「か・け・ふ」による経営改革と非資源No.1・商社三冠戦略
2010年実施「万年4位」の総合商社を、岡藤正広氏は資源に頼らずどう頂点へ押し上げたのか
- 概要
- 2010年4月、繊維畑を歩んできた岡藤正広氏が伊藤忠商事の社長に就任し、「稼ぐ・削る・防ぐ」の頭文字をつないだ「か・け・ふ」を合言葉に経営改革へ着手した。粗利益は2位でも経費が重く純利益は4位という「万年4位」の体質を、非資源の強みで作り替え、2012年3月期に4位を脱し、2020年には純利益・株価・時価総額の「商社三冠」に立った。
- 背景
- 総合商社で伊藤忠は長く業界4位に置かれていた。就任前年の2009年3月期、売上総利益(粗利益)は三菱商事に次ぐ2位だったが、経費の重さから営業利益・純利益が落ち込み、純利益は住友商事を下回って4位だった。資源で稼ぐ財閥系に対し、伊藤忠は繊維・食料・生活消費など非資源に強みを持っていた。
- 内容
- 岡藤氏は「こんなことをしていたら会社が潰れる」との危機感から、無駄の削減と損失の防止を「か・け・ふ」として全社で徹底した。次に、あえて取りやすい「非資源No.1」を目標に掲げて社内に勝ち癖をつけ、深夜残業を原則禁じて早朝勤務を促す朝型勤務を導入するなど働き方も変えた。
- 含意
- 資源価格が商社の順位を左右する時代に、伊藤忠は資源に頼らず非資源の蓄積で稼ぐ体質を築いた。2012年3月期に「万年4位」を脱し、2020年6月には純利益・株価・時価総額の「商社三冠」に到達した。取りやすい指標から勝ち癖をつける手順が、財閥系と伍する地位への足場になった。
負けにくい体質を先に整え、勝ち癖を積む
この経営改革の核心は、財務の危機に追われての緊縮ではなく、稼ぐ力の中身を組み替えた点にある。伊藤忠の弱さは粗利の乏しさではなく、稼いだ粗利を経費が食いつぶすところにあった。岡藤氏はそこを「削る・防ぐ」で締め直し、そのうえで「非資源No.1」という手の届く目標から入った。大きな旗を最初に掲げるのではなく、取りやすい一番を積み重ねて勝ち癖をつける。順位を上げる前に、勝つことに慣れた組織へ作り替える段取りが、この改革を貫いていた。
非資源という強みは、資源高の波に乗れないという弱みと裏表でもある。それでも岡藤氏は、資源価格が商社の順位を決める競争の外に、資源に頼らず稼ぐもう一つの土俵を築いた。2020年の商社三冠は、その到達点であると同時に、財閥系と同じ土俵で資源を競う道を選ばなかったことの証しでもある。自社の強みを、どの順序で競争優位へ変えていくか——岡藤氏の改革は、負けにくい体質を先に整え、勝ち癖を積んでから頂を狙うという手順の妙を示している。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
「粗利は2位、純利は4位」という体質
総合商社の序列で、伊藤忠商事は長く業界4位に置かれていた。岡藤正広氏が社長に就く前年、2009年3月期の売上総利益(粗利益)は、三菱商事に次ぐ2位につけていた。ところが経費の重さから、そこを差し引いた営業利益は落ち込み、最終の純利益では住友商事を下回って4位に沈んだ。稼ぐ力そのものが乏しいのではなく、稼いだ粗利を経費が食いつぶす体質に、伊藤忠の弱さがあった[1]。
資源で稼ぐ財閥系と、非資源の伊藤忠
順位を分けていたのは、稼ぎ方の違いでもあった。三菱商事や三井物産といった財閥系の商社は、鉄鉱石や石油・天然ガスなど資源の権益から利益の多くを得ており、資源価格が上がるときには最高益を競った。これに対し伊藤忠は、祖業の繊維に加えて食料や生活消費など、消費者に近い非資源の分野を強みとしてきた。資源市況に振り回されにくい代わりに、資源高の波にも乗りにくい。この非資源の蓄積をどう競争力へ変えるかが、順位を上げる鍵になった[2]。
決断
「潰れる」という危機感と「か・け・ふ」
2010年4月、繊維畑を歩んできた岡藤正広氏が社長に就いた。岡藤氏は五大商社の決算を見比べ、伊藤忠の弱点が経費の重さにあると見抜き、「こんなことをしていたら会社が潰れる」との危機感を社内に説いた。掲げたのが「稼ぐ・削る・防ぐ」である。その頭文字をつないで「か・け・ふ」と呼び、無駄の削減と損失の防止を全社で徹底した。粗利では2位につけながら経費で沈む体質を、まず足元から締め直す試みだった[3][4]。
「非資源No.1」で勝ち癖をつけ、朝型勤務で働き方を変える
体質を締め直したうえで、岡藤氏は次の目標に「非資源No.1」を据えた。資源で稼ぐ財閥系を正面から追うのではなく、伊藤忠がもともと強い非資源の分野で一番を取りにいく。岡藤氏が「取りやすい」と認めるこの目標は、社員に勝ち癖をつけるために意図して選んだものだった。届く目標を一つずつ達成させ、勝つことに慣れた組織へ変える。順位の底上げは、この積み重ねの先に置かれた[5]。
働き方にも手を入れた。伊藤忠は2013年に朝型勤務制度を導入し、20時以降の残業を原則として禁じ、早朝への切り替えを促した。深夜勤務と同じ割増賃金や軽食を朝の出社に付け、業務を効率化して顧客対応の質を上げる狙いだった。長時間労働をいとわない商社の慣行を、成果と時間の使い方の両面から見直す。「削る」の発想は、経費だけでなく働き方にも及んだ[6]。
結果
「万年4位」からの脱却と商社三冠
改革の効果は、数字に表れた。就任から2年後の2012年3月期決算で、伊藤忠は純利益でも住友商事を上回り、長く続いた「万年4位」を脱した。粗利を経費が食う体質を締め直し、非資源で勝ち癖をつける手順が、まず最終利益の順位を押し上げた。取りやすい目標から入るという岡藤氏の設計が、最初の成果として実を結んだ[7]。
伊藤忠はその後も改革を続け、資源価格が財閥系の資源事業を直撃した年には、純利益で三菱商事や三井物産を上回った。2020年6月には、純利益・株価・時価総額のすべてで商社の首位に立つ「商社三冠」に到達した。時価総額でも三菱商事を初めて抜き、資源に頼らない非資源の収益が、順位を押し上げる力になった。資源で稼ぐ王道とは別の道で、伊藤忠は財閥系と伍する地位に届いた[8][9]。