1992年〜 「至誠惻怛」を掲げた医療コンサルからSPD(院内物流代行)への転換
- 1992年 シップコーポレーションを設立
- 1992年 グリーンホスピタルサプライを設立
- 1994年 保健医療総合研究所を設立
- 1994年 日星調剤を設立
- 1995年 医療機関等に対するリース事業に参入
- 1997年 医療コンサルと写真フィルム販売からSPD(院内物流代行)主体への転換 病院にモノを納め続けるか、病院の在庫を丸ごと引き受けるか
- 1999年 子会社のメディカルイメージング部門を富士フイルムメディカル西日本へ営業譲渡
病院コンサルティング会社として大阪府吹田市で始まった出発点
1992年8月、創業者の古川國久氏[1]は大阪府吹田市にシップコーポレーション株式会社[2](現シップヘルスケアホールディングス)を設立し、医療・保健・福祉施設のコンサルティング業務を開始[3]した。社名の「SHIP」は Sincere(誠実な心)・Humanity(情の心)・Innovation(革新者の気概)・PartnerSHIP(パートナーシップ精神)の頭文字であり、帆に風を受けて航海を続ける船でありたいという思いに由来する。その根底には「至誠惻怛」(まごころと、いたみ悲しむ心)という、幕末の備中松山藩の藩政改革を導いた山田方谷ゆかりの言葉を据えた。古川氏はのちに、真心といたみ悲しむ心があれば物事が正しく運ぶというのが人としての生き方だと振り返っており、コンサル領域での創業時から人材・組織観を経営の中心に置いた。施設の企画段階から建設・運営までを統合的に支援できる事業者は、当時の医療市場には限られていた。
- 有価証券報告書
- [1]創業者は古川國久氏である
- [2]創業地は大阪府吹田市である
- [3]1992年8月にシップコーポレーション株式会社(現シップヘルスケアホールディングス)を大阪府吹田市に設立し医療・保健・福祉施設のコンサルティング業務を開始した
シップコーポレーション設立3カ月後の1992年11月、古川氏は別法人としてグリーンホスピタルサプライ株式会社を設立し、富士写真フイルム製のレントゲンフィルム・自動現像機等の販売事業を開始した[4]。コンサル本体と物販子会社を分けて立ち上げた構成は、後のグループ化の原型である。1994年には株式会社保健医療総合研究所(現シップヘルスケアリサーチ&コンサルティング)と日星調剤株式会社を設立し[5]、コンサル・物販・調剤の3軸を整えた。1995年6月には医療機関向けリース事業も開始し[6]、医療施設に対して企画・コンサルから物販・調剤・金融までを一気通貫で提供する原型ができた。
- 有価証券報告書
- [4]1992年11月に古川氏がグリーンホスピタルサプライ株式会社を設立し富士写真フイルム製のレントゲンフィルム・自動現像機等の販売事業を開始した
- [5]1994年に株式会社保健医療総合研究所(現シップヘルスケアリサーチ&コンサルティング)と日星調剤株式会社を設立した
- [6]1995年6月に医療機関向けリース事業を開始した
- 有価証券報告書
- [1]創業者は古川國久氏である
- [2]創業地は大阪府吹田市である
- [3]1992年8月にシップコーポレーション株式会社(現シップヘルスケアホールディングス)を大阪府吹田市に設立し医療・保健・福祉施設のコンサルティング業務を開始した
- [4]1992年11月に古川氏がグリーンホスピタルサプライ株式会社を設立し富士写真フイルム製のレントゲンフィルム・自動現像機等の販売事業を開始した
- [5]1994年に株式会社保健医療総合研究所(現シップヘルスケアリサーチ&コンサルティング)と日星調剤株式会社を設立した
- [6]1995年6月に医療機関向けリース事業を開始した
SPD事業の立ち上げ ── 院内物流の代行という新カテゴリー
1997年2月、グリーンホスピタルサプライ[7]がSPD(サプライ・プロセシング・ディストリビューション、院内物流代行システム)事業[8]を開始した。SPDは病院内の医療材料・診療材料の発注から在庫管理・院内配送までを外部事業者が一括代行する仕組みで、当時の日本の病院ではほぼ未整備の業務領域だった。病院経営における材料費比率は経費の約4分の1を占めており[9]、後年の大橋社長は、材料費の適正管理なしには病院の持続的な健全経営が成り立たない時代になったと述べている。当時の同社が踏み込んだのは、診療報酬改定の連続で経営圧迫が続く病院側の余地が大きい領域だった。
- 有価証券報告書
- [7]1997年2月にグリーンホスピタルサプライがSPD事業を開始した
- [8]SPDはサプライ・プロセシング・ディストリビューション(院内物流代行システム)の略である
- 日経ESG 2022年2月17日号
- [9]病院経営における材料費比率は経費の約4分の1を占める
SPD事業の立ち上げと並行して、グループ内では子会社化と機能補強を続けた。2000年10月にセイコーメディカル株式会社[10]、2001年10月にシップヘルスケアエステート(旧多治川経営企画)[11]、2003年1月にグリーンライフ株式会社[12]、2004年6月にグリーンファーマシー株式会社などを順次グループ化し[13]、医療機器販売・施設建設・介護・調剤に事業領域を広げた。2002年3月には親会社シップコーポレーションがグリーンホスピタルサプライを吸収合併し、商号を「グリーンホスピタルサプライ株式会社」に変更[14]、医療機器販売事業を本体に統合した。創業10年でコンサル単体から医療機器商社・SPD運営・施設プロデュース・調剤・介護を抱える複合体に組み変わり、これがのちに「トータルパックプロデュース(TPP)」と呼ばれる病院丸ごと請負モデルの基盤となった。なお当時の有価証券報告書での事業呼称は「トータルパックシステム(TPS)」であり、TPP の名称は後年に用いられたものである。
- 有価証券報告書
- [10]2000年10月にセイコーメディカル株式会社をグループ化した
- [11]2001年10月にシップヘルスケアエステート(旧多治川経営企画)をグループ化した
- [12]2003年1月にグリーンライフ株式会社をグループ化した
- [13]2004年6月にグリーンファーマシー株式会社をグループ化した
- [14]2002年3月にシップコーポレーションがグリーンホスピタルサプライを吸収合併し商号を「グリーンホスピタルサプライ株式会社」へ変更した
- 有価証券報告書
- [7]1997年2月にグリーンホスピタルサプライがSPD事業を開始した
- [8]SPDはサプライ・プロセシング・ディストリビューション(院内物流代行システム)の略である
- [10]2000年10月にセイコーメディカル株式会社をグループ化した
- [11]2001年10月にシップヘルスケアエステート(旧多治川経営企画)をグループ化した
- [12]2003年1月にグリーンライフ株式会社をグループ化した
- [13]2004年6月にグリーンファーマシー株式会社をグループ化した
- [14]2002年3月にシップコーポレーションがグリーンホスピタルサプライを吸収合併し商号を「グリーンホスピタルサプライ株式会社」へ変更した
- 日経ESG 2022年2月17日号
- [9]病院経営における材料費比率は経費の約4分の1を占める
病院新設の一括請負モデル ── TPP事業の輪郭
創業10年余の同社が掲げたのは、病院新設や建て替えの際に建築・医療機器・什器・情報システム・物流までを一括で請け負う事業モデルだった。後年大橋社長が説明している通り、新設・建て替え時は病院職員だけでは分からない領域が多く、従来は調達対象ごとに別会社へ相談していたところを全領域一括で請け負う仕組みがTPPである。病院側からみれば調達窓口が一本化される利点があり、同社からみればコンサル・SPD・物販・建設・調剤の各機能を結合して収益化できる仕組みだった。創業期の有価証券報告書では事業呼称は「トータルパックシステム(TPS)」であり、TPP の語が事業セグメント名として用いられるのは後年であるが、その原型はこの時期に組み上がった。
業績面では創業10年目あたりから売上が立ち上がり、FY11(2012年3月期)の連結売上高は1,888億円・経常利益112億円・当期純利益70億円に達した。1992年の創業から20年で1,000億円規模のグループに到達したのは、SPDという院内物流の新カテゴリーを早期に確立できたことと、病院丸ごとを顧客とするTPPモデルを組み上げたことの両方が寄与した。一方で、グループは多数の連結子会社を抱える分散構造になっており、グループ統治と意思決定の一本化は時間を要した。創業者の古川氏は2009年の持株会社化後も初代社長を務め[15]、2014年に代表取締役会長CEOへ退いて社長職を専門経営者に委ねた。1992年の出発時点から「医療現場のニーズに応える」という顧客起点の経営姿勢は一貫したが、それを支える組織形態は次の時代区分で書き換わる。
- 有価証券報告書
- [15]創業者の古川氏は2009年の持株会社化後も初代社長を務め2014年に代表取締役会長CEOへ退いた
- 有価証券報告書
- [15]創業者の古川氏は2009年の持株会社化後も初代社長を務め2014年に代表取締役会長CEOへ退いた