竹内製作所 の歴史

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創業 1963年
創業者 竹内明雄
創業地 長野県埴科郡坂城町
創業 1963年8月、竹内明雄氏が長野県埴科郡坂城町に資本金300万円で株式会社竹内製
1963年8月、竹内明雄氏が長野県埴科郡坂城町に資本金300万円で株式会社竹内製作所を設立し、自動車部品メーカーの下請として営業を開始した。竹内明雄氏は1949年に15歳で同じ坂城町の都筑製作所へ入り、14年をそこで過ごしている。独立にあたっては都筑製作所から退職金の代わりに旋盤を譲り受け、運転資金150万円の借入では同社の社長が保証人に立った。兄を含む6人で始めた工場は自ら屋根を張って建て、事務所には自宅の応接間を改造して何年も使っている。自身の給料を5か月止め、前の勤め先で得た取引先の株式を換金してしのいだ時期もあった。自社ブランドも販売網も持たないまま、地場の受託加工業者として出発した。
決断 販路は名前ではなく、代金が戻るまでの期間で選んできた。1971年9月にミニショベ
販路は名前ではなく、代金が戻るまでの期間で選んできた。1971年9月にミニショベルを生産し始めたが、自前の販売網がなく、量産の行き先をOEM供給に求めた。1975年5月にヤンマーディーゼル、1988年3月からは神戸製鋼所へ供給した。その供給先が自製に転じて取引が細ると、1978年1月に自社ブランドでの直接販売へ転じたOEM供給から竹内ブランドの直接販売へ移す。ところが国内では"竹内なんて聞いたこともない"と後発扱いされ、しかも据え置き付き24〜36回の長期割賦が常で、代金の回収まで運転資金が寝る。同じ年に始めた輸出はL/C決済で即金に近く、1979年2月には米国へ現地法人を設立して円高で採算が崩れた時期も引き揚げなかった。回収の早い取引を選んだことが、自ら開いた製品を国内ではなく国外で売る会社に変えた。
現況 国内の顧客に売った額は、売上の1%に満たない。2026年2月期の連結売上高2,2
国内の顧客に売った額は、売上の1%に満たない。2026年2月期の連結売上高2,252億円のうち、顧客の所在地でみた日本向けは13億円で0.6%にとどまり、アメリカ1,252億円、オーストリア249億円、その他の地域737億円が残りを占める。所在地別のセグメントでは米国1,287億円、日本678億円、英国179億円、フランス107億円で、日本の工場は国内へではなく国外へ出荷している。営業利益376億円で売上高営業利益率は16.7%、当期純利益は282億円。2002年12月にはJASDAQへ登録して創業家中心の非公開企業から公開企業へ移り、2002年2月期に166億円だった売上を24年で13倍にした。リーマンショックで2010年2月期に232億円まで落とした北米へ依存を戻したことが、2019年2月期から6期で売上を倍にする伸びも生んだ。
競合 大型機が主流だった数年、小型機を"おもちゃ"と呼んで誰も入ってこなかった。197
大型機が主流だった数年、小型機を"おもちゃ"と呼んで誰も入ってこなかった。1971年のミニショベルは、20トン級以上が中心だった建設機械へトラック1台で運べる小型機を持ち込むものだった。住宅地や農地、側溝、水道工事といった狭い現場の掘削は人力に依存しており、そこを機械化する需要が新たに立つ。大手が参入しないあいだに、竹内製作所はヤンマーやIHIへのOEM供給で量産の経験を積んだ。現在は同じ小型機をコマツコマツ日立建機日立建機も品揃えに持ち、竹内製作所はミニショベルとクローラーローダー、コンパクトトラックローダーに機種を限って北米のレンタル会社とディーラー経由で売る。市場を先に開いたことより、大手が入ってきたときに国内ではなく北米の流通の中にいたことが、現在の売上構成を決めた。
長期業績の推移 1963〜2026年
竹内製作所:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2002年2月期2026年2月期

第1章 1963-1977 (気が向いたら執筆します!) 自動車部品下請からの出発と世界初のミニショベル開発、ヤンマーへのOEM

第2章 1978-1994 (気が向いたら執筆します!) ミニショベルの輸出と米国法人の設立、クローラーローダーの開発

第3章 1995-2014 (気が向いたら執筆します!) 英仏法人と独HBMとの共同生産、JASDAQ登録と中国青島の生産拠点

第4章 2015-2026 (気が向いたら執筆します!) 東証一部への指定替えと本社第3工場、撹拌機事業の譲渡と電動ミニショベル

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歴史年表 1963〜2023年

竹内製作所の沿革1963〜2023年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1963〜1977年自動車部品下請からの出発と世界初のミニショベル開発、ヤンマーへのOEM竹内明雄竹内製作所を設立し自動車部品下請を開始
竹内明雄ミニショベルを開発し生産を開始★★
竹内明雄ヤンマーディーゼルへのミニショベルOEM生産を開始★★
竹内明雄双信工業より営業譲渡を受け撹拌機事業に参入★★
1978〜1994年ミニショベルの輸出と米国法人の設立、クローラーローダーの開発竹内明雄OEM供給依存から竹内ブランドでの直接販売への転換

ミニショベルを製品化しながら自前の販売網を持たなかった竹内製作所が、ヤンマーディーゼルなどへの相手先ブランド供給への依存をやめ、竹内ブランドでの直接販売へ転じた判断。国内で名が通らないため、1978年1月に輸出を開始して主軸を海外へ移した。

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★★★
竹内明雄円高下でも引き揚げなかった北米残留

竹内製作所が1978年1月の輸出開始の翌年、1979年2月に米国へTAKEUCHI MFG.(U.S.), LTD.を設立し、その後の円高で他社が北米から引き揚げるなかでも赤字を抱えたまま残留した判断。竹内明雄社長は本社の社長を務めながら米国法人の代表も兼ねた。

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★★★
竹内明雄ミニショベルのシリーズ完成(1〜5トン)
竹内明雄戸倉工場を新設
竹内明雄クローラーローダーを開発し生産を開始★★
竹内明雄神戸製鋼所へのミニショベルOEM生産を開始
1995〜2014年英仏法人と独HBMとの共同生産、JASDAQ登録と中国青島の生産拠点竹内明雄HBM/NOBASと油圧ショベル共同生産を開始
竹内明雄現地事務所を開設
竹内明雄TAKEUCHI MFG.(U.K.)を設立
竹内明雄ISO9001の認証を取得(ショベル・クローラーキャリアの設計・製造)
竹内明雄本社工場内に開発センターを新設
竹内明雄TAKEUCHI FRANCEを設立
竹内明雄GEHL CompanyへクローラーローダーOEM生産を開始
竹内明雄登録上場による同族の非公開企業から公開企業への移行

創業から39年、竹内製作所が2002年12月に株式を日本証券業協会(JASDAQ)へ登録し、2004年12月にジャスダック証券取引所へ上場した判断。創業家が株式の過半を握る非公開の同族企業から、公開企業への移行にあたる。

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★★★
竹内明雄本社工場内に第二工場を新設
竹内明雄竹内工程機械(青島)有限公司を設立
2015〜2026年東証一部への指定替えと本社第3工場、撹拌機事業の譲渡と電動ミニショベル竹内明雄東京証券取引所市場第一部に指定替え
竹内明雄普通株式1株につき3株の割合で株式分割を実施
竹内明雄本社工場(第3工場)・生産技術棟が完成し操業開始
竹内明雄撹拌機事業をエムケー精工へ譲渡★★
竹内敏也欧州パーツセンターを開設
竹内敏也初のリチウムイオン電池式ミニショベル「TB20e」を出荷開始
竹内敏也クローラーローダー生産工場を新設し生産を開始
竹内敏也青木工場を新設
出典・参考

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