沿革年表 1987〜2026年における重要度別の出来事(合計28件)
| 年月 | 区分 | 社長/CEO | 出来事 | 年度 | 売上高 | 純利益 |
|---|---|---|---|---|---|---|
研究開発 | 東芝が世界初のNAND型フラッシュメモリを発明 舛岡富士雄氏は1980年ごろから川崎の研究拠点で不揮発性メモリの開発を進め、1987年の国際会議IEDMで、素子をまとめて配線して面積あたりの記憶容量を高めたNAND型フラッシュメモリを世界で初めて発表した。一括して素早く消せる様子がカメラのフラッシュを思わせることから、同僚の有泉章二氏が「フラッシュ」と名付けた。 キオクシアの主力製品であるNAND型フラッシュメモリの原点であり、技術も名称も東芝から生まれたことを示す発明である。 | 1987 1-12月 | ||||
研究開発 | NAND型フラッシュメモリの量産を開始 東芝は1991年、世界で初めて4MビットのNAND型フラッシュメモリを製品化し、量産へ移した。ただし翌1992年にはNAND技術を韓国のサムスン電子へライセンス供与し、サムスンはこれを足がかりに巨額を投じて世界最大のメモリメーカーへ成長する。発明した当の東芝が事業化の速度でサムスンに市場の先行を許したという評価は、この分野でしばしば指摘される。 発明を製品へ結実させた一方で、量産投資の規模において後発のサムスンに主導権を譲る発端ともなった量産開始である。 | 1991 1-12月 | ||||
設備投資 | 四日市工場(三重県)を設立 東芝は1990年から三重県四日市市で用地造成を進め、1992年に四日市工場を発足させた。1993年に第1製造棟が操業して16MビットDRAMの生産を始め、1999年からはNAND型フラッシュの生産に移った。四日市はその後もサンディスクとの合弁を器に製造棟を積み増し、日本最大級のメモリ生産拠点へ拡張していく。 NAND量産の中核となり、現在に至るまでキオクシアの生産と投資の中心であり続ける主力工場の発足である。 | 1992 1-12月 | ||||
業務提携 | 米サンディスクグループとフラッシュメモリで協業を開始 2000年、東芝は米サンディスクとフラッシュメモリで協業を始め、同年6月に折半出資の合弁フラッシュビジョンを設立した。工場を東芝が所有・運営し、設備投資と産出ウエハを両社で分け合う枠組みで、以後フラッシュパートナーズ・フラッシュアライアンス・フラッシュフォワードと合弁を重ねて四日市の製造棟を増やした。 巨額の設備投資を分担しながらNANDを量産する体制を築き、現在のサンディスクとの共同生産まで続く提携が始まった協業である。 | 2000 1-12月 | ||||
事業撤退 | 汎用DRAM事業からの撤退を決定 2001年12月、東芝は市況の悪化した汎用DRAM事業からの撤退を決め、米バージニア州の工場をマイクロン・テクノロジーへ売却した。価格競争の激しい汎用DRAMを手放し、自社が発明したNAND型フラッシュへ経営資源を集中する選択であった。以後、東芝のメモリ事業はNANDとその応用製品を中心に据えた。 DRAMを手放してNAND専業への道を定め、後のキオクシアの原型となる選択と集中を決めた撤退である。 | 2001 1-12月 | ||||
合弁設立 | 四日市工場の生産に向けサンディスクと合弁のフラッシュビジョン有限会社を設立 東芝とサンディスクは2002年、四日市での生産を担う折半出資の合弁フラッシュビジョン有限会社を設立した。2000年に米バージニアで始めたウエハ生産を四日市へ移し、汎用DRAM撤退で空いた製造能力をNANDの共同生産に振り向けた。両社はこの合弁を皮切りに四日市で製造棟を段階的に増やした。 DRAM撤退とNAND集中を四日市の設備の上で具体化し、サンディスクとの量産体制を軌道に乗せた合弁設立である。 | 2002 1-12月 | ||||
研究開発 | 3次元フラッシュメモリ技術を開発 平面上での微細化が物理的な限界に近づくなか、東芝は2007年、記憶素子を垂直に積み上げる3次元フラッシュメモリ技術を開発した。後にこれをBiCS FLASHと名付けて実用化を目指し、2016年に量産へ移した。積層によって面積あたりの記憶容量を高める方式は、その後のNAND開発の中心となった。 微細化に頼らず容量を伸ばす3次元NANDへ道を開き、以後のキオクシアの技術開発の方向を定めた開発である。 | 2007 1-12月 | ||||
組織再編 | 東芝の社内カンパニーとしてセミコンダクター&ストレージ社を設置 東芝は2011年7月、半導体とストレージを束ねる社内カンパニーとしてセミコンダクター&ストレージ社を置いた。スマートフォンやデータセンターの普及で大容量メモリの需要が伸びるなか、メモリとSSDを担う事業組織を社内で明確にし、独立した投資サイクルを持つ事業として運営する体制を整えた。 メモリ事業を東芝内で一つの事業単位として括り出し、後の分社・売却へつながる組織の輪郭を定めた組織再編である。 | 2011 1-12月 | ||||
研究開発 | 48層積層プロセスのBiCS FLASHのサンプル出荷を開始 東芝は2015年、48層を積み上げた3次元NANDのBiCS FLASHのサンプル出荷を始め、量産世代への移行を進めた。積層数を増やすほど大容量化と低コスト化が進む一方で、世代交代のたびに巨額の設備投資を要し、合弁相手のサンディスクは翌2016年に米ウエスタンデジタルへ買収された。 3次元NANDの量産化を前進させた技術の節目であり、以後も積層数を競う世代交代投資が続く分岐点となったサンプル出荷である。 | 2015 1-12月 | ||||
構造改革組織再編 | 東芝がメモリ事業の分社化の方針を決定 米原子力子会社ウェスチングハウスの建設コスト膨張で巨額の損失を抱えた東芝は、2017年に入って財務の立て直しを迫られ、稼ぎ頭のメモリ事業を分社して外部資本を入れる方針を決めた。二期連続の債務超過による上場廃止を避けるため、手元でもっとも高く売れる資産を切り出す判断であった。 会計不正とウェスチングハウス破綻に続く危機のなか、虎の子のメモリ事業を手放す決断の出発点となった方針決定である。 | 2017 1-12月 | ||||
組織再編 | メモリ・SSD事業の承継を目的に旧東芝メモリ株式会社を設立 東芝は2017年2月、メモリとSSD事業の受け皿として資本金100億円の東芝メモリ株式会社を全額出資で設立した。総合電機の一部門だったメモリを独立した会社に括り出し、単体で企業価値を評価して外部へ売却できる形を整えた。実際の事業承継は同年4月に会社分割で発効した。 分社と売却の器を用意し、メモリ事業を東芝本体の信用力から切り離す手続きを始めた設立である。 | |||||
組織再編 | 東芝からメモリ事業(SSDを含む)を会社分割により承継 2017年4月1日、東芝メモリはSSDを含むメモリ事業を会社分割で承継し、実質的に分社が発効した。承継直後の2018年3月期の実績は売上高約1兆1,937億円、営業利益約4,605億円で、東芝グループ随一の収益源であった。この稼ぐ力の大きさが、続く売却で高値の入札を呼び込む土台となった。 メモリ事業が独立採算の会社として動き出し、約2兆円の売却へ向かう実体を備えた事業承継である。 | |||||
設備投資 | 岩手県北上市に新製造拠点の立ち上げを発表 東芝メモリは2017年9月、岩手県北上市に3次元NAND向けの新たな製造拠点を立ち上げると発表した。四日市に次ぐ国内第二の生産拠点として、増え続けるメモリ需要に応える増産の受け皿とした。用地取得と建設を進め、同年12月には運営会社の東芝メモリ岩手を設立した。 四日市への一極集中を改め、国内二拠点で増産を担う布石となった北上進出の発表である。 | |||||
設備投資 | 北上の製造拠点に向け東芝メモリ岩手株式会社(現キオクシア岩手)を設立 2017年12月、東芝メモリは北上工場を運営する子会社として東芝メモリ岩手株式会社を設立した。2019年10月の社名変更でキオクシア岩手となり、四日市に続く3次元NANDの量産拠点として立ち上がった。北上には合弁相手のウエスタンデジタルも共同投資し、四日市と同じ折半の枠組みで運営された。 四日市に次ぐ国内第二の生産拠点を運営する体制を整え、二拠点による増産を実務面から支えた設立である。 | |||||
重要事項企業買収 | 東芝が旧東芝メモリの全株式をベインキャピタル連合の買収目的会社Pangeaへ譲渡 中国の独占禁止当局の承認を最後に、2018年6月1日、東芝は東芝メモリの全株式をベインキャピタル主導の買収目的会社Pangeaへ約2兆円で譲渡した。Pangeaの議決権はベイン49.9%、再出資した東芝40.2%、HOYA9.9%で、日本勢が合わせて過半を握る設計であった。東芝は総額3,505億円を出し直して大株主として残った。 当時の日本で最大級の企業売却であり、東芝の危機がキオクシアを外部資本の下で独立させる転機となった株式譲渡である。 | 2018 1-12月 | ||||
組織再編 | Pangeaが旧東芝メモリを吸収合併し東芝メモリ株式会社(現キオクシア)に社名変更 2018年8月、買収の受け皿だったPangeaは事業会社の旧東芝メモリを吸収合併し、存続会社の社名を東芝メモリ株式会社に改めた。買収時に組んだ複雑な資本の器を事業会社と一体化させ、ベインキャピタル連合の下での運営体制を整えた。この会社が2019年10月にキオクシアへ改称する。 買収スキームと事業会社を一本化し、独立したメモリ専業会社としての実体を整えた組織再編である。 | |||||
設備投資 | 四日市工場の第6製造棟とメモリ開発センターが竣工 2018年9月、四日市工場に第6製造棟とメモリ開発センターが竣工した。3次元NANDの量産能力を積み増すとともに、開発機能を集約して次世代品の設計と量産化を同じ拠点で進める体制を整えた。売却で独立した直後も、四日市への設備投資は緩めなかった。 独立後もNANDの世代交代投資を続けたことを示し、四日市の生産・開発機能を厚くした竣工である。 | |||||
組織再編 | 単独株式移転により東芝メモリホールディングス株式会社(現キオクシアホールディングス)を設立 2019年3月1日、東芝メモリは単独株式移転により持株会社の東芝メモリホールディングス株式会社を設立し、事業会社を傘下に置いた。同年10月にキオクシアホールディングスへ改称するこの持株会社が、2024年12月の上場で東証プライムに株式を上場する主体となる。 現在のキオクシアホールディングスの直接の設立にあたり、上場企業としての親会社の器を整えた株式移転である。 | 2019 1-12月 | ||||
株主対応 | 日本政策投資銀行への優先株発行とシンジケートローンで資金調達を実行 独立した専業メーカーは、四日市や北上で続く巨額の設備投資を旧親会社の信用に頼らず自ら賄う必要に迫られた。2019年6月、東芝メモリは日本政策投資銀行を引受先とする優先株の発行と、金融機関からのシンジケートローンによって資金を調達した。メモリ市況の波に耐えながら世代交代投資を続けるための資本の積み増しであった。 旧親会社の信用に依存しない自前の資金調達を実行し、独立経営の資本基盤を固めた資金調達である。 | |||||
企業買収海外進出 | 台湾ライトオンのSSD事業の買収計画を公表 東芝メモリは2019年8月、台湾のライトオン・テクノロジーのSSD事業を買収する計画を公表した。自社が強みとするNANDにSSDの設計・製造能力を加え、メモリの応用製品まで一貫して手がける狙いで、翌2020年7月に子会社SSSTCなどの全株式を取得して買収を完了した。 部材のNANDから最終製品のSSDへ事業を広げ、付加価値の高いストレージ分野を厚くする布石となった買収計画である。 | |||||
組織再編 | ブランド名称をキオクシアへ刷新し、グループ各社の社名を変更 2019年10月1日、東芝メモリグループは社名を一斉にキオクシアへ改めた。キオクシアは日本語の「記憶」とギリシャ語で価値を意味する「アクシア」を組み合わせた造語で、社内公募から選ばれた。東芝の名を外したことは、旧親会社からの独立とメモリ専業メーカーとして世界で戦う決意を示すものであった。 東芝メモリからキオクシアへの改称であり、発明から30年余りを経て東芝生まれの事業が独自の名で歩み始めた転換である。 | |||||
設備投資 | キオクシア北上工場(岩手県)第1製造棟が竣工 2019年10月、岩手県北上市のキオクシア北上工場で第1製造棟が竣工した。2017年に発表した国内第二の生産拠点が稼働段階に入り、四日市とともに3次元NANDを量産する二拠点体制が整った。北上には合弁相手のウエスタンデジタルも共同投資した。 四日市への一極集中を改め、国内二拠点で増産を担う体制を稼働で実現した竣工である。 | |||||
企業買収海外進出 | 台湾ライトオン子会社SSSTCとその関係会社の全株式を取得 2020年7月、キオクシアは前年に公表したライトオンのSSD事業の買収を完了し、子会社SSSTCとその関係会社の全株式を取得した。これによりクライアント向けSSDの設計・製造能力を取り込み、NANDから最終製品まで手がける体制を補強した。 NANDの応用製品であるSSD事業を自社に取り込み、部材から完成品まで一貫して供給する体制を厚くした買収である。 | 2020 1-12月 | ||||
FY22 2022/3 | 売上高 15,265億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,059億円 | ||||
設備投資 | 四日市工場の第7製造棟が竣工 2022年10月、四日市工場の発足30周年にあたる年に第7製造棟が竣工し、稼働した。3次元NANDのBiCS FLASHを生産する最新鋭の製造棟で、増え続けるデータセンターやスマートフォン向けの需要に応える増産能力を加えた。 四日市の生産能力をさらに積み増し、AI・データセンター需要の拡大に備えた竣工である。 | FY23 2023/3 | 売上高 12,821億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -1,381億円 | ||
研究開発 | 218層積層プロセスの第8世代BiCS FLASHを試作 キオクシアは2023年、218層を積み上げた第8世代BiCS FLASHを試作した。世代を追うごとに積層数を増やして面積あたりの記憶容量を高める開発方針に沿ったもので、この第8世代は2024年後半に量産へ移り、生成AIやデータセンターの需要拡大に応える主力世代となった。 3次元NANDの積層数競争で最先端をうかがう技術水準を示し、後の過去最高益を支える主力製品につながる試作である。 | |||||
組織再編 | 早坂伸夫 | 米ウエスタンデジタルとのメモリ事業統合交渉が、株主SKハイニックスの同意を得られず決裂 2021年以降、キオクシアと米ウエスタンデジタルは日本に本社を置く新会社へ統合する構想を進めたが、2023年10月に交渉が決裂したと報じられた。両社が一つになればサムスン電子に並ぶ規模のNANDメーカーが生まれるはずであったが、決め手は2018年の買収連合に社債で参加した株主SKハイニックスが同意しなかったことである。 長年NANDを共同生産してきた両社の統合による規模拡大の構想が、複雑な資本の連立に阻まれて実を結ばなかった破談である。 | FY24 2024/3 | 売上高 10,766億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -2,437億円 | |
設備投資 | 太田裕雄 | 北上工場の第2製造棟の建屋が完成 2024年7月、キオクシア北上工場で第2製造棟の建屋が完成した。第8世代BiCS FLASHを生産する新棟で、日本政府は四日市・北上の次世代3次元NAND向けに最大1,500億円の補助を決めていた。2025年9月に稼働し、AI向けメモリの増産を担う。 国の補助を受けて国内の増産能力を積み増し、AI・データセンター需要に応える生産基盤を厚くした建屋完成である。 | FY25 2025/3 | 売上高 17,065億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,723億円 | |
重要事項株式上場 | 東京証券取引所プライム市場に株式を上場 2024年12月18日、キオクシアホールディングスは東京証券取引所プライム市場に上場した。証券コードは285A、公開価格は1,455円、初値1,440円、初日終値は1,601円であった。2020年と2024年秋の二度の見送りを経た4年越しの上場で、ベインキャピタルはこれを機に保有株を段階的に売り出し、2026年7月に完全撤退した。 ベイン連合の傘下から株式市場へ資本の主を移し、メモリ専業メーカーとして独立を確かなものにした上場である。 | |||||
FY26 2026/3 | 売上高 23,376億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 5,545億円 |
- 東芝が世界初のNAND型フラッシュメモリを発明
舛岡富士雄氏は1980年ごろから川崎の研究拠点で不揮発性メモリの開発を進め、1987年の国際会議IEDMで、素子をまとめて配線して面積あたりの記憶容量を高めたNAND型フラッシュメモリを世界で初めて発表した。一括して素早く消せる様子がカメラのフラッシュを思わせることから、同僚の有泉章二氏が「フラッシュ」と名付けた。
キオクシアの主力製品であるNAND型フラッシュメモリの原点であり、技術も名称も東芝から生まれたことを示す発明である。 - NAND型フラッシュメモリの量産を開始
東芝は1991年、世界で初めて4MビットのNAND型フラッシュメモリを製品化し、量産へ移した。ただし翌1992年にはNAND技術を韓国のサムスン電子へライセンス供与し、サムスンはこれを足がかりに巨額を投じて世界最大のメモリメーカーへ成長する。発明した当の東芝が事業化の速度でサムスンに市場の先行を許したという評価は、この分野でしばしば指摘される。
発明を製品へ結実させた一方で、量産投資の規模において後発のサムスンに主導権を譲る発端ともなった量産開始である。 - 四日市工場(三重県)を設立
東芝は1990年から三重県四日市市で用地造成を進め、1992年に四日市工場を発足させた。1993年に第1製造棟が操業して16MビットDRAMの生産を始め、1999年からはNAND型フラッシュの生産に移った。四日市はその後もサンディスクとの合弁を器に製造棟を積み増し、日本最大級のメモリ生産拠点へ拡張していく。
NAND量産の中核となり、現在に至るまでキオクシアの生産と投資の中心であり続ける主力工場の発足である。 - 米サンディスクグループとフラッシュメモリで協業を開始
2000年、東芝は米サンディスクとフラッシュメモリで協業を始め、同年6月に折半出資の合弁フラッシュビジョンを設立した。工場を東芝が所有・運営し、設備投資と産出ウエハを両社で分け合う枠組みで、以後フラッシュパートナーズ・フラッシュアライアンス・フラッシュフォワードと合弁を重ねて四日市の製造棟を増やした。
巨額の設備投資を分担しながらNANDを量産する体制を築き、現在のサンディスクとの共同生産まで続く提携が始まった協業である。 - 汎用DRAM事業からの撤退を決定
2001年12月、東芝は市況の悪化した汎用DRAM事業からの撤退を決め、米バージニア州の工場をマイクロン・テクノロジーへ売却した。価格競争の激しい汎用DRAMを手放し、自社が発明したNAND型フラッシュへ経営資源を集中する選択であった。以後、東芝のメモリ事業はNANDとその応用製品を中心に据えた。
DRAMを手放してNAND専業への道を定め、後のキオクシアの原型となる選択と集中を決めた撤退である。 - 四日市工場の生産に向けサンディスクと合弁のフラッシュビジョン有限会社を設立
東芝とサンディスクは2002年、四日市での生産を担う折半出資の合弁フラッシュビジョン有限会社を設立した。2000年に米バージニアで始めたウエハ生産を四日市へ移し、汎用DRAM撤退で空いた製造能力をNANDの共同生産に振り向けた。両社はこの合弁を皮切りに四日市で製造棟を段階的に増やした。
DRAM撤退とNAND集中を四日市の設備の上で具体化し、サンディスクとの量産体制を軌道に乗せた合弁設立である。 - 3次元フラッシュメモリ技術を開発
平面上での微細化が物理的な限界に近づくなか、東芝は2007年、記憶素子を垂直に積み上げる3次元フラッシュメモリ技術を開発した。後にこれをBiCS FLASHと名付けて実用化を目指し、2016年に量産へ移した。積層によって面積あたりの記憶容量を高める方式は、その後のNAND開発の中心となった。
微細化に頼らず容量を伸ばす3次元NANDへ道を開き、以後のキオクシアの技術開発の方向を定めた開発である。 - 東芝の社内カンパニーとしてセミコンダクター&ストレージ社を設置
東芝は2011年7月、半導体とストレージを束ねる社内カンパニーとしてセミコンダクター&ストレージ社を置いた。スマートフォンやデータセンターの普及で大容量メモリの需要が伸びるなか、メモリとSSDを担う事業組織を社内で明確にし、独立した投資サイクルを持つ事業として運営する体制を整えた。
メモリ事業を東芝内で一つの事業単位として括り出し、後の分社・売却へつながる組織の輪郭を定めた組織再編である。 - 48層積層プロセスのBiCS FLASHのサンプル出荷を開始
東芝は2015年、48層を積み上げた3次元NANDのBiCS FLASHのサンプル出荷を始め、量産世代への移行を進めた。積層数を増やすほど大容量化と低コスト化が進む一方で、世代交代のたびに巨額の設備投資を要し、合弁相手のサンディスクは翌2016年に米ウエスタンデジタルへ買収された。
3次元NANDの量産化を前進させた技術の節目であり、以後も積層数を競う世代交代投資が続く分岐点となったサンプル出荷である。 - 東芝がメモリ事業の分社化の方針を決定
米原子力子会社ウェスチングハウスの建設コスト膨張で巨額の損失を抱えた東芝は、2017年に入って財務の立て直しを迫られ、稼ぎ頭のメモリ事業を分社して外部資本を入れる方針を決めた。二期連続の債務超過による上場廃止を避けるため、手元でもっとも高く売れる資産を切り出す判断であった。
会計不正とウェスチングハウス破綻に続く危機のなか、虎の子のメモリ事業を手放す決断の出発点となった方針決定である。 - メモリ・SSD事業の承継を目的に旧東芝メモリ株式会社を設立
東芝は2017年2月、メモリとSSD事業の受け皿として資本金100億円の東芝メモリ株式会社を全額出資で設立した。総合電機の一部門だったメモリを独立した会社に括り出し、単体で企業価値を評価して外部へ売却できる形を整えた。実際の事業承継は同年4月に会社分割で発効した。
分社と売却の器を用意し、メモリ事業を東芝本体の信用力から切り離す手続きを始めた設立である。 - 東芝からメモリ事業(SSDを含む)を会社分割により承継
2017年4月1日、東芝メモリはSSDを含むメモリ事業を会社分割で承継し、実質的に分社が発効した。承継直後の2018年3月期の実績は売上高約1兆1,937億円、営業利益約4,605億円で、東芝グループ随一の収益源であった。この稼ぐ力の大きさが、続く売却で高値の入札を呼び込む土台となった。
メモリ事業が独立採算の会社として動き出し、約2兆円の売却へ向かう実体を備えた事業承継である。 - 岩手県北上市に新製造拠点の立ち上げを発表
東芝メモリは2017年9月、岩手県北上市に3次元NAND向けの新たな製造拠点を立ち上げると発表した。四日市に次ぐ国内第二の生産拠点として、増え続けるメモリ需要に応える増産の受け皿とした。用地取得と建設を進め、同年12月には運営会社の東芝メモリ岩手を設立した。
四日市への一極集中を改め、国内二拠点で増産を担う布石となった北上進出の発表である。 - 北上の製造拠点に向け東芝メモリ岩手株式会社(現キオクシア岩手)を設立
2017年12月、東芝メモリは北上工場を運営する子会社として東芝メモリ岩手株式会社を設立した。2019年10月の社名変更でキオクシア岩手となり、四日市に続く3次元NANDの量産拠点として立ち上がった。北上には合弁相手のウエスタンデジタルも共同投資し、四日市と同じ折半の枠組みで運営された。
四日市に次ぐ国内第二の生産拠点を運営する体制を整え、二拠点による増産を実務面から支えた設立である。 - Pangeaが旧東芝メモリを吸収合併し東芝メモリ株式会社(現キオクシア)に社名変更
2018年8月、買収の受け皿だったPangeaは事業会社の旧東芝メモリを吸収合併し、存続会社の社名を東芝メモリ株式会社に改めた。買収時に組んだ複雑な資本の器を事業会社と一体化させ、ベインキャピタル連合の下での運営体制を整えた。この会社が2019年10月にキオクシアへ改称する。
買収スキームと事業会社を一本化し、独立したメモリ専業会社としての実体を整えた組織再編である。 - 四日市工場の第6製造棟とメモリ開発センターが竣工
2018年9月、四日市工場に第6製造棟とメモリ開発センターが竣工した。3次元NANDの量産能力を積み増すとともに、開発機能を集約して次世代品の設計と量産化を同じ拠点で進める体制を整えた。売却で独立した直後も、四日市への設備投資は緩めなかった。
独立後もNANDの世代交代投資を続けたことを示し、四日市の生産・開発機能を厚くした竣工である。 - 単独株式移転により東芝メモリホールディングス株式会社(現キオクシアホールディングス)を設立
2019年3月1日、東芝メモリは単独株式移転により持株会社の東芝メモリホールディングス株式会社を設立し、事業会社を傘下に置いた。同年10月にキオクシアホールディングスへ改称するこの持株会社が、2024年12月の上場で東証プライムに株式を上場する主体となる。
現在のキオクシアホールディングスの直接の設立にあたり、上場企業としての親会社の器を整えた株式移転である。 - 日本政策投資銀行への優先株発行とシンジケートローンで資金調達を実行
独立した専業メーカーは、四日市や北上で続く巨額の設備投資を旧親会社の信用に頼らず自ら賄う必要に迫られた。2019年6月、東芝メモリは日本政策投資銀行を引受先とする優先株の発行と、金融機関からのシンジケートローンによって資金を調達した。メモリ市況の波に耐えながら世代交代投資を続けるための資本の積み増しであった。
旧親会社の信用に依存しない自前の資金調達を実行し、独立経営の資本基盤を固めた資金調達である。 - 台湾ライトオンのSSD事業の買収計画を公表
東芝メモリは2019年8月、台湾のライトオン・テクノロジーのSSD事業を買収する計画を公表した。自社が強みとするNANDにSSDの設計・製造能力を加え、メモリの応用製品まで一貫して手がける狙いで、翌2020年7月に子会社SSSTCなどの全株式を取得して買収を完了した。
部材のNANDから最終製品のSSDへ事業を広げ、付加価値の高いストレージ分野を厚くする布石となった買収計画である。 - ブランド名称をキオクシアへ刷新し、グループ各社の社名を変更
2019年10月1日、東芝メモリグループは社名を一斉にキオクシアへ改めた。キオクシアは日本語の「記憶」とギリシャ語で価値を意味する「アクシア」を組み合わせた造語で、社内公募から選ばれた。東芝の名を外したことは、旧親会社からの独立とメモリ専業メーカーとして世界で戦う決意を示すものであった。
東芝メモリからキオクシアへの改称であり、発明から30年余りを経て東芝生まれの事業が独自の名で歩み始めた転換である。 - キオクシア北上工場(岩手県)第1製造棟が竣工
2019年10月、岩手県北上市のキオクシア北上工場で第1製造棟が竣工した。2017年に発表した国内第二の生産拠点が稼働段階に入り、四日市とともに3次元NANDを量産する二拠点体制が整った。北上には合弁相手のウエスタンデジタルも共同投資した。
四日市への一極集中を改め、国内二拠点で増産を担う体制を稼働で実現した竣工である。 - 台湾ライトオン子会社SSSTCとその関係会社の全株式を取得
2020年7月、キオクシアは前年に公表したライトオンのSSD事業の買収を完了し、子会社SSSTCとその関係会社の全株式を取得した。これによりクライアント向けSSDの設計・製造能力を取り込み、NANDから最終製品まで手がける体制を補強した。
NANDの応用製品であるSSD事業を自社に取り込み、部材から完成品まで一貫して供給する体制を厚くした買収である。 - 四日市工場の第7製造棟が竣工
2022年10月、四日市工場の発足30周年にあたる年に第7製造棟が竣工し、稼働した。3次元NANDのBiCS FLASHを生産する最新鋭の製造棟で、増え続けるデータセンターやスマートフォン向けの需要に応える増産能力を加えた。
四日市の生産能力をさらに積み増し、AI・データセンター需要の拡大に備えた竣工である。 - 218層積層プロセスの第8世代BiCS FLASHを試作
キオクシアは2023年、218層を積み上げた第8世代BiCS FLASHを試作した。世代を追うごとに積層数を増やして面積あたりの記憶容量を高める開発方針に沿ったもので、この第8世代は2024年後半に量産へ移り、生成AIやデータセンターの需要拡大に応える主力世代となった。
3次元NANDの積層数競争で最先端をうかがう技術水準を示し、後の過去最高益を支える主力製品につながる試作である。 - 北上工場の第2製造棟の建屋が完成
2024年7月、キオクシア北上工場で第2製造棟の建屋が完成した。第8世代BiCS FLASHを生産する新棟で、日本政府は四日市・北上の次世代3次元NAND向けに最大1,500億円の補助を決めていた。2025年9月に稼働し、AI向けメモリの増産を担う。
国の補助を受けて国内の増産能力を積み増し、AI・データセンター需要に応える生産基盤を厚くした建屋完成である。