ワークスアプリケーションズワークスアプリケーションズのHR事業売却と会社分割

黒字の主力を売り、赤字の新規事業を手元に残す判断はどう決まったか

時期 2019年6月
意思決定者(推定) 牧野正幸 ワークスアプリケーションズ 代表取締役最高経営責任者
論点 債務超過の回避と事業の取捨
概要
2019年6月21日、ワークスアプリケーションズが会社分割によって主力のHR事業を切り出し、ベインキャピタルへ約1,000億円で譲渡すると公表した経営判断。承継会社は同年8月1日に株式会社Works Human Intelligenceとして事業を始めた。
背景
2018年6月期に当期純損失179億5,700万円を計上し、利益剰余金は142億9,800万円の欠損に転じていた。金融機関の交渉担当者は手元資金が2019年夏に枯渇しそうだと見ており、時間の余裕はなかった。
内容
会社丸ごとの売却交渉が春に頓挫したのち、収益源であるHR事業のみを切り出す方式へ切り替えた。複数の投資ファンドが応札し、最後は海外大手ファンド同士の一騎打ちとなって、当初想定の倍にあたる約1,000億円で決着した。
含意
売ったのは黒字の主力で、手元には赤字の新規事業が残った。譲渡益で200億円超の借入金を全額返済し、残された会計・サプライチェーン事業は4期で黒字へ戻った。切り出す単位の選び方が結果を左右した事例にあたる。
筆者の見解

切り出す単位の選び方が値段を決めた

この判断で効いたのは、売るか売らないかではなく、何を一つの束として売りに出すかだった。会社全体では500億円から600億円で頓挫した交渉が、HR事業だけを切り出した途端に約1,000億円へ跳ねた。買い手にとって値が付くのは、顧客基盤と収益が確定している部分であって、赤字の開発案件や係争中の訴訟ではない。束のままでは、値が付く部分の価格が値の付かない部分に引きずられる。会社分割は、その引きずりを断つ手続きとして働いた。

一方で、売り手に残るものも同じ理屈で決まる。ワークスアプリケーションズが手元に置いたのは、収益がまだ立っていない会計・サプライチェーン事業と、係争中の訴訟だった。売却の直後だけを見れば、良いものを手放して悪いものを抱えた形になる。実際に売上高は2022年6月期に19億円台まで縮んでいる。それでも同社は4期で黒字へ戻した。債務と固定費が消えたこと、訴訟が終わって顧客へ説明できるようになったこと、二つの製品が納品実績を積んだこと。どれか一つだけでは説明が付かないであろう。

事業売却を検討する企業にとって、この事例が示すのは価格交渉の技術ではない。自社のどこに値が付き、どこに付かないかを買い手の目で分解し、値が付く部分を独立した会社として切り出せる形にしておくことが、交渉を始める前の仕事になる。同社の場合、その分解の単位が製品系列と顧客基盤にきれいに一致していた。人事は人事、会計は会計として顧客が別々に導入する製品構成であったからこそ、束を解くことができた。分解できない事業構成であれば、同じ手は打てなかった。

Yutaka Sugiura, 2026年8月

背景

欠損と訴訟が同じ年に重なる

2018年6月期の単体決算は、売上高398億3,200万円に対して当期純損失179億5,700万円を計上した。利益剰余金は142億9,800万円の欠損に転じた[1]。総資産は519億6,000万円あったものの、欠損の大きさは自力での立て直しが難しい水準に達していた[2]。増収を続けながら赤字を重ねる状態は2012年6月期から続いており、この期の損失はその累積が表に出たものにあたる。

品質をめぐる係争も同時に進んでいた。2017年6月26日に兼松エレクトロニクスが約14億3,080万円の損害賠償を求めて東京地方裁判所へ提訴し[3]、2018年11月には古河電気工業グループが約50億円の賠償を求めて提訴した[4]。争点は、パッケージソフトの売り手がシステムの完成に責任を負うかどうかだった。同社は「パッケージソフトは複数社に提供することが前提であり、古河電工だけに向けた機能の開発は約束していない[5]」として完成責任を否定したが、係争そのものが新規の受注活動に影を落とした。

会社丸ごとの売却が成立しなかった

2019年に入って、牧野氏 正幸氏は会社を丸ごと引き取る買い手を国内外へ探した。金融機関の交渉担当者は「手元資金は今夏で枯渇しそう[6]」と見ており、期限は数か月しかない。海外企業と500億円から600億円の規模でまとまりかけた交渉は、春頃に頓挫した[7]。会社全体を買う相手にとっては、収益源であるHR事業と、赤字を出し続ける会計・サプライチェーン事業と、係争中の2件の訴訟が一つの束になっていた。束のままでは値が付きにくい構造にあった。

決断

束を解いて、主力だけを売る

そこで方針を切り替え、収益源であるHR事業だけを会社分割で切り出して売る形にした。買い手から見れば、対象は国内大企業およそ1,100グループが人事給与に使っている製品と、その顧客基盤だけになる[9]。赤字事業も訴訟も付いてこない。複数の投資ファンドが手を挙げ、最後は海外大手ファンド同士の一騎打ちとなって価格は一気に上がった。交渉関係者が年初に「買収総額が500億円いけば御の字」と語っていた案件が、約1,000億円で決着した[8]。売り方を変えただけで値が倍になった。

2019年6月21日に会社分割とHR事業の譲渡が公表され、8月1日付で承継会社が事業を始めた[10]。譲渡先はベインキャピタルで、社名は株式会社Works Human Intelligenceとなる。承継されたのは主力の「COMPANY」シリーズと「HUE」シリーズの両方だった。新会社の社長に就いたのは、1996年の設立時に代表取締役社長を務めた石川芳郎氏である。同年10月、牧野正幸氏が代表取締役CEOを退任し、後任には秦修氏が就いた[11]。創業から23年を経て、三人の共同創業者はそれぞれ別の会社に分かれた。

結果

債務が消え、主力製品も消えた

2019年6月期の単体決算は売上高260億2,800万円・当期純損失351億3,500万円で、利益剰余金は494億3,400万円の欠損へ達した[12]。譲渡の効果が表れたのは翌期だった。2020年6月期は事業譲渡益によって当期純利益650億800万円を計上し、利益剰余金は141億9,200万円の黒字へ戻った。この資金で200億円を超える借入金を全額返済した[13]。売却によって消えたのは債務と、創業以来の主力製品の両方だった。

手元に残ったのは、会計とサプライチェーンという、まだ収益になっていない製品群である。2020年2月に会計分野の第1号案件、2021年4月にサプライチェーン分野の第1号案件を納め、2022年6月期には係争中だった2件の訴訟が解決した[14]。単体の売上高は2020年6月期の120億4,500万円から2022年6月期の19億300万円まで縮み、そこから2023年6月期48億6,400万円、2024年6月期93億4,500万円、2025年6月期111億2,900万円へ戻した[15]。当期純利益は2024年6月期に6億900万円、2025年6月期に4億3,400万円で、事業譲渡益による2020年6月期を除けば分社後はじめての黒字にあたる。

出典・参考
  • 日経ビジネス「ワークスアプリ、首の皮一枚から大逆転、HR事業売却へ」(2019年6月24日)
  • Works Human Intelligence「新会社Works Human Intelligence 事業開始のお知らせ」(2019年8月1日)
  • 週刊BCN+「主力のHRパッケージ事業を売却 会計や販売管理などで体制立て直し」(2019年7月6日)
  • 東洋経済オンライン「赤字事業だけ残った企業が見出した再建への道」(2023年)
  • 日経クロステック「経理や購買システムの刷新が頓挫、ワークスアプリケーションズとの係争続く」(2020年4月24日)
  • 古河電気工業「訴訟の提起に関するお知らせ」(2018年11月6日)
  • 官報決算公告 第22期〜第29期(株式会社ワークスアプリケーションズ)

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