マネーフォワードクラウド会計への参入で、法人向けという二本目の柱を立てる

無料の家計簿で集めた利用者を、どこで対価に変えるか

時期 2013年11月
意思決定者(推定) 辻庸介 社長
論点 収益源の設計と事業領域の拡張
概要
2013年11月、個人向け家計簿サービスで築いた金融機関との接続と自動分類の仕組みを法人の経理へ向け、クラウド会計ソフト『マネーフォワード For BUSINESS』(現『マネーフォワード クラウド会計・確定申告』)で法人向け事業に参入した判断。以後10年をかけて周辺業務のプロダクトを積み増した。
背景
個人向けは無料で利用者を集める設計で、2013年11月期の売上高は355万円、経常損失は1億690万円にとどまった。明細を取り込んで費目へ振り分ける処理は、家計の分類と企業の仕訳とで仕組みが変わらない。
内容
金融機関のデータを自動で取得し仕訳も自動で行うソフトを、法人は月額1,800円、個人事業主のプレミアム会員は月額800円で提供した。以後、請求書・給与・マイナンバー・経費とバックオフィス業務のプロダクトをほぼ毎年追加している。
含意
2022年10月に導入法人事業者数は10万社を超え、2025年11月期のBusinessセグメント売上高は360億5052万円と連結の7割を占める。ただし同セグメント損益は12億1206万円の赤字が残る。
筆者の見解

対価を払う相手を入れ替えた判断

2013年のクラウド会計参入は、新しい市場を見つけた話というより、すでに持っていた仕組みの売り先を変えた話に近い。金融機関の明細を自動で取り込み、費目へ振り分ける処理は、もともと家計簿のために作られていた。同じ処理を勘定科目へ向け直したところ、無料でしか受け取ってもらえなかった機能に、月額1,800円を払う相手が現れた。作り替えたのは技術ではなく、その技術を必要とする相手のほうであったといえる。

二本目の柱が一本目を細らせなかった点にも特徴がある。個人向けの『マネーフォワード ME』は1200万人以上に使われ、法人向けはそこで磨いた接続網の上に載った。ただし積み増しには費用が伴い、2022年11月期には84億6930万円の営業赤字を計上している。2025年11月期のBusinessセグメント損益も12億1206万円の赤字であり、売上高360億円を積み上げてなお、二本目の柱はまだ利益の柱には届いていない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

利用者は積み上がるが、収益は立たない

家計簿サービスは利用者を集めたものの、収益にはすぐ結びつかなかった。2013年11月期の売上高は355万円、経常損失は1億690万円である。個人向けの『マネーフォワード』は無料で使えることを前提に利用者を伸ばす設計で、収益は後から追いかける約束になっていた。利用者に代わって金融機関へログインし、残高と明細を取得して支出を自動で分類するアカウントアグリゲーション機能は自前で開発しており、この仕組みに対価を払う相手をどこに置くかが残された課題であった[1][2]

向き先として法人が浮かぶ理由はあった。銀行やカードの明細を自動で取り込み、勘定科目へ振り分ける処理は、家計の費目分類と仕組みがほとんど変わらない。一方で中小企業やベンチャーの経理は、通帳と領収書を人手で入力する作業に時間を割いており、そこには支払う理由がある。同社は新しいソフトについて、金融機関のデータを自動取得し仕訳も自動で行うことで、現状の経理・会計作業を簡単にできるツールを提供すると説明した。米国では中小企業の約6割がすでにクラウドサービスを導入していた[3][4]

会計ソフトという既製品の市場へ、後から入る

会計ソフトは、すでに製品の行き渡った市場でもあった。パッケージを買って自分のパソコンに入れる形が長く続いており、クラウドで提供する事業者は同じ2012年に創業したfreeeなど数社にとどまる。クラウド会計ソフトの国内普及率は2019年の時点でも14%であり、参入の時点では既存製品の置き換えを競うより、まだ手で入力している事業者に道具そのものを届けるところから始める必要があった[5][6]

足場になったのは、個人向けで積んだ金融機関との関係であった。接続先の金融機関からはサーバーの負担が急に増えたことで怒鳴られることもあったが、利用者にとっての利点を地道に説明して納得を得たと辻氏は振り返る。この接続網は法人向けでもそのまま使える。連携できる金融関連サービスは2015年8月時点で2,100を超え、企業がどの銀行やカードを使っていても明細を取り込める範囲が広がった[7][8]

決断

2013年11月の参入と、継続課金という値付け

2013年9月10日、同社は個人および法人向けの新しいクラウド会計ソフトを同年11月末にリリースすると告知し、事前登録を受け付けるサイトを開いた。掲げたのは、金融機関のデータを自動で取得して仕訳も自動で行い、経理・会計の作業を簡単にする道具という内容である。同年11月に『マネーフォワード For BUSINESS』(現『マネーフォワード クラウド会計・確定申告』)をリリースし、翌2014年1月27日に正式提供を始めた。設立から1年半での二本目であった[9][10]

収益の形も個人向けとは変えた。法人向けは月額1,800円、個人事業主向けのプレミアム会員は月額800円で、使い続ける限り毎月受け取る課金である。無料で利用者を集めて別の手段で回収する個人向けと違い、業務に組み込まれた道具として毎月の対価を得る。会社は週2回の頻度で機能を更新し、確定申告の準備にかかる時間は約5分の1に短縮されたと説明した。使うほど手で戻りにくくなる状態を、更新の速さで作ろうとした値付けであった[11][12]

会計を入り口に、バックオフィス全体へ

会計だけでは終わらせなかった。2014年5月に請求書、2015年3月に給与、2015年8月にマイナンバー、2016年1月に経費と、バックオフィスの各業務を扱うプロダクトをほぼ毎年積み増している。経理から人事労務まで同じ会社の道具でそろえられれば、企業は一つ導入したあとに次を足しやすい。2013年に出した会計を入り口に、法人の事務作業全体を対象へ置く組み立てであった[13]

金融機関との関係も、接続先から提携先へ移った。2016年3月には住信SBIネット銀行と、日本の銀行では初めてとなるAPI連携を始める。利用者が銀行のIDとパスワードを同社に預けることなく残高や入出金明細を照会できる仕組みで、同行の円山法昭社長は、銀行は金融業のプロであってもテクノロジー企業ではないと語り、開発費の節約と安全確保を両立できたと評価している。2017年3月時点で、個人向けと法人向けを合わせて17の金融機関と協業する規模になった[14][15]

結果

12万から10万社へ、そして連結の7割

利用者の増え方は速かった。『MFクラウド会計・確定申告』は2014年1月の正式提供から1年で12万ユーザーを突破し、2015年8月には40万ユーザー、導入会計事務所1,200を超える。売上高は2015年11月期の4億4170万円から2016年11月期に15億4218万円へ伸び[18]、法人向けが会社の成長を引っ張る形が見え始めた。2022年10月には『マネーフォワード クラウド』の導入法人事業者数が10万社を超えている[16][17]

収益の重みも移った。2025年11月期のBusinessセグメントの売上高は360億5052万円で、連結売上高503億4994万円の7割を占める。同セグメントの従業員は1,754名にのぼる。2023年11月期の時点でSaaSプロダクト全体のARR(年間経常収益)は前年同期比42%増、法人向けの解約率は0.7%という低い水準にあり、法人顧客数が約3割増えたことに加えて平均単価も1割超上がった。会計から入って給与や経費へ広げる売り方が、単価の側から効いている[19][20]

出典・参考

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