ビックカメラの歴史

Last Updated: | Author: @yusugiura
歴史概要
1968
株式会社高崎DPセンターを設立
ビックカメラの創業者・新井隆司は群馬県高崎に写真フィルムの現像所「高崎DPセンター」を設立した。なお、ビックカメラの有価証券報告書(公式の歴史)からはこの事実には触れられていない。
1980
ビックカメラを設立
家電量販店事業を本格化するために、池袋店を開店。同時に株式会社ビックカメラを設立した。以後「都心部・駅前・大型店」がビックカメラの出店戦略となった
1982
池袋東口店を開店
ビックカメラは東京都心部である池袋駅周辺に集中出店を実施した。なお、同じ時期に新宿にはヨドバシカメラが進出するなど、首都圏のターミナル駅を中心に家電量販店の競争が激化する
1989
渋谷店を開店
ビックカメラはヨドバシカメラという競合が存在する新宿を避けて、渋谷に出店。都心部駅前のターミナル駅への出店を継続する
1991
横浜西口店を開店
都心部・駅前・大型店という出店戦略を踏襲
1992
池袋東口駅および池袋本店を開店
都心部・駅前・大型店という出店戦略を踏襲
1992
ビックポイントカードを導入しポイントサービスを開始
ポイントサービスによる還元により、顧客獲得を目論む
2001
なんば店を開店
バブル崩壊によって都心部の土地価格が下がったことを受けて、ビックカメラは都心・駅前・大型店の出店攻勢を強化。関西の繁華街である難波に進出し、全国進出を開始する
2001
有楽町店を開店
経営破綻したそごうが入居していた東京有楽町駅前の読売会館に、ビックカメラを出店。都心部・駅前・大型店という出店戦略を踏襲した
2002
新宿西口店を開店
都心部・駅前・大型店という出店戦略を踏襲
2003
名古屋駅西店を開店
名古屋へ進出。都心部・駅前・大型店という出店戦略を踏襲
2003
単体売上高2412億円
2001年以降のビックカメラの全国進出により同社の知名度が向上。売上高2412億円の巨大小売企業ながらも、非上場企業であったために、そのベールは秘密に包まれていた。そのため、経済雑誌などがビックカメラの成長に注目し始めた
2005
宮嶋宏幸が社長就任
創業者の新井隆司に代わって、生え抜き社員である宮嶋宏幸がビックカメラの社長に就任。以後、宮嶋氏は2020年の現在に至るまでビックカメラの社長を歴任している。
2006
ジャスダック証券取引所に株式を上場
2008
東京証券取引所市場第一部に株式を上場
2009
会計の虚偽記載が発覚。監理銘柄へ
ビックカメラの上場による公募増資に際して、同社が会計に関する虚偽記載を行なった疑いで、ビックカメラは監理銘柄に指定されて上場廃止の危機に陥る。一連の責任をとり、創業者・新井隆司はビックカメラの会長を退任した。
2012
新宿東口新店を開店
旧三越新宿店(新宿三越アルコット)に出店。新宿三丁目への進出を果たす
2012
家電量販店コジマの株式50.06%を取得
ビックカメラは北関東の郊外店を中心に展開していたコジマの株式の過半数を取得。規模を拡大することでメーカーからの仕入れコストの低減を目論む
2020
日本橋三越に開店
三越創業の地である日本橋店にビックカメラが入居。百貨店の業績不振と、量販店の台頭を象徴する出店となった。なお、三越伊勢丹HDとしては、百貨店から不動産賃貸に舵を切る形となる。