ジュピターテレコム(J:COM)の争奪とTOBによる筆頭株主の確保

15年育てたケーブルテレビ最大手を、住友商事はなぜKDDIと競り合ってでも手放さなかったのか

更新:

時期 2010年2月
意思決定者 岡素之 社長
論点 メディア・ケーブルテレビ事業の主導権確保
概要
2010年、住友商事が国内ケーブルテレビ最大手ジュピターテレコム(J:COM)の株式を公開買付で取得し、KDDIとの争奪を制して筆頭株主の座を確保した経営判断。約1222億円を投じ、議決権比率を40%強へ高めた。
背景
J:COMは住友商事が米リバティ・グローバルと共同で設立し、15年かけて育てたコア事業であった。そこへKDDIが2010年1月、リバティの保有分を約3617億円で取得すると発表して筆頭株主に躍り出て、住商は事業の主導権を失いかねない状況に立たされた。
内容
住友商事は2010年2月15日、1株13万9500円という直近株価より5割以上高い価格でTOBを実施すると発表し、保有比率28%を最大40%まで引き上げる計画を示した。「J:COMのコアは有料多チャンネル放送」としてKDDIを牽制し、引き続き主導権を握り続ける考えを明確にした。
含意
TOBは4月に成立して住商が筆頭株主に返り咲いたが、過半には届かず、第2位株主となったKDDIとの協調が経営の前提となった。争奪を制しつつも単独支配には至らない、資源以外の事業投資をめぐる商社の判断の難しさが表れた。
筆者の見解

争って組んだ相手と、非資源の柱

この判断は、資源以外の事業をどう守るかという商社の課題を映している。住友商事は、15年をかけて育てたJ:COMの主導権を通信会社に譲るまいと、投資回収に30年以上かかる高い価格を承知でTOBに動いた。目先の利回りだけを見れば割に合わない買い物であっても、育ててきた事業の担い手であり続けることに価値を置いた判断だったとみることができる。争奪を制して筆頭株主に返り咲いた点で、この一手は所期の目的を果たした。

もっとも、争って手に入れた地位は、争った相手との協調を前提とするものでもあった。住商もKDDIも過半には届かず、経営は両社の関係のうえに成り立つほかなかった。実際、両社はその後2012年から2013年にかけて共同でTOBを行ってJ:COMを非公開化し、50%ずつ出資する体制へと移っていく。争いから共存へと形を変えながら、J:COMは住商にとって純利益の一角を担う非資源の柱として残った。競合とどう並び立つかまで含めて、この事業投資の判断は続いていったとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

15年かけて育てたコア事業

ジュピターテレコム(J:COM)は、住友商事が米リバティ・グローバルと共同で設立したケーブルテレビ会社であった。設立以来、住商は歴代の社長や役員、多くの社員を送り込み、巨額のインフラ投資が重荷となって累積損失が1000億円規模に積み上がっても耐え忍んできた。その末に300億円超の利益を稼ぐ優良企業へ育て上げたという自負が住商にはあった。住商はJ:COMを、テレビ通販などグループのメディア関連事業との相乗効果も見込めるコア事業の一つと位置づけていた[1]

資源以外の事業では、こうして時間をかけて育てた投資先が数少ない柱になる。住商にとってJ:COMは、単なる持ち分法の投資先ではなく、経営に深く関与しながら価値を高めてきた事業であった。会見で大澤善雄取締役は、15年間手塩にかけて育ててきた大事な会社であり、引き続き主導権を持って価値を上げていきたいと語っている。その事業に、通信大手が資本を通じて入り込もうとしていた[2]

KDDIの参入という誤算

均衡を崩したのはKDDIであった。2010年1月25日、KDDIはリバティ・グローバルが保有するJ:COMの中間持株会社3社の持分すべてを、取得価格3617億円で譲り受けると決議した。これによりKDDIは議決権ベースで37.8%を承継し、住商を上回る筆頭株主に躍り出た。固定回線のインフラに乏しいKDDIには、J:COMが持つ1200万世帯分の自前回線網を使ってNTTへの依存度を下げたいという明確な狙いがあった[3]

もっとも、KDDIの取得手法には壁があった。相対取引で3分の1超を握る形が金融商品取引法に抵触しかねないと金融庁に指摘され、KDDIはリバティから買う株式の一部(6.7%分)を信託銀行へ譲渡して議決権を凍結し、出資比率を31.1%に抑える修正を2月12日に公表した。取得価格3617億円は変えないままの苦肉の策であり、この議決権の目減りが、住商に反撃の余地を残した[4]

決断

高いプレミアムを付けたTOB

住友商事の反撃は、価格で勝負するTOBであった。2010年2月15日、住商はJ:COM株の公開買付を実施すると発表し、現状28%の保有比率を最大40%まで引き上げる計画を示した。提示した買付価格は1株13万9500円で、直近株価より5割以上高い水準であった。これだけのプレミアムを付ければ予定枠を満たす株式が集まると見込まれ、住商が筆頭株主に返り咲くことは、発表の時点でほぼ確実視された[5]

住商はTOBの発表と同時に、事業の主導権を握り続ける論理を打ち出した。大澤取締役は、J:COMのコアは有料多チャンネル放送であり、そこを牽引していく、それに付随して電話やインターネットのサービスがある、KDDIの得意とする世界とはだいぶ違う、とKDDIを牽制した。回線を欲しがる通信会社とは狙う領域が違うのだと主張し、放送を軸とする事業の担い手はあくまで自社だと位置づけた[6]

過半には届かない筆頭株主

ただし、この判断には抱える限界もあった。筆頭株主の座を取り戻すとはいえ、住商も経営権を握る過半を取得するわけではなかった。TOBに要する資金は最大で1200億円超にのぼり、当時のJ:COMの利益水準を前提とすれば、投資の回収には30年以上を要する計算であった。それでも住商が動いたのは、育ててきた事業の主導権を通信会社に明け渡すわけにはいかないという判断が、目先の投資効率よりも優先されたからだとみることができる[7]

争奪は、価格を競り上げる形でも決着した。住商が提示した1株13万9500円は、KDDIがリバティ持分を取得した際の水準に見合うもので、両社はほぼ同じ価格でJ:COM株を買い付けた。既存株主として市場を通じたTOBという開かれた手段を採れた住商に対し、大量の相対取引で3分の1超を狙ったKDDIは規制の壁に阻まれた。争奪の帰趨は、価格だけでなく、どの手段を採れる立場にあったかにも左右されたとみることができる[8]

結果

筆頭株主の奪還と、避けられない協調

2010年4月15日、住友商事のTOBは成立した。住商は約1222億円を投じてJ:COM株を取得し、議決権ベースの保有比率を40%強に高めて筆頭株主に返り咲いた。一方でKDDIは第2位株主として残り、J:COMの経営には両社の関与が併存した。争奪そのものは住商が制したものの、単独で意のままに動かせる支配ではなく、通信大手との関係をどう保つかが次の課題として残った[9]

争奪の決着から間もない4月22日、住友商事とKDDIは、J:COMの企業価値向上のために両社で協力していくことで合意した。筆頭株主と第2位株主が並び立つ以上、対立を続けても事業は伸びず、協調へ舵を切るほかなかった。放送を軸に主導権を主張した住商と、回線網を欲したKDDIは、争った相手とそのまま手を組む関係へと移っていった。育てた事業を守る判断は、こうして競合との共存に落ち着いた[10]

出典・参考

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