドミニオン・セミコンダクタは、2000年12月に提携を解消しIBMの全持株を東芝が買い取ることになった
    • [37]当時のDRAM市場は量産力とそれを背景にした開発力が競争力を生み、生き残りには世界シェア20%が必要との判断が業界で共有されていた
    • [38]1999年時点でNECと日立製作所はDRAM事業の統合をすでに決断していた
    • [39]1999年当時、韓国では現代電子がLG半導体を吸収し、サムスン電子は投資を拡大し、マイクロン・テクノロジーはテキサス・インスツルメンツのDRAM事業を買収した
    • [40]東芝はIBM向けDRAM生産能力分をフラッシュメモリ生産に転換し、収益を安定化させる方針を示した
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)【沿革】
    • [41]2000年5月、東芝はサンディスクグループとフラッシュメモリについて協業を開始した
    • [43]2001年12月、東芝は汎用DRAM事業の撤退を決定した
    • [52]2002年4月、四日市工場でフラッシュメモリを生産するため、東芝はサンディスクグループとの共同出資でフラッシュビジョン有限会社を設立した
    • [54]2005年2月、四日市工場で300ミリウエハ対応のクリーンルームである第3製造棟が稼働した
  • 週刊東洋経済 2009年1月31日号
    • [42]2001年のITバブル崩壊時、半導体は供給過剰に陥り需要が落ち込む不況となった
    • [44]東芝はバージニア州マナサスのドミニオン・セミコンダクタ工場をマイクロン・テクノロジーへ売却した
  • 週刊東洋経済 2013年4月27日・5月4日合併号
    • [45]東芝はDRAMの敗因を生産体制に求め、「DRAMの反省なくして勝てるわけがない」を合言葉に生産体制の見直しから着手した
    • [46]東芝のDRAM生産は最大7拠点に分散し、大規模な設備投資ができず最新技術の導入も遅れた
    • [47]東芝のDRAMは大規模投資で攻める韓国や台湾の企業に対抗できず追い抜かれた
    • [48]東芝はフラッシュメモリの開発・生産を四日市工場に集中させた
    • [49]差別化要素の薄い組み立てやテストの後工程は外部委託を活用し、設備投資の効率化を図った
  • 週刊東洋経済 2007年9月22日号
    • [50]四日市第4工場は土地と建屋を東芝が出資した
    • [51]四日市第4工場の製造設備は東芝とサンディスクの折半出資会社フラッシュアライアンスが負担した
    • [55]東芝とサンディスクが共同出資した四日市第4工場は2007年9月に竣工した
    • [56]四日市第4工場は最大で月産21万枚(300ミリウエハ換算)の生産能力を持ち、回路線幅43ナノメートルで量産を開始した
    • [53]東芝とサンディスクはフラッシュパートナーズ、フラッシュアライアンス、フラッシュフォワードの合弁を通じて四日市の製造棟を増設した
  • 週刊東洋経済 2008年11月1日号
    • [57]NAND型フラッシュメモリ市場は2007年に推計で約1.4兆円まで拡大した
    • [58]2007年時点のNAND市場でサムスン電子が世界首位、東芝・サンディスク連合が世界2位だった

3次元へ転じたBiCS FLASHと東芝の収益基盤への成長

2007年には携帯型音楽端末向けの需要の伸びが鈍り、NANDの需給が崩れて価格が急落した[59]。2008年の金融危機がデジタル家電向けの需要をさらに削る[60]と、サンディスクの収益は悪化した。サムスン電子は同年5月にサンディスクへ接触し、その後の株価下落を踏まえて1株26ドルの買収価格を示した[61]が、10月22日に提案を撤回した[62]。その2日前、東芝は四日市工場の第3・第4製造棟にある製造装置の保有比率を約50%から65%相当へ引き上げる[63]と発表した。総額10億ドルの取引はサンディスクの財務を支え[64]、東芝は生産能力拡大の一環だと説明した[65]。2009年3月期の東芝は過去最悪となる3,435億円の最終赤字[66]を計上した。2011年1月には最先端システムLSIの生産をサムスン電子などへ委託し[67]、長崎工場をソニーへ売却した[68]。同年7月、社内カンパニーのセミコンダクター&ストレージ社を置き[69]、四日市に第5製造棟を建てた[70]

  • 週刊東洋経済 2009年1月31日号
    • [59]携帯型音楽端末向け需要の伸び鈍化とともにNANDの需給バランスが崩れ、2007年は供給過剰でフラッシュメモリの価格が急落した
    • [60]2008年は北京五輪特需の剥落と金融危機でデジタル家電向けの需要が急減した
  • 週刊東洋経済 2008年11月1日号
    • [61]サムスン電子は2008年5月22日にサンディスクへ接触し、その後の株価下落を踏まえて1株26ドルの買収価格を示した
    • [62]サンディスクの2008年10月20日の第3四半期赤字決算と株価下落を受け、サムスン電子は10月22日に買収提案を撤回した
    • [63]2008年10月20日、東芝は四日市工場第3・第4製造棟の製造装置の保有比率を約50%から65%相当へ引き上げることでサンディスクと基本合意した
    • [64]製造装置の売却代金などを含む取引総額は10億ドルと見込まれ、業績低迷にあえぐサンディスクの財務体質強化を狙いとした
    • [65]東芝は製造装置の持分引き上げについてサムスン電子の買収提案とは無関係で自社の生産能力拡大の一環だと説明した
  • 週刊東洋経済 2015年2月21日号
    • [66]リーマンショックで半導体が急降下し、東芝は2009年3月期に過去最悪となる3,435億円の最終赤字を計上した
  • 週刊東洋経済 2011年1月15日号
    • [67]東芝は2011年1月、回路線幅40ナノメートル以降の最先端システムLSIの生産をサムスン電子など複数のファウンドリーへ委託し、設計に特化する方針を発表した
    • [68]東芝は2008年に900億円でソニーから取得した長崎工場をソニーへ売却し、高性能LSI「セル」から撤退した
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)【沿革】
    • [69]2011年7月、東芝の社内カンパニーとしてセミコンダクター&ストレージ社が設置された
    • [70]2011年7月、四日市工場の第5製造棟が竣工した

サンディスクのエリ・ハラリCEOは2007年、NANDのコストはDRAMの10分の1まで下げられ[71]、置き換えが進むと述べた。単価を下げる手段は当初、回路線幅の微細化にあった[72]。東芝は2014年4月に15ナノメートルの128ギガビットNAND[73]を量産し、以後は記憶素子を垂直に積む方式へ移った。2007年6月に開発した3次元フラッシュメモリ技術[74]をBiCS FLASHとして製品化し、2015年3月に48層、2016年7月に64層[75]のサンプルを出荷した。サンディスクは2016年5月にウエスタンデジタルへ買収され[76]、四日市の合弁相手はハードディスク大手に代わった。東芝ではNANDを核とする電子デバイス部門が全社利益の大半を稼いでいた[77]。一方で2015年には不正会計が発覚し[78]、2016年3月期にはウエスチングハウスののれん3,300億円のうち2,600億円を減損して[79]債務超過の瀬戸際に立った。

  • 週刊東洋経済 2007年9月22日号
    • [71]サンディスクのエリ・ハラリCEOは2007年9月、NANDはDRAMの10分の1までコストを下げる余地があり、コスト削減による価格低下でハードディスクドライブやDRAMからの切り替わりが期待できると述べた
    • [72]四日市第4工場は回路線幅43ナノメートルで量産を開始する世界最先端工場と位置づけられ、微細化の世代交代がコスト低減の手段だった
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)【沿革】
    • [73]2014年4月、東芝は15ナノメートルプロセスを用いた128ギガビットNAND型フラッシュメモリを量産した
    • [74]東芝は2007年6月に3次元フラッシュメモリ技術を開発した
    • [75]2015年3月に48層積層プロセスのBiCS FLASHのサンプル出荷を開始し、2016年7月に64層積層プロセスの第3世代BiCS FLASHのサンプル出荷を開始した
    • [76]ウエスタンデジタルによるサンディスク買収は2015年10月に発表され、2016年5月12日に完了した
  • 週刊東洋経済 2015年9月26日号
    • [77]東芝はNAND型フラッシュメモリを核とする電子デバイス部門が全社利益の大半を稼ぐ収益構造にあり、パソコンやテレビを含むライフスタイル部門は赤字を出し続けていた
    • [78]東芝は2015年に不正会計が発覚し、田中久雄社長が引責辞任した
  • 週刊東洋経済 2016年5月14日号
    • [79]東芝は2016年3月期に米ウエスチングハウス買収時ののれん3,300億円のうち2,600億円を減損処理し、子会社売却益の計上で債務超過を回避した
  • 週刊東洋経済 2009年1月31日号
    • [59]携帯型音楽端末向け需要の伸び鈍化とともにNANDの需給バランスが崩れ、2007年は供給過剰でフラッシュメモリの価格が急落した
    • [60]2008年は北京五輪特需の剥落と金融危機でデジタル家電向けの需要が急減した
  • 週刊東洋経済 2008年11月1日号
    • [61]サムスン電子は2008年5月22日にサンディスクへ接触し、その後の株価下落を踏まえて1株26ドルの買収価格を示した
    • [62]サンディスクの2008年10月20日の第3四半期赤字決算と株価下落を受け、サムスン電子は10月22日に買収提案を撤回した
    • [63]2008年10月20日、東芝は四日市工場第3・第4製造棟の製造装置の保有比率を約50%から65%相当へ引き上げることでサンディスクと基本合意した
    • [64]製造装置の売却代金などを含む取引総額は10億ドルと見込まれ、業績低迷にあえぐサンディスクの財務体質強化を狙いとした
    • [65]東芝は製造装置の持分引き上げについてサムスン電子の買収提案とは無関係で自社の生産能力拡大の一環だと説明した
  • 週刊東洋経済 2015年2月21日号
    • [66]リーマンショックで半導体が急降下し、東芝は2009年3月期に過去最悪となる3,435億円の最終赤字を計上した
  • 週刊東洋経済 2011年1月15日号
    • [67]東芝は2011年1月、回路線幅40ナノメートル以降の最先端システムLSIの生産をサムスン電子など複数のファウンドリーへ委託し、設計に特化する方針を発表した
    • [68]東芝は2008年に900億円でソニーから取得した長崎工場をソニーへ売却し、高性能LSI「セル」から撤退した
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)【沿革】
    • [69]2011年7月、東芝の社内カンパニーとしてセミコンダクター&ストレージ社が設置された
    • [70]2011年7月、四日市工場の第5製造棟が竣工した
    • [73]2014年4月、東芝は15ナノメートルプロセスを用いた128ギガビットNAND型フラッシュメモリを量産した
    • [74]東芝は2007年6月に3次元フラッシュメモリ技術を開発した
    • [75]2015年3月に48層積層プロセスのBiCS FLASHのサンプル出荷を開始し、2016年7月に64層積層プロセスの第3世代BiCS FLASHのサンプル出荷を開始した
  • 週刊東洋経済 2007年9月22日号
    • [71]サンディスクのエリ・ハラリCEOは2007年9月、NANDはDRAMの10分の1までコストを下げる余地があり、コスト削減による価格低下でハードディスクドライブやDRAMからの切り替わりが期待できると述べた
    • [72]四日市第4工場は回路線幅43ナノメートルで量産を開始する世界最先端工場と位置づけられ、微細化の世代交代がコスト低減の手段だった
    • [76]ウエスタンデジタルによるサンディスク買収は2015年10月に発表され、2016年5月12日に完了した
  • 週刊東洋経済 2015年9月26日号
    • [77]東芝はNAND型フラッシュメモリを核とする電子デバイス部門が全社利益の大半を稼ぐ収益構造にあり、パソコンやテレビを含むライフスタイル部門は赤字を出し続けていた
    • [78]東芝は2015年に不正会計が発覚し、田中久雄社長が引責辞任した
  • 週刊東洋経済 2016年5月14日号
    • [79]東芝は2016年3月期に米ウエスチングハウス買収時ののれん3,300億円のうち2,600億円を減損処理し、子会社売却益の計上で債務超過を回避した

2017年〜 東芝の経営危機による分社・売却と、ベイン連合の下でのキオクシア誕生

  1. 2017年 旧東芝メモリを設立
  2. 2017年 東芝からメモリ事業(SSDを含む)を会社分割により承継
  3. 2018年 東芝メモリの分社とベインキャピタル連合による取得、そしてキオクシアの誕生 東芝が発明し最も稼いだメモリ事業は、親会社の危機のなかでどのように切り出され、外資ファンド連合の下で独立を果たしたのか
  4. 2018年 Pangeaが旧東芝メモリを吸収合併し東芝メモリに商号変更
  5. 2018年 四日市工場の第6製造棟とメモリ開発センターが竣工
  6. 2019年 単独株式移転により東芝メモリHDを設立
  7. 2019年 ブランド名称をキオクシアへ刷新

会計不正とウェスチングハウス破綻が迫った虎の子の売却

メモリ事業は2016年4〜12月期に1,022億円の営業利益[80]を稼ぐ東芝の柱だったが、その行方は事業の外で決まった。2015年、第三者委員会は東芝が2008年度以降に営業利益を計約1,518億円過大に計上していたと認定[81]し、田中久雄社長ら経営陣が引責辞任した。東京証券取引所は同年9月、内部管理体制に問題があるとして東芝を特設注意市場銘柄に指定した[82]。そこへ米原子力子会社ウェスチングハウスの損失が重なった[83]。2016年末に巨額損失リスクを公表すると格付けが引き下げられ、東芝は融資に付された財務制限条項に抵触した[84]。2017年3月29日、ウェスチングハウスは米連邦破産法第11章の適用を申請した[85]。東芝の債務超過額は2017年3月末で5,529億円に達し[86]、二期連続の債務超過となれば上場廃止となるため、東芝は2018年3月末までの解消を迫られた。

  • 週刊東洋経済 2017年4月22日号
    • [80]半導体メモリ事業は2016年4〜12月期に1,022億円の営業利益を計上した東芝の稼ぎ頭だった
    • [81]2015年に第三者委員会が東芝の営業利益 約1,518億円の過大計上を認定し、田中久雄社長ら経営陣が引責辞任した
  • 週刊東洋経済 2017年12月2日号
    • [82]東芝は2015年に発覚した不正会計を受け、同年9月に東証から特設注意市場銘柄に指定された
    • [86]東芝の債務超過額は2017年3月末で5,529億円、2018年3月末までに解消できなければ二期連続の債務超過で上場廃止となる状況だった
  • 週刊東洋経済 2017年2月4日号
    • [83]2016年12月27日、東芝は米原子力子会社ウェスチングハウスの買収に数千億円の損失リスクがあると公表した
    • [84]損失公表の翌日に格付け会社がそろって東芝の格付けを引き下げ、東芝は融資の財務制限条項に抵触して期限前返済を求められかねない状態になった
    • [85]2017年3月29日(米国時間)、ウェスチングハウスとその関係会社が米連邦破産法第11章の適用を申請した

東芝は2017年1月にメモリ事業の分社方針を決め、2月10日に受け皿として旧東芝メモリ株式会社を設立[87]し、4月1日にメモリとSSDの事業を会社分割で承継させた。綱川智社長は分社するメモリ事業に少なくとも2兆円の価値があるとし[88]、株式の過半を売って債務超過を埋める算段を立てた。切り出しを促したのは資金の穴埋めだけではなかった[89]。半導体事業を続けるには巨額の投資が要り、韓国サムスン電子は2016年に半導体だけで113億ドルを設備投資に充てていた[90]。財務の傷んだ東芝のままではメモリ事業が競争力を保てない[91]という判断も、分社の背後にあった。総合電機の一部門だった事業は、2017年5月から7月にかけて香港・北米・欧州・ASEAN・韓国に販売子会社を設け[92]、東芝の販売網から切り離した。

    • [87]旧東芝メモリ株式会社は2017年2月10日に設立され、2017年4月1日にメモリ・SSD事業を会社分割で承継した(分社方針の決定は2017年1月)
  • 週刊東洋経済 2017年4月22日号
    • [88]綱川智社長は、分社するメモリ事業には少なくとも2兆円の価値があるとし、株式の過半を売却して債務超過を解消すると説明した
    • [89]メモリ事業の切り出しには債務超過の解消に加え、半導体事業の継続に必要な巨額投資をまかなえないという事情もあった
    • [90]韓国サムスン電子は2016年に半導体事業だけで113億ドルの設備投資を行った
    • [91]財務が傷んだままの東芝ではメモリ事業が競争力を保つのは難しいという判断が、分社の背景にあった
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)
    • [92]旧東芝メモリは2017年5月に香港・北米、7月に欧州・ASEAN・韓国のメモリ販売子会社を相次いで設立した
  • 週刊東洋経済 2017年4月22日号
    • [80]半導体メモリ事業は2016年4〜12月期に1,022億円の営業利益を計上した東芝の稼ぎ頭だった
    • [88]綱川智社長は、分社するメモリ事業には少なくとも2兆円の価値があるとし、株式の過半を売却して債務超過を解消すると説明した
    • [89]メモリ事業の切り出しには債務超過の解消に加え、半導体事業の継続に必要な巨額投資をまかなえないという事情もあった
    • [90]韓国サムスン電子は2016年に半導体事業だけで113億ドルの設備投資を行った
    • [91]財務が傷んだままの東芝ではメモリ事業が競争力を保つのは難しいという判断が、分社の背景にあった
    • [81]2015年に第三者委員会が東芝の営業利益 約1,518億円の過大計上を認定し、田中久雄社長ら経営陣が引責辞任した
  • 週刊東洋経済 2017年12月2日号
    • [82]東芝は2015年に発覚した不正会計を受け、同年9月に東証から特設注意市場銘柄に指定された
    • [86]東芝の債務超過額は2017年3月末で5,529億円、2018年3月末までに解消できなければ二期連続の債務超過で上場廃止となる状況だった
  • 週刊東洋経済 2017年2月4日号
    • [83]2016年12月27日、東芝は米原子力子会社ウェスチングハウスの買収に数千億円の損失リスクがあると公表した
    • [84]損失公表の翌日に格付け会社がそろって東芝の格付けを引き下げ、東芝は融資の財務制限条項に抵触して期限前返済を求められかねない状態になった
    • [85]2017年3月29日(米国時間)、ウェスチングハウスとその関係会社が米連邦破産法第11章の適用を申請した
    • [87]旧東芝メモリ株式会社は2017年2月10日に設立され、2017年4月1日にメモリ・SSD事業を会社分割で承継した(分社方針の決定は2017年1月)
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)
    • [92]旧東芝メモリは2017年5月に香港・北米、7月に欧州・ASEAN・韓国のメモリ販売子会社を相次いで設立した

入札合戦とウエスタンデジタルとの紛争を経た約2兆円での取得

1次入札には10社程度が応じ[93]、鴻海精密工業が約3兆円[94]、ブロードコム・シルバーレイク連合が2兆円超を示した。東芝は2017年6月、提示額で劣る産業革新機構・日本政策投資銀行・ベインキャピタル・SKハイニックスの日米韓連合を優先交渉先に選んだ[95]。世耕弘成経済産業相は技術流出の懸念があれば外為法を発動すると述べ[96]、政府は鴻海への売却に反対した。NAND大手同士の統合は独禁審査が長引くとみられ、SKハイニックスは融資で加わった[97]。合弁相手の米ウエスタンデジタルは、持分移転には自社の同意が要ると主張し、2017年5月に国際仲裁を申し立てた[98]。同社日本法人の小池淳義社長は売却完了後、二社の関係が三社になる複雑さ[99]と、SKハイニックスが買い手になることへの不安を挙げた。東芝は9月28日にベイン主導の買収目的会社Pangeaと株式譲渡契約を結び[100]、紛争は12月13日、合弁の延長と新工場への共同投資を条件に和解した[101]

  • 週刊東洋経済 2017年4月22日号
    • [93]2017年3月29日締切の1次入札には海外企業を中心に10社程度が応じた
  • 週刊東洋経済 2017年5月27日号
    • [94]1次入札では鴻海精密工業が約3兆円、SKハイニックスとブロードコム・シルバーレイク連合が約2兆円を提示した
    • [96]世耕弘成経済産業相は技術流出の懸念があれば躊躇なく外為法を発動すると繰り返し、経産省幹部は鴻海への売却に反対する意向を示していた
    • [98]ウエスタンデジタルは東芝の合弁持分移転と第三者への売却は自社の同意なしには合弁契約違反だと主張し、2017年5月15日に国際仲裁裁判所へ売却差し止めを申し立てた
  • 週刊東洋経済 2017年7月1日号
    • [95]東芝は2017年6月21日、産業革新機構・日本政策投資銀行・ベインキャピタル・SKハイニックスによる日米韓連合を優先交渉先に決めた。提示額は約2兆円でブロードコム陣営の2.2兆円を下回った
    • [97]NAND市場は上位5社で世界シェア9割超を占めるため大手同士の統合は各国の独禁審査が長引くとされ、シェア約10%のSKハイニックスは出資ではなく融資で日米韓連合に参加して独禁リスクの回避を狙った
  • 週刊東洋経済 2018年6月23日号
    • [99]ウエスタンデジタル日本法人の小池淳義社長は、反対した理由として2社の関係が3社になって複雑になることへの懸念と、競合のSKハイニックスが買い手になることへの不安を挙げた
    • [100]2017年9月28日、東芝はベインキャピタル主導の連合が組成した買収目的会社K.K. Pangeaと株式譲渡契約を締結した
    • [101]2017年12月13日、東芝・東芝メモリ・ウエスタンデジタルは全訴訟と仲裁を取り下げ、四日市第6製造棟と岩手新工場への共同投資を含む合弁の延長・強化で包括和解した

中国の独占禁止当局が2018年5月17日に承認し[102]、2018年6月1日に譲渡が完了した。譲渡価格は約2兆3億円[103]で、Pangeaの議決権はベインキャピタル49.9%、東芝40.2%、HOYA9.9%[104]となり、日本勢が合わせて過半を占めた。東芝は普通株と転換型優先株で総額3,505億円[105]を出し直した。売った側が4割を持ち直したのは持分法適用会社として利益と配当を取り込める[106]ためで、東芝幹部はメモリ事業の利益が今後の東芝の生命線だと語った。SKハイニックスは将来株式に転換できる社債で参加し[107]、アップルやデルは議決権のない株式で出資した。もっとも、売却の本来の目的だった債務超過の解消は、2017年末の6,000億円の増資で[108]2018年3月末に達成済みだった。それでも売却が止まらなかった背景には、投資の速さが要る半導体事業で東芝の意思決定の煩雑さに嫌気が差し、一刻も早い完了を望んだ東芝メモリ側の事情[109]があった。

  • 週刊東洋経済 2018年6月2日号
    • [102]最後の関門だった中国の独占禁止当局の承認が2018年5月17日に下り、6月1日に売却が完了した
    • [108]売却の当初目的だった債務超過解消は、2017年11月に発表し12月に払い込まれた6,000億円の第三者割当増資などにより2018年3月末に達成済みだった
    • [109]投資スピードが命の半導体事業で東芝の意思決定の煩雑さに嫌気が差していたため、東芝メモリ側は一刻も早い売却完了を望んでいた
    • [103]旧東芝メモリの株式譲渡価格は約2兆3億円だった
    • [104]K.K. Pangeaの議決権比率はベインキャピタル49.9%、東芝40.2%、HOYA9.9%で、日本勢合計が50.1%となった
    • [105]東芝は普通株 約1,096億円と転換型優先株 約2,409億円の総額3,505億円を再出資した
    • [107]SKハイニックスは将来最大15%まで転換できる転換社債で出資し、アップル・デル・キングストン・シーゲイトは無議決権株で参加した
  • 週刊東洋経済 2017年10月7日号
    • [106]日米韓連合であれば持分法適用で利益と配当を取り込めるため東芝は再出資で残った。東芝幹部は「メモリ事業の利益が今後の東芝の生命線だから」と語った
  • 週刊東洋経済 2017年4月22日号
    • [93]2017年3月29日締切の1次入札には海外企業を中心に10社程度が応じた
  • 週刊東洋経済 2017年5月27日号
    • [94]1次入札では鴻海精密工業が約3兆円、SKハイニックスとブロードコム・シルバーレイク連合が約2兆円を提示した
    • [96]世耕弘成経済産業相は技術流出の懸念があれば躊躇なく外為法を発動すると繰り返し、経産省幹部は鴻海への売却に反対する意向を示していた
    • [98]ウエスタンデジタルは東芝の合弁持分移転と第三者への売却は自社の同意なしには合弁契約違反だと主張し、2017年5月15日に国際仲裁裁判所へ売却差し止めを申し立てた
  • 週刊東洋経済 2017年7月1日号
    • [95]東芝は2017年6月21日、産業革新機構・日本政策投資銀行・ベインキャピタル・SKハイニックスによる日米韓連合を優先交渉先に決めた。提示額は約2兆円でブロードコム陣営の2.2兆円を下回った
    • [97]NAND市場は上位5社で世界シェア9割超を占めるため大手同士の統合は各国の独禁審査が長引くとされ、シェア約10%のSKハイニックスは出資ではなく融資で日米韓連合に参加して独禁リスクの回避を狙った
  • 週刊東洋経済 2018年6月23日号
    • [99]ウエスタンデジタル日本法人の小池淳義社長は、反対した理由として2社の関係が3社になって複雑になることへの懸念と、競合のSKハイニックスが買い手になることへの不安を挙げた
    • [100]2017年9月28日、東芝はベインキャピタル主導の連合が組成した買収目的会社K.K. Pangeaと株式譲渡契約を締結した
    • [101]2017年12月13日、東芝・東芝メモリ・ウエスタンデジタルは全訴訟と仲裁を取り下げ、四日市第6製造棟と岩手新工場への共同投資を含む合弁の延長・強化で包括和解した
  • 週刊東洋経済 2018年6月2日号
    • [102]最後の関門だった中国の独占禁止当局の承認が2018年5月17日に下り、6月1日に売却が完了した
    • [108]売却の当初目的だった債務超過解消は、2017年11月に発表し12月に払い込まれた6,000億円の第三者割当増資などにより2018年3月末に達成済みだった
    • [109]投資スピードが命の半導体事業で東芝の意思決定の煩雑さに嫌気が差していたため、東芝メモリ側は一刻も早い売却完了を望んでいた
    • [103]旧東芝メモリの株式譲渡価格は約2兆3億円だった
    • [104]K.K. Pangeaの議決権比率はベインキャピタル49.9%、東芝40.2%、HOYA9.9%で、日本勢合計が50.1%となった
    • [105]東芝は普通株 約1,096億円と転換型優先株 約2,409億円の総額3,505億円を再出資した
    • [107]SKハイニックスは将来最大15%まで転換できる転換社債で出資し、アップル・デル・キングストン・シーゲイトは無議決権株で参加した
  • 週刊東洋経済 2017年10月7日号
    • [106]日米韓連合であれば持分法適用で利益と配当を取り込めるため東芝は再出資で残った。東芝幹部は「メモリ事業の利益が今後の東芝の生命線だから」と語った

東芝メモリからキオクシアへ──記憶に価値を与える社名

2018年8月、Pangeaは存続会社として旧東芝メモリを吸収合併し[110]、同日に東芝メモリ株式会社へ社名を改めた。2019年3月1日には株式移転で持株会社[111]の東芝メモリホールディングス株式会社を設け、同年7月18日の発表を経て、10月1日にグループ14社を超える会社が一斉にキオクシアへ改称した[112]。名は日本語の「記憶」とギリシャ語で価値を意味する「アクシア」[113]を組み合わせた造語で、社内公募から選ばれた。東芝の名を外す準備は前年から[114]進んでいた。2018年10月に米インテルで上級副社長を務めたステイシー・スミス氏を会長に迎え[115]、2019年8月には台湾のLITE-ONのSSD事業を173億円で買収すると発表し[116]、2020年7月に全株式を取得した。東芝メモリでSSD応用技術を率いた技師長の大島成夫氏は、これらを独力で決めたとし、東芝から離れる覚悟が高まっている[117]と語った。

  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)
    • [110]2018年8月、株式会社Pangeaは存続会社として旧東芝メモリ株式会社と合併し、同日「東芝メモリ株式会社」に社名変更した(現キオクシア株式会社)
    • [111]持株会社の東芝メモリホールディングス株式会社(現キオクシアホールディングス)は2019年3月1日に株式移転により設立された
    • [112]2019年7月18日に社名変更を発表し、10月1日付で東芝メモリホールディングスと東芝メモリ、国内外グループ14社超が一斉に「キオクシア」へ改称した
    • [113]社名は日本語の「記憶(kioku)」とギリシャ語で価値を表す「axia」を組み合わせた造語で、社内公募から選ばれた
  • 週刊東洋経済 2019年10月5日号
    • [114]改称に先立ち、2018年に外部から会長を迎え、2019年8月には自社の判断でSSD事業を買収するなど東芝から離れる動きが進んでいた
    • [115]2018年10月、米インテルで上級副社長を務めたステイシー・スミス氏を会長に迎えた
    • [116]東芝メモリは2019年8月に台湾LITE-ONのSSD事業を173億円で買収すると公表し、Solid State Storage Technology の全株式取得は2020年7月に完了した
    • [117]東芝メモリの大島成夫SSD応用技術技師長は、会長招聘やSSD事業買収の判断を「独力でした」とし、「東芝を離れる覚悟は高まっている」と述べた

メモリは巨大な装置産業で、業績が悪くても一度投資を緩めれば競争から脱落する[118]。四日市工場では2018年9月に第6製造棟とメモリ開発センターが竣工し[119]、岩手県北上市に建てる新工場はウエスタンデジタルとの共同投資で数千億円から1兆円程度を要した[120]。2019年6月には日本政策投資銀行を引受先とする非転換社債型優先株式[121]を発行し、金融機関からのシンジケートローンと合わせて資金を調達した。NAND価格の下落に四日市工場の停電が重なり、2019年1〜3月期に284億円、4〜6月期に989億円の営業赤字を計上した[122]。それでも投資は緩めず、北上工場の第1製造棟を2019年10月に竣工させた[123]。出資者の資金回収と投資原資の確保を見据えて新規株式公開の準備が進んだが、2019年内の上場は難しいとみられていた[124]

  • 週刊東洋経済 2019年10月5日号
    • [118]メモリは大量生産が欠かせない巨大な装置産業で、業績が厳しくても一度緊縮すれば競争から脱落するチキンレースの様相にあった
    • [120]岩手県北上市に建設中の新工場はウエスタンデジタルとの共同投資で、数千億円から1兆円程度を必要とした
    • [122]NAND価格の下落で2019年1〜3月期に284億円、四日市工場の停電が重なった4〜6月期に989億円の営業赤字を計上した
    • [124]出資者のエグジットと投資資金の捻出を視野に新規株式公開の準備を急いだが、計画した2019年内の上場は厳しく延期が濃厚とみられていた
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)
    • [119]2018年9月、四日市工場の第6製造棟とメモリ開発センターが竣工した
    • [121]2019年6月、日本政策投資銀行に対する非転換社債型優先株式の発行と金融機関からのシンジケートローンによる資金調達を実行した
    • [123]2019年10月、北上工場(岩手県)の第1製造棟が竣工した
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)
    • [110]2018年8月、株式会社Pangeaは存続会社として旧東芝メモリ株式会社と合併し、同日「東芝メモリ株式会社」に社名変更した(現キオクシア株式会社)
    • [119]2018年9月、四日市工場の第6製造棟とメモリ開発センターが竣工した
    • [121]2019年6月、日本政策投資銀行に対する非転換社債型優先株式の発行と金融機関からのシンジケートローンによる資金調達を実行した
    • [123]2019年10月、北上工場(岩手県)の第1製造棟が竣工した
    • [111]持株会社の東芝メモリホールディングス株式会社(現キオクシアホールディングス)は2019年3月1日に株式移転により設立された
    • [112]2019年7月18日に社名変更を発表し、10月1日付で東芝メモリホールディングスと東芝メモリ、国内外グループ14社超が一斉に「キオクシア」へ改称した
    • [113]社名は日本語の「記憶(kioku)」とギリシャ語で価値を表す「axia」を組み合わせた造語で、社内公募から選ばれた
  • 週刊東洋経済 2019年10月5日号
    • [114]改称に先立ち、2018年に外部から会長を迎え、2019年8月には自社の判断でSSD事業を買収するなど東芝から離れる動きが進んでいた
    • [115]2018年10月、米インテルで上級副社長を務めたステイシー・スミス氏を会長に迎えた
    • [116]東芝メモリは2019年8月に台湾LITE-ONのSSD事業を173億円で買収すると公表し、Solid State Storage Technology の全株式取得は2020年7月に完了した
    • [117]東芝メモリの大島成夫SSD応用技術技師長は、会長招聘やSSD事業買収の判断を「独力でした」とし、「東芝を離れる覚悟は高まっている」と述べた
    • [118]メモリは大量生産が欠かせない巨大な装置産業で、業績が厳しくても一度緊縮すれば競争から脱落するチキンレースの様相にあった
    • [120]岩手県北上市に建設中の新工場はウエスタンデジタルとの共同投資で、数千億円から1兆円程度を必要とした
    • [122]NAND価格の下落で2019年1〜3月期に284億円、四日市工場の停電が重なった4〜6月期に989億円の営業赤字を計上した
    • [124]出資者のエグジットと投資資金の捻出を視野に新規株式公開の準備を急いだが、計画した2019年内の上場は厳しく延期が濃厚とみられていた

2020年〜 ウエスタンデジタルとの統合破談を越えた上場と、過去最高益への到達

キオクシアホールディングスの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2020年 ライトオン子会社SSSTCとその関係会社の全株式を取得
  2. 2022年 四日市工場の第7製造棟が竣工
  3. 2023年 218層積層プロセスの第8世代BiCS FLASHを試作
  4. 2023年 ウエスタンデジタルとの経営統合交渉と、その破談 共同でフラッシュメモリを生む相手との統合は、なぜ株主の同意という壁に阻まれたか
  5. 2024年 北上工場の第2製造棟の建屋が完成
  6. 2024年 二度の延期を経て実現した、東証プライムへの4年越しの新規株式公開 二度の延期で1.5兆円から8,000億円へ下がった評価のなか、早坂伸夫社長はプライベートエクイティの出口をいつ開いたか

上場の延期とウエスタンデジタルとの経営統合交渉の破談

キオクシアが上場を急いだのは、資金調達の道を広げるため[125]だった。NANDは毎年数千億円の設備投資を要し、北上工場の整備も進んでいた[126]。2020年8月の上場承認時、想定発行価格は1株3,960円[127]、時価総額は約2兆1,300億円で、その年最大の新規株式公開になるはずだった。ところが投資家の反応は鈍く、9月17日に決めた仮条件は2,800〜3,500円へ引き下げられた[128]。キオクシアは9月28日、株式市場の動向と新型コロナ感染の再拡大への懸念を挙げ、10月6日に予定した上場の延期を発表した[129]。米中対立を背景とする対ファーウェイ輸出規制による業績悪化懸念も報じられたが、売り出しに買い手がつかなかった[130]ことが主因とみられた。上場が遠のく間、ウエスタンデジタルは2021年に約200億ドルの株式交換による統合を提案[131]し、2023年にはフラッシュ事業を分離して日本に本社を置く新会社をつくる構想で交渉が再燃した[132]

  • 週刊東洋経済 2020年10月24日号
    • [125]キオクシアの上場の狙いは、銀行借り入れだけでなく市場からも資金を調達できるようにして成長投資に充てることにあった
    • [126]キオクシアは年間数千億円規模の設備投資を続け、主力の四日市工場に続く第2の生産拠点として北上工場(岩手県)の整備を進めていた
    • [127]2020年8月の上場承認時、想定発行価格は1株3,960円、想定時価総額は約2兆1,300億円で、2020年最大の新規株式公開になる見込みだった
    • [128]投資家の反応が悪く、2020年9月17日に決定した仮条件は1株2,800〜3,500円まで引き下げられた
    • [130]米国による対ファーウェイ輸出規制に伴う業績悪化懸念が報じられたが、延期の主な理由は売り出し時に十分な買い手がつかず株価が下がることへの懸念だった
  • 週刊東洋経済 2020年9月19日号
    • [129]キオクシアは2020年9月28日、株式市場の動向と新型コロナウイルス感染の再拡大への懸念を理由に、10月6日予定の東証上場の延期を発表した
    • [131]ウエスタンデジタルは2021年、キオクシアに約200億ドルの全株式交換による経営統合を提案したが、成立しなかった
    • [132]2023年、ウエスタンデジタルがフラッシュメモリ事業を分離してキオクシアと統合し、本社を日本に置く新会社をつくる構想で交渉が再燃した

統合の狙いを、業界では投資の重さに求める見方が強かった[133]。業界の設備投資は売上高の約5割に達し[134]、2023年には6割を超えた。キオクシアも2022年10月に約1兆円を投じた四日市第7製造棟を竣工[135]させたが、最先端品は162層にとどまり[136]、230層台のサムスン電子やSKハイニックスに二世代遅れた。両社を足せばシェアは首位のサムスン電子に並び[137]、顧客もキオクシアのスマートフォン向けとウエスタンデジタルのデータセンター向けで補い合った[138]。だが2023年10月下旬、交渉は破談した[139]。株主のSKハイニックスが競合との統合は投資の価値を損なうとして同意せず[140]、ベインキャピタルとの条件も折り合わなかった[141]ためである。SKハイニックスは2018年の買収連合に約3,950億円を拠出し[142]、うち約1,290億円が転換社債だったとされる。ウエスタンデジタルはその後フラッシュ事業を切り離し、2025年2月にサンディスクとして分社した[143]

  • 週刊東洋経済 2024年8月10日号
    • [133]莫大な設備投資を賄うため、ウエスタンデジタルとの統合で規模の利益を追う意義は大きいと業界内でみられていた
    • [134]NANDの3D化により、業界全体で売上高に占める設備投資額の割合が近年約50%まで膨張し、市況が低迷した2023年には60%を超えた
    • [136]サムスン電子やSKハイニックスが230層台まで積層化を進めたのに対し、キオクシアの最先端品は2世代遅れの162層にとどまっていた
    • [138]キオクシアはアップル・デルなどスマートフォンやPCのメーカーへの依存度が高く、ウエスタンデジタルはデータセンター向けの顧客が多くSSDに強いため、両社は顧客面で補完的だった
  • 週刊東洋経済 2022年11月12日号
    • [135]キオクシアは2022年10月26日に四日市工場で第7製造棟の竣工式を行った。投資総額は約1兆円で、経済産業省から最大929億円の助成金を受け、四日市工場の生産能力は3割高まる見通しだった
  • 週刊東洋経済 2025年1月25日号
    • [137]キオクシアとウエスタンデジタルのNANDシェアを単純合算すると33%となり、首位のサムスン電子と肩を並べる
    • [139]ウエスタンデジタルとキオクシアの経営統合交渉は、株主との合意形成に失敗して2023年10月下旬に破談した
    • [140]SKハイニックスは、競合であるウエスタンデジタルとの統合が自らの投資価値を毀損することを懸念して反対した
    • [142]報道によればSKハイニックスは2018年の買収連合に約3,950億円を拠出し、うち約1,290億円は転換社債だった(SPA上の正確な配分は非開示)
    • [141]破談の直接の要因は株主SKハイニックスの同意が得られなかったことと、ベインキャピタルとの条件不一致であった
    • [143]ウエスタンデジタルはハードディスク事業とフラッシュメモリ事業を二社に分離する方針へ転じ、2025年2月にフラッシュ事業を「サンディスク」として分社した
  • 週刊東洋経済 2020年10月24日号
    • [125]キオクシアの上場の狙いは、銀行借り入れだけでなく市場からも資金を調達できるようにして成長投資に充てることにあった
    • [126]キオクシアは年間数千億円規模の設備投資を続け、主力の四日市工場に続く第2の生産拠点として北上工場(岩手県)の整備を進めていた
    • [127]2020年8月の上場承認時、想定発行価格は1株3,960円、想定時価総額は約2兆1,300億円で、2020年最大の新規株式公開になる見込みだった
    • [128]投資家の反応が悪く、2020年9月17日に決定した仮条件は1株2,800〜3,500円まで引き下げられた
    • [130]米国による対ファーウェイ輸出規制に伴う業績悪化懸念が報じられたが、延期の主な理由は売り出し時に十分な買い手がつかず株価が下がることへの懸念だった
  • 週刊東洋経済 2020年9月19日号
    • [129]キオクシアは2020年9月28日、株式市場の動向と新型コロナウイルス感染の再拡大への懸念を理由に、10月6日予定の東証上場の延期を発表した
    • [131]ウエスタンデジタルは2021年、キオクシアに約200億ドルの全株式交換による経営統合を提案したが、成立しなかった
    • [132]2023年、ウエスタンデジタルがフラッシュメモリ事業を分離してキオクシアと統合し、本社を日本に置く新会社をつくる構想で交渉が再燃した
  • 週刊東洋経済 2024年8月10日号
    • [133]莫大な設備投資を賄うため、ウエスタンデジタルとの統合で規模の利益を追う意義は大きいと業界内でみられていた
    • [134]NANDの3D化により、業界全体で売上高に占める設備投資額の割合が近年約50%まで膨張し、市況が低迷した2023年には60%を超えた
    • [136]サムスン電子やSKハイニックスが230層台まで積層化を進めたのに対し、キオクシアの最先端品は2世代遅れの162層にとどまっていた
    • [138]キオクシアはアップル・デルなどスマートフォンやPCのメーカーへの依存度が高く、ウエスタンデジタルはデータセンター向けの顧客が多くSSDに強いため、両社は顧客面で補完的だった
  • 週刊東洋経済 2022年11月12日号
    • [135]キオクシアは2022年10月26日に四日市工場で第7製造棟の竣工式を行った。投資総額は約1兆円で、経済産業省から最大929億円の助成金を受け、四日市工場の生産能力は3割高まる見通しだった
  • 週刊東洋経済 2025年1月25日号
    • [137]キオクシアとウエスタンデジタルのNANDシェアを単純合算すると33%となり、首位のサムスン電子と肩を並べる
    • [139]ウエスタンデジタルとキオクシアの経営統合交渉は、株主との合意形成に失敗して2023年10月下旬に破談した
    • [140]SKハイニックスは、競合であるウエスタンデジタルとの統合が自らの投資価値を毀損することを懸念して反対した
    • [142]報道によればSKハイニックスは2018年の買収連合に約3,950億円を拠出し、うち約1,290億円は転換社債だった(SPA上の正確な配分は非開示)
    • [141]破談の直接の要因は株主SKハイニックスの同意が得られなかったことと、ベインキャピタルとの条件不一致であった
    • [143]ウエスタンデジタルはハードディスク事業とフラッシュメモリ事業を二社に分離する方針へ転じ、2025年2月にフラッシュ事業を「サンディスク」として分社した

4年越しの東証上場と、メモリ市況の谷を越えた過去最高益

単独の道に戻ったキオクシアは2024年8月に東証へ上場を申請したが、9月下旬、投資家の評価が約8,000億円へ下がった[144]ことを受けて10月の上場を再び見送った。直前の2024年3月期は市況の悪化で売上高1兆766億円、営業損失2,527億円、純損失2,437億円[145]と、2期連続の赤字に沈んでいた。それでも上場を急いだ背景には財務の制約があるとみられた[146]。2024年3月期末の自己資本比率は15.7%にとどまり[147]、長短借入金1兆1,113億円と社債型優先株3,227億円を抱え、金融機関の融資には財務制限条項が課されていた。12月18日、キオクシアは東京証券取引所プライム市場に証券コード285Aで上場した[148]。公開価格は仮条件の中値にあたる1,455円、初値は1,440円、初日の終値は1,601円[149]で、公開価格に基づく時価総額は約7,840億円だった[150]。2020年に見送った当時の想定の半分以下[151]である。

    • [144]キオクシアは2024年8月に東証へ上場申請したが、2024年9月24日ごろ、投資家評価が約8,000億円へ引き下げられたことなどから10月予定の上場を再び見送った
  • 有価証券報告書(2024年3月期)
    • [145]2024年3月期は売上高1,076,584百万円、営業損失252,698百万円、親会社の所有者に帰属する当期純損失243,728百万円で、2023年3月期に続く2期連続の赤字だった
  • 週刊東洋経済 2024年12月14日号
    • [146]金融機関の融資に課された財務制限条項に非上場の場合の数値があり、かなり際どくなっているものがあったため、キオクシアは上場を急ぐ必要があった
    • [147]2024年3月期の自己資本比率は15.7%、長短借入金は1兆1,113億円、社債型優先株は3,227億円で、金融機関の融資には財務制限条項が課されていた
    • [151]2020年の上場計画時の想定時価総額は約2兆円で、2024年の上場時の評価はその半分以下になった
    • [148]キオクシアホールディングスは2024年12月18日、東京証券取引所プライム市場に証券コード285Aで上場した
    • [149]公開価格は仮条件1,390〜1,520円の中値にあたる1,455円、初値1,440円、初日終値1,601円だった
    • [150]公開価格に基づく時価総額は約7,840億円だった

2025年3月期、業績は反転した[152]。生成AIとデータセンター向けSSDの需要で売上高1兆7,065億円、営業利益4,517億円[153]、純利益2,723億円となり、黒字へ転じた。続く2026年3月期は売上高2兆3,376億円、営業利益8,704億円[154]、純利益5,545億円といずれも過去最高で、営業利益は東芝メモリ時代の2018年3月期を超えた[155]。急変はNANDの需給の変化による[156]。エヌビディアのAI半導体に載る広帯域メモリの需要が急増し、DRAMも手がける競合が設備を移して、NANDの供給が細った[157]。専業のキオクシアは高騰をそのまま受け取り、2026年1〜3月期の販売単価は前四半期の2倍以上になった[158]。2023年3月には218層の第8世代BiCS FLASHを試作し[159]、AIサーバー向けの大容量SSDが売上高の約3割を占めた[160]。北上工場では2024年7月に第2製造棟の建屋が完成[161]し、2025年9月に稼働を始めた[162]

  • 有価証券報告書(2025年3月期)
    • [152]2025年3月期は売上高1,706,460百万円、営業利益451,748百万円、親会社の所有者に帰属する当期純利益272,315百万円で、前期の純損失から黒字へ転換した
    • [153]2025年3月期は売上高1,706,460百万円、営業利益451,748百万円、親会社の所有者に帰属する当期純利益272,315百万円だった
    • [159]キオクシアは2023年3月に218層積層プロセスの第8世代BiCS FLASHを試作した
    • [161]キオクシアは2024年7月に北上工場の第2製造棟の建屋を完成させた
  • 有価証券報告書(2026年3月期)
    • [154]2026年3月期は売上高2,337,628百万円、営業利益870,369百万円、親会社の所有者に帰属する当期純利益554,490百万円で、いずれも過去最高となった
    • [155]2026年3月期の営業利益は、東芝メモリ時代の2018年3月期のピークを更新した
  • 週刊東洋経済 2026年6月13日号
    • [156]NANDの価格高騰の背景には、業界内でNAND向けの設備がDRAMやHBMに振り向けられたことによる供給不足があった
    • [157]エヌビディアのGPUがAI半導体として売れ始めるとHBMの需要が急増し、サムスン電子・SKハイニックス・マイクロンがHBMの増産に資源を集中した結果、業界全体でNANDの供給が不足した
    • [158]2026年1〜3月期のキオクシアの販売単価は前四半期比で2倍以上に上昇した
    • [160]2026年3月期はAIサーバー向けの大容量SSDが売上高の約3割を占めた
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)
    • [162]北上工場の第2製造棟は2025年9月に稼働を開始した
    • [144]キオクシアは2024年8月に東証へ上場申請したが、2024年9月24日ごろ、投資家評価が約8,000億円へ引き下げられたことなどから10月予定の上場を再び見送った
  • 有価証券報告書(2024年3月期)
    • [145]2024年3月期は売上高1,076,584百万円、営業損失252,698百万円、親会社の所有者に帰属する当期純損失243,728百万円で、2023年3月期に続く2期連続の赤字だった
  • 週刊東洋経済 2024年12月14日号
    • [146]金融機関の融資に課された財務制限条項に非上場の場合の数値があり、かなり際どくなっているものがあったため、キオクシアは上場を急ぐ必要があった
    • [147]2024年3月期の自己資本比率は15.7%、長短借入金は1兆1,113億円、社債型優先株は3,227億円で、金融機関の融資には財務制限条項が課されていた
    • [151]2020年の上場計画時の想定時価総額は約2兆円で、2024年の上場時の評価はその半分以下になった
    • [148]キオクシアホールディングスは2024年12月18日、東京証券取引所プライム市場に証券コード285Aで上場した
    • [149]公開価格は仮条件1,390〜1,520円の中値にあたる1,455円、初値1,440円、初日終値1,601円だった
    • [150]公開価格に基づく時価総額は約7,840億円だった
  • 有価証券報告書(2025年3月期)
    • [152]2025年3月期は売上高1,706,460百万円、営業利益451,748百万円、親会社の所有者に帰属する当期純利益272,315百万円で、前期の純損失から黒字へ転換した
    • [153]2025年3月期は売上高1,706,460百万円、営業利益451,748百万円、親会社の所有者に帰属する当期純利益272,315百万円だった
    • [159]キオクシアは2023年3月に218層積層プロセスの第8世代BiCS FLASHを試作した
    • [161]キオクシアは2024年7月に北上工場の第2製造棟の建屋を完成させた
  • 有価証券報告書(2026年3月期)
    • [154]2026年3月期は売上高2,337,628百万円、営業利益870,369百万円、親会社の所有者に帰属する当期純利益554,490百万円で、いずれも過去最高となった
    • [155]2026年3月期の営業利益は、東芝メモリ時代の2018年3月期のピークを更新した
  • 週刊東洋経済 2026年6月13日号
    • [156]NANDの価格高騰の背景には、業界内でNAND向けの設備がDRAMやHBMに振り向けられたことによる供給不足があった
    • [157]エヌビディアのGPUがAI半導体として売れ始めるとHBMの需要が急増し、サムスン電子・SKハイニックス・マイクロンがHBMの増産に資源を集中した結果、業界全体でNANDの供給が不足した
    • [158]2026年1〜3月期のキオクシアの販売単価は前四半期比で2倍以上に上昇した
    • [160]2026年3月期はAIサーバー向けの大容量SSDが売上高の約3割を占めた
  • キオクシアホールディングス 有価証券報告書(2026年3月期)
    • [162]北上工場の第2製造棟は2025年9月に稼働を開始した

ベインの撤退と東芝の実質筆頭株主化、そして東芝育ちの技術者社長

上場時のキオクシアの流通株式比率は28.09%で、プライム市場が求める35%[163]に届かなかった。公募と売り出しが1,000億円以上なら計画書の提出を条件に10%以上で上場を認める特例があり、これを使った初の上場[164]となった。ベインキャピタル系はなお5割超を、東芝は32.01%を保有し、上場で新たに加わった少数株主は13.35%[165]にすぎなかった。その後ベイン系は保有株を段階的に売り出し、2025年11月に約20億ドル、2026年2月に約35億ドルを海外で売却したうえ、2026年7月に最後の持分を手放して8年で撤退した[166]。東芝も持分を落とし、2026年3月末の保有比率は17.59%[167]となって、分散した株主構成のなかで筆頭株主に残った。ベインが組成したSKハイニックスの経済持分を担う特別目的会社は14.17%を保有した[168]。四日市と北上の共同生産は[169]、ウエスタンデジタルから分かれたサンディスクとの間で続く。

  • 週刊東洋経済 2025年1月25日号
    • [163]キオクシアの上場時の流通株式比率は28.09%で、プライム市場の上場維持基準である35%以上に適合していなかった
    • [164]新規上場時の公募または売り出しの規模が1,000億円以上の見込みである場合に限り、適合に向けた計画書を提出すれば流通株式比率10%以上でプライム市場に上場でき、この特例を適用した上場はキオクシアが初めてだった
    • [165]上場後もベインキャピタルが51%、東芝が32.01%を保有し、上場によって新たに加わった少数株主の比率は13.35%にすぎなかった
    • [166]ベイン系は2025年11月に約20億ドル、2026年2月に約35億ドルの海外売り出しを行い、2026年7月8日に最終トランシェを売却して8年で完全撤退した
  • 有価証券報告書(2026年3月期)【大株主の状況】
    • [167]2026年3月31日現在の大株主第1位は株式会社東芝で、持株比率は17.59%だった
    • [168]2026年3月31日現在、ベインが組成したSKハイニックスの経済持分を担うBCPE Pangea Cayman2, Ltd.が14.17%を保有していた
    • [169]ウエスタンデジタルのフラッシュ事業分社後もフラッシュベンチャーズは存続し、四日市・北上でサンディスクとBiCS8/9/10を共同開発・生産している

資本の主が外資ファンドであった時期を通じて、経営を担ったのは東芝育ちの技術者だった[170]。取締役会にはスミス氏が会長として加わった[171]。初代社長の成毛康雄氏は2020年1月に病気療養で退き[172]、同年7月に亡くなった[173]。後を継いだ早坂伸夫氏は1955年生まれ、1984年に東北大学大学院を修了して東芝に入り[174]、2017年に東芝メモリの副社長となった人物である。早坂氏は引退するつもりだったと述べ、社長になるとは思っていなかったとふり返り、前任者からの引き継ぎもないまま走りながら勉強した[175]と語った。上場に踏み切った理由としては、苦しい時期から回復してきたこと、AI需要が見えてきたこと、弱い財務基盤を補って資金調達の選択肢を広げられること[176]を挙げた。早坂氏は2026年3月末で退き、研究所で次に伸びるメモリ市場を探してきた[177]太田裕雄氏が4月1日に社長へ就いた[178]

    • [170]初代社長の成毛康雄、2020年就任の早坂伸夫、2026年就任の太田裕雄はいずれも東芝出身の技術系の経営者である
    • [178]早坂伸夫は2026年3月31日まで社長兼CEOを務め、太田裕雄が2026年4月1日に代表取締役社長兼CEOへ就任した
  • 週刊東洋経済 2020年10月24日号
    • [171]2020年1月に社長へ就任した早坂伸夫を、米インテル出身のステイシー・スミス会長が支える体制だった
    • [172]成毛康雄は2020年1月29日に病気療養のため社長を退任した
  • 週刊東洋経済 2020年9月19日号
    • [173]成毛康雄は2020年7月に病気で死去した(享年65)
  • 週刊東洋経済 2025年1月25日号
    • [174]早坂伸夫は1955年生まれ、1984年に東北大学大学院を修了して東芝に入社し、2014年にセミコンダクター&ストレージ社統括技師長、2017年に東芝メモリ副社長、2020年に社長となった
    • [175]早坂伸夫は、引退するつもりで社長になるとは思っていなかった、前社長からの引き継ぎは何もなく走りながら勉強してやってきたと述べた
    • [176]早坂伸夫は上場の時期を選んだ理由として、苦しい時期からの回復、AI需要が見えてきたこと、財務基盤が弱いなかで上場により資金調達の選択肢が広がることを挙げた
  • 週刊東洋経済 2026年6月13日号
    • [177]太田裕雄は東芝メモリ時代から研究所で「メモリー需要が伸びる次の市場はどこだ」と問い続けた幹部だった
  • 週刊東洋経済 2025年1月25日号
    • [163]キオクシアの上場時の流通株式比率は28.09%で、プライム市場の上場維持基準である35%以上に適合していなかった
    • [164]新規上場時の公募または売り出しの規模が1,000億円以上の見込みである場合に限り、適合に向けた計画書を提出すれば流通株式比率10%以上でプライム市場に上場でき、この特例を適用した上場はキオクシアが初めてだった
    • [165]上場後もベインキャピタルが51%、東芝が32.01%を保有し、上場によって新たに加わった少数株主の比率は13.35%にすぎなかった
    • [174]早坂伸夫は1955年生まれ、1984年に東北大学大学院を修了して東芝に入社し、2014年にセミコンダクター&ストレージ社統括技師長、2017年に東芝メモリ副社長、2020年に社長となった
    • [175]早坂伸夫は、引退するつもりで社長になるとは思っていなかった、前社長からの引き継ぎは何もなく走りながら勉強してやってきたと述べた
    • [176]早坂伸夫は上場の時期を選んだ理由として、苦しい時期からの回復、AI需要が見えてきたこと、財務基盤が弱いなかで上場により資金調達の選択肢が広がることを挙げた
    • [166]ベイン系は2025年11月に約20億ドル、2026年2月に約35億ドルの海外売り出しを行い、2026年7月8日に最終トランシェを売却して8年で完全撤退した
  • 有価証券報告書(2026年3月期)【大株主の状況】
    • [167]2026年3月31日現在の大株主第1位は株式会社東芝で、持株比率は17.59%だった
    • [168]2026年3月31日現在、ベインが組成したSKハイニックスの経済持分を担うBCPE Pangea Cayman2, Ltd.が14.17%を保有していた
    • [169]ウエスタンデジタルのフラッシュ事業分社後もフラッシュベンチャーズは存続し、四日市・北上でサンディスクとBiCS8/9/10を共同開発・生産している
    • [170]初代社長の成毛康雄、2020年就任の早坂伸夫、2026年就任の太田裕雄はいずれも東芝出身の技術系の経営者である
    • [178]早坂伸夫は2026年3月31日まで社長兼CEOを務め、太田裕雄が2026年4月1日に代表取締役社長兼CEOへ就任した
  • 週刊東洋経済 2020年10月24日号
    • [171]2020年1月に社長へ就任した早坂伸夫を、米インテル出身のステイシー・スミス会長が支える体制だった
    • [172]成毛康雄は2020年1月29日に病気療養のため社長を退任した
  • 週刊東洋経済 2020年9月19日号
    • [173]成毛康雄は2020年7月に病気で死去した(享年65)
  • 週刊東洋経済 2026年6月13日号
    • [177]太田裕雄は東芝メモリ時代から研究所で「メモリー需要が伸びる次の市場はどこだ」と問い続けた幹部だった

キオクシアホールディングスの沿革1987〜2024年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
東芝が世界初のNAND型フラッシュメモリを発明★★
NAND型フラッシュメモリの量産を開始
四日市工場(三重県)を設立
サンディスクグループとフラッシュメモリで協業を開始★★
汎用DRAM事業からの撤退を決定★★
四日市工場の生産に向けサンディスクと合弁のフラッシュビジョンを設立
3次元フラッシュメモリ技術を開発★★
東芝の社内カンパニーとしてセミコンダクター&ストレージ社を設置
48層積層プロセスのBiCS FLASHのサンプル出荷を開始
旧東芝メモリを設立
東芝からメモリ事業(SSDを含む)を会社分割により承継★★
東芝メモリの分社とベインキャピタル連合による取得、そしてキオクシアの誕生東芝が発明し最も稼いだメモリ事業は、親会社の危機のなかでどのように切り出され、外資ファンド連合の下で独立を果たしたのか 詳細を読む★★★
Pangeaが旧東芝メモリを吸収合併し東芝メモリに商号変更★★
四日市工場の第6製造棟とメモリ開発センターが竣工
単独株式移転により東芝メモリHDを設立
ブランド名称をキオクシアへ刷新
キオクシア北上工場(岩手県)第1製造棟が竣工
早坂伸夫ライトオン子会社SSSTCとその関係会社の全株式を取得
早坂伸夫四日市工場の第7製造棟が竣工
早坂伸夫218層積層プロセスの第8世代BiCS FLASHを試作
早坂伸夫ウエスタンデジタルとの経営統合交渉と、その破談共同でフラッシュメモリを生む相手との統合は、なぜ株主の同意という壁に阻まれたか 詳細を読む★★★
早坂伸夫北上工場の第2製造棟の建屋が完成
早坂伸夫二度の延期を経て実現した、東証プライムへの4年越しの新規株式公開二度の延期で1.5兆円から8,000億円へ下がった評価のなか、早坂伸夫社長はプライベートエクイティの出口をいつ開いたか 詳細を読む★★★
出典・参考

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