オルガノの歴史
沿革
1946年に丸山正武氏が長野県諏訪に設けた日本オルガノ商会が起源。
1957年に日本電気の協力で日本初の電子工業用高純度純水装置を完成させ、発電所向けの純水から半導体向けの超純水へ顧客基盤を転換した。イオン交換樹脂と水処理装置を併せ持つ水処理エンジニアリング会社である。
1946年〜ローム・アンド・ハース提携によるイオン交換樹脂事業の確立
- 無熱蒸溜水製造装置を開発[1]
- 山梨化学工業を日本オルガノ商会に商号変更し諏訪市で創業[3]
- 日本初のネオンランプ式水質監視計を特許第1号として販売開始[1]
- 日本初の大型純水製造装置を納入[1]
- ローム・アンド・ハースと提携[4]
- イオン交換樹脂アンバーライトの日本総代理店に就任[1]
- 本社移転[3]
- 本社を東京都文京区菊坂に移転[1]
- 本社移転[3]
- アンバーライトの国産を開始[1]
- 日本初の転化型液糖精製装置を納入[1]
- 株式を店頭に公開[1]
- 日本デグラモンを設立[3]
- 日本水工に資本参加[1]
- 日本水工(後のオルガノ関西)に資本参加[3]
- 東京証券取引所市場第二部に株式を上場[1]
- 東京都千代田区にオルガノソフナーを設立[1]
- オルガノソフナー(後のオルガノ東京)を設立[3]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[3]
- 売上高
- 当期純利益率
筆者所見
ローム・アンド・ハースとの提携で得た総代理権は、樹脂を売る力ではなく、使いこなす力への対価だった。清水博氏は説明書の通水速度を大きく超えても純度が落ちないことを確かめ、1951年8月に昭和電工大川工場で日量600トンの装置を完成させた[2]。供給元の仕様を自社の実験で塗り替えた実績が、社員約70名の会社に交渉の席を与えた[2]。使い手の実績が、売り手の資格を生んだ。装置会社として立つ道筋は、調印より前に試運転の現場で決まっていた。
- [2]オルガノ35年のあゆみ(オルガノ, 1981)
1962年〜オルガノへの改称と用途拡張による事業構造の転換
- 世界初の連続式純水製造装置(2200㎥/d)を納入[1]
- 日本初のパルスベッド式糖液脱色装置を納入[1]
- オルガノに商号変更[1]
- 商号をオルガノに変更[3]
- 北海道札幌市に北海道オルガノ商事を設立[1]
- 福岡県福岡市に九州オルガノ商事を設立[1]
- 九州オルガノ商事(後のオルガノ九州)を設立[3]
- 北海道オルガノ商事(後のオルガノ北海道)を設立[3]
- 丸栄工業に資本参加[1]
- 丸栄工業に資本参加しオルガノ工事に商号変更[3]
- 埼玉県幸手市に幸手工場を開設[1]
- 東京証券取引所市場第一部銘柄に指定[1]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[3]
- オルガノメンテナンスサービスを設立[3]
- 売上高
- 当期純利益率
筆者所見
1967年の公害対策基本法は、オルガノにとって規制ではなく新しい発注者の出現を意味した。同年に東京都清掃局からオキシアズール第1号機を、大分市から公共下水道の終末処理場の設備一式を受注した[2]。廃水と下水の顧客は自治体であり、景気より予算と規制の強さで需要が決まる。1970年5月の廃水部の新設で、調査から試運転までを一貫させた[2]。得意先の設備投資に左右される収益の振れを、自治体の計画で和らげる道筋が開けた。
- [2]オルガノ35年のあゆみ(オルガノ, 1981)
1986年〜マレーシア・タイ進出と国内販売子会社の再編
- マレーシアにオルガノ(マレーシア)を設立[1]
- 埼玉県戸田市に総合研究所を開設[1]
- オルガノSDN.BHD.を設立[3]
- タイに合弁会社オルガノ(タイランド)を設立[1]
- 茨城県つくば市につくば工場を開設[1]
- オルガノ(タイランド)を設立[3]
- つくば工場を新設[3]
- オルガノ工事がオルガノ電工を吸収合併しオルガノプラントエンジニアリングに商号変更[3]
- 環境テクノを設立[1]
- オルガノプラントエンジニアリングがオルガノメンテナンスサービスを吸収合併[3]
- オルガノプラントサービスに商号変更[3]
- 本社を東京都江東区新砂(東陽町)に移転[1]
- 本社移転[3]
- 福島県いわき市にいわき工場を開設[1]
- 愛知県名古屋市に中部オルガノ商事を設立[1]
- 東北オルガノ商事と中部オルガノ商事を設立しいわき工場を新設[3]
- オルガノローディアフードテクノを設立[3]
- 中国江蘇省蘇州市にオルガノ(蘇州)水処理を設立[1]
- オルガノ(蘇州)水処理有限公司を設立[3]
- 山下薬品工業を子会社化[1]
- 神奈川県相模原市に開発センターを開設[3]
- 台湾にオルガノ・テクノロジーを設立[3]
- オルガノエコテクノを設立[3]
- ベトナムにオルガノ(ベトナム)を設立[1]
- オルガノCO.,LTD.を設立[3]
- インドネシアに合弁会社PTラウタン・オルガノ・ウォーターを設立[1]
- ホステックを子会社化[1]
- PT Lautan Luas Tbkと合弁でPTラウタン・オルガノ・ウォーターをインドネシアに設立[3]
筆者所見
東南アジアへの進出は、新市場の開拓というより、日本の顧客が海外へ移した工場を追う布陣だった。1986年1月にマレーシア、1989年3月にタイで現地法人を設立した[3]。納入後も樹脂の交換や保守で取引が続く事業では、顧客の工場の近くに拠点が無ければ収益の後半を失う。2003年9月には蘇州に拠点を設け、中国へ広げた[3]。この拠点網が、2010年代のベトナム・インドネシアへの展開の足掛かりになった。
- [3]有価証券報告書(2026年6月25日)
2014年〜地域販社7社の吸収合併とオルガノUSAの設立
- 開発センターを相模原市に移転し総合研究所(戸田)を閉鎖[1]
- 地域統括会社6社とオルガノ山下薬品を吸収合併[1]
- 地域販社7社(北海道・東北・東京・中部・関西・九州・山下薬品)を吸収合併[3]
- インドに合弁会社ムルガッパ・オルガノ・ウォーター・ソリューションズを設立[1]
- 普通株式5株を1株に株式併合[1]
- ベトナムの第2タンロン工業団地工場が完成[1]
- アメリカにOrgano USAを設立[1]
- オルガノUSA Inc.を設立[3]
- 開発センターに新実験棟を増築[1]
- 普通株式1株につき4株の割合で株式分割[1]
- プライム市場へ移行[3]
- LIGHTzと資本業務提携[1]
- オルガノエコテクノを吸収合併[3]
- PTラウタン・オルガノ・ウォーターの株式を一部譲渡[3]
- インドにORGANO INDIA PRIVATE LIMITEDを設立[1]
筆者所見
2014年4月の地域販社7社の吸収合併は、1970年代から広げた販売網を本社の一つの損益に引き戻す決断だった。北海道から九州までの販社と山下薬品を同時に本体へ統合した[3]。地域ごとの子会社は販路の開拓に寄与したが、半導体工場のような大口顧客へ全国で同じ提案をするには会社の境目が妨げになる。2021年9月には米国に現地法人を置いた[3]。国内を一本化した後に米国へ出た順序は、海外の大型案件に本社が直接対応する体制を先に整えたことを示している。
- [3]有価証券報告書(2026年6月25日)