- 創業
- 1876年7月、益田孝氏が三井組から運転資金を借りる身代り資本で旧三井物産を興した。ただし1947年7月のGHQ解散命令で200社超に四散し、いまの三井物産は37人で発足した第一物産を存続会社とする法人である。歴代社長は同年10月就任の新関八洲太郎氏から数え、戦後に三井家・益田家の社長は出ていない。
- 登用
- 直近20年のトップは槍田松瑩氏・飯島彰己氏・安永竜夫氏・堀健一氏の4人で、全員が新卒で入り32年から37年かけて昇った生え抜きである。外部からの登用は確認できない。利益の柱は金属資源とエネルギーだが、資源本部を率いた経歴を持つのは飯島彰己氏だけで、機械や化学品といった非資源側から出る例が多い。
- 任期
- 10年を超えたのは初代の新関八洲太郎氏の14年だけである。最短は国後島の不正入札の直後に退いた清水愼次郎氏の2年4か月で、それ以外は6年前後にそろう。直近3代は飯島彰己氏と安永竜夫氏がともに6年、堀健一氏は2021年4月から6年目に入った。中期経営計画を2本通せる長さが渡されているように見える。
- 含意
- 監査役会設置会社のままで、後継を扱う指名委員会は任意の諮問機関にとどまる。委員4名のうち1名は社長本人であり、取締役12名のうち社外は6名とちょうど半数、過半ではない。退いた社長は代表取締役会長として取締役会の議長に座る。後継の絞り込みは現職と前任の目の届く範囲で進むと思われる。
1947〜1960年・14年/生え抜き
1961〜1967年・7年/生え抜き
1968〜1971年・4年/生え抜き
1972〜1977年・6年/生え抜き
1978〜1983年・6年/生え抜き
1984〜1988年・5年/生え抜き
1989〜1994年・6年/生え抜き
1995〜1998年・4年/生え抜き
1999〜2001年・3年/生え抜き
2002〜2007年・6年/生え抜き
2008〜2013年・6年/生え抜き
2014〜2019年・6年/生え抜き
堀健一現任
2020年〜現在・7年/生え抜き
堀健一
ほり けんいち
生え抜き(1984年入社)。化学品・商品市場・経営企画を歩み、ニュートリション・アグリカルチャー本部長を経て社長へ
安永竜夫
やすなが たつお
生え抜き(1983年入社)。エネルギープラント畑を長く歩み、経営企画部長・機械・輸送システム本部長を経て「32人抜き」で社長へ
飯島彰己
いいじま まさみ
生え抜き(1974年入社)。鉄鋼原料畑を歩み、金属・エネルギー統括部長、金属資源本部長を経て社長へ
槍田松瑩
うつだ しょうえい
生え抜き(1967年入社)。機械畑を歩み、取締役・常務・専務を経て社長へ
清水愼次郎
しみず しんじろう
生え抜き(1961年入社)。輸送機・重電畑を歩み、米国三井物産社長を務めた専務から抜擢されて社長へ
上島重二
うえしま しげじ
生え抜き(1954年入社)。鉄鋼原料部門を統括する取締役から常務・専務を経て社長へ
熊谷直彦
くまがい なおひこ
生え抜き(1950年第一物産入社)。繊維畑から人事部長、欧州三井物産社長、副社長を経て社長へ
江尻宏一郎
えじり こういちろう
生え抜き(1943年旧三井物産入社)。豪州三井物産社長を経て取締役・常務・専務、業務本部長兼副社長から社長へ
八尋俊邦
やひろ としくに
生え抜き(1940年旧三井物産入社、解散後の1949年に第一物産へ入社)。化学品畑を歩みイラン化学開発社長を兼任、副社長から社長へ
池田芳蔵
いけだ よしぞう
生え抜き(1936年旧三井物産入社)。創業100周年のイラン石油化学プロジェクトを社運を賭けて推進した
若杉末雪
わかすぎ すえゆき
生え抜き。米国三井物産の社長などを経て本体社長へ
水上達三
みずかみ たつぞう
生え抜き(1928年旧三井物産入社)。1947年の第一物産設立を発起して代表取締役として発足を担い、物産大合同を経た三井物産の社長に就任した
新関八洲太郎
にいぜき やすたろう
生え抜き(1919年旧三井物産入社)。財閥解体で解散する旧三井物産の常務として残務整理にあたり、水上達三氏らの懇請で第一物産の社長に就任した