日本法人は1989年10月、英国Lonrhoグループ傘下のロンローパシフィック株式会社の子会社として東京都品川区西五反田に設立された。当時の社名は株式会社ロンローインターナショナルネットワークスで、設立時の事業目的はコンピュータの基本ソフトウェアの輸入販売に置かれ[1]、ウイルス対策はその中の一製品ラインでしかなかった。台湾と米国で生まれた技術を、日本の企業顧客とコンシューマ市場に売り込む前線拠点として位置する設計だった。当時、日本法人は数ある販売拠点の一つにすぎず、のちにグループ持株会社となる将来は想定されていなかった。
1992年1月には株式会社リンクに商号を変え[2]、同年7月にロンローパシフィックから台湾Trend Micro Incorporatedへ株式が譲渡されて、親会社が台湾本社に交代する。[3]1996年5月にはトレンドマイクロ株式会社へ社名を変更し[4]、同年10月から11月にかけて台湾本社の株主から台湾・米国・韓国・ドイツ・イタリアの関係会社全株式を取得、日本法人がグループの持株会社となる再編が完了した。[5]創業の地は米国と台湾だが、連結決算と上場の主体はあえて東京に据えられた。日本の資本市場で調達した資金を、台湾の研究開発と各国販売網へ回す構造を選んだことで、以降の会計・開示・資本政策はすべて東京本社の時間軸で動いた。米国にも台湾にも置けた親会社の置き場所を日本に定めた判断が、その後の二重上場や多国籍展開の土台となる。
1996年11月の一括買収で5か国に拠点を持つ体制が整うと[6]、翌1997年には豪州・フランス・マレーシア・香港の子会社設立とブラジル法人のグループ編入が続き[7]、1998年にはフィリピンオフィスを開設、翌1999年7月には英国法人Trend Micro (UK) Limitedを設立して拡張が続いた。[8]短期間でこれだけの多国籍販売網を整える例は、同時期のウイルス対策業界でも限られていた。当時のアンチウイルス市場は各国の地場ベンダーが分立しており、世界同時にパターンファイルを配布できる体制を持つこと自体が差別化の源泉だった。米国勢と欧州勢がそれぞれの母国市場を主戦場にしていたのに対し、同社は台湾発という中立性を武器に、アジアと欧州の双方へ橋渡しする形でまず面を取りに行った。持株会社化と世界展開が半年のうちに重なったのは、日本の資本市場での調達と、グループ全体の連結決算を同じ箱の中でまとめて見せるためでもある。
この拠点網を使って、1998年8月に日本証券業協会の店頭売買有価証券として登録[9]、1999年7月には米国NASDAQに米国預託証券(ADR)を上場した。[10]コンシューマ向けにはPC-cillinとウイルスバスターを、法人向けにはInterScan VirusWallやScanMail for Microsoft Exchangeを揃え、PC・サーバ・メール・ゲートウェイの各レイヤーへ製品の幅を広げた。単一製品に収益を寄せず、家庭のパソコンから企業のメールサーバまでを面で守る型を組み上げていく段階にあった。1996年の持株会社化からわずか3年でNASDAQまで辿り着いた展開の速さは、研究開発を台湾、販売を各国現地法人、上場と資本政策を東京に分けるグループ分業が機能していた証左である。
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|---|---|---|---|---|
| 1988〜1999年東京に本社を置いた台湾発ベンダーと事業基盤の拡充 | 日本法人を設立 | ★ | ||
| リンクに商号変更 | ★ | |||
| 親会社がTrend Micro Incorporatedに交代 | ★ | |||
| トレンドマイクロに商号変更 | ★ | |||
| 日本法人がグループ親会社となる再編を実施 | ★★ | |||
| 米・独・韓・伊の海外子会社を一括買収 | ★ | |||
| 豪・仏・マレーシア・香港子会社を相次ぎ設立 | ★ | |||
| 株式公開で得た資金を米国買収に投じず市場へ返した資本政策 1998年8月、トレンドマイクロは日本証券業協会に株式を店頭登録し、公募で100億円強を調達した。当初はこの資金の多くを米国のディーラー買収に充て、自社のアンチウイルスソフトを米国で拡販する計画だった。だが同社は買収を見送り、パートナーシップで足りると判断して自社株消却へ定款を変更し、調達資金を市場へ返す方針へ切り替えた。上場資金に頼らない資本政策のあり方を定めた判断。 詳細を読む | ★★★ | |||
| NASDAQに米国預託証券(ADR)を上場 | ★ | |||
| 2000〜2015年東証一部上場とエンドポイント一本足の時代 | 東京証券取引所一部に株式を上場 | ★ | ||
| 日経平均株価の算出銘柄に採用 | ★ | |||
| エバ・チェン | 創業者スティーブ・チャンからエバ・チェンへの社長兼CEO承継 2005年1月、トレンドマイクロは創業者のスティーブ・チャン氏が会長に退き、最高技術責任者だった義妹のエバ・チェン氏が社長兼CEOに就いた。台湾出身の創業チームが米国で起業し日本に本社を置いた多国籍企業のかじ取りを、技術とマーケティングの双方を統べる非日本人の女性経営者に託した承継。 詳細を読む | ★★★ | ||
| エバ・チェン | パターンファイル配信不具合で大規模PC障害が発生 | ★★★ | ||
| エバ・チェン | NASDAQからADRを上場廃止 | ★★ | ||
| エバ・チェン | Mobile Armor Inc.を買収 | ★ | ||
| 2016〜2023年多層プラットフォームへの組み替えと事業基盤の拡充 | エバ・チェン | HPからTippingPoint事業を取得 | ★★★ | |
| エバ・チェン | Cloud Conformity Inc.を取得 | ★★ | ||
| エバ・チェン | 自動車サイバーセキュリティ子会社VicOne Inc.を設立 | ★ | ||
| エバ・チェン | Anlyz Inc.とインドAnlyz Cybersecure Private Limitedを取得 | ★ | ||
| エバ・チェン | 通期業績がV字回復 | ★ | ||
| エバ・チェン | 詐欺対策アプリ「トレンドマイクロ 詐欺バスター」販売開始 | ★ | ||
| エバ・チェン | Agentic SIEM・Trend Cybertronを発売 | ★ | ||
| エバ・チェン | Wistronとの合弁会社設立を発表 | ★★★ | ||
| エバ・チェン | 法人向けサイバーセキュリティ事業を「TrendAI」としてブランド化 | ★ |
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事実根拠:出所(トレンドマイクロ)