1996年7月、埼玉県与野市(現さいたま市)鈴谷[1]の一室に株式会社ワークスアプリケーションズが設立された。目的は人事・給与パッケージソフト『COMPANY』の開発・販売・サポート[2]と定められ、代表取締役社長には石川芳郎氏[3]が就いた。牧野正幸氏が取締役副社長として加わったのは同年10月[4]、阿部孝司氏が取締役に就いたのは12月で、三人が役員として揃うまでには半年を要した。石川氏と阿部氏は1961年、牧野氏は1963年[5]の生まれであり、いずれもソフトウェア会社の生え抜きではない。2001年9月には牧野氏が代表取締役最高経営責任者、阿部氏が代表取締役最高執行責任者、石川氏が代表取締役最高技術責任者に就き、三人の代表取締役が並ぶ体制へ移った[6]。本社は1998年2月に東京都港区三田へ移り[7]、2004年3月には港区赤坂のアーク森ビルへ移った。
1996年7月、人事・給与パッケージソフト『COMPANY』の開発・販売・サポートを目的として、埼玉県与野市(現さいたま市)に株式会社ワークスアプリケーションズが設立された[8]。設立の2か月後にあたる同年9月には人事・給与のHRシリーズを販売開始しており[9]、製品を持って市場へ出るまでの助走は短かった。
選んだ市場は大企業の人事・給与[10]で、有価証券報告書はこの領域を『他社との差別化が不要な非競争領域』[引用元][11]と位置づけた。製品に課した条件は三つ[12]あり、日本独自の業務と文化を網羅すること、個別のソフトウエアカスタマイズが不要であること[13]、高い投資利益率を実現することが並ぶ。1996年9月に『COMPANY』人事・給与(HRシリーズ)を発売[14]し、2001年4月にはWebサービスを加え、人事関連製品分野では民間調査会社の統計で国内シェア首位[15]との結果を得た。2004年8月には操作・運用管理・導入に必要な知識と技能を体系化した認定資格制度[16]も設けた。
同社は人事・給与パッケージソフト『COMPANY』の開発・販売・サポートを事業の柱に据え、1999年4月にはプロフェッショナル養成特待生制度(後のテクノロジスト養成特待生制度)を開始して、東京都港区芝に研修室を新設した[17]。2002年8月には問題解決能力発掘インターンシップを始めており[18]、人材の採用と育成を自前で組み立てる姿勢は創業期から一貫していた。
1999年4月にはプロフェッショナル養成特待生制度[19]、後のテクノロジスト養成特待生制度を始め、東京都港区芝に研修室を新設した。
2002年8月に始まった『問題解決能力発掘インターンシップ』[引用元][20]の規模は年を追って膨らんだ。2008年度の連結従業員は1,398人[21]である。開始した2002年6月期の従業員は266名[22]である。
1997年6月期の売上高は1億1,600万円、当期純利益900万円、従業員11名[23]にすぎない。それが2001年6月期には売上高20億円・従業員202名、2004年6月期には連結売上高70億1,300万円・連結従業員539名[24]へ達した。株式は2001年12月に日本証券業協会へ店頭登録[25]し、2004年12月には登録を取り消したうえでジャスダック証券取引所へ上場した。2010年4月のジャスダック証券取引所と大阪証券取引所の合併[26]に伴い、大阪証券取引所JASDAQ市場へ移った。販路では2002年1月に大塚商会と業務提携[27]し、開発支援では2002年12月にシステム技術センター、2003年3月にエイアイエムコンサルティングと資本提携を結んだ。
上場を挟んだ数年で、同社は製品の範囲を人事の外へ広げた。2004年12月に会計シリーズ[28]、2005年6月に経営管理と資産管理、同年12月に資金管理、2007年1月に顧客管理、2008年1月に認証管理、同年6月に購買管理、2009年4月にサプライチェーン管理、2010年3月に電子商取引と、ほぼ毎年のように系列を足した。有価証券報告書は会計分野で国内シェア2位[29]を得たと記し、会計シリーズが数年のうちに人事シリーズへ比肩する収益源になる見込みだとも書いた。海外へは2004年8月に中国版の開発・販売を目的とする現地法人[30]を設けた。
拡張は買収と資本提携を伴った[31]。2003年のシステム技術センター、現在のワークスプロダクツを皮切りに、エイアイエムコンサルティング、アイコテクノロジー、アリエル・ネットワーク、ダイナシステムを子会社へ収め、2010年6月末には子会社9社と関連会社8社を抱えた[32]。連結売上高は2004年6月期の70億1,300万円から2010年6月期の209億8,900万円へ、連結従業員は539名から2,216名へ増えた[33]。この6年で売上高は3.0倍、人員は4.1倍[34]となる。自己資本比率は2006年6月期の73.1%から2010年6月期の58.4%[35]へ下がった。
連結経常利益は2008年6月期の34億3,700万円を頂点として、翌2009年6月期は10億3,100万円へ落ちた[36]。当期純利益も19億9,700万円から2億2,900万円へ減った[37]。売上高は201億4,000万円から208億2,600万円へ微増[38]しており、減益の原因は売上ではなく費用の側にある。営業活動によるキャッシュ・フローは16億7,600万円の流出[39]に転じ、前期の29億4,600万円の流入から反転した。連結従業員は1,398名から1,758名へ増え[40]、自己資本利益率は13.8%から1.6%[41]へ下がった。純資産額は155億2,800万円から133億5,700万円へ減り[42]、総資産は225億500万円から221億700万円となった。
2010年6月末の大株主は石川氏が11.49%で筆頭に立ち[43]、日本トラスティ・サービス信託銀行9.82%、日本マスタートラスト信託銀行9.77%と続く。牧野氏は6.11%、阿部氏は5.75%[44]を保有し、創業三人の合計は23.35%[45]で、事業会社の親会社は存在しない。上位10名の合計は60.49%[46]だった。同社は単元株式制度を採らず、2010年6月期は個別の経営成績が当期純損失となったものの、1株当たり90円の期末配当を据え置いた[47]。
牧野氏は後年、上場の継続と開発方針が両立しなかった[48]と述懐した。上場してからの7年から8年は売上高も利益も伸ばし続ける必要があり、利益を求める投資家に応えるには『人員の採用を抑え、開発費も抑えざるを得ません』[引用元][49](NIKKEIリスキリング)という状態に置かれた。頭にあったのは限界という二文字で、これ以上の上場維持は無理だという判断[50]に至ったとも語った。上場から非公開化までの期間は6年6か月だった。事業年度別の最高株価は第10期の15万8,000円から第14期の7万4,000円[51]へ下がり、第14期の最低株価は3万7,950円である。のちの公開買付価格5万5,000円は、この範囲の内側[52]にあたる。
2011年1月31日、経営陣による買収[53]が公表された。公開買付者はWPKホールディングス、買付価格は普通株式1株5万5,000円で、前営業日の終値に34.15%のプレミアム[54]を乗せた水準にある。新株予約権は1個1円、買付代金は最大255億円[55]、買付期間は2月1日から3月15日までの30営業日と定められた。牧野氏ら経営陣はWPKホールディングスの株主となったうえで、取締役会として買付に賛同し、株主への応募推奨を決議[56]した。買付は成立し、同社株式は2011年6月に大阪証券取引所JASDAQ市場での上場を廃止[57]した。非公開化の狙いには、人材の獲得と研究開発への長期投資[58]に加え、企業買収や事業分割、本社と子会社の海外移転を視野に入れた意思決定の迅速化が挙がった。
2011年6月期の連結売上高は231億円、当期純利益は12億6,000万円[59]の黒字であった。ただし官公庁の入札はパッケージを選ぶ方式になっておらず、同社の製品が入りにくい領域として残った。
2014年4月、次世代型の大手企業向けERP『HUE』のコンセプトを公表した[60]。同年10月のCOMPANYForum 2014では製品化の成功を宣言[61]し、報じられた開発費は300億円規模で、応答速度は100ミリ秒[62]を目標に置いた。提供開始は2015年12月[63]である。2017年2月にはワークス徳島人工知能NLP研究所[64]を開いた。連結従業員は2010年6月期の2,216名から2013年6月期2,855名、2016年6月期5,631名、2017年6月期7,559名へ増え[65]、7年で3.4倍[66]となる。
売上高は2011年6月期の231億円から2017年6月期の446億円へ、6年で1.9倍[67]になった。しかし当期純損益はこの間ほとんどが赤字[68]である。2012年6月期に40億8,000万円の損失[69]を計上し、2013年6月期は38億1,000万円、2014年6月期は51億円と損失が続いた。2015年6月期に19億9,000万円の黒字[70]を挟んだのち、2017年6月期はふたたび16億8,000万円の損失を出しており、6期のうち5期が当期純損失[71]である。売上高は2015年6月期に365億円、2016年6月期に407億円[72]と伸びており、増収と赤字が同じ期に並んだ。
2017年6月26日、兼松エレクトロニクスが約14億3,080万円の損害賠償[73]を求めて東京地方裁判所に提訴した。同社は、ワークスアプリケーションズの製品が完成した製品とは言い難く[74]、プロジェクトの各フェーズにおいて不具合及び作業誤りに伴う手戻りが発生し、基幹システムの稼働に求められる最低限の機能実装も完了できなかったと主張した。2018年11月には古河電気工業グループが約50億円の賠償[75]を求めて提訴した。2016年7月に始めた基幹系業務システムの刷新[76]が、2018年8月という稼働予定に届かず頓挫したという主張である。
2018年6月期の単体決算は、売上高398億3,200万円に対して当期純損失179億5,700万円[77]を計上した。利益剰余金は142億9,800万円の欠損[78]に転じ、総資産は519億6,000万円である。連結従業員は前期に7,559名[79]へ達した。翌2019年6月期の単体売上高は260億2,800万円、当期純損失は351億3,500万円であった。
2019年6月21日に会社分割とHR事業の譲渡を公表[80]し、8月1日付で新会社が事業を始めた。譲渡先はベインキャピタル[81]で、承継会社の社名は株式会社Works Human Intelligenceとなる。承継されたのは主力の『COMPANY』シリーズと『HUE』シリーズの両方で、およそ1,100の企業グループ[82]が人事給与の仕組みとして採用した製品群である。
2020年6月期は事業譲渡益によって当期純利益を計上し、利益剰余金は黒字へ戻った。2020年10月にはHUE Works Suiteを発表[83]した。2022年6月期には係争中だった2件の訴訟が解決し、同年12月には建設業向けを分社した。
単体の売上高は2020年6月期の120億4,500万円から2022年6月期の19億300万円まで縮み[84]、そこから2023年6月期48億6,400万円、2024年6月期93億4,500万円、2025年6月期111億2,900万円へ戻した。当期純利益は2024年6月期に6億900万円、2025年6月期に4億3,400万円[85]で、事業譲渡益による2020年6月期を除けば分社後はじめての黒字[86]となる。本社は赤坂のアーク森ビルから千代田区麹町へ移った[87]。従業員数は2026年6月の時点で956名[88]にとどまり、2017年6月期の7,559名の8分の1にあたる。事業内容にはERPパッケージの開発・販売に加え、SaaSサービスやITコンサルティング[89]が並ぶ。
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|---|---|---|---|---|
| 1996〜2004年カスタマイズを不要にするという製品設計の選択 | 石川芳郎 | 埼玉県与野市(現さいたま市)にワークスアプリケーションズを設立 | ★★★ | |
| 石川芳郎 | 人事・給与パッケージソフト「COMPANY」を発売 | ★★ | ||
| 石川芳郎 | 本社を東京都港区三田に移転 | ★ | ||
| 石川芳郎 | プロフェッショナル養成特待生制度を開始 | ★★ | ||
| 石川芳郎 | 三菱商事子会社ヒューマンリンクと運用受託を開始 | ★ | ||
| 石川芳郎 | 「COMPANY」Webサービスを発売 | ★ | ||
| 牧野正幸 | 牧野正幸氏が代表取締役最高経営責任者に就任 | ★★ | ||
| 牧野正幸 | 名古屋事業所を開設 | ★ | ||
| 牧野正幸 | 日本証券業協会に株式を店頭登録 | ★ | ||
| 牧野正幸 | 大塚商会と「COMPANY」の販売で業務提携 | ★ | ||
| 牧野正幸 | 大阪事業所を開設 | ★ | ||
| 牧野正幸 | ワークスアプリケーションズの問題解決能力発掘インターンシップ導入 2002年8月、ワークスアプリケーションズが『問題解決能力発掘インターンシップ』を始めた経営判断。学生に実務に近い課題を解かせ、成績上位者へ入社資格を与える方式を採り、2008年には年間1,800人の学生を受け入れる規模に達した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 牧野正幸 | 「COMPANY」就労・プロジェクト管理を発売 | ★ | ||
| 牧野正幸 | システム技術センターを子会社化 | ★ | ||
| 牧野正幸 | 本社を東京都港区赤坂のアーク森ビルへ移転 | ★ | ||
| 牧野正幸 | 中国で「COMPANY」の開発販売子会社を設立 | ★ | ||
| 牧野正幸 | ジャスダック証券取引所に株式を上場 | ★ | ||
| 牧野正幸 | 「COMPANY」会計シリーズを発売 | ★★ | ||
| 2004〜2010年人事から会計・サプライチェーンへ製品を広げる | 牧野正幸 | アリエル・ネットワークを子会社化 | ★ | |
| 牧野正幸 | 「COMPANY」CRMを発売 | ★ | ||
| 牧野正幸 | 「COMPANY」サプライチェーン管理を発売 | ★★ | ||
| 牧野正幸 | 大阪証券取引所JASDAQ市場に上場 | ★ | ||
| 2011〜2018年市場を降りて製品の作り直しに賭けた七年間 | 牧野正幸 | ワークスアプリケーションズの経営陣による買収と株式非公開化 2011年1月31日、経営陣が参加するWPKホールディングスが1株5万5,000円で公開買付けを実施し、ワークスアプリケーションズを非公開化した経営判断。買付代金は最大255億円で、同年6月に上場を廃止した。 詳細を読む | ★★★ | |
| 牧野正幸 | 公開買付価格は1株55,000円で総額255億円 | ★ | ||
| 牧野正幸 | 大阪証券取引所JASDAQ市場で上場廃止 | ★★ | ||
| 牧野正幸 | 次世代ERP「HUE」のコンセプトを発表 | ★★★ | ||
| 牧野正幸 | 「HUE」の製品化成功を発表 | ★★ | ||
| 牧野正幸 | ビジネスアプリケーション「HUE」を発売 | ★★ | ||
| 牧野正幸 | ワークス徳島人工知能NLP研究所を開設 | ★ | ||
| 牧野正幸 | 連結従業員数が7,559名に到達 | ★★ | ||
| 牧野正幸 | 兼松エレクトロニクスが14億円の賠償請求訴訟を提起 | ★★ | ||
| 牧野正幸 | 2018年6月期に当期純損失179億円を計上 | ★★ | ||
| 牧野正幸 | 古河電気工業グループが50億円の賠償請求訴訟を提起 | ★★ | ||
| 2019〜2026年主力事業を売り、残されたほうが立ち直るまで | 牧野正幸 | ワークスアプリケーションズのHR事業売却と会社分割 2019年6月21日、ワークスアプリケーションズが会社分割によって主力のHR事業を切り出し、ベインキャピタルへ約1,000億円で譲渡すると公表した経営判断。承継会社は同年8月1日に株式会社Works Human Intelligenceとして事業を始めた。 詳細を読む | ★★★ | |
| 牧野正幸 | HR事業をWorks Human Intelligenceに承継 | ★★ | ||
| 井上直樹 | 牧野正幸氏が代表取締役CEOを退任 | ★★ | ||
| 井上直樹 | 井上直樹氏が代表取締役CEOに、秦修氏が代表取締役COOに就任 | ★ | ||
| 井上直樹 | 会計ERPの第1号案件を提供開始 | ★ | ||
| 井上直樹 | 事業譲渡益で当期純利益650億円を計上 | ★★ | ||
| 井上直樹 | HUE Works Suiteを発表 | ★ | ||
| 井上直樹 | サプライチェーンERPの第1号案件を提供開始 | ★ | ||
| 秦修 | 秦修氏が代表取締役CEOに就任し、井上直樹氏は特別顧問へ | ★★ | ||
| 秦修 | 係争中の2件の訴訟が解決 | ★★ | ||
| 秦修 | ワークスアプリケーションズ・フロンティアがMBOで独立 | ★ | ||
| 秦修 | 2024年6月期に当期純利益6億円を計上 | ★★ | ||
| 秦修 | コーポレートブランドを刷新 | ★ | ||
| 秦修 | 2025年6月期の売上高111億円を計上 | ★ |
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事実根拠:出所(ワークスアプリケーションズ)