重要な意思決定
特別損失3950億円を計上・バブル期の不良資産を清算
背景
バブル崩壊後に有利子負債5.2兆円へ膨張した財務危機
バブル崩壊を受けて、伊藤忠が保有する不動産の価値が下落し、財務状況が急速に悪化した。ゴルフ場をはじめとする不動産関連への投資が軒並み含み損を抱える状態に陥ったことが主要因であった。1998年3月期には有利子負債の総額が5.2兆円に達し、借入金の返済が喫緊の経営課題となった。
1997年11月に伊藤忠は「経営改善策」を公表し、不動産や子会社株式の売却による財務体質の改善を計画した。1998年4月には丹羽宇一郎氏が新社長に就任し、不良資産の処理を中心とする経営改革を加速させた。バブル期の投資の後始末という性格の強い施策であったが、これを断行するための経営者交代が行われた形となった。
決断
特別損失3950億円の一括計上と二つのバブルの交差
2000年3月期に伊藤忠は特別損失3950億円を計上し、バブル期に取得した不動産を中心に負の遺産を一括処理した。法人税調整額1298億円の計上に加え、1999年12月に上場したCTCの株式売却益を活用することで、当期純損失は1632億円に着地した。
不動産バブルの負の遺産を、ネットバブル下でのIT子会社上場益で相殺するという構図は、二つのバブルが時間差で交差した結果であった。CTCの上場タイミングがなければ、不良資産の一括処理は困難であった可能性がある。丹羽宇一郎氏の下で財務体質の改善が進み、伊藤忠は総合商社として単独存続する道を確保した。2001年には伊藤忠食品の子会社上場や伊藤忠丸紅鉄鋼の設立など、再建後の事業再編にも着手した。