NTN の歴史

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創業 1918年
創業者 西園二郎・丹羽昇
創業地 三重県桑名
創業
1918年3月、三重県桑名郡桑名町の西園鉄工所でボールベアリングの研究製作が始まった。精密な熱処理と研削の設備を単独で抱えきれない町工場は、販路を持つ巴商会と1923年5月に提携し、NTNの商標を掲げて国産軸受の製造販売を始める。製造と販売を別の会社が担う分業が出発点にあった。1927年3月に合資会社エヌチーエヌ製作所、1937年1月に東洋ベアリング製造株式会社となり、1939年10月に桑名工場を新設する。1949年5月には大阪と東京の両証券取引所へ上場した。商標のNTNがそのまま社名になるのは1989年10月で、掲げてから66年が経っていた。
決断
作る場所を需要地へ寄せ続け、その投資の重さが自らを縛った。1963年1月にニューヨークへ販売会社を置いたあと、1971年にはシカゴ近郊で現地生産に入り、米州・欧州・アジアへ工場を並べた。1979年3月には減量から増産へ機敏に転じ、オイルショック後の3年連続赤字から回復する。2002年5月からは「NP21」で縦割り組織を再編し、2004年3月期に過去最高益へ戻した。2006年7月にフランスのS.N.R. ROULEMENTSへ資本参加し、2008年4月に連結子会社化して欧州に開発と生産の地盤を得る。ただし先々の自動車需要を見込んだ設備が過大となり、減損が積み上がった。需要地に作るという方針は変えないまま、置きすぎた拠点だけを統廃合している。
現況
S.N.R.を取り込んだ欧州だけが、5期続けて赤字のままである。2026年3月期の売上高8,263億円は、日本2,164億円、米州2,625億円、欧州1,936億円、アジア他1,539億円で構成される。セグメント利益はアジア他176億円、日本92億円、米州55億円に対し、欧州は11億円の損失である。営業利益310億円で売上高営業利益率は3.8%、当期純利益は129億円で、238億円の当期純損失を出した前期からは戻した。欧州の損失は2022年3月期の43億円を最大に縮んではいるものの、黒字には転じていない。買収で得た欧州の開発拠点は、連結子会社化から18年たっても採算に達していない。
競合
対等をうたう統合の相手に、規模でも利益率でも及んでいない。2024年の軸受の世界シェアはスウェーデンのSKFが17.7%、日本精工が13.3%、NTNが10.7%で、国内では2位に位置する。2026年5月12日、両社は共同持株会社の設立による経営統合を発表した。単純合算のシェアは約24%でSKFを上回り、売上高は1.7兆円規模となる。ただし新持株会社の社長CEOは日本精工が、会長はNTNが指名すると定められた。2025年度の営業利益率3.7%も発表前の時価総額約2,500億円も、いずれも相手を下回る。1999年の業務提携も2002年の大型軸受の合弁も2012年の価格カルテル処分で解け、離れていた2社を再び寄せたのは、EVによる部品点数の減少と中国勢の台頭であった。
NTN:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年3月期2026年3月期

創業ストーリー 桑名から世界へ ── NTNブランドの誕生と戦後復興 (1918年〜)

西園鉄工所の研究室で始まった「NTN」

1918年3月、三重県桑名郡桑名町の西園鉄工所[1]でボールベアリングの研究製作が始まった。当時の日本はベアリングの大半を欧州からの輸入に頼っており、国産化の試みは地方の町工場の手探りから出発している。1923年5月、商社の巴商会と西園鉄工所が提携し[2]、『NTN』という3文字の商標で国産軸受の製造販売を開始した。これがNTNブランドの起点である。商標『NTN』は、巴商会の経営者で東洋ベアリングの初代社長となった丹羽昇氏[3]と、巴商会、西園鉄工所の頭文字を組み合わせたものだった[4]。商社の販売網と鉄工所の製造技術を組み[5]合わせる分業の仕組みは、設備投資を単独で抱え切れない当時の町工場が外貨獲得産業に食い込むための現実解だった。欧州勢が寡占する市場に後発で挑むNTNの原型は、この販売と製造を切り分ける分業体制のなかで作られている。

  • NTN 有価証券報告書 第126期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1918年3月 三重県桑名郡桑名町の西園鉄工所でボールベアリングの研究製作を開始
    • [2]1923年5月 巴商会と西園鉄工所が提携し「NTN」商標で国産軸受の製造販売を開始
    • [5]巴商会は商社(販売)、西園鉄工所は鉄工所(製造)の分業提携
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [3]巴商会の経営者・丹羽昇は東洋ベアリングの初代社長
    • [4]商標「NTN」は巴商会経営者で東洋ベアリング初代社長の丹羽昇、巴商会(巴=Tomoe)、西園鉄工所の頭文字(N・T・N)に由来する

1927年には巴商会のベアリング部門を分離し、資本金5万円[6]で合資会社エヌチーエヌ製作所として法人化した。[7]1934年に株式会社へ組織変更[8]、1937年には東洋ベアリング製造株式会社へ商号を変えた[9]。戦前から戦中にかけては軍需の拡大と歩調を合わせて生産能力を積み増し、戦時中には従業員1,500余名を抱える国内最大級の軸受メーカーへと成長する。[10]1939年10月には三重県桑名市に桑名工場を新設し[11]、この桑名工場が戦後のNTN(当時は東洋ベアリング)の中核生産拠点となって、80年以上にわたって主力製品を生み出す現場であり続けた。2025年に発表された風力発電向け外径数mクラス軸受の集約先に選ばれたのも同工場であり[12]、創業地の製造機能は構造改革期にも会社の物理的な重心として残った。

  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [6]1927年 巴商会のベアリング部門を分離し資本金5万円でエヌチーエヌ製作所を設立
    • [10]戦時中、従業員1,500余名を抱えるベアリングメーカーに成長(明治百年は「日本最大のメーカー」と記す)
  • NTN 有価証券報告書 第126期(2025年3月期)【沿革】
    • [7]1927年3月 合資会社エヌチーエヌ製作所を設立(法人化)
    • [8]1934年3月 株式会社へ組織変更
    • [9]1937年1月 東洋ベアリング製造株式会社に商号変更
    • [11]1939年10月 三重県桑名市に桑名工場を新設(現桑名製作所)
  • NTN 決算説明会(2025年5月2日)
    • [12]2025年に風力発電向け大型軸受の集約先として桑名工場(NTN宝達志水製作所の生産機能集約)が選定された
  • NTN 有価証券報告書 第126期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1918年3月 三重県桑名郡桑名町の西園鉄工所でボールベアリングの研究製作を開始
    • [2]1923年5月 巴商会と西園鉄工所が提携し「NTN」商標で国産軸受の製造販売を開始
    • [5]巴商会は商社(販売)、西園鉄工所は鉄工所(製造)の分業提携
    • [7]1927年3月 合資会社エヌチーエヌ製作所を設立(法人化)
    • [8]1934年3月 株式会社へ組織変更
    • [9]1937年1月 東洋ベアリング製造株式会社に商号変更
    • [11]1939年10月 三重県桑名市に桑名工場を新設(現桑名製作所)
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [3]巴商会の経営者・丹羽昇は東洋ベアリングの初代社長
    • [4]商標「NTN」は巴商会経営者で東洋ベアリング初代社長の丹羽昇、巴商会(巴=Tomoe)、西園鉄工所の頭文字(N・T・N)に由来する
    • [6]1927年 巴商会のベアリング部門を分離し資本金5万円でエヌチーエヌ製作所を設立
    • [10]戦時中、従業員1,500余名を抱えるベアリングメーカーに成長(明治百年は「日本最大のメーカー」と記す)
  • NTN 決算説明会(2025年5月2日)
    • [12]2025年に風力発電向け大型軸受の集約先として桑名工場(NTN宝達志水製作所の生産機能集約)が選定された

1949年の東証一部上場と戦後の拠点拡大

戦後の混乱が落ち着き始めた1949年5月[13]、東洋ベアリング製造は大阪証券取引所市場第一部と東京証券取引所市場第一部に同時上場した。終戦直前には爆撃で桑名工場が壊滅し[14]、終戦後も桑名・宝塚の両工場が1952年4月まで賠償指定を受けるなど、戦後の出発点は厳しかった。[15]軸受は鉄道・工作機械・自動車に欠かせない部品であり、復興期の設備投資需要を背に資本市場から資金を集めるという選択は、国内軸受メーカーとしては早い動きだった。上場で得た資金は既存工場の能力増強に投じられ、戦後復興期の旺盛な需要を拾う生産体制の基盤となった。上場直後から桑名工場の拡張や関西圏の生産子会社の取り込みが続き、国内需要の急拡大を社外の資金で受け止める形が定着した。

  • NTN 有価証券報告書 第126期(2025年3月期)【沿革】
    • [13]1949年5月 大阪証券取引所市場第一部及び東京証券取引所市場第一部に上場
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [14]終戦直前の爆撃で桑名工場が壊滅した
    • [15]終戦後、桑名・宝塚(旧武庫川)の両工場が1952年4月まで賠償指定を受けた

1960年代に入ると、会社は国内の生産拠点を拡大する。1960年3月に静岡県磐田市で磐田製作所[16]、同年5月に西林精工(後の平野製作所)を傘下に[17]、1961年4月に金剛ベアリング(現和歌山製作所)を傘下に収めた。[18]既存の軸受メーカーを吸収合併しながら生産能力を積み増す一方、国内市場の寡占を高めることで、世界最大手SKFや国内首位のNSKと並ぶ国内主要軸受メーカーのポジションを固めた。高度成長期に自動車産業の裾野が広がるなかで、NTNは部品供給者として市場シェアを伸ばし、以後の経営を自動車向けに依存させる素地をこの時期に作った。国内自動車メーカーとの取引が収益の柱に据わり、その構図は2020年代の中計でも課題として引き継がれている。

  • NTN 有価証券報告書 第126期(2025年3月期)【沿革】
    • [16]1960年3月 静岡県磐田市に磐田製作所を設立
    • [17]1960年5月 西林精工(後の平野製作所)を傘下化
    • [18]1961年4月 金剛ベアリング(現和歌山製作所)を傘下化
  • NTN 有価証券報告書 第126期(2025年3月期)【沿革】
    • [13]1949年5月 大阪証券取引所市場第一部及び東京証券取引所市場第一部に上場
    • [16]1960年3月 静岡県磐田市に磐田製作所を設立
    • [17]1960年5月 西林精工(後の平野製作所)を傘下化
    • [18]1961年4月 金剛ベアリング(現和歌山製作所)を傘下化
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)
    • [14]終戦直前の爆撃で桑名工場が壊滅した
    • [15]終戦後、桑名・宝塚(旧武庫川)の両工場が1952年4月まで賠償指定を受けた

1962年からの欧米進出と等速ジョイントへの足固め

1962年1月、東洋ベアリング製造はドイツのErkrathにNTN Wälzlager(Europa) GmbHを設立した[19]。日本の軸受メーカーによる欧州進出としては早い部類であり、世界最大手SKFの本拠地であるドイツに営業拠点を置いたこと自体が挑戦的な判断だった。1963年1月にはアメリカのニューヨークにNTN BEARING CORP.OF AMERICAを設立し[20]、米州市場にも打って出る。欧米を同時に抑える販売体制を1960年代前半のうちに整えたことで、1970年代以降の現地生産展開に直接つながる拠点網の原型ができ上がった。後年のカルテル事件の舞台となる欧州自動車メーカー向けの取引網も、この販売拠点の設立から始まっており、欧州での販売活動は50年以上にわたって会社の主軸だった。

  • NTN 有価証券報告書 第126期(2025年3月期)【沿革】
    • [19]1962年1月 ドイツErkrathにNTN Wälzlager(Europa) GmbHを設立
    • [20]1963年1月 アメリカNew YorkにNTN BEARING CORP.OF AMERICAを設立

1971年1月にはアメリカSchiller ParkにAMERICAN NTN BEARING MFG.CORPを設立し[21]、NTNとして初の米国現地生産拠点を稼働させる。販売から現地生産へと段階を進めるかたちで、北米自動車市場向けの軸受供給体制を整え始めた。同年12月にはドイツMettmannにNTN Kugellagerfabrik(Deutschland) GmbHも設立し[22]、欧州でも販売から生産への段階を進める。軸受という標準品と特殊品の両方を抱える装置産業では、需要地に近い場所で作ることが競争力の前提となる。長距離輸送の物流コストや為替変動の影響を吸収する手段が、現地生産以外にほとんどないためである。1970年代のNTNは、その前提を欧米で固めにかかった時期であり、岡山製作所・長野製作所といった国内新設拠点も並行して稼働させた。[23]

  • NTN 有価証券報告書 第126期(2025年3月期)【沿革】
    • [21]1971年1月 アメリカSchiller ParkにAMERICAN NTN BEARING MFG.CORPを設立(初の米国現地生産拠点)
    • [22]1971年12月 ドイツMettmannにNTN Kugellagerfabrik(Deutschland) GmbHを設立
    • [23]1970年代に岡山製作所・長野製作所を国内新設(岡山1971年12月設立・長野1984年7月設立)
  • NTN 有価証券報告書 第126期(2025年3月期)【沿革】
    • [19]1962年1月 ドイツErkrathにNTN Wälzlager(Europa) GmbHを設立
    • [20]1963年1月 アメリカNew YorkにNTN BEARING CORP.OF AMERICAを設立
    • [21]1971年1月 アメリカSchiller ParkにAMERICAN NTN BEARING MFG.CORPを設立(初の米国現地生産拠点)
    • [22]1971年12月 ドイツMettmannにNTN Kugellagerfabrik(Deutschland) GmbHを設立
    • [23]1970年代に岡山製作所・長野製作所を国内新設(岡山1971年12月設立・長野1984年7月設立)

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NTNの沿革1918〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1918〜1971年桑名から世界へ ── NTNブランドの誕生と戦後復興三重県桑名で西園鉄工所がボールベアリングの研究製作を開始
巴商会と西園鉄工所が提携し「NTN」商標で国産軸受の製造販売を開始
エヌチーエヌ製作所を設立
合資会社エヌチーエヌ製作所を株式会社に組織変更
東洋ベアリング製造に商号変更
昭和ベアリング製造を設立
昭和ベアリング製造を合併
桑名工場を新設
大阪証券取引所市場第一部・東京証券取引所市場第一部に上場
東洋ベアリング磐田製作所を設立
金剛ベアリングを子会社化
ErkrathにNTN Wälzlager(Europa)を設立
アメリカNew YorkにNTN BEARING CORP.OF AMERICAを設立
MississaugaにNTN BEARING CORP.OF CANADAを設立
アメリカSchiller ParkにAMERICAN NTN BEARING MFGを設立
MettmannにNTN Kugellagerfabrik(Deutschland)を設立
1972〜2012年自動車CVJへの傾斜とS.N.R.連結子会社化による欧州買収エヌ・テー・エヌ東洋ベアリングに商号変更
アメリカElginにNTN ELGIN CORPを設立
減量から増産への転換と生産調整の「運動神経」

オイルショック後の長期不況で3年連続の経常赤字に沈んでいたエヌ・テー・エヌ東洋ベアリングが、同業に先んじた減量作戦と増産への機敏な転換、成長商品の等速ボールジョイントの育成によって、1979年3月期にV字回復を果たした経営判断。

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★★★
東洋ベアリング磐田製作所・岡山製作所を合併
東洋ベアリング長野製作所を設立
アメリカMacombにNTN-BOWER CORPを設立
アメリカColumbusにNTN DRIVESHAFT社を設立
NTNに商号変更
PluakdaengにNTN MANUFACTURING(THAILAND)を設立
AllonnesにNTN TRANSMISSIONS EUROPEを設立
鈴木泰信ITバブル崩壊局面で経常利益27億円に低迷
鈴木泰信「NP21」による社内の壁の打破と最高益への復活

ITバブル崩壊後の業績低迷で経常利益が急減したNTNが、前社長の急逝で登板し自身も闘病中だった鈴木泰信社長のもと、2002年に経営計画『NP21』を掲げ、聖域の人員削減と縦割り組織の再編で2004年3月期に過去最高益へ復活した経営判断。

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★★★
鈴木泰信S.N.R. ROULEMENTS(後のNTN-SNR)へ資本参加★★
近藤達生S.N.R. ROULEMENTSを子会社化★★
近藤達生リーマン危機で純損失▲89億円に転落★★
森博嗣2期連続の純損失▲20億円
2013〜2023年2期連続赤字とDRIVE NTN100 Finalへの助走髙木重義純損失▲146億円を計上★★
大久保博司大久保博司氏が社長に就任
大久保博司純損失▲70億円に転落
大久保博司指名委員会等設置会社へ移行
大久保博司コロナ直前の需要減で純損失▲440億円、営業利益は70億円に急減★★
鵜飼英一鵜飼英一氏が社長に就任
鵜飼英一構造改革費用先行計上で純損失▲238億円、FY19/3以来の最終赤字★★
鵜飼英一日本精工との経営統合と共同持株会社の設立

軸受(ベアリング)で国内首位級の日本精工とNTNが、2026年5月12日に経営統合を発表した経営判断。共同持株会社を設立して両社がその傘下に入り、国内外の競争法審査と2027年6月の株主総会承認を経て、同年10月の持株会社上場を目指す。過大な設備投資の後始末に追われ、単独での収益力に課題を抱えるNTNが、100年競い合ってきた相手と組む道を選んだ。

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★★★
出典・参考
  • NTN 有価証券報告書 第126期(2025年3月期)【沿革】
  • NTN 決算説明会(2025年5月2日)
  • 企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編, 1968)

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