2期で200億円を超える最終損失を計上した会社が、次に選んだのは役員の指名と報酬を社外の委員会へ渡すことであった。任意の報酬委員会を条件として就任した伊藤建彦氏が、最終赤字の期に取締役の賞与を規定どおり支払わせた一件は、社外に渡した権限が飾りではなかったことを示している。赤字で発言力が低下した経営陣にとって、外から来た監督を受け入れることは、失った信用を制度の形で埋め直す手立てでもあっただろう。
ただし、機関設計は現場の行いを直接には縛らない。3委員会を設置してから7年後、日本精工は軸受の価格カルテルで公正取引委員会の立入検査を受け、賠償請求が長く残った。社外取締役を増やし、委員長を全員社外にし、議長を非業務執行の取締役に委ねてきた20年の積み上げと、立入調査の日を"企業理念の日"と定めるという別の手当てが並んで存在している。監督の仕組みを替える判断は必要ではあっても、それだけで足りるものではなかったといえる。