台湾Wistron・NVIDIAとのソブリンAI合弁「Magna AI」設立と法人事業の「TrendAI」ブランド化
セキュリティ専業からAIインフラの一翼へ——エバ・チェン社長兼CEOはなぜ乗り出したのか
更新:
- 概要
- 2025年10月17日、トレンドマイクロは台湾Wistron Digital Technology Holding Company(WDH)およびNVIDIAの技術を活用し、AIファクトリーのフルバリューチェーンを担う新会社「Magna AI」の設立に基本合意したと発表した。2026年1月に法人として設立され、同年4月には法人向けサイバーセキュリティ事業そのものを「TrendAI」としてブランド化する、エバ・チェン社長兼CEO主導の経営判断である。
- 背景
- 2016年のTippingPoint買収以降、エンドポイント専業からネットワーク・クラウド・自動車領域へ守備範囲を広げてきたトレンドマイクロは、2025年にAgentic AI時代への対応としてTrend Vision Oneを再定義し、収益基盤をV字回復させた財務体力を背景にAIインフラ事業への参入を選んだ。
- 内容
- Magna AIはHolding HQを東京、GTM HQをリヤド、R&D HQを台北に置き、中東・欧州・ANZ・中南米を主要市場にソブリンAI需要を取り込む構想を掲げた。WDHがAIハードウェアと構築力を、トレンドマイクロがNVIDIAのNIMを組み込んだAIセキュリティ基盤を持ち寄った。
- 含意
- セキュリティを守る側から、AIインフラを作る側へと役割を広げる転換であり、法人事業全体を「TrendAI」として再定義する動きとも重なった。本稿執筆時点で、この展開はなお進行中である。
セキュリティを守る側から、作る側へ
この判断の中心にあるのは、防御する側から作る側への越境である。エンドポイント・ネットワーク・クラウドと守備範囲を広げてきたトレンドマイクロにとって、AIファクトリーそのものを合弁で建てる選択は、これまでの多角化とは性格が異なる。セキュリティという専門性を、AIインフラの構築・運用というより広い事業へ持ち込めるかどうかは、Magna AIが中東やANZといった地理的に離れた市場で実際の案件をどれだけ積み上げられるかにかかっているとみられる。発表からわずか3カ月での法的設立という歩みは、構想の大きさに比べればまだ緒に就いたばかりの段階であった。
一方、法人事業全体を「TrendAI」として括り直した動きは、Magna AIとは別の軸の転換でもある。AnthropicのClaudeやOpenAIのDaybreakとの統合を相次いで発表したことは、自社のセキュリティ技術を外部の生成AIモデルへ接続する構えを鮮明にした。エージェント型AIが企業の意思決定に食い込む未来を見据えるほど、防御の対象は「侵入」から「AIエージェントの振る舞い」へと広がっていく。セキュリティ専業ベンダーが自らAIインフラの一端を担う会社になったとき、両者の境界がどこに引かれ直すのかは、なお見えていない問いとして残っている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
エンドポイント専業からの多層化
トレンドマイクロは、長くウイルス対策ソフトの専業ベンダーとして事業を営んできた。2016年に米HPからTippingPoint事業を取得してネットワーク侵入防御の領域に入り、2019年にはCloud Conformityを取得してクラウド設定監視機能を取り込んだ。2022年には自動車サイバーセキュリティ専業のVicOneを設立し、2023年にはSOC自動化企業のAnlyzを取得するなど、守備範囲を段階的に広げてきた。エバ・チェン社長兼CEOは、この拡張の延長線上でAI時代への対応を迫られていた[1]。
2025年に入り、トレンドマイクロは主力製品「Trend Vision One」をAgentic AIサイバーセキュリティプラットフォームへ発展させる構想を示した。エージェント層に「Trend Cybertron」、顧客ごとのデジタルツインでリスクを解釈するContextual Intelligence層、900以上のデータソースに対応するAgentic SIEMを重ねる3層構造で、脅威の発生後に対応する受動的な防御から、侵害の前に防ぐ予測的な防御への転換をうたった。同年8月にはAgentic SIEMを製品として提供開始した[2]。
V字回復で取り戻した投資余力
この事業拡張の裏側では、費用構造の締め直しが進んでいた。連結従業員数は2022年末の7,669名をピークに減少へ転じ、2024年末には6,869名まで約800名を減らした。2023年12月期には減損の影響で純利益が107億円まで落ち込んだが、コスト構造を絞り込んだ結果、2024年12月期には営業利益481億円・純利益343億円へと回復した[3]。
収益力の回復とあわせて、Vision Oneへの製品移行も進んだ。旧来型SaaS製品であるApex One SaaSやCloud One Endpoint & Workload Securityの新規販売・更新・サポートを順次終了し、Vision Oneへの移行率はApex One SaaSのユーザーで54%、Cloud One Endpointのユーザーで76%に達した。AIインフラという新しい領域へ踏み込む足場は、この収益構造の入れ替えのうえに築かれていた[4]。
決断
Magna AI設立の基本合意
2025年10月17日、トレンドマイクロは台湾Wistron Digital Technology Holding Company(WDH)との間で、AIファクトリーのフルバリューチェーンを提供する新会社「Magna AI」の設立に基本合意したと発表した。Holding HQを東京、GTM(go-to-market)HQをリヤド、R&D HQを台北に置き、中東・欧州・ANZ(オーストラリア・ニュージーランド)・中南米を主要市場に据える構想であった。WDHがAIハードウェアと構築力を、トレンドマイクロがNVIDIAのNIM(NVIDIA Inference Microservices)を組み込んだAIセキュリティ基盤を持ち寄る座組みとした[5]。
Magna AIが狙う市場は、2030年に6,000億ドル規模に達すると見込まれるソブリンAI需要であった。決算説明会でエバ・チェン社長兼CEOは、この合弁を「NVIDIAのイノベーションを活用し、6,000億ドル規模のソブリンAIのチャンスを捉えるために設立」した会社と説明し、AIデータセンターやGPUマイクロファクトリー、Agentic AIツインなど複数の事業領域を担うと語った。合弁は2025年10月に発表され、2026年1月に法人として法的に設立された[6]。
法人事業のTrendAIブランド化
2026年3月23日、トレンドマイクロは法人向けサイバーセキュリティ事業そのものを「TrendAI」というブランドのもとに再編すると発表した。AIが次世代のコンピューターレイヤーとして企業活動に組み込まれていくなかで、セキュリティの役割をインフラの防御からAIエージェントの振る舞いの管理へ広げる狙いを掲げ、AI利用状況の可視化・相互作用の意図の理解・ポリシーの執行・重要な意思決定時点での人間による監視という4つの原則を打ち出した[7]。
日本では、この再編が2026年4月15日付けで伝えられ、基盤製品の名称も「Trend Vision One」から「TrendAI Vision One」へ改められた。ブランドの対象はエンドポイント・クラウド・ネットワーク・脅威検知にまたがる法人向け事業全体で、AIモデルを開発するAnthropicとの協業もあわせて発表され、脆弱性の発見やインシデント対応の効率化にClaudeを組み込む計画が示された[8]。
結果
進行する展開と直近の業績
本稿執筆時点で、この転換はなお進行中の段階にある。2025年12月期の連結業績は、売上高2,759億円・営業利益578億円・当期純利益345億円と、前年の2024年12月期(営業利益481億円・純利益343億円)からさらに伸びた。V字回復で取り戻した収益力は、AIインフラという新しい領域への投資の原資となった[9]。
国内事業でも移行の効果は数字に表れた。2025年通期、国内エンタープライズ向け事業の売上は前年比10%増、うちTrend Vision Oneの売上は前年比74%増となり、複数年契約の大型商談も前年比162%伸びた。2026年に向けては、Trend Vision Oneと新しい買い方であるTrendAI Flex(クレジットベースのコミットメントモデル)を軸にプラットフォームビジネスを加速する方針が示され、全社のARR成長目標は前年比13%増に置かれた[10]。
TrendAIの展開とパートナーシップの広がり
TrendAIブランドの始動後も、提携の広がりは続いた。2026年6月22日、TrendAIはOpenAIが選定するサイバーセキュリティ企業向けプログラム「Daybreak Cyber Partner Program」の信頼できるパートナーに選ばれたと発表した。OpenAIの先端AI機能を「TrendAI Vision One」のSIEMやXDRコンソールに組み込み、脆弱性の発見から情報開示までを担う「Zero Day Initiative(ZDI)」の研究にも活用する計画とされた[11]。
レイチェル・ジン氏(最高プラットフォーム・事業責任者)は、この提携をAIが基盤として組み込まれる動きだと説明し、セキュリティチームが日常的に使う製品やサービスの内側にAIを実装することで、防御の水準を引き上げると述べた。セキュリティを専業とする企業が、AIインフラの担い手であると同時にAI企業自身の統合先にもなる関係が、TrendAIというひとつのブランドのもとに重なっていた[12]。
- トレンドマイクロ 有価証券報告書(2007年12月期)【沿革】
- トレンドマイクロ 有価証券報告書(2022年12月期・2024年12月期・2025年12月期)
- トレンドマイクロ 2025年12月期 第2四半期 決算説明会 資料(CEOプレゼンテーション)
- トレンドマイクロ 2025年12月期 決算説明会 資料(CEOプレゼンテーション)
- トレンドマイクロ 2025年12月期 決算説明会 資料(国内事業・全社プレゼンテーション)
- Trend Micro Newsroom「Trend Micro and WDH Launch Magna AI, A Full-Value-Chain Global Enterprise AI Transformation Factory」(2025年10月17日)
- Trend Micro Newsroom「Trend Micro's Enterprise Business is now TrendAI™」(2026年3月23日)
- ITmedia エンタープライズ(2026年4月20日)「トレンドマイクロが法人向け新ブランド「TrendAI」発表、Anthropicとの協業で自律型AIセキュリティ運用強化へ」
- Trend Micro Newsroom「TrendAI™ Named Trusted Partner in the OpenAI Daybreak Cyber Partner Program」(2026年6月22日)