この創業が示すのは、特定の起業家が一つの会社を設立した出来事というより、近江商人の家業作法を負った一族が、時代の求めに応じて商いの形を繰り返し組み替えてきた経緯である。麻布の行商から呉服太物、対米貿易、綿糸卸へと約40年で四度も業態を変えた初代伊藤忠兵衛氏の身の軽さは、産地と需要地を往復する持下り商いが、扱う品目や取引の形にこだわらず利の立つ場所へ商いを移す性質を備えていたことと地続きだったと推察される。
もう一つ見えてくるのは、商号や家業の連続性と、法人格の連続性とがずれている点である。伊藤忠商事の法人格は1941年の三興、1944年の大建産業への統合でいったん消え、1949年12月の分割で同じ商号のもとに戻された。戦時統制が家業の枠を越えて商社を統合し直し、戦後改革がそれを解いて再び分けたという二度の外圧を挟みながら、近江商人として始まった商いの系譜は、商号と一族の記憶において保たれてきたと読める。個人の才覚の物語としてよりも、家業と制度の相互作用として跡づけられる創業といえる。