原油も精製技術も持たない会社が、持っている会社と対等の議決権を確保する。昭和4年の基本契約が定めたのは、そういう取り決めであった。三菱商事は大正13年から一手販売権を握り、輸入品の売り先を押さえていた。精製設備を用意できる外資と、販路を持つ商社が向かい合えば、どちらも相手なしには石油を国内産業にできない。折半という比率は、譲り合いではなく、持ち分が釣り合っていることの確認である。
釣り合いは長くは保たれなかった。財閥解体で三菱本社・三菱鉱業・三菱商事は持株会社の指定を受け、保有していた三菱石油株は公開処分に付されている。契約を締結した日本側の当事者は、こうして株主の座から消えた。残ったアソシエイテッド側は5度の増資すべてで新株の半分を引き受け、昭和26年9月には5名の取締役を送り込んでいる。平等の原則だけが、それを結んだ日本側の当事者を欠いたまま残った。