新日本石油の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

精製能力で差がつかない制度のもとでは、原油を運ぶ側に投資するほかなかった。1962年施行の石油業法は、政府が5年間の需要見通しから供給計画を立て、その枠内で各社に設備の新増設を許可する仕組みだった。許可が下りればフル稼働が事実上約束される反面、精製能力そのものでは差がつかない。同社は1967年3月に日本石油基地を設立し、1969年10月に鹿児島・喜入へ貯蔵能力360万キロリットルの原油中継輸送基地を築いた。信濃川河口の新潟製油所には3万5,000トン級しか入れず、ねらいは運賃にあった。2006年2月には連産品という精製の制約を前提に10年2,000億円の製油所改造に着手し、ガソリンを主産物から副産物へ落とすところまで出口の組み替えを進めた。

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