- 創業
- 三菱の商いは1870年に岩崎彌太郎氏が興した九十九商会に始まり、1918年に三菱合資会社の営業部門が旧三菱商事として独立した。1947年のGHQ覚書で完全な解散を命じられ、1954年7月の四社合同で高垣勝次郎氏を初代に再発足している。以後13代、岩崎家から社長は出ていない。
- 登用
- 直近20年の社長は小島順彦氏・小林健氏・垣内威彦氏・中西勝也氏の4人で、全員が新卒で入った生え抜きである。入社から就任まで37年から39年かかっている。出身は重機・船舶・飼料畜産・電力とばらけ、特定の営業グループが社長の指定席を持つ形にはなっていない。
- 任期
- 10年を超える長期政権は一度もない。最長はブルネイLNGへ5億ドルを投じた藤野忠次郎氏の8年で、在任5か月で急逝した近藤健男氏を除けばどの代も5年から8年に収まる。直近3代は小林健氏と垣内威彦氏が6年ずつ、中西勝也氏が2022年4月から5年目で、3年の中期経営戦略を2本回す長さに揃っているように見える。
- 含意
- 取締役15名のうち社外は7名で半数に届かない。社長を選ぶコーポレートガバナンス・指名委員会は委員10名中7名が社外だが、審議して取締役会に具申するまでで、決議は取締役会が行う。2025年度の委員長は前社長で取締役会長の垣内威彦氏、現社長の中西勝也氏も委員に座り、後継は社長経験者が同席する場で絞られていると思われる。
1954〜1959年・6年/生え抜き
1960〜1964年・5年/生え抜き
1965〜1972年・8年/生え抜き
1973〜1978年・6年/生え抜き
1979〜1984年・6年/生え抜き
1985〜1985年・1年/生え抜き
1986〜1990年・5年/生え抜き
1991〜1996年・6年/生え抜き
1997〜2002年・6年/生え抜き
2003〜2008年・6年/生え抜き
2009〜2014年・6年/生え抜き
2015〜2020年・6年/生え抜き
中西勝也現任
2021年〜現在・6年/生え抜き
中西勝也
なかにし かつや
生え抜き(1985年入社)。電力畑を歩み、中東・中央アジア統括、電力ソリューショングループCEOを経て社長へ
垣内威彦
かきうち たけひこ
生え抜き(1979年入社)。飼料畜産・食糧の営業畑一筋で、生活産業グループCEOを経て社長へ
小林健
こばやし けん
生え抜き(1971年入社)。船舶畑を歩み、シンガポール支店長・プラントプロジェクト本部長・新産業金融事業グループCEOを経て社長へ
小島順彦
こじま よりひこ
生え抜き(1965年入社)。重機部から社長室会事務局部長、新機能事業グループCEOを経て社長へ
佐々木幹夫
ささき みきお
生え抜き(1960年入社)。重機部長、米国三菱商事副社長・社長を経て帰国し、職能担当の常務から社長へ
槙原稔
まきはら みのる
生え抜き(1956年入社)。米欧に通算20年近く駐在した国際派で、米国三菱商事社長・会長を経て社長へ
諸橋晋六
もろはし しんろく
生え抜き(1947年入社)。機械輸出部・船舶部からマニラ支店長、ロンドン支店長兼欧州三菱商事副社長、常務・副社長を経て、近藤健男社長の急逝を受けて社長へ
近藤健男
こんどう たけお
1949年に協和交易へ入社し、1954年の大合同で三菱商事へ。社長就任の5か月後、1986年11月に在任のまま急逝した
三村庸平
みむら ようへい
生え抜き(1940年入社)。旧三菱商事に入社し、大阪支社副支社長・常務・副社長を経て社長へ。祖父・父も三菱の三代続きの三菱マン
田部文一郎
たなべ ぶんいちろう
生え抜き(1930年入社)。旧三菱商事に入社し、解散後は新日本通商専務・東西交易常務を経て復帰、米国三菱商事社長・副社長から社長へ
藤野忠次郎
ふじの ちゅうじろう
生え抜き(1925年入社)。旧三菱商事に入社し、取締役・常務・専務・副社長を経て社長へ
荘清彦
しょう きよひこ
生え抜き(1932年入社)。三菱造船から旧三菱商事へ移り、機械部長・常務、清光産業社長を経て、大合同後の副社長から社長へ
高垣勝次郎
たかがき かつじろう
旧三菱商事の出身。財閥解体後は不二商事社長を務め、1954年7月の大合同で新発足した三菱商事の初代社長に就いた