米アルティウムの買収(2024年・ルネサスエレクトロニクスの決断)

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論点 設計ソフトへ事業を広げるか
ルネサスエレクトロニクス:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
設計ソフトウェアへの越境と、伝統的な半導体メーカーからの脱皮

何をなぜ決めたか:設計ソフトウェアへの越境と、伝統的な半導体メーカーからの脱皮

概要

車載マイコン世界首位のルネサスが、電子回路のプリント基板(PCB)設計ツールを手がける米アルティウム(Altium Limited)を買収した経営判断。2024年2月15日に1株68.50豪ドル・総額約91億豪ドル(1豪ドル97円換算で約8,879億円)で取得することに合意し、同年8月1日に完全子会社化した。取得原価は9,189億円で、半導体メーカーの製品拡充型買収を重ねてきた同社にとって、ソフトウェア企業の取得は性格の異なる案件であった。

背景

ルネサスは2019年7月に就任した柴田英利社長兼CEOのもと、インターシル・IDT・Dialogといった海外のアナログ半導体メーカーを相次いで買収し、赤字体質から最高益企業へ転じた。官民ファンドのINCJは2022年の自己株式公開買付で持分を12.52%まで下げ、2023年8月には主要株主でなくなって、実質国有化からの独立を果たしていた。

内容

買収先のアルティウムは、1985年に豪州で創業し米国カリフォルニア州サンディエゴに本社を置く、PCB設計などのソフトウェアツールの開発・販売会社である。豪州証券取引所に上場していた133,279,432株の全株式を、豪州会社法のScheme of Arrangementにより現金で取得した。資金は2024年5月30日付の7,683億円のシンジケートローンで手当てし、9月には1,453億円を国際協力銀行からの借入へ組み替えた。

含意

取得原価9,189億円のうち3,129億円が無形資産へ、6,831億円がのれんへ配分され、総資産は4兆4,904億円へ膨らんだ。無形資産の大半(2,843億円)は技術資産で、超過収益法により測定されている。製品の品ぞろえを増やす従来の買収と違い、顧客が回路を設計する工程そのものを押さえにいく越境であり、脱・日の丸を果たした会社の次の賭けとなった。

いつ何が起きたか 8件
当時の取締役 5名
考察:半導体会社を買収する会社から、設計の土俵を掌握する会社へ
考察

考察:半導体会社を買収する会社から、設計の土俵を掌握する会社へ

この決断の核心は、買収の金額ではなく、買う対象を半導体からその一つ上流へ移した点にある。インターシル、IDT、Dialogと重ねてきた買収は、いずれも半導体という同じ土俵で品ぞろえを広げる拡張であった。対してアルティウムの買収は、顧客が回路を設計する場そのものを押さえにいく越境で、ルネサスは設計基盤の一参加者から、その場を運営する側へ回ろうとした。半導体を売る会社が、半導体を選び組み合わせる工程まで手中に収める——伝統的な半導体メーカーの輪郭を、自ら外そうとする判断だっただろう。

もっとも、越境には固有の難しさがつきまとう。設計プラットフォームは、どの半導体メーカーにも中立であってこそ広く使われてきた。その基盤を一社が抱えることが、かえって参加者の離反を招かないか——中立と所有は、容易には両立しない緊張をはらむ。取得原価9,189億円のうち7割強がのれんに乗り、その回収は統合後の収益にかかっている。実質国有化から独立し、脱・日の丸を果たしたルネサスにとって、この買収は何を売る会社かという自己規定そのものを問い直す試みであった。その答えは、統合後の数年をかけて確かめられていくとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

ルネサスエレクトロニクス:のれん・無形資産と総資産の推移

のれん(百万円)無形資産(百万円)
ルネサスエレクトロニクス:のれん・無形資産と総資産の推移
(百万円) のれん無形資産総資産 備考
2016年12月期 049,461873,241 IFRS移行日(2017年1月1日)の残高。インターシル買収前でのれんはゼロ
2017年12月期 190,603202,4021,136,000 2017年2月のインターシル買収でのれん190,603を計上
2018年12月期 187,230166,5241,055,235
2019年12月期 625,030414,5821,668,148 IDT取得でのれん445,976・無形資産320,276が加わる
2020年12月期 590,459364,7641,608,985
2021年12月期 1,089,452534,7782,426,301 Dialog・Celenoを取得。翌期の確定処理を反映した遡及修正後の額
2022年12月期 1,264,275488,8392,812,491
2023年12月期 1,362,131421,8473,167,003
2024年12月期 2,256,169724,7684,490,436 Altium取得でのれん683,123・無形資産312,855が加わり総資産が4割増
2025年12月期 2,239,337593,3244,177,163 のれんの減損は無い。無形資産の減損9,616のうち4,007は事業譲渡分
出所:ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書 第16〜24期(連結財政状態計算書)
出所:ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書 第16〜24期(連結財政状態計算書)

ルネサスエレクトロニクス:産業・インフラ・IoTセグメントの売上収益と営業利益

外部顧客への売上収益(百万円)セグメント営業利益率(%)
ルネサスエレクトロニクス:産業・インフラ・IoTセグメントの売上収益と営業利益
(百万円) 外部顧客への売上収益セグメント営業利益 備考
2018年12月期 346,56980,547 自動車と産業・インフラ・IoTの2区分での開示が始まった期
2019年12月期 329,70559,063
2020年12月期 363,60989,702
2021年12月期 515,547167,071 Dialogの取得で増収。産業・インフラ・IoTが自動車を上回る
2022年12月期 845,881331,772
2023年12月期 799,338268,384
2024年12月期 636,760173,379 Altiumが加わったが在庫調整で減収。自動車の702,812を下回った
2025年12月期 671,760169,404
出所:ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書 第17〜24期(連結財務諸表注記 セグメント情報)
出所:ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書 第17〜24期(連結財務諸表注記 セグメント情報)

買収の条件

買収の条件
科目 概要 備考
被取得企業の名称 Altium Limited 事業の内容はPCB設計などのソフトウェアツールの開発および販売
買収の合意 2024年2月15日 両社の取締役会の全会一致の決議を経てSIA(実施契約)を締結した
買付価格 1株当たり68.50豪ドル 総額約91億豪ドル。1豪ドル97円換算で約8,879億円。対価は現金
企業結合の法的形式 Scheme of Arrangement 豪州会社法に基づく手続。株主総会と豪州裁判所の承認により成立する
取得した株式数 133,279,432株 発行済株式数に対する割合は100.0%。異動前の所有株式数は0株
企業結合日 2024年8月1日 当社の完全子会社を通じた現金を対価とする株式取得により支配を獲得
取得原価 918,864百万円 現金917,399・株式報酬1,110・取得日直前に認識していた資産355の合計
取得関連費用 2,277百万円 2024年12月期の販売費及び一般管理費に全額を計上
受け入れた資産の額 356,907百万円 引き受けた負債は101,691百万円、差し引く純資産は255,216百万円
無形資産への配分額 312,855百万円 うち技術資産284,278百万円。公正価値は超過収益法により測定した
のれんの金額 683,123百万円 2024年12月期に取得原価の配分が完了し、のれんの額は確定している
のれんの発生原因 シナジー効果と超過収益力 税務上損金算入可能と見込まれるのれんの額は無い
のれんの償却方法 償却せず、減損テストを実施 技術資産は15年以内、顧客関連資産は18年以内の定額法で償却する
買収資金の借入 7,683億円 2024年5月30日付シンジケートローン。三菱UFJ・みずほ・三井住友信託等
買収資金の一部借換 1,453億円 2024年9月30日付の国際協力銀行によるタームローン
子会社株式の取得による支出 910,128百万円 純額。被取得企業の保有現金26,746百万円を差し引いた後の支払額
業績への影響 記載なし 取得日から期末までの売上収益・当期損益への影響は重要でないと記載
出所:ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書 第22期(2023年12月期)【重要な後発事象】・第23期(2024年12月期)【経営上の重要な契約等】【連結財務諸表注記 7.企業結合】
出所:ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書 第22期(2023年12月期)【重要な後発事象】・第23期(2024年12月期)【経営上の重要な契約等】【連結財務諸表注記 7.企業結合】
当時の取締役 5名
参考文献

参考文献

参考
  • ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書「第22期(2023年12月期)【重要な後発事象】」
  • ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書「第23期(2024年12月期)【連結財務諸表注記 7.企業結合】」
  • ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書「第23期(2024年12月期)【経営上の重要な契約等】」
  • ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書「第22期(2023年12月期)【株式等の状況】【関連当事者情報】」
  • ルネサスエレクトロニクス 有価証券報告書「第16〜24期(連結財政状態計算書・連結財務諸表注記 セグメント情報・非金融資産の減損損失)」

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