【筆者所感】 1901年に通信社と広告代理店を抱き合わせで創業した会社が、戦時統制で通信を失って広告専業に追い込まれ、戦後70年かけて世界5位のメガ・エージェンシーへ駆け上がった。広告代理業は顧客企業の機密に触れるうえ、国内市場が成熟すれば国外に売上を求めざるを得ない産業構造を持つ。決定打は2013年の英Aegis買収である。買収規模は約4,000億円、日本の広告会社が本格的にグローバル化へ踏み切る最初で最大の賭けだった。海外売上比率を一桁台から過半へ押し上げ、欧米の中堅エージェンシーを順次取り込み、米Merkle買収によりCRM・データマーケティング領域にも足場を広げた。
そして2024年と2025年、その賭けの請求書が届く。海外のれんに2年連続で計6,300億円超の減損、最終赤字3,276億円、上場後初の無配となった。買収で手に入れた成長エンジンが収益を生まなくなり、社長五十嵐博は自社のM&A戦略を公式に否定する中期経営計画2025-2027を発表した。同中計はAegis以来12年続いた海外膨張路線の転換を宣言する内容で、北米・欧州事業ののれん減損規模を毎年数千億円のペースで吐き出しながらの船出となった。100年以上にわたり広告で世界を追ってきた電通は、グローバル化の頓挫を受け、北米・欧州子会社の収益性回復と国内側のグループ会社統合を同時に進めるフェーズへ入った。広告代理業がデジタル化と寡占化の進む欧米市場で日本資本のまま生き残れるかが、創業から125年目の問いとなっている。
歴史概略
1901年〜1954年通信と広告の二足草鞋から、戦時統制で押し出された広告専業
通信社を腹に抱えた広告会社という異形の出発
電通の出発点は、新聞社向け通信配信と広告取次を1社で兼業した「日本広告株式会社」と、その同じ社屋に併設された「電報通信社」である。創業者光永星郎は1901年7月に資本金10万円で広告会社を東京で起こし、4ヶ月後の11月にもう通信社を併設した。新聞に通信記事を売り、その広告枠を引き受けるという二重の関係を握り、広告代理店としての交渉力を確保するためだ。広告枠の仕入れ先である新聞社に対し、通信配信というもう1つの商品を抱き合わせて価格交渉の主導権を握る構えである。新聞を唯一のマス媒体とする明治後期の広告市場で、主要メディアの上流を最初から押さえる設計だった。
1906年に株式会社日本電報通信社を設立、翌1907年に日本広告と合併し、資本金を26万円に増やして広告と通信を1社に統合した。広告料をニュース配信料で割り引く実質値引きや、スクープを広告主に流す情報サービスなど、通信を握る代理店ならではの営業を展開する。明治後期から大正、昭和初期にかけて新聞広告代理店の最大手の地位を固めた。広告主である企業側にも通信ソース付きの代理店として優位を示し、純粋に広告枠だけを売り歩く他社との差を広げた。通信事業が広告事業の交渉材料となる二本柱は、以後30年間にわたり同社の収益基盤を支え、昭和初期には国内新聞広告の取扱額で首位を保った。
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国策統制で通信を失った日に、広告専業企業が生まれた
1936年6月、日本政府の通信統制で社団法人同盟通信社が設立された。電通の通信部はそこに合併され、同社は逆に同盟通信社の前身である聯合通信社の広告部を吸収する。資本金を200万円に増資し、創業以来の二本柱だった通信業務を手放して広告取扱いを主業務とする会社へ姿を変えた。広告と通信を握って成立した30年来のビジネスモデルが、国策によって半分奪われた格好だ。代償として国内の広告部門を同盟通信社から巻き取り、広告事業そのものの規模は拡大した。単純な縮小再編ではない。自ら選んだというより戦時下の取引条件として受け入れた転換だが、結果として広告専業会社の原型が1930年代後半に固まった。
戦後の1955年7月、商号を「株式会社電通」に変更する。日本電報通信社という通信社時代の名残を捨て、広告会社としての電通ブランドを表に立てた。テレビ放送が翌年から本格化する直前のタイミングだ。戦時統制で通信機能を失ったことが、結果として広告メディアの拡大期をフルに広告専業として迎える条件を整えた。通信事業を抱えたままテレビ時代を迎えていれば、新聞系通信社との競合や編集・広告分離の議論に巻き込まれた可能性もある。広告代理店として民間放送の番組枠を独占的に扱う立場を早期に築けたのは、20年前に通信を切り離さざるを得なかった国策統制の再編が前提となった結果だ。
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1955年〜2012年広告専業としての国内独走と、海外M&Aへの助走
国内No.1の地位を築いた高度成長期
電通は1950年代後半から、テレビ放送黎明期の番組提供枠を広告主に取り次ぎ、CMの企画制作までを手がける総合代理店モデルを固めた。1967年に本店を中央区築地に移し、1973年に資本金を11億円台、1984年に23億円、1991年に46億円と増資する。1994年には地域電通5社(東日本・西日本・九州・北海道・東北)を一斉設立して全国営業網を子会社化した。1996年には電通テックを発足させプロモーション領域を集約するなど、広告周辺事業を子会社化して取り込む典型的なメガ・エージェンシーの構造を組み上げた。テレビ広告費が伸び続けた1990年代までは、この国内完結型の多層構造で国内シェア首位を保った。
1975年には電通国際情報サービス(ISID)を設立して情報サービス領域に足場を確保し、2000年には子会社のISIDが先に東証一部に上場している。広告以外の事業に手を伸ばす素地はこの時期に作られた。ISIDは米General Electric Information Services(GEIS)との合弁として出発し、システム構築・データ処理能力を広告本業と切り離して蓄積する装置となった。本業が広告取次という労働集約型である以上、情報処理とデータサービスの技術を別会社に預ける判断は、後年のデジタルマーケティング参入で貴重な社内ケイパビリティとなった。電通本体の上場前に子会社の上場を先行させた点も、グループ全体の資本市場との関係を試す前段階の意味を持った。
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100年企業の上場と、海外を本気で取りに行く準備
電通本体は2001年11月、創業から100年を経てようやく東京証券取引所市場第一部に上場した。資本金は589億円、広告業界において過去類のない規模の上場だ。広告会社は顧客企業の機密に触れる立場から株式公開を避ける慣行が長く続いており、その慣行を破る判断だった。上場で得た資金力と説明責任は、その後の海外M&A路線を支える土台となる。クライアント機密と株主開示という相反する要請を両立させる必要があり、情報管理体制の整備や社外役員の登用など、上場前提のガバナンスへの移行も並行した。未上場時代の同業他社に対し、資本調達と通貨(株式)の両面で優位を取った。以後のクロスボーダー買収で株式交換や増資を選択肢に含める基盤ができあがった。
2002年に汐留の新本社へ移転、2009年には株券電子化に伴い1株を100株に分割して流動性を確保した。2010年には髙嶋達佳から石井直へ社長交代し、アジア・グローバル展開を本格化させる体制への移行が始まる。2012年までの売上高は連結で1兆9,000億円台、営業利益500〜600億円台で推移していた。国内市場の成熟下で次の成長エンジンを海外に求めざるを得ない状況だ。国内広告費全体が2000年頃をピークに縮小に転じており、既存の国内営業網をいくら拡充しても成長は望めない構造だった。博報堂DYや国内中堅代理店との顧客争奪も激化し、価格競争で利益率を削る局面も増えた。残された選択肢は海外主要代理店の買収しかなく、規模と地理的分散をまとめて取りにいく以外に道は限られていた。石井政権下で買収候補のロングリスト作成と財務体力の確認が、この数年で社内に進められた。
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国内市場の天井を見たうえでの広告会社の選択肢
1990年代以降、日本の広告費は2000年の約6.1兆円をピークに頭打ちに転じる。新聞・雑誌・テレビの伝統メディアの縮小と引き換えにインターネット広告が台頭する。電通はこの構造変化のなかで、国内では博報堂DYとのシェア争いを続けつつ、デジタルとグローバルの両方に投資先を広げる必要に迫られた。海外売上比率は2012年時点でも10%台にとどまり、米WPP・米オムニコムといったグローバル巨大広告グループと比べ国際展開の遅れは明らかだった。クライアント企業である日本の製造業がグローバル化を先行させており、彼らに追随して国外に営業網を拡げない限り、既存クライアントすら奪われかねない状況だった。
この遅れを取り戻す手段としてM&Aが選ばれる。電通は2000年代から欧州・米国の中堅エージェンシーを買収しているが、いずれも単発的で規模が小さく、グローバル順位の引き上げには至らなかった。2010年代に入って世界5位という目標が現実味を帯びるなか、欧州の有力グループを丸ごと買う機会が訪れる。折しも欧州の広告グループは2008年のリーマンショック後の低成長で買収価格が抑制されていた。2001年の上場時に蓄えた資金余力と円高相場という、クロスボーダー買収の好条件が重なった。一度に数千億円規模を投じる体力と覚悟を問われる場面に、100年企業の広告会社が踏み出した。
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2013年〜2024年Aegis買収によるグローバル化と、その代償
約4,000億円のクロスボーダー買収で世界5位へ
2013年3月、電通は英国Aegis Group plcの全発行済株式を、英国会社法上のスキーム・オブ・アレンジメントに基づき取得し完全子会社化した。同日付でDentsu Aegis Network Ltd.に商号変更。買収規模は約4,000億円、日本の広告会社による史上最大級のクロスボーダーM&Aだ。海外売上比率は過半に近づき、グローバルランキングで世界5位の広告グループに入った。FY13の連結売上高1兆9,412億円から、FY14(2015年3月期)には4兆6,423億円へと2.4倍に跳ね上がった。Aegisはメディアバイイングのプランニングに強みを持つ欧州発のグループで、欧州・北米・新興国に展開する子会社群を丸ごと傘下に収める構図となった。買収対価の大半が暖簾として資産計上され、海外事業の収益性次第で後年の減損リスクを抱えた形にもなった。
買収後はDentsu Aegis Networkを軸に欧米・新興国の中堅エージェンシーを次々と取り込み、2016年9月には米Merkleを買収してCRM・データマーケティング能力を獲得した。同年にはガバナンス体制を監査等委員会設置会社に切り替え、同年7月には電通デジタルを設立して国内デジタル事業を専業会社化、データドリブンマーケティング(CT&T: Customer Transformation & Technology)を成長領域として明示した。マスメディア広告から、クライアントの顧客データを活用したマーケティング全体の設計・運用までを商品領域に含める方針への転換だ。世界的なデジタル広告シフトに対応する布陣だが、個別買収ごとに膨らむ暖簾と、買収先ブランドを温存したままでの統合コストという二重の負担を抱えた。
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- 決算説明会 FY21
- 宣伝会議 2019/9
新入社員過労自殺事件と、コンプライアンス危機後の経営刷新
2015年12月の新入社員過労自殺事件は、2016年に労働基準監督署の強制捜査・書類送検へ進み、長時間労働を許す社内文化への批判が国内外で高まった。電通は労働時間管理の見直しを迫られ、2016年6月の株主総会で石井直社長が引責辞任、後任に山本敏博が就いた。山本は「6万人の誰もがイノベーションの起点」(宣伝会議 2019/9)をスローガンに掲げ、グローバル6万人体制下での働き方改革と組織統合を同時に進める難題を担った。Aegis買収以降の急速な人員拡大と国内における長時間労働文化が表裏の関係にあり、海外規模のグローバル企業へ脱皮するうえでの労務面の宿題が表面化した。クライアントとの取引慣行や深夜稼働を含む受注体制の見直しが求められた。
買収で膨張した海外子会社群の収益性は改善せず、のれん残高は積み上がっていく。2019年12月期は海外事業を中心にのれん減損を計上、営業損失▲33億円・最終損失▲808億円とAegis買収以降初の営業赤字に沈んだ。2020年12月期はコロナ禍が直撃し、営業損失▲1,406億円・最終損失▲1,596億円と過去最大の赤字を出した。広告宣伝費はクライアントの収益が悪化すると真っ先に削減される費目であり、コロナ禍によるグローバル経済の収縮は広告会社の損益を直撃する。Aegis以降に積み上げた海外売上の規模が、いったん市場が縮小すれば固定費との差で甚大な赤字を生む構造を持つことが、この2年間の連続赤字で初めて表面化した。
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持株会社化と「電通グループ」への商号変更
2020年1月、電通は純粋持株会社体制へ移行し、商号を「株式会社電通グループ」に変更した。同時に会社分割で広告事業を新会社「電通承継準備会社」に承継させ、同社を新「株式会社電通」とした。グループ経営とオペレーション会社を分離し、海外Dentsu Internationalと国内Dentsu Japan Networkを並列に置く2軸のグローバル体制を整えた。同年4月には残り少数株主からMerkleを完全子会社化、同年9月にはDentsu Aegis NetworkをDentsu Internationalへ社名変更し、Aegis色を消してDentsuブランドへ統一した。買収から7年が経過し、被買収企業のブランドを残したままの分散統治では海外事業の効率が上がらないという判断だ。グループ全体をDentsuの一枚看板に揃え、リージョン別の損益責任と人事を本社主導に切り替える布陣となった。
コロナ禍と前後して断行した構造改革の効果は2021年12月期に表れた。売上総利益9,765億円・調整後営業利益1,790億円・オペレーティング・マージン18.3%といずれも過去最高を更新し、最終損益は1,083億円の黒字に転じた。山本は中期経営計画をアップグレードし、2024年までの売上総利益オーガニックCAGR4〜5%、CT&Tへ2,500〜3,000億円のM&A資金枠を確保すると宣言した。過去最高配当117.5円/株と最大400億円の自己株式取得も発表した(決算説明会 FY21)。Aegis買収から続いた海外膨張路線の成果がようやく数字で報われた瞬間で、同時にM&A路線をさらに加速させる方針が示された。だがこの好業績は、コロナ禍からのリバウンド需要とデジタル広告の世界的急伸という追い風に支えられた一時的なピークでもあった。
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直近の動向と展望
M&A偏重路線を自ら否定した中期経営計画2025-2027
2022年6月、Dentsu InternationalのCEO経験者である五十嵐博が山本敏博から社長を引き継いだ。海外不振を熟知する人物にグローバルCEOを兼ねさせる人事だ。五十嵐は就任時に「追求するのはあくまでもクライアント・ファーストの姿勢。クライアント企業の事業課題だけでなく、その先にある社会課題にまで向き合う」(電通グループ統合レポート 2022)と表明し、クライアント深耕を最優先課題に据えた。同年のCampaign Japan誌でも「目指すは早急な改革」(Campaign Japan 2022/8)と答え、海外事業の収益性回復に直結する組織改革を急いだ。2023年3月には英Tag Worldwide Holdingsを買収して完全子会社化したが、これがM&A路線の終盤の案件となった。同月、監査等委員会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行、グローバル基準のガバナンス体制を導入した。Aegis以来の積極M&Aに対する内部ガバナンスを締め直す布陣だ。
2024年12月期、海外事業ののれん減損2,101億円(EMEA1,531億円・Americas571億円)を含む2,352億円の減損を計上、営業損失▲1,249億円・最終損失▲1,921億円となった。調整後ベースでは売上総利益+5.0%・オペレーティング・マージン+30bpsと堅調を保ったが、調整前は大幅赤字という二重構造だ。2025年2月、五十嵐は中期経営計画2025-2027を発表し、「過去のM&A偏重の成長戦略を見直し、力強いオーガニック成長に回帰する」(決算説明会 FY24)と明示した。Aegis以来の電通の成長戦略を、現任の経営トップが公式に否定する宣言だ。前年9月のCampaign Japan誌では「クリエイティビティーとは事業のあらゆる部分において人間的で感情的な深みを形成することである」(Campaign Japan 2023/9/14)と語り、買収による規模拡張ではなくクリエイティブの質で勝負する方向を示した。減損規模が単年で2,000億円を超える水準は、買収先資産の将来キャッシュフロー前提が崩れたことを示し、戦略の修正を不可避とした。
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- 決算説明会 FY24
- 決算短信 FY25
- 電通グループ統合レポート 2022
- Campaign Japan 2022/8/14
- Campaign Japan 2023/9/14
上場後初の無配と、海外事業の再構築
2025年12月期は中計初年だったが、Americas・EMEAののれんに対して合計4,025億円(Americas2,996億円・EMEA964億円)の減損を計上した。構造改革費用も107億円から330億円へ3倍化した。営業損失は▲2,892億円(前期▲1,249億円)、親会社所有者帰属当期損失は▲3,276億円(前期▲1,921億円)と2年連続で赤字幅が拡大した。FY25の年間配当を0円、FY26も0円予想とし、上場後初の無配へ転落した(決算短信 FY25)。中計策定時には2025年に500億円の一時費用を見込んでいたが、実際の減損規模は前提を上回り、海外事業の収益性回復シナリオが未達である事実が浮き彫りになった。Aegis以降に積み上げた海外のれん残高に対し、北米・欧州ともに買収時の事業計画が達成できていない。
地政学リスクの整理は進めており、2022年3月から見直しを開始したロシア事業は2024年7月に現地パートナーへの譲渡が完了している。2026年1月には電通プロモーションプラス等4社を統合し電通プロモーションへ商号変更するなど、国内側のグループ再編も並行する。中計の最終年2027年に成長軌道へ復帰するとしているが、Aegis買収以降12年かけて積み上げた海外のれんの収益性をどう取り戻すかが、五十嵐の改革の成否を決める核心となる。M&Aで買った成長を、買い増しではなく既存事業の効率化と顧客深耕で取り戻すという方針転換は、広告産業のなかで電通が長く先頭を走ってきた拡張モデルからの離脱でもある。グローバル5位の地位を維持できるかは、海外事業の損益正常化に依存するフェーズへ入った。
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