米倉功

伊藤忠商事・元取締役社長

Yonekura Isao(敬称略)

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社長就任 1983年6月
生年月日 —
学歴 東京商科大学
出自 —
社長就任までの出自
出自

1947年9月に東京商科大学を卒業し、同年10月に大建産業へ入社、1949年に伊藤忠商事へ転籍した。1967年に海外事業部長、1975年に取締役、1977年に常務、1981年に専務、1982年に副社長を経て、1983年6月30日に社長へ就任した。名古屋市の出身で、自ら切り開いた自動車の商売を軸とする海外・自動車の畑である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1983年6月、戸崎誠喜氏の後を受けて社長に就任した。61歳だった。1973年の石油危機で積極路線の投資拡大が裏目に出た際、越後正一社長と瀬島龍三副社長が第一線を退き、瀬島氏の事業開発と距離を置いていた戸崎氏と米倉氏が社内の主導権を掌握していた。就任にあたり、石油と不動産という重荷を切り捨てて1985年の飛躍につなげる道筋を示した。

在任中の主な施策
施策

石油事業からの完全撤退は1985年で、それに先立ち東亜石油関連で約1000億円の損失を1984年末までに計上しており、1987年2月には英国に伊藤忠英国会社を設けた。その一方で不動産向けの投融資がかさみ、1988年に640億円を投じて東京・港区の豪州大使館跡地を手に入れたものの、何に使うかの計画が固まらないうちにバブルがはじけた。社内では、売上高で一時首位となったことから大企業意識が広がり、室伏稔氏らの問題提起をきっかけに構造改革を推し進めることが決まった。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1947〜1990年
在任中の業績
就任前(FY82)124,902億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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