日本精工ステアリング事業の分社と過半株式の投資ファンドへの譲渡、2年後の全株買い戻し

手放して身軽になるか、鍛え直して取り戻すか——赤字事業の切り出しをめぐる2年の往復

時期 2025年5月
意思決定者(推定) 市井明俊 社長
論点 自動車部品事業の採算と事業構成
概要
日本精工は2023年4月にステアリング事業を子会社へ吸収分割し、同年8月に株式50.1%を投資ファンドのジャパン・インダストリアル・ソリューションズ(JIS)傘下のファンドへ譲渡して連結から外した。2年後の2025年5月12日、JISが持つ50.1%を買い取って完全子会社に戻すと発表し、同年9月1日に取得した。手放す判断と取り戻す判断を、同じ経営陣が2年で行った往復である。
背景
2018年3月期に売上の73%を占めた自動車事業は、2021年3月期に40億円のセグメント損失へ転じ、連結営業利益は63億円まで縮んだ。市井明俊社長は産業機械への比重移しを掲げていた。欧州の電動パワーステアリング事業の採算改善をめぐるドイツ・ティッセンクルップとの合弁交渉は、2023年春に難しいと判断されて実らなかった。
内容
分社した会社の株式50.1%をJIS傘下のファンドへ渡し、日本精工は49.9%の持分法適用会社として残った。譲渡契約には買い戻しの条項が書き込まれていた。JIS主導の2年間で、売却時に約90億円あった赤字は2024年3月期に43億円の利益へ入れ替わり、利益改善の幅は約150億円に達した。買戻価格は開示されていない。
含意
完全子会社に戻したあとも、戦略的パートナーを探して事業を切り出す方針は変わっていない。2028年度に見込むステアリング事業の営業利益率は3〜4%で、会社全体で掲げる8〜10%とは開きが残る。赤字事業を外部の手で立て直してから戻すという道筋が、次のカーブアウトの前提になっている。
筆者の見解

外の手を借りて直し、戻してから出す

売却時に約90億円あった赤字が、2年後には43億円の利益に入れ替わっていた。同じ資産、同じ製品、同じ顧客のまま、過半の株主が入れ替わり、独立した会社として売価を交渉できるようになったことが数字を変えた。日本精工が自ら抱えていたあいだは動かなかった調達や価格の見直しが、連結の外へ出た2年で進んだ事実は、この往復のなかでもっとも重い。事業の採算は事業そのものだけで決まるのではなく、誰の傘の下に置かれているかにも左右されるとみることができる。

ただし、戻したことは決着ではない。会社は買い戻しの後も、戦略的パートナーを探して切り出す方針を変えていないと明言し、2028年度のステアリング事業の営業利益率を3〜4%と見込んでいる。会社全体で掲げる8〜10%との差は残り、この事業を抱えたままでは目標に届かない構造も変わっていない。ティッセンクルップとの合弁が実らず、ファンドの手を借り、いったん取り戻したうえで次の相手を待つ——1960年に前橋で生まれた事業の身の置き所は、2年の往復を経てもなお定まっていないといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

自動車に寄りかかった事業構成

日本精工の売上は長く自動車向けに支えられてきた。2018年3月期の自動車事業は7,235億円で連結売上の73%を占め、軸受のほかに電動パワーステアリングやハブユニット軸受を自動車メーカーへ納めていた。顧客の生産台数が振れれば損益もそのまま振れる構成で、2021年3月期には自動車関連事業が40億円のセグメント損失に転じた。連結の営業利益は63億円、当期利益は3億5,000万円まで縮んだ[1][2]

2021年に社長へ就いた市井明俊氏は、この構成を組み替えると明言していた。過去10年は自動車事業に経営資源を注いできたが、長い目で見れば自動車向けの軸受がそれまで想定した速さで伸びることはないとみて、産業機械向けへ資源を移す方針を示した。10年後には産業機械事業の売上を当時の1.5倍超へ育て、連結売上の5割を占める構成にしたいという目標も掲げていた。2021年3月期の産業機械事業の売上比率は36%であった[3]

ティッセンクルップとの合弁が実らなかった

組み替えの最大の難所が、欧州で採算の悪い電動パワーステアリング事業であった。日本精工はドイツのティッセンクルップとステアリング事業の合弁会社設立へ向けて交渉していたが、2023年3月期の第3四半期の説明会時点では春までに議論を決着させたいとしていた計画が、その後に難しいと判断された。会社は代わりに国内の投資ファンド、ジャパン・インダストリアル・ソリューションズ第参号投資事業有限責任組合との契約へ切り替えた[4]

合弁交渉が長引いていたあいだ、日本精工は資本政策の手も止めていた。2023年5月の説明会では、自己株式の取得をそれまで実施していなかった理由として、ティッセンクルップとの交渉中であったことが挙げられ、その制約が外れて条件が整ったため実行を発表したと説明された。ひとつの事業の相手探しが会社全体の株主還元まで縛っていた事実は、この事業の処理を先に片づける必要を示していた[5]

決断

分社して過半を国内ファンドへ渡す

2023年4月、日本精工はステアリング事業を子会社のADTechへ吸収分割し、同社をNSKステアリング&コントロールへ改称した。ADTechは2010年9月に品川区で設立していた会社で、13年を経て事業の受け皿となった。同年8月、日本精工はこの会社とその子会社を持分法適用会社へ移し、株式50.1%をジャパン・インダストリアル・ソリューションズ傘下のファンドへ譲渡した。1960年に北日本精工として生まれた事業が、60年余りを経て連結の外に出た[6][7]

外に出した事業の規模は小さくなかった。NSKステアリング&コントロールの2024年3月期は売上高619億円、営業損失65億2,000万円、純資産149億円であった。譲渡した時点では約90億円の赤字を抱えていたとされ、日本精工にとっては連結の利益を毎期削る事業であった。売上の1割近くを占める塊を持分法へ移すことで、連結の売上は減るが損益の振れ幅は小さくなる計算が働いていた[8][9]

買い戻しを契約に書き込んだ切り出し

この譲渡は、事業を売り切って縁を切るものではなかった。2023年5月の説明会で会社は、ステアリング事業を健全な収益体質にし、戦略的パートナーを見つけて独立させたい方針は変わっておらず、買い戻しについては契約の条項として記載していると説明した。過半を渡してファンドに構造改革を委ね、体質が直ったところで次の相手を探すという道筋が、契約の段階から織り込まれていた[10]

会社が描いていた終着点は、独立したステアリング会社であった。事業構造改革を仕上げたうえで、JISと協業しながら事業価値を高め、新しい戦略パートナーとの合弁によって独立した一社を目指すという説明が、譲渡と同じ時期に示されている。ティッセンクルップとの合弁が実らなかったあとも、相手を探して外へ出すという目標そのものは維持され、ファンドへの譲渡はその途中に置かれた工程であった[11]

結果

2年で戻した往復

2025年5月12日、日本精工はJISが持つNSKステアリング&コントロールの株式50.1%を追加取得し、持分比率を49.9%から100%へ引き上げると発表した。取得予定日は同年9月1日、取得価額は非公表であった。自動車部品業界の環境変化に機動的に対応するため、日本精工主導の事業運営に移ると説明された。合弁交渉の中止から2年、過半を渡した相手から同じ株式を買い戻す判断であった[12][13]

買い戻しの理由は、収益の改善であった。売却時に約90億円あった赤字は、2024年3月期に43億円の利益へ入れ替わった。会社は改善の中身を、遊休資産の売却に加えて、調達費用に限らずサプライチェーン全体を最適化したこと、生産と販売の両面をリーン思考で見直したこと、独立した会社になったことで売価交渉が進んだことと説明している。為替の影響を除いても黒字の体質になったとし、利益改善の幅は約150億円に達した。買戻価格は開示されず、売却額より高い価格で買い戻すと述べられた[14][15]

切り出す方針は変わっていない

再連結の効果は、その期の数字にすぐ表れた。2026年3月期上期の営業利益は期初計画を60億円上回り、そのうち30億円はステアリング事業の連結子会社化にともなう一時的な損益を含む要因であった。通期の連結売上収益は9,116億円、営業利益は388億円で、前期の7,966億円・285億円から増えている。連結から外して2年、同じ事業を戻すことで売上と利益がともに膨らむ形になった[16][17]

それでも、事業を外へ出す方針そのものは取り下げられていない。2025年11月の説明会では、戦略的パートナーを探してこの事業をカーブアウトする方針に変更はないと明言された。同じ場で示されたステアリング事業の見通しは、2028年度に売上高1,800億〜1,900億円、営業利益率3〜4%である。次の中期経営計画で目指すのはステアリング事業を除いた営業利益率8〜10%とPBR1倍以上とされ、この事業を抱えたままでは届かない水準が目標に据えられていた[18][19]

出典・参考

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