創業1939年10月12日、東京芝浦電気(旧東芝)鶴見工場の一部を借用して株式会社芝浦京町製作所が資本金500万円で設立、同年12月に芝浦製作所へ商号変更した。創業者個人は存在せず、東芝の機械製造機能を分社化する形で生まれた法人で、東芝向け工作機械・自動機械の供給を中核業務とした。1969年10月東証二部上場、1972年2月東証一部指定替えと上場会社の体裁を整え、東芝グループ内の機械事業の中核を担った。
決断1998年10月、芝浦製作所は東芝メカトロニクスと合併し、商号を芝浦メカトロニクスに変更、半導体・FPD・電子部品の三事業構造を持つ新会社が誕生した。合併直後はITバブル崩壊とリーマンショックで連続赤字に陥ったが、2013年6月就任の藤田茂樹社長以降、半導体製造装置への事業集中を加速し、2020年6月就任の今村圭吾社長下でFY24売上809億円・営業利益141億円の創業以来最大業績に到達した。
課題長らく筆頭株主だった東芝が2023年12月の非公開化を経て保有株式を処分し、FY23の上位10株主一覧から消失した。85年にわたって東芝系企業として活動した芝浦メカトロニクスは、機関投資家中心の独立企業へ資本構造が質的に転換した。半導体製造装置市場の周期変動への耐性強化と、独立企業としての株主還元政策の再整備が課題で、EUV露光向けマスクブランクス洗浄装置の独占的供給ポジション維持が論点となる。
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歴史概略
1939年〜1997年東芝鶴見工場からの分社で生まれた芝浦製作所期
軍需製造から民需製造機器メーカーへの転換
1939年10月12日、東京芝浦電気(旧東芝、現・東芝)の鶴見工場の一部の建物や機械設備を借用して操業を開始する形で、株式会社芝浦京町製作所が資本金500万円で設立された。同年12月には商号を株式会社芝浦製作所に変更し、東芝系の製造機器メーカーの源流が形成された。創業者個人は存在せず、東芝鶴見工場の機械製造機能を分社化する経緯で生まれた法人で、当初から東芝の事業構造の一部として位置付けられた企業である。1942年1月には大船工場(現・横浜事業所)の操業を開始し、主力工場の確立が進んだ。1943年9月の小浜工場操業開始など、戦時下の軍需用機械加工機の生産に注力する時期を経て、1945年の終戦を境に軍需産業から民需産業への転換期に入った。
戦後の民需転換期、芝浦製作所は東芝向けの製造機器(工作機械・自動機械)の供給を中核業務として再出発した。1950年代から1960年代の高度経済成長期には、東芝の家電・電子部品の大量生産設備の供給元として地位を確立し、東芝グループ内の機械事業セグメントの中核を担った。1969年10月、東京証券取引所市場第二部に株式を上場し、芝浦製作所として独立した上場会社となった。創業から30年の節目で、東芝系の機械製造機能を独立した上場会社の形態で運営する体制が整った。1972年2月には東京証券取引所市場第一部に指定替え上場し、主要市場一部への昇格を果たした。1972年に東京真空機材を設立するなど、半導体製造に必要な真空機器分野への参入が始まった。
真空機器と半導体製造装置への事業転換
1981年に東精エンジニアリングを設立し、精密加工技術と真空技術の融合領域での事業基盤を拡張した。1980年代の半導体産業の急成長期に、芝浦製作所は東芝の半導体事業向けに製造装置の供給規模を拡大し、汎用機械から半導体製造装置への重心移行を始めた。1991年10月、徳田製作所と合併し、真空機器システム事業部および相模工場として継承、同合併により芝浦エレテックを子会社化した。徳田製作所は真空機器に強みを持つ専業メーカーで、合併によって真空機器事業の取込みが完了し、後の半導体製造装置事業の基盤となる重要再編であった。
1993年6月には芝浦自販機を設立、1994年4月には芝浦エンジニアリングを設立と、機能別の分社化で事業構造を整理した。1990年代前半の本社所在地は東京で、1997年7月に本社事務所を品川区へ移転、本店を神奈川県横浜市へ移転した。芝浦製作所期の最終局面で、製造機能の横浜集約と管理機能の品川分散という二地点体制を整え、来る再編に備える形態へ移った。本社の品川移転は東芝本社(当時、芝浦)との近接性を維持しつつ、事業拠点としての横浜(大船工場)への機能集約を加速する意図があった。創業以来の東芝系企業としての位置付けを維持しながら、1998年の決定的再編へ向かう局面である。
以降は執筆中