創業地新潟県
創業年1955
上場年2003
創業者※政府+電源開発+帝国石油
1955年〜 国策特殊会社として始まり民間会社へ再編された30年
1955 前身の特殊会社「石油資源開発株式会社」設立
1958 見附油田(新潟県)発見
1958 申川油田(秋田県)発見
1959 東新潟ガス田(新潟県)発見
1967 旧会社解散・石油開発公団へ業務承継
1970 公団から分離・民間会社石油資源開発㈱として再発足

1955年12月、政府の石油資源開発5カ年計画に基づき、前身となる特殊会社「石油資源開発株式会社」が設立された。半額以上(設立時約56%)を政府が出資し、戦後の日本がエネルギー資源の8割超を海外原油の輸入に頼るなか、国内の石油・天然ガス探鉱開発を国家事業として担う体制が組まれた。1958年の見附油田を皮切りに新潟・秋田で油ガス田の発見を続けたが、いずれも商業規模は小さく国内の需給を一変させるには至らなかった。1967年10月には石油開発公団へ業務が承継されて特殊会社は解散し、1970年4月に民間会社として再発足する。二度の組織転換を経てなお、政府の高い保有比率と官僚OB社長の慣行は引き継がれ、実質的な国策会社の性格が維持された。

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1990年〜 ガス供給インフラの構築と東証一部上場による民間企業化
1996 新潟・仙台間ガスパイプライン完成
2003 白根瓦斯㈱設立
2003 東京証券取引所市場第一部に株式を上場
2007 エネルギー メガ プラタマ社株式取得
2010 ㈱ジャペックスガラフ設立
2014 ジャペックス ユーケー イーアンドピー社設立
2002年3月期 連結
売上高 897億円
純利益 52億円
純利益率 5.8%
2014年3月期 連結
売上高 2,766億円
純利益 290億円
純利益率 10.5%

1996年3月、石油資源開発は新潟・仙台間ガスパイプライン(総延長251km)を完成させ、資源を発見・生産する事業者から輸送・販売まで担うインフラ事業者へと事業構造を変えた。以後も新潟のガス田から首都圏・北陸へ供給網を広げ、2003年12月には東京証券取引所市場第一部へ上場し、国策会社の性格を保ちつつ資本市場で評価を受ける民間上場企業へ移行する。1966年の北スマトラ海洋以来の海外権益への関与も上場後の財務体力で加速し、インドネシア・イラク・英領北海で取得を相次いで実行した。だが2015年3月期に売上高3,049億円・経常利益548億円を記録した業績は、油価急落で翌2016年3月期に経常利益47億円へ落ち込み、在来型生産者の油価変動への脆さを露呈した。

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2015年〜 カーボンニュートラル投資と初の生え抜き社長への転換期(2015〜現在)
2015年3月期 連結
売上高 3,049億円
純利益 296億円
純利益率 9.7%
2026年3月期 連結
売上高 3,403億円
純利益 534億円
純利益率 15.7%

2015年以降、石油資源開発は天然ガスを上流から下流まで一貫して扱うインフラ事業者となった。2015年4月設立の福島ガス発電を持分法適用関連会社として迎え、2018年3月には相馬LNG基地が操業を始めた。業績は油価に揺れ、2022年3月期にカンゲアン鉱区の減損などで純損失310億円を計上したが、翌2023年3月期は経常利益831億円へ回復する。2024年4月、通商産業省OBが社長を継いできた1955年以来の慣行を破り、1982年入社の山下通郎が初の生え抜き社長に就いた。山下社長は海外E&Pのコア資産構築を最優先に掲げ、2026年4月の「JAPEX経営計画2026-2035」で海外成長投資累計1兆1,000億円を計画し、政府保有株約38%と向き合う

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決断の理由 — クリティカルな歴史の転換点を読み解く

Q なぜ1955年に半官半民の特殊会社として設立されたのか
A 国内で見つかる油ガス田は規模が小さく、探鉱から生産までを一民間企業の採算事業として自立させるには足りなかった。このため市場の採算ではなく国策として資金を投じる主体が要り、政府が過半を出資する特殊会社という形がとられた。1955年12月、政府の石油資源開発5カ年計画に基づき前身の特殊会社「石油資源開発株式会社」が設立され、設立時に政府が約56%を出資した。戦後復興期の日本はエネルギー資源の8割超を海外原油の輸入に依存しており、国内資源の自前開発を国策として推進する仕組みが必要とされた
Q なぜ1996年に新潟・仙台間ガスパイプラインを敷いたのか
A 在来型ガス田の生産は頭打ちが見えており、発見と生産だけで完結する事業では油価変動に収益が左右され続ける。そこで川下の輸送・販売を抱え込み、価格変動の影響を緩和する収益基盤を固める狙いがあった。1996年3月、新潟県内のガス田から東北地方の都市ガス会社・大口需要家へ天然ガスを広域供給する総延長251kmの新潟・仙台間ガスパイプラインを完成させた。これにより事業は「資源を発見・生産する事業者」から「発見・生産・輸送・販売を一貫して担うインフラ事業者」へ性質を変え、長距離パイプラインの保有・運営という財務体力を要する事業領域に入った
Q なぜ2024年に初の生え抜き社長を立て海外E&Pへ1兆1,000億円を投じるのか
A 国内ガス供給網を収益源としてきたが在来型の国内生産が成熟し、これまでの収益基盤だけでは将来の生産量・埋蔵量を確保できない見通しになった。海外E&Pを次の成長源に据えるには、資本市場との対話と財務規律で投資を回す経営が要り、官僚OB社長の慣行を離れる必要があった。2024年4月、発足以来の通商産業省OB社長に代えて、1982年入社で財務畑を歩み2003年の東証上場に従事した山下通郎氏が初の生え抜き社長に就いた。山下社長はJAPEX経営計画2026-2035で米国Verdad資産を中心に海外E&P成長投資累計1兆1,000億円を計画し、国内で稼いだ資金を海外資源開発へ振り向けている

出典・参考文献

歴史概要

  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [1] 1955年12月に前身の特殊会社「石油資源開発株式会社」が設立された
    • [2] 設立時の政府出資比率は約56%(半額以上を政府が出資)
    • [3] 1958年3月の見附油田(新潟県)など新潟・秋田で油ガス田の発見が続いた
    • [4] 1967年10月に石油開発公団へ業務承継・特殊会社解散、1970年4月に民間会社として再発足した
    • [5] 1996年3月に新潟・仙台間ガスパイプライン(総延長251km)を完成させた
    • [6] 2003年12月に東京証券取引所市場第一部へ上場した
    • [7] 1966年の北スマトラ海洋設立以来の海外権益関与が上場後に加速した
    • [8] 2018年3月に相馬LNG基地(福島県)が操業を開始した
  • 石油資源開発 有価証券報告書(役員の状況)
    • [9] 2024年4月に山下通郎が石油資源開発初の生え抜き社長に就任した(通産省OB継承の慣行を転換)
  • 新経営計画説明会 質疑応答(石油資源開発, 2026年4月23日)
    • [10] 2026年4月の「JAPEX経営計画2026-2035」で海外E&P成長投資累計1兆1,000億円を計画した

決断の理由

  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [1] 1955年12月、政府の石油資源開発5カ年計画に基づき前身の特殊会社「石油資源開発株式会社」が設立された
    • [2] 設立時の政府出資比率は約56%(半額以上を政府出資)
    • [3] 戦後復興期の日本はエネルギー資源の8割超を海外原油の輸入に依存し、国内資源の自前開発を国策として推進する仕組みが必要とされた
    • [4] 1996年3月 新潟・仙台間ガスパイプライン完成
    • [5] 新潟・仙台間ガスパイプラインの総延長は251km
    • [6] パイプライン保有により事業性格が発見・生産から発見・生産・輸送・販売を一貫するインフラ事業者へ変化した
    • [7] 2024年4月 山下通郎が石油資源開発初の生え抜き社長として代表取締役社長に就任(1982年入社・財務畑・2003年東証上場に従事)
  • JAPEX経営計画2026-2035 説明資料(石油資源開発, 2026年4月)/新経営計画説明会 質疑応答(2026年4月23日)
    • [8] JAPEX経営計画2026-2035で海外E&P成長投資累計1兆1,000億円(米国Verdad資産が中心)を計画
  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】/JAPEX経営計画2026-2035 説明資料
    • [9] 国内ガス供給網を収益源としてきたが在来型の国内生産が成熟し、収益源の比重を海外E&Pへ移している