伊藤忠商事の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

自ら決めた重い投資の失敗を、次の代へ持ち越さずに一括で清算してきた。1960年5月に非繊維部門の拡充を最重点へ掲げ、1966年には越後正一社長が主力行の反対を押し切って東亜石油の系列化とイアプコ油田の権益取得で和製メジャーを志向した。だが原油と為替の変動を受けきれず損失が常態化し、累計約1,300億円を出して1985年に撤退している。1977年10月には倒産状態の安宅産業を救済合併し、鉄鋼・化学の商権と社員の約3分の1だけを選んで取り込んだ。1998年に就任した丹羽宇一郎社長はバブル期の不動産中心の不良資産を先送りせず2000年3月期に単独約3,950億円の特別損失を一括計上し、CTCの上場益を充てて翌期に過去最高益へ転じさせた。

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