日本オルガノ商会が押さえに行ったのは製造の技術ではなく、自社が売る装置の中身そのものであった。樹脂を筒に詰めて売る業態にとって、樹脂の性能と供給量が事業の上限を決める。丸山正武社長は陸軍軍医学校でイオン交換樹脂を研究した技術者であり、装置の出来が材料に縛られることを誰よりも承知していたと推察される。三菱化成工業から買う立場を、自ら選んだ相手との取引へ組み替えた判断であった。
ただ、この提携は当面の技術格差を認めた選択でもあった。自前で樹脂を作る方針を先に採らず、輸入品を扱うところから入り、国産にこぎつけるまで6年を要している。契約の中身も、公式沿革に残る日本総代理店の一語のほかは辿れず、対価も条件も分からない。その6年のあいだに純水の装置は昭和電工の大川工場から日本電気の電子工業用高純度純水へ届いていた。他社の技術を借りる決断は、借りているあいだに何を身につけたかで後から意味が決まるといえる。