- 創業
- 住友は1920年に商社を持たないと決め、25年後の1945年、住友本社総理事の古田俊之助氏がその禁を解いて不動産会社を日本建設産業へ改組した。法人の母体は1919年設立の大阪北港である。古田俊之助氏自身は社長に就かず、初代の竹腰健造氏は建築家出身で、公職追放により1年4か月で去った。住友家出身の社長は一人もいない。
- 登用
- 直近20年に就任した加藤進氏・中村邦晴氏・兵頭誠之氏・上野真吾氏は、いずれも新卒入社の生え抜きで、入社から就任まで34年から42年を要している。畑は鉄鋼・自動車・電力・エネルギーと分かれるが、4人のうち3人が米国やインドネシアの現地法人社長を経験している。
- 任期
- 商品本部制を敷いた津田久氏の13年余を最後に、長期政権は絶えた。社内規則が取締役会長・社長執行役員とも在任は原則6年までと定めており、中村邦晴氏も兵頭誠之氏もほぼ6年で退いている。現任の上野真吾氏は3年目。退いた社長は代表権のない取締役会長へ移り、その後は特別顧問として残る例が続いている。
- 含意
- 公職追放で去った初代を除けば、任期の途中で社長が降ろされた例は見当たらない。銅取引で2,852億円、資源で3,103億円を失った代も務め上げている。後継を諮る指名・報酬諮問委員会は5人中3人が社外で委員長も社外だが、現職の会長と社長が委員に入り、権限は取締役会への答申までである。
1945〜1945年・1年/生え抜き
1946〜1955年・10年/生え抜き
1956〜1969年・14年/生え抜き
1970〜1975年・6年/生え抜き
1976〜1981年・6年/生え抜き
1982〜1988年・7年/生え抜き
1989〜1994年・6年/生え抜き
1995〜1999年・5年/生え抜き
2000〜2005年・6年/生え抜き
2006〜2010年・5年/生え抜き
2011〜2016年・6年/生え抜き
2017〜2022年・6年/生え抜き
上野真吾現任
2023年〜現在・4年/生え抜き
上野真吾
うえの しんご
生え抜き(1982年入社)。エネルギー本部長、米州住友商事会社社長、副社長執行役員を経て社長へ
兵頭誠之
ひょうどう まさゆき
生え抜き(1984年入社)。電力・インフラ畑を歩み、インドネシア住友商事社長、経営企画部長、環境・インフラ事業部門長を経て社長へ
中村邦晴
なかむら くにはる
生え抜き(1974年入社)。プラザ・モータース社長など自動車畑を歩み、経営企画部長、資源・化学品事業部門長を経て社長へ
加藤進
かとう すすむ
生え抜き(1970年入社)。鉄鋼畑から人事総務グループ長、米州総支配人・米国住友商事会社社長を経て社長へ
岡素之
おか もとゆき
生え抜き(1966年入社)。鋼管貿易第一部長、米国住友商事会社ヒューストン支店長など鉄鋼畑を歩み、常務・専務を経て社長へ
宮原賢次
みやはら けんじ
生え抜き(1958年入社)。鉄鋼貿易本部副本部長、米国住友商事会社社長、専務を経て1995年副社長、社長へ
秋山富一
あきやま とみいち
生え抜き(1953年入社)。ロサンゼルス事務所長、鋼材貿易部長、電子電機本部長、常務、専務を経て社長へ
伊藤正
いとう ただし
生え抜き(1949年日本建設産業入社)。鋼材貿易本部長、常務・専務を経て1981年副社長、社長へ
植村光雄
うえむら みつお
生え抜き(住友合資会社入社)。1961年取締役、常務・専務を経て1971年副社長、社長へ
柴山幸雄
しばやま ゆきお
生え抜き(1934年住友合資会社入社)。総務部長、副社長を経て社長へ
津田久
つだ ひさし
生え抜き(1928年住友合資会社入社)。1946年に日本建設産業総務部長、1953年専務を経て社長へ
田路舜哉
とうじ しゅんや
生え抜き(1920年住友総本店入社)。住友金属工業伸銅所から日本建設産業の常務として商事部門を主宰し、公職追放による社長交代で第2代社長へ
竹腰健造
たけこし けんぞう
生え抜き(1917年住友総本店建築部入社)。長谷部竹腰建築事務所常務、住友土地工務専務を経て、商事会社へ転換した日本建設産業の初代社長へ