創業1983年3月、逸見愛親氏がヘンミエンジニアリング株式会社を東京で設立したのが事業の起点である。翌1984年2月にシステムプロへ商号変更し、組込み・通信領域のソフトウェア開発受託を主業として技術者集団を育てた。1988年に日本初の対戦型オンラインゲーム「麻雀クラブ」の開発に成功、1996年から携帯電話ソフトウェア開発分野へ参入し、移動体通信のコアテクノロジーを蓄積する道を歩んだ。
決断2002年8月にナスダックジャパン上場、2004年11月に東証二部上場、2005年10月に東証一部昇格と、3年弱で主要市場への移行を完了した。2010年4月のカテナ株式会社合併で売上規模を一挙に約10倍に拡大、同年7月に株式会社システナへ社名変更し、ITソリューション総合プレーヤーへの転換を完了した。創業者の逸見愛親氏が上場時に掲げた配当性向40%の株主との約束は、社長交代・合併・社名変更を超えて20年以上堅持され続けている。
課題2016年3月に三浦賢治氏が社長就任し、創業者は会長へ退いた。次世代モビリティ事業(自動車CASE領域)は2025年第3四半期時点で利益率35%・前年同期比200%以上の増益を達成、フレームワークデザイン事業も利益率22%で多業種ポートフォリオを支える二大高収益事業として確立された。FY24期売上836億円・営業利益121億円(営業利益率14.4%)で過去最高益更新、配当性向40%約束と人への投資・M&A・自社株買いを並行させたキャッシュ運用が経営の中心課題となっている。
API for AI Agents— 静的アセットのJSONで取得可能。API実行の認証不要
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歴史概略
1983年〜2001年ヘンミエンジニアリング創業と通信系ソフトウェア開発への特化
逸見愛親氏が1983年に立ち上げた小規模ソフトウェア会社
1983年3月、逸見愛親氏が東京でヘンミエンジニアリング株式会社を設立したのが事業の出発点である。創業時の事業は組込み系・通信系のソフトウェア開発受託で、当時の日本のソフトウェア産業はまだ大手電機メーカーの下請け構造が支配的だった。NEC・富士通・日立といったメインフレームベンダの周辺で、専門領域に特化した小規模ソフトウェア会社が技術者集団として誕生していた時期にあたる。1984年2月、社名を株式会社システムプロに変更し、組込み・通信領域のソフトウェア開発を主業として技術者を増員する方向で会社の輪郭を整えた。
1988年、同社は日本初の対戦型オンラインゲーム「麻雀クラブ」の開発に成功した。当時のパソコン通信草創期にあって、複数の利用者がリアルタイムに対戦するゲームソフトの開発は技術的にも先進的な実装で、通信プロトコルとリアルタイム処理に強い技術陣を抱える同社の存在感を業界内で押し上げた。同時期、組込み機器・通信機器のソフトウェア開発受託が主力収益を形成し、エンジニアを年単位で増員する成長軌道に乗った。
1990年代半ばまでに同社はPHS向けソフトウェア開発で実績を積み、1996年から携帯電話のソフトウェア開発分野へ参入した。NTTドコモ・KDDI・ソフトバンク(当時はジェイフォン)等のキャリア・端末メーカーが主導する1990年代後半の携帯電話市場は、世代交代(2G→3G)の節目ごとに端末ソフトウェアの大規模再開発を伴い、技術者集団のシステムプロ社は受託案件を着実に積み上げた。社内には移動体通信領域のコアテクノロジーが蓄積され、後のモビリティ事業へ転用される技術基盤がこの時期に形成された。
通信技術への蓄積投資と上場準備期
1997年6月、同社は東京都内に本社を移転し、エンジニア組織の拡大に合わせた体制を整えた。1990年代の日本のソフトウェア業界は、ITバブル前夜の人月単価上昇局面にあり、特に組込み・通信領域は人材不足が慢性化していた。同社はこの局面で、移動体通信に特化した技術者集団を組織的に育てる方針を取り、汎用的なシステムインテグレータではなく専門領域型のソフトウェア会社として差別化を図った。これがのちの「ITにまつわるほとんど全てのサービスをワンストップで提供」というポジションの一方の出発点となる。
2000年代初頭、同社はナスダックジャパン上場を目指し、社内体制を整備した。2000年9月の社内体制再編、2001年2月の経営体制整備を経て、上場準備が本格化する。当時のナスダックジャパンは技術系成長企業の主要な上場の場で、同社は通信技術企業として2002年8月にナスダックジャパンへ上場を果たした。これがシステナの株式市場における出発点である。
以降は執筆中