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ブックオフの歴史

1976年

オーディオ機器販売会社が倒産

のちのブックオフ創業者となる坂本孝は、1969年に地元山梨でオーディオ機器の販売会社を起業するが、事業に失敗して廃業した。以後、坂本孝は中古ピアノ販売や不動産業を立ち上げたものの、いずれもうだつが上がらなかったという。

1990年

相模原にブックオフ直営1号店を開業

坂本孝(当時50歳)はブックオフ1号店を開業し、古本の買取及び販売事業を開始した。創業直後は赤字であったという。

1991年

ザ・アールを設立

ブックオフの経営が軌道に乗ったことから、創業者の坂本孝は会社設立を決断。ザ・アールを神奈川県相模原に設立した。

1991年

坂本孝が社長就任

ブックオフの創業者・坂本孝が社長に就任

1992年

日本政府が大店法を改正

日本政府は小売業における規制緩和を行う方針を決め、従来の大店法で定められた最大店舗面積の制限を緩和。大店法の改正によって、日本でもショッピングセンターなどの大型店舗が運営できる時代に突入した。その一方で、ロードサイドに小規模展開を展開していた企業や、それらの企業に土地建物を賃貸していた地主は相次いで苦境に陥るなど、小売業界で明暗が分れるきっかけとなった。

1993年

32店舗を展開(直営7店・FC25店)

創業から3年を経て、ブックオフは郊外ロードサイドを中心に店舗網を拡大。1992年の大店法改正によって小規模の土地を持ったオーナーがブックオフへの転業を相次いで希望するなど、ブックオフが急速に店舗網を拡大する条件が整った。1993年時点の売上高は8億円、店舗数は直営7店、FC25店となり、急成長を遂げる。

1999年

売上高経常利益率10.8%

1999年度決算でブックオフは売上高120億円、経常利益13億円を計上。高成長かつ高収益企業として注目を浴びた。

2000年

創業者が起業家として称賛される

ブックオフの創業者・坂本孝は50歳で創業して会社を急成長させた異色の経営者として注目を浴びた。1998年には東洋経済新報社から「アントレプレナー賞」、1999年には起業家倶楽部から「優秀起業家賞」、2000年には日経BPから「ベンチャー・オブ・ザ・イヤー賞」として選出されている。

坂本孝の発言
坂本孝の発言

ちょっと大げさに言うと、ブックオフコーポレーションは経営の専門家には理解できない会社なんですよ。最大の強みは、現場の活力と、それを支えるやる気にあふれた人材ですが、同じような状態をほかの会社では再現できない。古本屋と言うと、誰でもできそうですが、私が作った”参入障壁”は意外と高いんです。...(中略)...神奈川県相模原市に開いた1号店は、本当にないない尽しのスタートでした。当時の古本屋は、親父一人が店番をする薄暗い店というイメージ。そもそも店を出す物件を貸してくれる人がいないし、ようやく見つけても信用金庫に拒否される。そして、何と言っても、店で働いてくれる人を集めるのが大変でした。

2006/9/18日経ビジネス「有訓無訓・ブックオフコーポレーション会長兼CEO坂本孝」
2004年

東証第二部に株式上場

株式上場を果たす。上場当時の時価総額は約200億円

2007年

リベート問題が発覚

ブックオフが取引先(FC加盟店など)から総額7億円のリベートを受けた事実が発覚。同時に粉飾決算が露呈し、創業者である坂本孝に非難が集まった。

2007年

坂本孝が会長退任

ブックオフの創業者・坂本孝がリベート問題の引責辞任する形で会長を退院

2014年

ヤフーと業務資本提携を締結

ネットによる中古品事業を強化するために、ヤフオクを運営するヤフーとの業務資本提携を締結

2015年

TSUTAYAのFC事業を譲渡

ブックオフはレンタルビデオ店のTSUTAYAのFC事業を譲渡し、店舗でのビデオレンタルから撤退。この結果、年間売上高が40億円目減りした

2016年

営業赤字に転落

2016年にブックオフコーポレーションは5.3億円の営業赤字に転落。メルカリなどのスマホを主戦場とするライバル企業の台頭により、ブックオフを取り巻く競争環境が激化した。

2018年

ヤフーと資本提携を解消(業務提携は継続)

ネットにおける中古市場ではメルカリの独壇場となり、ヤフーとブックオフを取り巻く競争環境が悪化。2018年にヤフーとブックオフは業務提携は継続するものの、資本提携を解消した

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