2002年〜 韓国IPの日本上陸と親子逆転と事業基盤の拡充
ネクソンの業績推移:連結
- 2002年 ネクソンジャパンを設立
- 2003年 ソリッドネットワークスから日本におけるオンラインゲーム事業を譲受
- 2004年 中国・Lexian Software Developmentを設立
- 2005年 子会社が親会社の事業中核を逆に取り込んだ「親子逆転」再編 東京の代理店にすぎなかった日本法人は、なぜ韓国本社の主力事業ごと引き受けたのか
- 2005年 NEXON Koreaが『メイプルストーリー』をWizetから譲受
- 2008年 NEXON KoreaがNEOPLE INC.を買収し子会社化
- 2011年 韓国発祥のオンラインゲーム会社が選んだ東京証券取引所への上場 資金調達だけなら米ナスダックもあったはずが、崔承祐社長はなぜ「ゲームのメッカ」を選んだのか
東京で生まれた会社が、なぜ韓国本社を買収したのか
2002年12月、韓国NEXON Corporation(現NXC Corporation)が東京都中央区に株式会社ネクソンジャパンを設立した。当初は日本代理店として設計されたが、2003年1月に既存の日本法人ソリッドネットワークス(旧ネクソンジャパン)からオンラインゲーム事業を譲り受け、独立した運営主体として動き出した。韓国本社が開発したタイトルを日本市場で配信するという役割を担いつつ、運営実務は日本法人の裁量で回す形が整えられた。ローカライズ、課金運用、カスタマーサポートを日本で担い、タイトル供給を韓国に依存する関係は、以後20年以上にわたって地域をまたぐ分業の基本形として続いた。開発は韓国、運営は日本という分業の原型がここで生まれ、後年のグループ構造の下地となる設計が固まっている。 [1][2][3]
- ネクソン 有価証券報告書 第N期【沿革】
- [1]2002年12月 韓国NEXON Corporation(現NXC Corporation)が東京都中央区に㈱ネクソンジャパンを設立
- [2]2003年1月 ソリッドネットワークス(旧ネクソンジャパン)からオンラインゲーム事業を譲受
- [3]設立母体は旧NEXON Corporation(現NXC Corporation)、譲受元はソリッドネットワークス(旧ネクソンジャパン)
転機は2005年10月に訪れた。韓国の親会社がPCオンライン事業を会社分割で新NEXON Corporation(現NEXON Korea)に切り出し、その全株式を日本法人に譲渡した。子会社が親会社の事業中核を逆に飲み込む形となり、日本法人がグループの事業持株会社、韓国法人が開発拠点という現在まで続く構造が定まった。通常の日本企業の海外進出とは逆向きに、韓国発のビジネスを日本の法人格で束ねて国際展開するという設計が、この一手で定まった。以後の上場や買収はすべて、この東京持株・ソウル開発の二極体制の上で動いた。創業家である金正宙の資産管理会社が日本法人の親会社として残り、事業の上位に投資持株、その下に日本の事業持株、さらに下に韓国の開発会社という三層構造が組み上がった。 [4][5][6]
- ネクソン 有価証券報告書 第N期【沿革】
- [4]2005年10月 韓国の親会社がPCオンライン事業を会社分割で新NEXON Corporation(現NEXON Korea)に切り出し、その全株式を日本法人に譲渡(親子逆転)
- [5]日本法人がグループの事業持株会社、韓国法人が開発拠点という構造が確立
- [6]創業家・金正宙の資産管理会社NXCを最上位に、東京の事業持株会社ネクソン、韓国の開発会社の三層構造
- ネクソン 有価証券報告書 第N期【沿革】
- [1]2002年12月 韓国NEXON Corporation(現NXC Corporation)が東京都中央区に㈱ネクソンジャパンを設立
- [2]2003年1月 ソリッドネットワークス(旧ネクソンジャパン)からオンラインゲーム事業を譲受
- [3]設立母体は旧NEXON Corporation(現NXC Corporation)、譲受元はソリッドネットワークス(旧ネクソンジャパン)
- [4]2005年10月 韓国の親会社がPCオンライン事業を会社分割で新NEXON Corporation(現NEXON Korea)に切り出し、その全株式を日本法人に譲渡(親子逆転)
- [5]日本法人がグループの事業持株会社、韓国法人が開発拠点という構造が確立
- [6]創業家・金正宙の資産管理会社NXCを最上位に、東京の事業持株会社ネクソン、韓国の開発会社の三層構造
『メイプルストーリー』と『アラド戦記』という2本の柱の獲得
事業持株会社化の直後、2005年12月にNEXON KoreaがWizet Corporationから『メイプルストーリー』を譲り受け、IPを自社グループに取り込んだ。さらに2006年8月にはMPlay Gamesから『カートライダー』『BnB』を譲受し、無料プレイ+アイテム課金という当時新しかったビジネスモデルを韓国市場で広く展開する基盤を整えた。パッケージ販売が主流だった時代に、月額課金でもなく無料で遊べて課金はアイテム単位という設計は、韓国のブロードバンド普及とネットカフェ文化を前提に成立したものだった。この料金モデルは後年のスマホゲームにも受け継がれる雛形となり、ネクソンは原型を持つ側として運営ノウハウを蓄積した。買収した3タイトルはいずれもライブサービスとして継続運営可能な設計であり、長期運営前提のIPを外部からまとめて取り込む動きが集中している。 [7][8][9]
- ネクソン 有価証券報告書 第N期【沿革】
- [7]2005年12月 NEXON KoreaがWizet Corporationから『メイプルストーリー』を譲受
- [8]2006年8月 NEXON KoreaがMPlay Gamesから『カートライダー』『BnB』を譲受
- [9]譲受した3タイトルは無料プレイ+アイテム課金のライブサービスIP
決定的だったのは2008年8月のNEOPLE INC.買収だった。同社が開発する『アラド戦記』(中国名Dungeon&Fighter)は、後にテンセントが中国でパブリッシングし、ネクソン全体の収益を支える主力IPに育つ。2008年通期の売上402億円から2012年には1,084億円へと2.7倍に拡大し、日本法人ネクソンは東京都中央区にありながら、業績の大半を韓国・中国で稼ぐ会社となった。買収時点では韓国で一定のヒットを持つ一IPの取得だったが、テンセントとの中国パブリッシング契約を経て、グループ収益の重心そのものを中国市場へ引き寄せる結果となり、地理的なねじれは一段と深まる。開発は韓国のネオプル、パブリッシングは中国のテンセント、ロイヤリティの受け皿は日本の上場会社という三カ国構成が、単一IPの周囲に組み上がる構図となった。 [10]
- ネクソン 有価証券報告書 第N期【沿革】
- [10]2008年8月 NEXON KoreaがNEOPLE INC.を買収し子会社化(『アラド戦記』=Dungeon&Fighter の開発元)
- ネクソン 有価証券報告書 第N期【沿革】
- [7]2005年12月 NEXON KoreaがWizet Corporationから『メイプルストーリー』を譲受
- [8]2006年8月 NEXON KoreaがMPlay Gamesから『カートライダー』『BnB』を譲受
- [9]譲受した3タイトルは無料プレイ+アイテム課金のライブサービスIP
- [10]2008年8月 NEXON KoreaがNEOPLE INC.を買収し子会社化(『アラド戦記』=Dungeon&Fighter の開発元)
2011年12月、東証一部上場という選択
2009年4月、株式会社ネクソンジャパンは株式会社ネクソンに商号変更し、グループ事業持株会社としての位置づけを対外的に示した。2011年2月には新NEXON CorporationがNEXON Korea Corporationへ商号を改め、グループ内のブランド体系も整理した。ネクソンという同じ看板を東京の持株会社とソウルの開発会社が分けて掲げる体制へ整え、投資家や取引先から見た法人関係をわかりやすくする意図がうかがえる。商号と資本関係の整理が先行して進み、翌年末の上場に向けた地ならしとしての性格が強い局面だった。日本法人が事業会社としてのネクソンを担い、韓国法人が開発拠点としてのネクソン・コリアを担うという役割分担が、法人名のレベルで外部から読み取れた。 [11][12]
- ネクソン 有価証券報告書 第N期【沿革】
- [11]2009年4月 ㈱ネクソンジャパンが㈱ネクソンに商号変更(事業持株会社化を対外明示)
- [12]2011年2月 新NEXON CorporationがNEXON Korea Corporationへ商号変更
そして2011年12月、ネクソンは東京証券取引所市場第一部に上場した。韓国発祥のオンラインゲーム事業主体が日本市場で上場するという異例の構造のなか、上場時点の経営トップは社長の崔承祐(チェ・スンウ)が務めた。1994年に旧NEXON Corporationを創業した金正宙(キム ジョンジュ)は親会社NXC側に残り、経営の前線は専門経営者が担う体制で上場を迎えた。FY11の売上は876億円、営業利益382億円。地域別では韓国セグメントが631億円・利益337億円と日本の約5倍に達し、日本はわずか130億円・利益22億円にとどまった。上場会社の本籍と稼ぎ頭の地理的不一致は、以降のネクソンを最も特徴づける要素となり、投資家に対しては毎四半期、韓国と中国の数字を日本の開示フォーマットで説明する構図が定着した。通貨・会計基準・言語のいずれも本籍地と主戦場でずれる前提のうえに、上場会社としての透明性を確保する経営方針が、この上場を起点に重要な課題となり続けた。 [13][14][15]
- ネクソン 有価証券報告書 第N期【沿革】
- [13]2011年12月 東京証券取引所市場第一部に上場
- [14]上場時点の経営トップは社長の崔承祐(チェ・スンウ)
- [15]1994年に旧NEXON Corporationを創業したのは金正宙(キム・ジョンジュ)。上場時は親会社NXC側に在籍
- ネクソン 有価証券報告書 第N期【沿革】
- [11]2009年4月 ㈱ネクソンジャパンが㈱ネクソンに商号変更(事業持株会社化を対外明示)
- [12]2011年2月 新NEXON CorporationがNEXON Korea Corporationへ商号変更
- [13]2011年12月 東京証券取引所市場第一部に上場
- [14]上場時点の経営トップは社長の崔承祐(チェ・スンウ)
- [15]1994年に旧NEXON Corporationを創業したのは金正宙(キム・ジョンジュ)。上場時は親会社NXC側に在籍