1996年〜 中古ボルボ専門店からの多店舗展開と上場
ネクステージの業績推移:連結
- 1998年 オートステージヒロタを設立
- 2000年 オートステージ1号店をオープン
- 2002年 ネクステージを設立しスバル車販売に参入
- 2005年 ネクステージのクロスセル導入と生涯顧客モデルへの転換 車両単価が痩せる同質競争のなかで、広田靖治社長はどこで粗利を積み上げようとしたか
- 2008年 中古車輸出事業に参入
- 2011年 無店舗型の自動車出張買取事業に参入
- 2013年 東証マザーズ上場と、異例の速さの東証一部昇格 全国展開へ動くために、広田靖治社長は成長資金と信用をどう手に入れようとしたか
「全国からボルボの客が集まる店」── 競合不在カテゴリへの集中
1996年、創業者の広田靖治氏が愛知県尾張旭市で個人事業「オートステージヒロタ」を立ち上げた。1973年7月生まれの広田氏は当時23歳で、給湯器の営業職を辞めて自動車販売会社への転職を目指したが、高校中退の経歴を理由に転職に失敗し、生まれ育った尾張旭市での個人創業に踏み切った。1998年12月、有限会社オートステージヒロタを資本金300万円で設立した。当時の中古車販売業界はガリバーインターナショナル(後のIDOM)が買取専門で全国展開を進める一方、販売側は地域ごとに小規模事業者が乱立する状態だった。広田氏は競合の少ない中古のボルボ車に取扱を絞り、専門店化の戦略で参入した。 [1][2][3][4]
- ネクステージ 有価証券報告書【沿革】
- [1]1996年に個人事業オートステージヒロタを愛知県尾張旭市で創業
- [4]1998年12月に有限会社オートステージヒロタを資本金300万円で設立
- ネクステージ 有価証券報告書【役員の状況】
- [2]広田靖治氏の生年月は1973年7月
- [3]1996年創業時の広田氏は23歳(1973年7月生→1996年は22〜23歳)
ボルボの中古車専門店は当時の日本市場で珍しく、全国からボルボ志望の顧客を集めることができた。USS(中古車オークション運営大手)からの仕入れによって安定した車種確保が可能となり、車種を絞り込んだ店舗運営の収益性が確認された。広田氏は2000年12月に名古屋市名東区にオートステージ1号店(約500坪)を開業し、「売上10億円では満足せず100億円を目指す」方針で多店舗展開を始めた。2002年6月には愛知県春日井市にネクステージ1号店を開業して国産スバル車の取扱を開始し、輸入車専門から国産車も含む業態へ拡張した。同年8月、有限会社オートステージヒロタを株式会社オートステージへ組織変更し、2004年12月に株式会社オートステージが株式会社ネクステージを吸収合併して社名を株式会社ネクステージに統一した。 [5][6][7][8]
- ネクステージ 有価証券報告書【沿革】
- [5]2000年12月に名古屋市名東区にオートステージ1号店(約500坪)を開業
- [6]2002年6月に愛知県春日井市にネクステージ1号店を開業しスバル車の取扱を開始
- [7]2002年8月に有限会社オートステージヒロタを株式会社オートステージへ組織変更
- [8]2004年12月に株式会社オートステージが株式会社ネクステージを吸収合併し社名をネクステージに統一
2000年代前半の中古車販売業界は同質競争が加速し、車両販売単体の利益率が圧縮された時期だった。広田氏は2005年11月から「クロスセル」と称する周辺商品の販売強化策を導入し、保険・車検・板金・塗装といったアフター領域の商品ラインを店舗に組み込んだ。中古車1台あたりの粗利を車体販売に車検整備・損害保険の付帯マージンで上積みする設計で、価格競争下でも店舗単位の収益性を確保する仕組みである。クロスセル戦略は同社の生涯顧客モデルの原型となり、2010年代後半に営業利益率が同業他社の2倍水準へ達する基盤を形成した。 [9][10]
- ネクステージ 有価証券報告書【沿革】
- [9]2005年11月にクロスセル戦略を導入
- 日本経済新聞 2022年2月
- [10]2010年代後半に営業利益率が同業他社の2倍水準へ達したという主張(FY21営業利益率4.7%が同業の約2倍)と整合
- ネクステージ 有価証券報告書【沿革】
- [1]1996年に個人事業オートステージヒロタを愛知県尾張旭市で創業
- [4]1998年12月に有限会社オートステージヒロタを資本金300万円で設立
- [5]2000年12月に名古屋市名東区にオートステージ1号店(約500坪)を開業
- [6]2002年6月に愛知県春日井市にネクステージ1号店を開業しスバル車の取扱を開始
- [7]2002年8月に有限会社オートステージヒロタを株式会社オートステージへ組織変更
- [8]2004年12月に株式会社オートステージが株式会社ネクステージを吸収合併し社名をネクステージに統一
- [9]2005年11月にクロスセル戦略を導入
- ネクステージ 有価証券報告書【役員の状況】
- [2]広田靖治氏の生年月は1973年7月
- [3]1996年創業時の広田氏は23歳(1973年7月生→1996年は22〜23歳)
- 日本経済新聞 2022年2月
- [10]2010年代後半に営業利益率が同業他社の2倍水準へ達したという主張(FY21営業利益率4.7%が同業の約2倍)と整合
リーマンショックと債務超過危機 ── 多店舗展開の代償
2008年8月、関西初進出となるネクステージ大阪茨木店を開業して関西エリアへの拡張を始めた。同年10月には中古車輸出事業を開始し、海外市場への販路拡大に踏み込んだ。しかし2008年9月のリーマンショックで中古車需要が急減し、並行して進めていた多店舗展開と相俟って財務体質が悪化した。同社の自己資本比率はFY2009時点で14〜16%台に低下し、債務超過の可能性が経営課題に浮上した。中古車販売は車両在庫の金額が販売規模の3割超を占める業態で、需要が急減すると評価損と販売不振が同時発生する商社的な収益構造のなかで、リーマンショック期は中古車販売店の経営破綻が業界全体で多発した時期でもあった。 [11][12][13]
- ネクステージ 有価証券報告書【沿革】
- [11]2008年8月に関西初進出のネクステージ大阪茨木店を開業
- [12]2008年10月に中古車輸出事業を開始
- ネクステージ 有価証券報告書
- [13]2009年11月期時点の自己資本比率は14〜16%台に低下
2009年10月の九州沖縄初進出(ネクステージ福岡店)、2010年7月の関東甲信越初進出(オートステージ千葉店)と並行して、広田氏は店舗数の拡張を継続した。2010年2月、広田氏は代表取締役社長兼CEOに就任し、社名と肩書を整理して上場準備の体制を整えた。同年8月、商品の品質向上を目的にPDIセンター(現小牧BPセンター)を愛知県小牧市に開設し、車両の点検・整備品質を本部レベルで標準化する仕組みを作った。リーマンショック後の業績回復過程で、広田氏は店舗数拡張・PDIセンター整備・クロスセル強化の3本柱を維持し、財務再建と成長戦略の2本を同時に進めた。 [14][15][16][17]
- ネクステージ 有価証券報告書【沿革】
- [14]2009年10月に九州沖縄初進出(ネクステージ福岡店)
- [15]2010年7月に関東甲信越初進出(オートステージ千葉店)
- [17]2010年8月に愛知県小牧市にPDIセンター(現小牧BPセンター)を開設
- ネクステージ 有価証券報告書【役員の状況】
- [16]2010年2月に広田氏が代表取締役社長兼CEOに就任
2011年8月、無店舗型での自動車出張買取事業を開始し、中古車買取側のチャネルも内製化した。同年9月には本店所在地を名古屋市東区へ移し、2011年12月にカーコーティング事業を目的に株式会社ASAPを設立した。中古車販売・買取・車検・整備・コーティング・保険の各事業を1社グループ内で組み合わせる総合中古車事業者へ向けた組織整備が、リーマンショック後の3年で完成に近づいた。よって2010年代前半の業績拡張は単純な店舗数増加ではなく、中古車1台あたりの粗利を最大化する事業ポートフォリオの組成過程である。FY12(2012年11月期)売上高283億円・経常利益9億円から、上場直前のFY13売上高398億円へ年率40%超の成長率を実現した。 [18][19][20]
- ネクステージ 有価証券報告書【沿革】
- [18]2011年8月に無店舗型の自動車出張買取事業を開始
- [19]2011年9月に本店所在地を名古屋市東区へ移転
- [20]2011年12月にカーコーティング事業を目的に株式会社ASAPを設立
- ネクステージ 有価証券報告書【沿革】
- [11]2008年8月に関西初進出のネクステージ大阪茨木店を開業
- [12]2008年10月に中古車輸出事業を開始
- [14]2009年10月に九州沖縄初進出(ネクステージ福岡店)
- [15]2010年7月に関東甲信越初進出(オートステージ千葉店)
- [17]2010年8月に愛知県小牧市にPDIセンター(現小牧BPセンター)を開設
- [18]2011年8月に無店舗型の自動車出張買取事業を開始
- [19]2011年9月に本店所在地を名古屋市東区へ移転
- [20]2011年12月にカーコーティング事業を目的に株式会社ASAPを設立
- ネクステージ 有価証券報告書
- [13]2009年11月期時点の自己資本比率は14〜16%台に低下
- ネクステージ 有価証券報告書【役員の状況】
- [16]2010年2月に広田氏が代表取締役社長兼CEOに就任
2013年マザーズ上場と2014年東証一部への昇格
2013年7月、ネクステージは東京証券取引所マザーズに上場した。創業から15年、株式会社化から11年での上場で、中古車販売事業者の株式市場本格進出となった。マザーズ上場時の連結売上高はFY12実績で283億円、店舗数は東海・関西・関東・九州・北海道東北エリアに分散していた。同年9月には北海道東北地方への再出店としてネクステージ仙南柴田店を宮城県柴田郡に開業し、本州・北海道全域への店舗網拡張を加速した。FY13(2013年11月期)連結売上高398億円・経常利益11億円で、上場後初年度から増収を確保した。マザーズ上場で調達した資金は、1店舗500坪超への売場面積拡張と全国展開の加速に振り向けられた。 [21][22]
- ネクステージ 有価証券報告書【沿革】
- [21]2013年7月に東京証券取引所マザーズに上場
- [22]2013年9月に北海道東北地方への再出店としてネクステージ仙南柴田店を宮城県柴田郡に開業
2014年9月、ネクステージは東京証券取引所市場第一部に市場変更した。マザーズ上場から1年2カ月での一部市場昇格は中古車販売事業者として前例がなく、機関投資家への提案力と店舗オペレーションの規模拡張が市場評価につながった。広田氏は2014年9月の日刊自動車新聞インタビューで「2020 Vision」として「200店舗・売上高2000億円・営業利益100億円」を中期目標として掲げ、「価格・品質・サービスで業界スタンダードを作る『中古車のメーカー』になる」方針を発表した。中古車販売チェーンを「メーカー」と位置付ける発想は、業界既存のディーラー網とは異なる新業態の創出を企図したものだった。FY14(2014年11月期)連結売上高504億円・経常利益5.9億円へ拡大し、一部上場直後から店舗数と売上高の年率二桁成長を継続した。 [23][24][25]
- ネクステージ 有価証券報告書【沿革】
- [23]2014年9月に東京証券取引所市場第一部に市場変更
- [24]マザーズ上場(2013年7月)から市場第一部(2014年9月)まで1年2カ月
- [25]広田氏が2014年9月の日刊自動車新聞インタビューで2020 Visionを発表(200店舗・売上高2000億円・営業利益100億円/中古車のメーカー)
一部上場後の同社は、車検・整備・保険・コーティングまでを1店舗で完結する「総合店」業態への転換に乗り出した。2015年1月にネクステージ名古屋茶屋店(名古屋市港区)を「販売から買い替え需要までをトータルにサポートする生涯顧客型」の店舗フォーマットとして開業し、その後の中型店・1000坪超フォーマットの基本設計とした。同店舗は店舗面積・在庫車両数・併設サービス機能のすべてで従来の中古車販売店を上回り、顧客1人あたりの生涯取引額を高める設計で建設された。2015年8月にはアウトドアを仮想体験できる体験型店舗SUV LAND(現SUV LAND名古屋)を名古屋市緑区に開業し、SUV専門店という新カテゴリーの1000坪規模フォーマットを定着させた。 [26][27]
- ネクステージ 有価証券報告書【沿革】
- [26]2015年1月にネクステージ名古屋茶屋店(名古屋市港区)を生涯顧客型フォーマットで開業
- [27]2015年8月に体験型店舗SUV LAND(現SUV LAND名古屋)を名古屋市緑区に開業
- ネクステージ 有価証券報告書【沿革】
- [21]2013年7月に東京証券取引所マザーズに上場
- [22]2013年9月に北海道東北地方への再出店としてネクステージ仙南柴田店を宮城県柴田郡に開業
- [23]2014年9月に東京証券取引所市場第一部に市場変更
- [24]マザーズ上場(2013年7月)から市場第一部(2014年9月)まで1年2カ月
- [26]2015年1月にネクステージ名古屋茶屋店(名古屋市港区)を生涯顧客型フォーマットで開業
- [27]2015年8月に体験型店舗SUV LAND(現SUV LAND名古屋)を名古屋市緑区に開業
- [25]広田氏が2014年9月の日刊自動車新聞インタビューで2020 Visionを発表(200店舗・売上高2000億円・営業利益100億円/中古車のメーカー)