日本精工 の歴代社長

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1973年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

長谷川正男退任

1973年社長就任

取締役社長

朝香聖一退任

2002年社長就任

1994年取締役2000年執行役員代表取締役社長

大塚紀男退任

2009年社長就任

1973年入社2000年執行役員2002年取締役代表執行役社長指名委員会委員長

内山俊弘退任

2015年社長就任

1981年入社2012年取締役代表執行役社長

市井明俊現任

2021年社長就任

1986年入社2017年取締役代表執行役社長・CEO
創業社長の関係
創業

1916年11月、日本精工合資会社を株式会社へ改組する形で発足し、資本金35万円で国内初の軸受の工業生産に入った。初代社長は創業者の山口武彦氏である。名簿で辿れる社長は1948年7月就任の今里広記氏からで、戦後に社長の座へ就いたのはいずれも創業家の外から来た人物である。

社長登用の傾向
登用

2002年6月の朝香聖一氏から現在まで4代続けて生え抜きが昇格しており、外部からの招聘は戦後の再建期を最後に絶えている。2004年4月に委員会等設置会社へ移り執行と監督を分けて以降は、代表執行役の専務か副社長を務めた者が社長へ上がる順路が定着した。朝香聖一氏と大塚紀男氏はいずれも慶應義塾大学経済学部の出身である。

社長任期の傾向
任期

最も長いのは1948年7月から25年余りを務めた今里広記氏で、戦後の再建から海外進出の助走までを一代で担った。以後は短く、直近3代は6年前後で揃い、市井明俊氏は2021年4月の就任から5年目にある。間隔が一定なのは、執行役の序列を順に上がる登用が働いているためと思われる。

いまの体制への含意
含意

社長は自動車軸受や調達といった主力事業のラインを通った生え抜きから選ばれ、6年前後で入れ替わる。社内の職歴だけが指名の材料になるため、事業の組み替えを外から促す役目は社外取締役6名が占める取締役会に寄っている。ステアリング事業の切り出しと2年後の連結復帰は、いずれもこの体制の下で決まった。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
今里広記(1948年就任)1948〜1973年1948年就任25年退任外部出身取締役社長
長谷川正男(1973年就任)1973〜2002年1973年就任29年退任外部出身取締役社長決断1977年豪州・英国・米国に工場設置1990年英UPIの全株式取得
朝香聖一(2002年就任)2002〜2009年2002年就任7年退任生え抜き代表取締役社長決断2004年委員会等設置会社へ移行
大塚紀男(2009年就任)2009〜2015年2009年就任6年退任生え抜き代表執行役社長指名委員会委員長決断2013年ベアリングカルテルの各国制裁
内山俊弘(2015年就任)2015〜2021年2015年就任6年退任生え抜き代表執行役社長
市井明俊(2021年就任)2021年〜現任2021年就任6年現任生え抜き代表執行役社長・CEO1986年4月に日本精工へ入社した。2015年6月に執行役・経営企画本部副本部長として経営陣へ入り、2017年4月に執行役常務、同年6月に取締役、2019年4月に代表執行役専務へ進んだ。入社から執行役まで29年、社長就任までは35年をかけた生え抜きである。役員の肩書が取締役ではなく執行役なのは、同社が指名委員会等設置会社であることによる。決断2025年ステアリング事業の全株買戻し2026年NTNとの経営統合
歴代社長の在任期間 全6代
1948年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

今里広記退任

1948年社長就任

取締役社長

長谷川正男退任

1973年社長就任

1961年入社取締役社長

朝香聖一退任

2002年社長就任

1965年入社1994年取締役2000年執行役員代表取締役社長

大塚紀男退任

2009年社長就任

1973年入社2000年執行役員2002年取締役代表執行役社長指名委員会委員長

内山俊弘退任

2015年社長就任

1981年入社2012年取締役代表執行役社長

市井明俊現任

2021年社長就任

1986年入社2017年取締役代表執行役社長・CEO

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