NTNの決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

足りない販売力は競合から人ごと引き入れ、危うい投資は本体の外に置いた。1930年に解散の手前まで追い込まれると東京出張所を開設し、国内市場を握っていたSKFの販売網から責任者と技術者を引き入れた。陸海軍の増産要請を受けた1938年6月には、兵庫の新工場を別会社の昭和ベアリング製造として立ち上げ、1939年12月に合併している。その結果、1944年の生産高は1億2660万円で同業の首位に立った。ただ航空機用の供給が集まった桑名工場は、1945年7月の爆撃で建屋の85%を失った。

免責事項およびポリシー