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歴史概要 — 現在に至るあゆみ 主要な意思決定と帰結のまとめ

創業地東京都杉並区
創業年1980
上場年1996
創業者安田隆夫
現代表吉田直樹
従業員数17,075

独立系・個人創業商法・モデル革新で差別化ニッチ・大手の手薄を突く1980年、消費が飽和した高度成長後に、安田隆夫氏が資本金300万円で東京都杉並区に雑貨卸「ジャスト」を設立した。9年間は社員数名の零細卸にとどまったが、1989年に府中の雑居ビルでディスカウント1号店「ドン・キホーテ」を開く。日用品から家電・玩具までを狭い売場に積み上げる圧縮陳列と、仕事帰りの客を取り込む深夜営業で、他店が閉まる時間帯の独占需要を掘り当てた。

大型M&A・経営統合連続買収(ロールアップ)府中店の反響を受け、安田氏は卸時代に築いた仕入網を小売の品揃えへ振り向けて出店を加速し、1996年に店頭登録、2000年に東証一部へ上場した。さらに2007年に債務超過の長崎屋、2019年にユニーを取り込み、再建途上の小売を継いで規模を切り上げる。買収先を自社業態へ吸収せず、GMSや北米の食品スーパーをブランドごと残して併存運営し、PB・電子マネー・金融まで内部に抱えた。

パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス:売上高の内訳と営業利益率(PL 分解 × 営業利益率)
営業利益(億円)販管費(億円)売上原価(億円)営業利益率(%)
歴代社長
FY01
FY03
FY05
FY07
FY09
FY11
FY13
FY15
FY17
FY19
FY21
FY23
FY25
FY27
FY29
成沢潤治
代表取締役社長
安田隆夫
代..
大原孝治
代表取締役社長
歴代社長
FY05
FY06
FY07
FY08
FY09
FY10
FY11
FY12
FY13
FY14
FY15
FY16
FY17
FY18
FY19
FY20
FY21
FY22
FY23
FY24
成沢潤治
代表取締役社長
安田隆夫
代表取締役会長兼社長
大原孝治
代表取締役社長
吉田直樹代表取締役社長
パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス:投資CF(M&A・設備投資ほか/事業施策と紐付き)
投資CF(億円)
連結売上高2兆円突破2024
ユニー株式会社の全株式を取得し子会社化2019
純粋持株会社体制へ移行2013
株式会社長崎屋及び子会社7社を子会社化2007
THE DAI'EI(USA)2006

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歴史詳細 - 3つの時代区分で読み解く

1980年〜2007年 雑貨卸から「驚安の殿堂」へ──圧縮陳列と深夜営業の方程式

売上高と利益率の推移
売上高(億円

雑居ビルで生まれた1号店『ドン・キホーテ府中店』

1980年9月、安田隆夫氏(31歳)は資本金300万円で「株式会社ジャスト」を東京都杉並区に設立した[1][2]。設立目的は「日用雑貨品等の卸売販売・小売販売」で、商品仕入と倉庫管理を兼ねた小規模事業からの出発だった[3]。安田氏は慶應義塾大学法学部を1973年に卒業した後、不動産会社勤務などを経て独立を選んだ経歴を持つ[4]。同社の創業期は卸売中心の事業で、1982年6月には「主たる事業形態を卸売業へ変更」と有価証券報告書に明記しているとおり、しばらくは雑貨卸の中小企業として歩んだ[5]。卸売事業のジャストは資本金300万円・社員数名規模の零細企業のままで、後年のディスカウント小売の片鱗は表向きまったく見えなかった。

転機は1989年3月、東京都府中市にディスカウントストア「ドン・キホーテ府中店」を1号店として開設したことだった[6]。雑居ビルの一室を借りて雑多な日用品・家電・玩具・食品を所狭しと並べる「圧縮陳列」と、深夜まで営業して仕事帰りの顧客を取り込む「深夜営業」が、府中店で確立された[7]。この2点は同社が今日まで通底させる業態の核となり、後のPB「情熱価格」やドン・キホーテ=「驚安の殿堂」というブランド表現を支える原型に位置付けられる。創業から9年後の業態転換は、卸売事業で蓄積した仕入ネットワークを小売販売へ振り向ける判断であり、深夜の繁華街・住宅地で「他の小売店が閉まっている時間帯の独占需要」を狙う立地戦略でもあった。商号は1995年9月に「株式会社ドン・キホーテ」へ変更され、卸売事業の「ジャスト」から、ディスカウント小売の「ドン・キホーテ」へ業態と社名の統一が完了した[8]

府中店の業態が予想以上の反響を呼んだ結果、同社は出店ペースを上げた。1992年11月にPOS(販売時点情報管理)システムを導入、1993年7月にEOS(電子発注システム)を導入し、雑居ビル型小型店舗を多数展開する業態を支える基幹システムを早期に整備した[9][10]。圧縮陳列・深夜営業という店舗運営面のオリジナリティとは別に、商品情報・発注情報のデジタル化では業界の標準を先取りする姿勢を見せた。1995年6月には株式会社リーダーを取得しマーチャンダイジング機能を内部化、同年9月に「ドン・キホーテ」へ商号を変更してブランドを統一した[11]。1996年12月、同社は日本証券業協会へ株式を店頭登録した[12]。創業から16年で、雑貨卸として始まった同社はディスカウント業態を整え終えた上で公開企業となった。

二部上場・東証一部・100店達成──首都圏型ディスカウンターの全国化

1998年3月にグループ店舗数10店を達成した同社は、1998〜2004年にかけて出店ペースを加速した[13]。1998年6月、東京証券取引所市場第二部へ上場、その2年後の2000年7月には東京証券取引所市場第一部に指定替えとなった[14][15]。上場会社としての体裁を整えるとともに、首都圏中心の店舗網を全国へ広げる資本基盤を手にした。2001年11月には株式会社パウ・クリエーション(後の日本商業施設)を設立してテナント管理事業へ参入、2002年6月にグループ店舗数50店を達成して全国展開の節目を迎えた[16][17]。1989年の府中1号店から13年で50店、そこから2年4カ月後の2004年11月にはピカソ港南台店の開設で100店を達成した[18]。出店ペースは年を追って加速し、1〜10店達成までの9年から、10〜50店達成までの4年4カ月、50〜100店達成までの2年4カ月へと、規模の節目を踏むたびに短縮された。

2004年4月には会員ロイヤルティプログラム「Club Donpen Card」の発行を開始した[19]。圧縮陳列・深夜営業に加え、会員データを用いた販促が業態を支える3本目の柱として組み込まれた。2005年1月には株式会社ドンキコム(現リアリット)を設立し、IT・EC事業へ進出した[20]。2001年のパウ・クリエーション設立で始めた商業施設運営事業も2004〜2005年に体制を整え、雑居ビル賃借による出店から自社・グループ運営施設での出店へ主力を移した。1989年に府中の雑居ビルから出発した業態は、ピカソ・ドン・キホーテ・MEGAドン・キホーテと複数フォーマットへ広がり、駅前繁華街・ロードサイド・郊外と立地のバリエーションも拡大した。1990年代後半から2000年代前半にかけての出店加速期は、首都圏ディスカウンターから全国チェーンへの転換期だった。

米国ダイエー継承と長崎屋取得──GMSへの拡張

2006年2月、同社はTHE DAI'EI(USA),INC.等を子会社化し、ダイエーから米国・ハワイ事業を取得した[21]。海外進出の起点となる買収だった。ダイエーが経営再建で切り離した海外資産を引き取る形で、ハワイの「Don Quijote (USA)」店舗網と、ホノルル拠点の小売事業基盤を獲得した。創業者の安田隆夫氏が後に「米国は日本ディスカウンターの実験場」と位置付ける北米事業の最初の足場となった。日本でしか通用しないと見られていた「驚安の殿堂」業態を、米国・ハワイの市場で試す機会を、ダイエー再建案件の付随取引として手にした計算となる。

2007年1月にはホームセンター事業のドイト株式会社及び子会社1社を子会社化(後のスカイグリーン)、同年10月には株式会社長崎屋及び子会社7社を子会社化してグループ店舗数200店達成という節目を迎えた[22][23]。長崎屋買収はそれまでのドン・キホーテ業態とは異なる「GMS(総合スーパー)」業態への進出を意味する転換点だった。長崎屋は、千葉県・東京都・神奈川県を中心とした店舗網を持っていたが、2007年時点では債務超過と再建途上にあった。買収後は売場面積3,000平方メートル超の店舗を「MEGAドン・キホーテ」業態へ転換、ディスカウントを主力に据えた売場面積の広い店舗の中核チャネルとして再生した。ドン・キホーテ業態のGMS化を制度化する素地となった。

2007年7月には吉田直樹氏(当時43歳)が入社、海外事業本部長として米国Don Quijote(USA)の社長を兼務した[24][25]。マッキンゼー・INSEAD・ユニオン・バンケール・プリヴェを経てT・ZONEホールディングス代表取締役社長を務めた後の中途入社で、同社の海外事業を後年に率いる人物の入社年でもあった[26]。創業者の安田氏は2005年9月に代表取締役会長兼CEO体制へ移行しており、社長は1990年代から長く務める成沢潤治氏が引き継いでいた時期に当たる[27]。卸売から始まり、ディスカウント1号店、東証一部、米国進出、長崎屋取得、GMSへの進出と、創業から27年で業態と地理の幅を立て続けに広げた時期が幕を閉じた。

2008年〜2018年 PB「情熱価格」と「源流」哲学の体系化──プラットフォーム化の準備

売上高と利益率の推移
売上高(億円

2009年「情熱価格」とPB戦略──価格訴求から商品主導への転換

2009年10月、同社はプライベートブランド(PB)「情熱価格」の販売を開始した[28]。それまで「驚安の殿堂」として安さを訴求した業態は、ナショナルブランド商品の仕入交渉と特売中心の品揃えが核だったが、「情熱価格」の発表は商品開発を内部化する宣言でもあった。同年は前年9月のリーマンショックを受けて消費が冷え込んだ局面で、ディスカウンターには「より安く」を直接顧客に届ける役割が期待されていた。「情熱価格」はその要請に応える商品供給の仕組みであり、後年に「源流」と呼ばれる商品開発哲学の起点となる。価格主導から商品主導へ、品揃え型ディスカウンターから商品開発型ディスカウンターへの業態転換が、PB事業として制度化された。

2011年1月には株式会社フィデック(後のアクリーティブ)を第三者割当増資の引受で子会社化し、金融事業への入口となった[29]。2001年のパウ・クリエーション、2005年のドンキコム、2011年のフィデックと並ぶ周辺事業群を通じて、施設運営・IT/EC・金融へと小売以外の周辺領域へ業容を広げた。これらの周辺事業は単独でみれば小規模だが、後年の店舗・施設・決済・金融を一気通貫で運営する「小売プラットフォーム」の素材として点在した。創業者の安田氏は2013年4月に代表取締役会長兼社長兼CEO体制へ移行し、創業者として再び全社経営の中央に立った[30]。HD化を見据えた社内体制再編の中で、社長権限を一時的に創業者へ集約する局面だった。

2013年7月にはシンガポールにPan Pacific International Holdings Pte. Ltd.を設立し、海外事業の持株会社体制を整えた[31]。2013年9月にはMARUKAI CORPORATIONを子会社化して米国・ハワイ州での店舗運営を本格化、2013年12月には純粋持株会社体制へ移行して商号を「株式会社ドンキホーテホールディングス」へ変更した[32][33]。会社分割により事業会社「株式会社ドン・キホーテ」を分離、HD傘下に複数の事業会社・地域子会社を並列に置く構造へ転換した。「驚安の殿堂」の店舗運営は事業会社ドン・キホーテへ集約され、HDは戦略・財務・海外を統括する立場へ純化された。HD化は2007年の長崎屋取得・2013年のMARUKAI取得で複数業態・複数地域へ広がった事業構造を整理する制度設計でもあった。

2014年「majica」と決済の内部化──店舗・PB・決済の三角形

2014年3月、自社発行型電子マネー「majica」のサービスを開始した[34]。店頭での決済をクレジット会社・電子マネー事業者に依存せず、自社で発行・運用する電子マネー体制を構築する判断だった。Club Donpen Card(2004年発行)の会員データに加え、「majica」の決済データが顧客プロファイル形成に組み込まれ、「情熱価格」(2009年)の商品開発と店舗オペレーションを結ぶ三角形が形になった[35]。店舗・PB・決済を1社内で一気通貫運用する「小売プラットフォーム」の基本構造は、2014年に揃った。これは後年の金融事業統合・リテールメディア事業の前提条件にもなる。

2014年7月、安田隆夫氏は代表取締役会長兼CEOへ戻り、社長職を大原孝治氏に委ねた[36]。大原氏は創業期からドン・キホーテに参画して店舗運営・MD開発を経た叩き上げで、就任時点で安田氏が経営から距離を置く意思を示した世代交代だった。2015年5月にはグループ店舗数300店を達成、2015年7月には安田氏が「創業会長兼最高顧問」へ就任して経営の第一線から正式に退いた[37]。2015年7月にはPan Pacific International Holdings Pte. Ltd.のDirector(Chairman, President & CEO)も兼任し、海外事業の司令塔としての立場に移った[38]。創業から35年、安田氏は店舗運営から海外戦略・哲学発信へと役割を絞った。

2016年9月、同社は監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行した[39]。社外取締役を監査等委員として配置することで、社内執行と社外監督の分離を明確化するガバナンス改革で、長崎屋取得・米国進出・PB拡大に伴う事業規模拡大に対するチェック体制の整備でもあった。2016〜2019年にかけて、警視総監出身の井上幸彦氏・産婦人科学の吉村泰典氏・日本オリンピック委員会副会長の福田富昭氏・立命館大学経営学部教授の西谷順平氏など、異業種出身の社外取締役が監査等委員として並んだ[40]。創業者個人色の濃かった経営に外部視点を取り込む体制が制度として整った時期に当たる。

2017年ユニー提携と段階的取得──GMS最大手級規模への布石

2017年8月、同社はユニー・ファミリーマートHDと資本・業務提携契約を締結した[41]。ユニー・ファミリーマートHDが保有する総合スーパー子会社「ユニー」の経営権を取得する第一段階で、2017年11月にはユニー株式会社株式の40%を取得して持分法適用関連会社化した[42]。同年9月にはQSI,Inc.(米国ハワイ州24店舗のスーパー)を子会社化し、北米食品スーパー事業も拡大した[43]。ハワイ拠点を起点とした北米事業は、Don Quijoteブランドの飲食小売とQSIの食品スーパーが二本柱として育つ素地が整った。北米事業の規模は限定的だが、複数業態・複数地域へ広がる小売グループの実験室として、本国・国内市場とは別の論理で評価される事業に位置付けられた。

2018年に入り、創業者の安田氏は経営の第一線から退いた立場ながら、グループ哲学の伝承に注力した。2018年12月、Pan Pacific Strategy Institute Pte. Ltd.を設立してPresident/Directorへ就任、シンガポール拠点で哲学体系化・幹部育成を目的とした研究所を立ち上げた[44]。後の「源流経営」(The Source)として体系化される経営哲学は、この研究所での教材化を起点として、海外子会社にも順次配布された。創業者が現場経営から離れ、創業期からの暗黙知を体系化する役回りに転じた局面だった。「源流」という言葉は2018年以降の同社経営において、創業者哲学を組織的に伝承する象徴的概念として位置付けられた。

大原孝治社長の時代は、2013年12月のHD化以降、PB「情熱価格」・電子マネー「majica」・米国・ハワイ事業・ユニー段階的取得が並行して進んだ。創業者の安田氏が会長から離れ、HDが事業会社・地域子会社を統括するプラットフォーム構造を運営する体制が、5年間で固まった。グループ店舗数はFY13期初の約220店からFY17期末の400店超へ倍近く拡大、売上高は5,684億円から9,415億円へ1.66倍となった。買収による規模拡大と、PB・決済による収益性確保が、平行して進んだ時期だった。創業者依存からの脱却を制度化するHD化と、創業者哲学を伝承する「源流」研究所という、相反する方向の取り組みが同時に走った時期でもある。

2019年〜2025年 「Double Impact 2035」とユニー完全取得後の再設計

売上高と利益率の推移
売上高(億円

ユニー完全子会社化と社名変更──「PPIH」誕生の意味

2019年1月、同社はユニー株式会社の全株式を取得し完全子会社化した。同時にユニーの子会社8社も子会社化、グループ店舗数は600店舗達成という規模拡大の節目を迎えた[45]。買収総額の規模、グループ売上の単年急増(FY17 9,415億円 → FY18 1兆3,288億円、+41.1%)、店舗数の倍増は、創業40年の同社にとって過去最大の構造転換だった。同年2月、商号を「株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス」(PPIH)へ変更した[46]。ドン・キホーテブランドの店舗事業会社は「株式会社ドン・キホーテ」として残し、HDの法人名は「グローバル小売企業」を志向するPPIHへ刷新する判断だった。

2019年:PPIHの発足と複数源流の合流 ジャストから改称・HD化した直系に、長崎屋・ダイエー米国事業・ユニーを取り込んだGMS+ディスカウント統合
1980 1995 2006 2007 2013 2017 2019 2021 2025 2026 ジャスト 1980年設立 ドン・キホーテ 1995年改称 ドンキホーテHD 2013年持株会社化 PPIH 2019年改称 ダイエー米国事業 2006年買収 長崎屋 2007年子会社化 ユニー 2017年子会社化 Gelson's 2021年子会社化 カネ美食品 2025年子会社化 40%→100%の段階的完全子会社化
2019年:PPIHの発足と複数源流の合流 ジャストから改称・HD化した直系に、長崎屋・ダイエー米国事業・ユニーを取り込んだGMS+ディスカウント統合
1980 1995 2006 2007 2013 2017 2019 2021 2025 2026 ジャスト 1980年設立 ドン・キホーテ 1995年改称 ドンキホーテHD 2013年持株会社化 PPIH 2019年改称 ダイエー米国事業 2006年買収 長崎屋 2007年子会社化 ユニー 2017年子会社化 Gelson's 2021年子会社化 カネ美食品 2025年子会社化 40%→100%の段階的完全子会社化

社名変更直後の2019年9月、吉田直樹氏(54歳)が代表取締役社長兼CEOへ就任した[47][48]。2007年7月にマッキンゼー・INSEAD出身の外部キャリア組として入社して以来、海外事業本部長・Don Quijote(USA)社長・代表取締役専務兼CCO・代表取締役専務兼CAOを経た約12年の社内キャリアでの社長昇格だった。創業期からの叩き上げ・大原孝治氏からの社長交代は、店舗運営出身者から外資コンサル出身者への昇進元の系統断絶を意味した。吉田氏は就任時に「社長は4年任期制」を公言し、安田創業者・成沢長期社長・大原叩き上げ社長と続いた長期任期型経営からの転換を宣言した[49]。創業者が定義した業態を、創業者個人に依存せずに維持・拡張する仕組みとして、同社は社長任期制を最重要の制度設計に据えた。

吉田氏の社長任期前半は、HD化・ユニー完全取得・社名変更を消化する時期と重なった。FY18(2019年6月期)の連結売上1兆3,288億円・営業利益631億円から、FY19(2020年6月期)には売上1兆6,819億円・営業利益754億円、FY20(2021年6月期)には売上1兆7,086億円・営業利益812億円へと、ユニーの通年連結が始まる中で増収増益基調を維持した。コロナ禍下の2020〜2021年は外出自粛で外食・旅行業界が打撃を受ける一方、ディスカウントストアとGMSの組み合わせは生活必需品需要の取り込みで業績を伸ばす逆相関のポジションを得た。インバウンド消費の蒸発という逆風はあったが、国内既存店ベースの売上は底堅く、ユニー連結による規模拡大効果がそれを補った。

北米プレミアム・金融・リテールメディアで増やした収益軸

2021年4月、同社はGRCY Holdings,Inc.(Gelson's運営)を子会社化し、カリフォルニア州のプレミアムスーパー9店舗を取得した[50]。Don Quijoteブランドのハワイ拠点(2006年取得のDAI'EI USA系)、MARUKAI CORPORATION(2013年取得・ハワイ州食品スーパー)、QSI,Inc.(2017年取得・ハワイ24店舗)に続く北米の追加買収で、ハワイのアジア系顧客層に、カリフォルニア州本土の高所得層向け食品スーパーが加わった[51]。日本のディスカウンターが海外で富裕層向けプレミアム小売を運営する構図は、創業者・安田隆夫氏が掲げた「驚安の殿堂」の海外展開という枠組みからは外れる方向への発展だった。

2021年9月には株式会社パン・パシフィック・インターナショナルフィナンシャルサービスを設立し、点在していた金融事業を集約した[52]。アクリーティブ(2011年取得のフィデック)以来の金融子会社をまとめ、クレジット事業を展開する基盤を整える判断で、店舗・PB・決済・金融を1社内で運営する体制を1つの法人に束ねた。2022年4月には市場区分見直しに伴い東京証券取引所プライム市場へ移行、店舗事業会社ドン・キホーテ・GMS事業会社ユニー・北米子会社群・金融子会社・テナント賃貸子会社という多階層のグループ構造を、プライム市場上場企業として再整理する段階に入った[53]

2023年8月、渋谷区道玄坂に地下5階・地上28階の複合施設「道玄坂通 dogenzaka-dori」を開業し、商業施設・ホテル・オフィスを1棟に集めた[54]。同年12月には株式会社pHmediaを設立し、店舗網と会員データ・「majica」決済データを広告枠として販売するリテールメディア事業に着手した[55]。Amazon Adsや楽天市場の広告事業に倣い、店舗の顧客接点でナショナルブランド広告を売って収益密度を上げる事業を加えた狙いで、2024年6月期には連結売上高が2兆円を突破した。FY18のユニー完全子会社化から6年で約1.7倍、創業の1980年から44年での到達で、国内ディスカウントを中核にGMS・北米・金融・施設運営・リテールメディアが囲む2兆円企業の構造が固まった。

任期制で作動した社長交代と併存する創業家ガバナンス

2025年6月期決算(FY24)で、同社は長期経営計画「Double Impact 2035」を策定した。2025年6月期から2035年6月期までの10年で売上・営業利益の倍増を目指す計画で、FY25は営業利益1,038億円(前期比+178億円)、25店舗を新規出店して高知県出店により全47都道府県をカバーした[56][57]。創業者・安田隆夫氏の哲学体系を継承しつつ、HD化・ユニー取得・海外展開を消化した上で、次の10年でもう一度規模を倍にする内容は、創業の1980年以来で最大級のコミットメントだった。

2025年3月、同社は社長交代を発表した。吉田直樹社長CEOが2025年9月の株主総会をもって退任し、森屋秀樹専務(47歳)が新社長に就任する人事で、森屋氏は2000年に中央大学商学部を卒業して入社、千葉支社長・物流部長・販促戦略部長・公正取引管理部長を経て、2020年に常務執行役員経営戦略本部長兼経営会議事務局長、2024年9月に代表取締役兼専務執行役員CSOへ昇格していた25年勤続の生え抜きだった[58][59]。吉田氏が就任時に公言した「4年任期制」は6年弱で全うされ、外資コンサル出身者から生え抜き経営戦略責任者への交代となった。創業者・成沢潤治元社長・大原孝治元社長と続いた長期任期の慣行を断ち切る任期制が、制度として作動した結果と読める。

社長交代の発表と並行して、2025年8月にはカネ美食品株式会社を自己株取得による議決権割合の増加で子会社化した[60]。中食・惣菜事業の上場会社で長年同社の関連事業者だったカネ美食品をグループ内部に取り込み、食品系の自社調達・自社加工の比率を引き上げる構造変更で、Double Impact 2035の店舗・売上倍増を支えるサプライチェーン強化の布石だった。創業者の安田隆夫氏(76歳)は取締役(非常勤)・創業会長兼最高顧問として海外事業の哲学伝承を担い、2024年9月には創業家二世の安田裕作氏(23歳)が取締役(非常勤)に就任して米国・アジア子会社のDirectorを兼任、創業家・生え抜き経営者・外部コンサル出身経営者が併存する取締役構成が整った[61][62]

出典

日経ビジネス 2019 日経BP 2019年
東洋経済オンライン 2019 東洋経済新報社 2019年
BCN+R 2019年08月
BCN+R 2019年08月21日
BCN+R 「PPIHの新社長に吉田直樹氏、社長は4年の任期制に」 2019年08月21日 https://www.bcnretail.com/market/detail/20190821_132851.html
財界オンライン 2025 2025年
日経ビジネス 日経BP 2025年03月
流通ニュース 2025年03月
日本経済新聞 日本経済新聞社 2025年03月
流通ニュース 2025年03月28日
流通ニュース 「PPIH/森屋秀樹専務が社長に昇格、吉田社長は取締役に」 2025年03月28日 https://www.ryutsuu.biz/strategy/r032817.html
株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス 公式IRサイト https://ppih.co.jp/corp/founder/