創業1963年8月、創業者・竹内明雄氏が長野県埴科郡坂城町に資本金300万円で竹内製作所を設立し、自動車部品の下請からスタートした。創業から8年後の1971年9月、世界で初めてミニショベル(小型油圧ショベル)を開発・量産化し、建設機械業界に新たな製品カテゴリーを創設した。1978年1月の輸出開始、1979年2月の米国TAKEUCHI MFG.(U.S.)設立を皮切りに、坂城町の地場中小製造業が早期から海外市場に進出する稀有な事例となった。
決断1996年英国・2000年フランスに販売子会社を設立して欧州網を整え、2002年12月にJASDAQへ登録、2004年12月に上場移行した。リーマンショックでFY07(2008年2月期)売上844億円ピークからFY09(2010年2月期)売上232億円へ約4分の1まで急縮小し2期連続赤字に転じたが、北米住宅・インフラ需要の長期回復に伴い、FY24(2025年2月期)売上2,132億円・経常利益356億円・純利益261億円とピーク超え3.3倍超の水準まで拡大した。2019年5月に長男・竹内敏也氏(生え抜き・米英仏子会社取締役歴任)へ社長を承継し、創業56年で初の世代交代を完了した。
課題直近期FY24(2025年2月期)の売上構成は米国56%・日本31%・英国7%・フランス5%で、北米市場が事業の中核を占める依存構造が継続している。米国住宅・インフラ需要の循環、米中関係、トランプ政権下の関税政策など、北米マクロ環境の変化が業績に直撃する構造は、リーマンショック期に露呈した脆弱性と同型である。創業者・竹内明雄氏が90歳を超えた現在も代表取締役会長として米国・英国・フランス・中国の各海外子会社代表を兼務する状態は、創業家依存の経営継続体制の最終局面で、第二世代・竹内敏也社長による経営移行の戦略軸が問われている。
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歴史概略
1963年〜1979年自動車部品下請から世界初ミニショベルへ──ものづくり転換の起点
長野県坂城町の自動車部品下請として出発
1963年8月、創業者・竹内明雄氏は長野県埴科郡坂城町大字坂城9347番地に株式会社竹内製作所を設立した。資本金は300万円、自動車部品メーカーの下請として営業を開始した。長野県坂城町は当時から精密機械・金属加工業の集積地として知られた地域で、地場の中小製造業のひとつとして同社は発足した。創業初期の事業は自動車部品の受託加工であり、後年の主力となる建設機械事業の影は当時の事業計画には見えなかった。
転機は創業から8年後の1971年9月に訪れる。同社はミニショベル(小型油圧ショベル)を開発し生産を開始した。これは世界初のミニショベル製品化であり、建設機械業界における製品カテゴリーの新設という画期的な発明であった。当時の油圧ショベルは大型機が主流で、住宅地・農地・側溝工事等の狭隘地での掘削作業は人力に依存していた。竹内氏が開発したミニショベルは、油圧ショベルの基本機構を小型・軽量化することで、トラック1台で運搬可能な作業機械として住宅・農業・造園・水道工事の市場を開拓した。「世界で初めてミニショベルを開発した会社」という製品史上の事実が、後年の同社の差別化の根幹となった。
ミニショベル開発の翌1972年1月には長野県埴科郡坂城町に村上工場(現・本社工場)を新設し、主力生産拠点の整備に踏み出した。1975年5月にはヤンマーディーゼル(現・ヤンマー)へのミニショベルOEM生産を開始し、自社販売網を持たない時期の量産化の受け皿としてOEMチャネルを確立した。1976年3月には双信工業より営業譲渡を受けて撹拌機事業を取得し(同事業は2018年6月にエムケー精工へ譲渡)、1977年9月には千曲工場を新設して撹拌機製造拠点とした。創業から14年で、ミニショベルと撹拌機の2事業を持つ機械メーカーの体裁を整えた。
米国法人設立──最初の海外進出
1978年1月、同社はミニショベルの輸出を開始した。翌1979年2月には米国にTAKEUCHI MFG.(U.S.), LTD.を設立し、本格的な海外市場展開に踏み出した。創業16年目の海外進出は、長野県の地場中小製造業としては早期の決断であり、その後の同社の北米市場依存度(FY24で米国セグメント売上比率約56%)を決定づける起点となった。1981年1月にはミニショベル製品ラインナップを1〜5トンクラスに拡張し(シリーズ完成)、製品領域の幅出しを行った。1984年4月には長野県埴科郡戸倉町(現・千曲市)に戸倉工場を新設し、国内生産能力の拡張にも投資を続けた。
1986年9月にはクローラーローダーを開発・生産開始し、製品領域をミニショベルからクローラー系作業機械全般へ広げた。1988年3月には神戸製鋼所(現・コベルコ建機)へのミニショベルOEM生産を開始(1993年12月まで)し、国内大手建機メーカーへのOEM供給で量産経済性を確保した。1979年の米国子会社設立から1988年までの約10年間で、創業者・竹内明雄氏は「ミニショベル世界初」という製品優位性を持つ専業メーカーとしての地位を、輸出とOEM供給の組み合わせで安定化させた。
以降は執筆中