1956年〜 闇市の食料品商から関西発スーパーマーケットへ
ライフコーポレーションの業績推移:単体
- 1956年 清水實業を設立
- 1961年 豊中店を開設しスーパーマーケット形式による営業を開始
- 1963年 第2号店・塚本店を開設しチェーンストア志向を明確化
- 1971年 首都圏1号店として板橋店を開設
- 1973年 商号をライフに変更
- 1978年 本店所在地を移転
- 1978年 清水實業を吸収合併し商号をライフに変更
バナナ輸入商が大阪・豊中で食品スーパーを開いた1961年
清水信次氏・清水三夫氏兄弟の家業は1910年、父の清水茂が三重県津市でタオル等の製造・卸業を興したことに始まる。[1]大正から昭和にかけて幾度か業容を転じ、1935年ごろには大阪・天満に移って食料品中心の卸小売業となった。[2]戦後はいち早く食品問屋として再出発し、大阪中央市場が再開されると同時[3]に食品関係の仲卸商として同市場に進出した。1956年10月、創業者の清水信次氏[4]は東京都中央区日本橋本町に清水實業株式会社を設立し、パイナップル缶詰やバナナの輸入と国内販売を主業として事業を開始した[5]。
- [1]清水信次氏・清水三夫氏兄弟の家業は明治43年(1910年)に父・清水茂が三重県津市でタオル等の製造・卸業を興したことに始まる
- [2]昭和10年(1935年)ごろ大阪・天満で食料品中心の卸小売業に転じた
- [3]戦後いち早く食品問屋として再出発し、大阪中央市場の再開と同時に仲卸商として進出した
- ライフコーポレーション 有価証券報告書【沿革】
- [4]創業者の氏名は清水信次
- [5]1956年10月 清水信次氏が東京都中央区日本橋本町に清水實業株式会社を設立(パイン缶詰・バナナ等の輸入と国内販売を主業に開始)
清水氏は1926年に三重県津市の生まれで[6]、戦前から大阪で乾物・缶詰店を営む家に育ち、終戦後は闇市での物資売買で復員後の資金を作った経歴をもつ。資本金500万円の小規模な貿易商社[7]として出発したライフの前身企業は、戦後の食料品流通の隙間を埋める輸入卸の延長線上で創業された。この清水實業こそ現在のライフストアの前身にあたり、食品卸売業[8]に加えてフルーツを主とする貿易輸入業務も手がけた。1957年に中内功氏が大阪でダイエーの前身となる主婦の店ダイエーを開き、1958年にジャスコ前身の岡田屋・フタギ・シロが全国展開に動いた前後でもあり、戦後の食料品商から後のスーパーマーケット業界を作る世代の一角を清水氏も占めた。
- ライフコーポレーション 有価証券報告書【沿革】
- [6]清水信次氏は1926年に三重県津市の生まれ
- [7]創業時の資本金は500万円
- [8]1956年設立の清水實業は現在のライフストアの前身にあたり、食品卸売業に加えてフルーツ輸入貿易業務も手がけた
その清水實業がスーパーマーケット業態に踏み込んだのは、創業から5年後の1961年11月だった。実弟の清水三夫氏は前年の1960年に欧米視察団に加わり45日間、欧米のスーパーマーケット機構を調査し、近代化した販売方式の導入を痛感したという。[9]この視察をふまえ、清水氏は欧米視察で見たセルフサービス方式の食品店を念頭に、大阪府豊中市に「ライフ豊中店」を開店し、輸入卸からチェーンストアへの転換を始めた。[10]1963年11月には大阪市西淀川区に第2号の塚本店を出し[11]、同じ建物にライフ本部を設置してチェーン展開の体制を整えた。輸入卸として10年弱で蓄積した仕入れ網を生かし、生鮮食品と加工食品をワンストップで揃える業態として大阪府・兵庫県を中心に店舗を増やした[12]。バナナ輸入の利益を元手に10年がかりで10店舗まで増やしてから出店を加速する慎重な歩みで、初期の財務リスクは抑え込まれた。
- [9]実弟の清水三夫氏は1960年(昭和35年)に欧米視察団に加わり45日間、欧米の小売機構・スーパーマーケット機構を調査した
- ライフコーポレーション 有価証券報告書【沿革】
- [10]1961年11月 大阪府豊中市にライフ豊中店を開店しスーパーマーケット業態へ転換
- [11]1963年11月 大阪市西淀川区に第2号の塚本店を開設しライフ本部を設置
- [12]大阪府・兵庫県を中心に店舗網を拡大(チェーンストア展開)
- [1]清水信次氏・清水三夫氏兄弟の家業は明治43年(1910年)に父・清水茂が三重県津市でタオル等の製造・卸業を興したことに始まる
- [2]昭和10年(1935年)ごろ大阪・天満で食料品中心の卸小売業に転じた
- [3]戦後いち早く食品問屋として再出発し、大阪中央市場の再開と同時に仲卸商として進出した
- [8]1956年設立の清水實業は現在のライフストアの前身にあたり、食品卸売業に加えてフルーツ輸入貿易業務も手がけた
- [9]実弟の清水三夫氏は1960年(昭和35年)に欧米視察団に加わり45日間、欧米の小売機構・スーパーマーケット機構を調査した
- ライフコーポレーション 有価証券報告書【沿革】
- [4]創業者の氏名は清水信次
- [5]1956年10月 清水信次氏が東京都中央区日本橋本町に清水實業株式会社を設立(パイン缶詰・バナナ等の輸入と国内販売を主業に開始)
- [6]清水信次氏は1926年に三重県津市の生まれ
- [7]創業時の資本金は500万円
- [10]1961年11月 大阪府豊中市にライフ豊中店を開店しスーパーマーケット業態へ転換
- [11]1963年11月 大阪市西淀川区に第2号の塚本店を開設しライフ本部を設置
- [12]大阪府・兵庫県を中心に店舗網を拡大(チェーンストア展開)
関西から首都圏へ、板橋店出店で東西二大都市圏体制
1971年10月、ライフは東京都板橋区に板橋店を開設し、首都圏への進出を始めた[13]。同時に東京本部を設置して、大阪本部と東京本部の二拠点体制[14]を敷いた。出店から10年で関西の枠を越え、関東地盤の同業他社と直接競合する位置に立った。関西発祥のチェーンが首都圏に拠点を構える事例は、当時の食品スーパー業界ではまだ限定的だった。食品卸売業・貿易・スーパーの3本柱だったが、47年(1972年)[15]の堺市初出店を機にスーパー部門中心へ転換した。1973年5月には商号を株式会社ライフに変更し[16]、輸入卸の名残を残す「清水實業」の屋号を社名から外した。この商号変更にあわせて資本金を2億円に増資した[17]。1978年12月には本店所在地を東京都板橋区仲宿に移転し[18]、清水實業を吸収合併する形でライフへの統合を済ませた。輸入商から始まった会社が、関西と関東を同時に押さえる中堅スーパーチェーンへ拡張した1970年代の歩みである。
- ライフコーポレーション 有価証券報告書【沿革】
- [13]1971年10月 東京都板橋区に板橋店を開設し首都圏へ進出、同時に東京本部を設置
- [14]板橋店開設と同時に東京本部を設置し、大阪本部・東京本部の二拠点体制を敷いた
- [16]1973年5月 清水實業株式会社から株式会社ライフへ商号変更
- [18]1978年12月 本店を東京都板橋区仲宿に移転、清水實業を吸収合併
- [15]昭和47年(1972年)大阪府堺市に初の大型店を開設した
- [17]1973年の商号変更にあわせて資本金を2億円に増資した
商号変遷は1981年3月に「株式会社ライフストア」へ[19]、1991年5月にさらに「株式会社ライフコーポレーション」[20]へと続いた。1981年4月には本店所在地を東京都中央区日本橋本町[21]に戻し、創業時の所在地に近い場所で東西をまたぐ持株会社的な体制を整えた。食品+生活必需衣料・雑貨に品揃えを絞り込み、売場面積2,500平方メートル前後の中型店を二大都市圏に集中して出す方針は、この時期に固まった。総合スーパーが衣料品や住居関連まで広げる方向に進んだ1970〜80年代の流通業界のなかで、ライフは食品スーパーとして規模を絞ったまま広域展開を選んだ。創業者の清水氏が決めたこの業態選択は、後の業界再編期にも変わらないライフの基本姿勢として残った。
- ライフコーポレーション 有価証券報告書【沿革】
- [19]1981年3月 株式会社ライフから株式会社ライフストアへ商号変更
- [20]1991年5月 株式会社ライフコーポレーションへ商号変更
- [21]1981年4月 本店所在地を東京都中央区日本橋本町へ移転
- ライフコーポレーション 有価証券報告書【沿革】
- [13]1971年10月 東京都板橋区に板橋店を開設し首都圏へ進出、同時に東京本部を設置
- [14]板橋店開設と同時に東京本部を設置し、大阪本部・東京本部の二拠点体制を敷いた
- [16]1973年5月 清水實業株式会社から株式会社ライフへ商号変更
- [18]1978年12月 本店を東京都板橋区仲宿に移転、清水實業を吸収合併
- [19]1981年3月 株式会社ライフから株式会社ライフストアへ商号変更
- [20]1991年5月 株式会社ライフコーポレーションへ商号変更
- [21]1981年4月 本店所在地を東京都中央区日本橋本町へ移転
- [15]昭和47年(1972年)大阪府堺市に初の大型店を開設した
- [17]1973年の商号変更にあわせて資本金を2億円に増資した