1916年11月、資本金35万円で東京都品川区に日本精工が設立[1]された。前身の日本精工合資会社を株式会社へ改組する形で1916年11月8日に発足し[2]、初代社長には山口武彦が就いた。[3]国内で初めて軸受の工業生産を開始した会社であり[4]、鉄道・工作機械・自動車といった動力を伝える機械が動くかぎり必要とされる部品を、輸入に頼らず国産化するために生まれた専業メーカーとして出発した。当時の日本では軸受はほぼすべて欧州からの輸入品であり、国内にはまだ量産技術が根付いていなかった。創業者の山口武彦は、軸受という小さな[5]部品が機械産業全体の精度と信頼性を支える構造を見抜いていた。NSK(Nihon Seiko Kaisha)の呼称も創業期から用いられ、日本の機械産業の精度を底から支える立場を、創業時点で自ら引き受けた会社だった。
創業から戦後復興期にかけては国内生産拠点の積み上げが中心だった。1937年に藤沢工場、1953年に大津工場、1959年に石部工場を相次いで立ち上げ[6]、1960年には群馬県前橋市に北日本精工を設立する。この北日本精工は後年NSKステアリングシステムズへと再編され[7]、半世紀後に事業切り出しの主役となるステアリング事業の源流にあたる。創業期に植えた種が、21世紀の経営判断の舞台を用意していた格好である。戦後の自動車・電機・工作機械産業の拡大に歩調を合わせ、NSKは国内生産能力を積み増した。標準品と特殊品を併せ持つ軸受メーカーとしての体制を固めたと言える。
創業期のNSKは海軍との結びつきのもとで軸受の国産化を進めた。技術の中心には海軍出身者が並び、生産計画は海軍の支援の下で始まった[8]。試作を重ねた国産ベアリングの第一号は横須賀海軍工廠に納入され、国産航空機用ベアリング[9]としてもわが国最初のものがNSK玉軸受として使われた。民間でも自動車の先駆者快進社のダット号に円すいコロ軸受が採用され[10]、海軍と一般工業の両面に営業基盤が広がった。1920年の大阪を皮切りに名古屋・小倉・札幌へ営業所を置いて販路を伸ばし[11]、1932年には国鉄の新製ガソリン動車の車軸にNSKの円すいコロ軸受が採られた。これはわが国最初の鉄道車両用軸受にあたる。[12]1935年開設の多摩川工場では欧米から輸入した自動機でマスプロ化に踏み切り[13]、戦時には軍の要請で戦車用・航空機用ベアリングを量産した。[14]終戦で大半の工場が賠償指定を受けたが、多摩川・藤沢の二工場が除外[15]され戦後再建の足場として残った。
戦後の高度成長期に入ると、日本精工は海外に軸足を伸ばし始める。1962年12月に米国ニュージャージー州でNSKコーポレーション社を[16]、1963年10月にはドイツデュッセルドルフでNSKドイツ社を設立し[17]、米州・欧州の販売網を同時に築きにかかった。ドイツは軸受大手シェフラーの本拠地であり、現地拠点を置いたこと自体が挑戦だった。欧米の既存メーカーが築いた流通網に割って入ることは容易ではなかったが、NSKは自動車メーカーのグローバル展開に歩調を合わせて販売体制を整えた。日本の軸受メーカーが海外で本格的な営業網を持った最初期の事例でもあり、1960年代の海外拠点の配置が後のグローバル3位のポジションを支える土台になった。
1964年には米ボルグワーナー社と合弁でNSKワーナーを立ち上げ[18]、自動車用トランスミッション部品への関与を深める。1974年に英国ピータリー工場、1975[19]年に米国クラリンダ工場と、販売から現地生産へと段階を踏んだ。1975年に埼玉工場、1984年に福島工場を稼働させ[20][21]、国内外で生産能力を積み増した。自動車産業の成長に歩調を合わせるかたちで、会社は純粋な軸受メーカーから自動車部品も手がける軸受メーカーへ比重を移した。この事業構造の変化は以後半世紀にわたってNSKの経営の基軸となり、自動車依存という特徴と弱みの両方を同時に抱え込む原点にもなった。
1987年9月、韓国昌原市にNSK韓国社を設立[22]する。韓国の自動車産業が輸出を伸ばし始めた時期と重なり、日本の部品メーカーとして現地製造拠点を持った。1980年代末までにNSKは米州・欧州・アジアの主要地域に拠点を敷き、売上規模を拡大させた。国内では1984年に福島工場を設立し[23]、海外は東欧や中国を除くほぼ主要地域を網羅する体制を整えた。1970年代末の韓国経済開発計画以降の工業化の波に乗る形で、NSKはアジア市場での存在感を引き上げ、日本の軸受メーカーとしての国際的地位を固めた。アジア各国の自動車生産が立ち上がる直前に現地拠点を置いた読みは、1990年代の業績拡大に直結した。
1980年代のNSKは、日本のベアリング市場で首位級の地位を固める一方、海外売上比率の引き上げを急いでいた。軸受は標準品と特殊品が混在する装置産業であり、設備投資を回収するには地理的な分散と規模の両方が要る。この時期の拠点設置ラッシュは、のちのグローバル展開を支える物理的な基盤を作り、1990年代の英国UPI買収・中国進出・ポーランド参入への助走路となった。[24]自動車向けの大口受注を取りに行くための土台固めの10年であり、SKF・シェフラーという欧州の先行2社に追いつくための基盤整備を行った時期にあたる。
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|---|---|---|---|---|
| 1916〜1989年国産ベアリングの原点と製造拠点の広がり | 日本精工を設立、日本初の軸受量産を開始 | ★ | ||
| 藤沢工場を設立 | ★ | |||
| 大津工場を設立 | ★ | |||
| 石部工場を設立 | ★ | |||
| 北日本精工を設立 | ★ | |||
| NSKコーポレーション社を設立、米州販売網を開始 | ★ | |||
| エヌエスケー・トリントン社を設立 | ★ | |||
| NSKドイツ社を設立、欧州販売網を開始 | ★ | |||
| ボルグワーナー社と合弁でNSKワーナー社を設立 | ★ | |||
| NSKブラジル社スザノ工場を設立 | ★ | |||
| 販売会社から現地生産への移行と、豪州・英国・米国への工場設置 日本精工は1962年に米国、1963年にドイツへ販売会社を置いたのち、1969年にオーストラリア、1970年にブラジル、1974年に英国ダーラム州、1975年に米国アイオワ州へ製造拠点を設けた。輸出で稼ぐ体制から、相手国の内側で作って売る体制へ切り替える10年の判断であり、現地の労務をどう組み立てるかという課題を同時に抱え込んだ。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 埼玉工場を設立 | ★ | |||
| アイオワ州クラリンダ市にNSKコーポレーション社クラリンダ工場を設立 | ★ | |||
| NSKシンガポール社を設立 | ★ | |||
| 福島工場を設立 | ★ | |||
| NSK韓国社を設立 | ★ | |||
| 1990〜2013年世界三強の一角への上昇とIT不況・リーマン期の谷 | 英国最大の軸受メーカーUPIの全株式取得と、中国・ポーランドへの生産拠点の設置 1990年3月、日本精工は英国ノッティンガム州の英国最大の軸受メーカー、UPI社の株式を100%取得した。欧州で自前の工場を1カ所しか持たなかった会社が、現地最大手の製造・販売網をまとめて手に入れた買収である。以後1998年までに中国・インドネシア・インド・ポーランドへ拠点を並べ、スウェーデンのSKF、ドイツのシェフラーに次ぐ世界3位の位置を確保した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| NSKベアリング・インドネシア社を設立 | ★ | |||
| NSK昆山社を設立 | ★ | |||
| ラネーNSKステアリングシステムズ社をRane社と合弁で設立 | ★ | |||
| ポーランド国有企業FLTイスクラ社の70%を子会社化 | ★ | |||
| ITバブル崩壊で純損失▲176億円に転落 | ★★ | |||
| 朝香聖一 | 純損失▲26億円、2期連続の最終赤字 | ★★ | ||
| 朝香聖一 | 2期連続の最終赤字を経ての委員会等設置会社への移行 2004年4月、日本精工は委員会等設置会社(現・指名委員会等設置会社)へ移行した。前々期にあたる2002年3月期に176億円の当期純損失、翌2003年3月期にも26億円の損失を出した直後の機関設計の変更で、指名・監査・報酬の3委員会を置き、役員の指名と報酬の決定を社外取締役が加わる委員会に移した。日本の製造業としては早い時期の移行であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 朝香聖一 | 天辻鋼球製作所を子会社化 | ★ | ||
| 大塚紀男 | 大塚紀男が9代社長に就任 | ★ | ||
| 大塚紀男 | ADTechを設立 | ★ | ||
| 大塚紀男 | システム製品事業部を分社しNSKテクノロジー社を設立 | ★ | ||
| 大塚紀男 | NSKベアリング・マニュファクチュアリング・メキシコ社を設立 | ★ | ||
| 2014〜2022年自動車依存脱却と事業切り出しへの助走期間 | 内山俊弘 | 内山俊弘が10代社長に就任 | ★ | |
| 内山俊弘 | NSKテクノロジー社の株式をブイ・テクノロジーに譲渡 | ★ | ||
| 市井明俊 | 市井明俊が11代社長に就任 | ★ | ||
| 市井明俊 | ステアリング事業をADTechに吸収分割、NSKステアリング&コントロール社に商号変更 | ★★ | ||
| 市井明俊 | ステアリング事業の分社と過半株式の投資ファンドへの譲渡、2年後の全株買い戻し 日本精工は2023年4月にステアリング事業を子会社へ吸収分割し、同年8月に株式50.1%を投資ファンドのジャパン・インダストリアル・ソリューションズ(JIS)傘下のファンドへ譲渡して連結から外した。2年後の2025年5月12日、JISが持つ50.1%を買い取って完全子会社に戻すと発表し、同年9月1日に取得した。手放す判断と取り戻す判断を、同じ経営陣が2年で行った往復である。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 市井明俊 | NTNとの共同持株会社設立による経営統合 2026年5月12日、ベアリング(軸受)で国内シェアトップの日本精工は、同業のNTNと経営統合の基本合意書を締結したと発表した。共同持株会社を株式移転で設立し、両社がその傘下に入る。国内外の競争法審査を経て、2027年6月の株主総会で承認を得たのち、同年10月に持株会社の上場を目指す。統合比率は今後の最終契約で詰める。本稿の時点で統合はまだ完了していない。 詳細を読む | ★★★ |
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事実根拠:出所(日本精工)