石油資源開発 の歴史

更新:

1955年、政府と電源開発・帝国石油の出資による特殊会社として発足。見附油田や勇払油ガス田の発見、2003年の東証一部上場、初の生え抜き社長までの沿革と経緯を執筆。

創業

1955年

母体

政府+電源開発+帝国石油

創業地

新潟県

直近売上高(2026/3)

3,403億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1955年に半官半民の特殊会社として設立されたのか
A 国内で見つかる油ガス田は規模が小さく、探鉱から生産までを一民間企業の採算事業として自立させるには足りなかった。このため市場の採算ではなく国策として資金を投じる主体が要り、政府が過半を出資する特殊会社という形がとられた。1955年12月、政府の石油資源総合開発五ヵ年計画に基づき前身の特殊会社「石油資源開発株式会社」が設立され、設立時に政府が約56%を出資した。戦後復興期の日本はエネルギー資源の8割超を海外原油の輸入に依存しており、国内資源の自前開発を国策として推進する仕組みが必要とされた
Q なぜ1996年に新潟・仙台間ガスパイプラインを敷いたのか
A 在来型ガス田の生産は頭打ちが見えており、発見と生産だけで完結する事業では油価変動に収益が左右され続ける。そこで川下の輸送・販売を抱え込み、価格変動の影響を緩和する収益基盤を固める狙いがあった。1996年3月、新潟県内のガス田から東北地方の都市ガス会社・大口需要家へ天然ガスを広域供給する総延長251kmの新潟・仙台間ガスパイプラインを完成させた。これにより事業は「資源を発見・生産する事業者」から「発見・生産・輸送・販売を一貫して担うインフラ事業者」へ性質を変え、長距離パイプラインの保有・運営という財務体力を要する事業領域に入った
Q なぜ2024年に初の生え抜き社長を立て海外E&Pへ1兆1,000億円を投じるのか
A 国内ガス供給網を収益源としてきたが在来型の国内生産が成熟し、これまでの収益基盤だけでは将来の生産量・埋蔵量を確保できない見通しになった。海外E&Pを次の成長源に据えるには、資本市場との対話と財務規律で投資を回す経営が要り、官僚OB社長の慣行を離れる必要があった。2024年4月、発足以来の通商産業省OB社長に代えて、1982年入社で財務畑を歩み2003年の東証上場に従事した山下通郎氏が初の生え抜き社長に就いた山下通郎社長はJAPEX経営計画2026-2035で米国Verdad資産を中心に海外E&P成長投資累計1兆1,000億円を計画し、国内で稼いだ資金を海外資源開発へ振り向けている

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1955年〜 石油資源総合開発五ヵ年計画のもとで発足し公団へ吸収された15年

  1. 1955年 前身の特殊会社「石油資源開発」設立
  2. 1958年 見附油田(新潟県)発見
  3. 1959年 東新潟ガス田(新潟県)発見
  4. 1960年 片貝ガス田(新潟県)発見
  5. 1962年 エスケイ産業設立
  6. 1967年 旧会社解散・石油開発公団へ業務承継
  7. 1970年 公団から分離・民間会社石油資源開発として再発足

国産原油が需要の3%に満たなかった時代の増産計画

1950年代前半の日本で、国産原油は石油需要の3%にも満たず[1]、輸入のために支払う外貨は膨らんでいた。国内油田の大半は帝国石油が握り、同社が国産原油の97%以上を生産していた[2]。1941年9月に帝国石油株式会社法にもとづいて政府と民間の各半額出資で設立された[3]会社であり、戦時下には日本石油や日本鉱業などの石油鉱業部門を統合して国内油田を一元的に開発した[4]経緯を持つ。終戦の年には政府出資を増やして資本金を4億6,000万円とした[5]が、1948年度の生産量は年間16万5,000キロリットル余りと創立以来の最低へ落ち込んだ[6]。秋田県八橋油田で新油層が相次いで見つかり[7]、1951年度に35万3,000キロリットル余りまで戻した[8]のが戦後の到達点であった。

    • [1]国産原油は石油需要の3%未満
    • [2]帝国石油が国産原油の97%以上を生産
    • [3]1941年9月 帝国石油株式会社法にもとづき政府・民間の各半額出資で帝国石油設立
    • [4]戦時下に日本石油・日本鉱業などの石油鉱業部門を統合し国内油田を一元的に開発
    • [5]終戦時の資本金 4億6,000万円(政府出資の増加による)
    • [6]1948年度の原油生産量 16万5,000キロリットル余り(創立以来の最低)
    • [7]秋田県八橋油田での新油層の発見・開発
    • [8]1951年度の原油生産量 35万3,000キロリットル余り(創立以来の最高)

この状況に対し、政府は国内資源開発の重要施策として石油資源総合開発五ヵ年計画を策定し[9][10]、石油資源探鉱促進臨時措置法を公布施行した[11]。年産100万キロリットルの達成を目標に掲げ、1955年度から実行に移す計画[12]で、目標は1951年度実績の3倍近い水準にあたった[13]。帝国石油も1955年3月に資本金を20億円へ増額し、20億円の社債発行を決めた[14]。そして1955年12月、計画の担い手として前身の特殊会社「石油資源開発株式会社」が設立され[15]、設立時には政府が約56%を出資した[16]

    • [1]国産原油は石油需要の3%未満
    • [2]帝国石油が国産原油の97%以上を生産
    • [3]1941年9月 帝国石油株式会社法にもとづき政府・民間の各半額出資で帝国石油設立
    • [4]戦時下に日本石油・日本鉱業などの石油鉱業部門を統合し国内油田を一元的に開発
    • [5]終戦時の資本金 4億6,000万円(政府出資の増加による)
    • [6]1948年度の原油生産量 16万5,000キロリットル余り(創立以来の最低)
    • [7]秋田県八橋油田での新油層の発見・開発
    • [8]1951年度の原油生産量 35万3,000キロリットル余り(創立以来の最高)
    • [9]政府が石油資源総合開発五ヵ年計画を策定
    • [11]石油資源探鉱促進臨時措置法の公布施行
    • [12]年産100万キロリットルの達成を目標に1955年度から実行
    • [13]目標100万キロリットルは1951年度実績35万3,000キロリットルの約3倍
    • [14]帝国石油は1955年3月に資本金20億円へ増額し社債20億円の発行を決定
    • [10]石油資源総合開発5カ年計画と会社設立を1章に立てる社史の章立て
  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [15]1955年12月 前身の特殊会社「石油資源開発株式会社」設立
    • [16]設立時の政府出資比率 約56%

新潟・秋田での相次ぐ発見と海外権益への最初の一歩

探鉱の成果は設立から3年目に現れ、1958年3月に見附油田(新潟県)[17]、同年7月に申川油田(秋田県)が見つかった[18]。1959年6月には東新潟ガス田(新潟県)[19]、1960年12月には片貝ガス田(新潟県)が続き[20]、1968年4月の吉井ガス田(新潟県)[21]まで主要な発見は5件を数えた。開発の対象は北海道・秋田・山形・新潟の4地域[22]にわたり、物理探鉱技術とさく井技術は地域別の開発とならぶ事業の柱[23]に置かれた。

  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [17]1958年3月 見附油田(新潟県)発見
    • [18]1958年7月 申川油田(秋田県)発見
    • [19]1959年6月 東新潟ガス田(新潟県)発見
    • [20]1960年12月 片貝ガス田(新潟県)発見
    • [21]1968年4月 吉井ガス田(新潟県)発見
    • [22]開発の対象地域は北海道・秋田・山形・新潟の4地域
    • [23]物理探鉱技術・さく井技術を各論の章として立てる社史の構成

国内の探鉱と並行して、1962年6月にはエスケイ産業を設立し[24]、探鉱と生産の周辺へも事業を広げた。1966年2月には北スマトラ海洋石油資源開発へ参画し[25]、のちに石油資源開発インドネシアとなってINPEXへつながる会社[26]の株主となった。1967年の時点で、海外原油の開発は第3次5カ年計画とならぶ将来の展望に掲げられていた[27]

  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [17]1958年3月 見附油田(新潟県)発見
    • [18]1958年7月 申川油田(秋田県)発見
    • [19]1959年6月 東新潟ガス田(新潟県)発見
    • [20]1960年12月 片貝ガス田(新潟県)発見
    • [21]1968年4月 吉井ガス田(新潟県)発見
    • [24]1962年6月 エスケイ産業設立
    • [25]1966年2月 北スマトラ海洋石油資源開発へ参画
    • [26]北スマトラ海洋石油資源開発は現INPEX
    • [22]開発の対象地域は北海道・秋田・山形・新潟の4地域
    • [23]物理探鉱技術・さく井技術を各論の章として立てる社史の構成
    • [27]1967年時点の将来展望に第3次5カ年計画と海外原油の開発を掲げる

発足12年での解散と民間会社としての再発足

1967年10月、政府は石油開発公団を新設し、特殊会社「石油資源開発」は解散した[28]。業務は公団の事業本部へ承継され、設立から約12年で独立した法人格は失われた[29]。公団は自ら探鉱する機関ではなく、民間企業の探鉱事業への出資・融資・債務保証を目的とし[30]、融資は事業が失敗すれば返済を要しない「成功払い」[31]を特徴としていた。設立の背景には、1967年2月の総合エネルギー調査会の初答申を受けて高まった海外での石油開発の機運[32]があり、日本企業の規模の小ささと出遅れが前提に置かれていた[33]。公団は1978年6月に石油公団へ改称された[34]

  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [28]1967年10月 石油開発公団新設・特殊会社解散、業務は公団の事業本部へ承継
    • [29]設立から解散まで約12年(1955年12月→1967年10月)
    • [30]石油開発公団は自ら探鉱せず民間企業の探鉱事業に出資・融資・債務保証を行う機関
    • [31]公団融資は失敗時に返済を要しない「成功払い」が特徴
    • [32]1967年2月 総合エネルギー調査会の初答申を受けて海外石油開発の機運が高まる
    • [33]公団設立の前提に日本企業の規模の小ささと出遅れ
    • [34]1978年6月 石油開発公団が石油公団へ改称

1970年4月、政府は石油開発公団から国内資源開発事業を再び分離し[35]、民間会社「石油資源開発株式会社」として再発足させた。旧会社の政府出資分は公団が承継した[36]ため、政府は公団を通じて過半を握る大株主として残った。3年のあいだに特殊会社から公団の一部門へ、さらに民間会社へと法人形態は二度変わった[37]。1955年の創業以来、社長にはおもに通商産業省の出身者が就いており[38]、この慣行は民間会社としての再発足を経ても続いた。

  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [35]1970年4月 公団から分離し民間会社「石油資源開発株式会社」として再発足
    • [36]旧会社の政府出資分は石油開発公団が承継
    • [37]1967年10月から1970年4月まで3年で二度の法人形態転換
    • [38]1955年の創業以来おもに通商産業省の出身者が社長に就任
  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [28]1967年10月 石油開発公団新設・特殊会社解散、業務は公団の事業本部へ承継
    • [29]設立から解散まで約12年(1955年12月→1967年10月)
    • [35]1970年4月 公団から分離し民間会社「石油資源開発株式会社」として再発足
    • [36]旧会社の政府出資分は石油開発公団が承継
    • [37]1967年10月から1970年4月まで3年で二度の法人形態転換
    • [30]石油開発公団は自ら探鉱せず民間企業の探鉱事業に出資・融資・債務保証を行う機関
    • [31]公団融資は失敗時に返済を要しない「成功払い」が特徴
    • [32]1967年2月 総合エネルギー調査会の初答申を受けて海外石油開発の機運が高まる
    • [33]公団設立の前提に日本企業の規模の小ささと出遅れ
    • [34]1978年6月 石油開発公団が石油公団へ改称
    • [38]1955年の創業以来おもに通商産業省の出身者が社長に就任

1971年〜 民間会社として再発足し長距離パイプラインでガス供給網を築いた32年

石油資源開発の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1971年 日本海洋石油資源開発設立
  2. 1971年 エスケイエンジニアリング設立
  3. 1976年 由利原油ガス田(秋田県)発見
  4. 1983年 地球科学総合研究所設立
  5. 1989年 勇払油ガス田(北海道)発見
  6. 1996年 新潟・仙台間ガスパイプライン完成

機能別の子会社整備と北海道まで広がった探鉱

民間会社として再発足したのち、同社は1971年5月に日本海洋石油資源開発[39]、同年10月にエスケイエンジニアリングを設立し[40]、1983年4月には地球科学総合研究所を加えた[41]。1962年6月に設立したエスケイ産業とあわせ、1980年代半ばまでに4社の関係会社を抱える体制[42]となった。同じ時期、公団の設立後の数年間で開発事業会社は約50社に増え[43]、三菱・住友など旧財閥系を中心に8つの統括会社が発足した[44]。1974年度には、日本の輸入原油の約10%を自主開発原油が占める[45]までになった。

  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [39]1971年5月 日本海洋石油資源開発設立
    • [40]1971年10月 エスケイエンジニアリング設立
    • [41]1983年4月 地球科学総合研究所設立
    • [42]1962年のエスケイ産業を含め1980年代半ばまでに関係会社4社
    • [43]石油開発公団の設立後数年で開発事業会社は約50社
    • [44]三菱・住友など旧財閥系を中心に統括会社8社が発足
    • [45]1974年度に自主開発原油(日の丸原油)が輸入原油の約10%を占める

国内の探鉱は北へ延び、1976年6月に由利原油ガス田(秋田県)[46]、1989年3月には勇払油ガス田(北海道)が見つかった[47]。国内の油ガス田は日本海側と北海道の在来型資源に限られ[48]、発見が続いても生産の規模を大きく変えることはなかった。二度の石油ショックは、自主開発原油であっても生産量や価格が産油国の意向に大きく左右されること[49]を明らかにした。

  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [39]1971年5月 日本海洋石油資源開発設立
    • [40]1971年10月 エスケイエンジニアリング設立
    • [41]1983年4月 地球科学総合研究所設立
    • [42]1962年のエスケイ産業を含め1980年代半ばまでに関係会社4社
    • [46]1976年6月 由利原油ガス田(秋田県)発見
    • [47]1989年3月 勇払油ガス田(北海道)発見
    • [48]国内の発見は日本海側(新潟・秋田・山形)と北海道の在来型資源に限られる
    • [43]石油開発公団の設立後数年で開発事業会社は約50社
    • [44]三菱・住友など旧財閥系を中心に統括会社8社が発足
    • [45]1974年度に自主開発原油(日の丸原油)が輸入原油の約10%を占める
    • [49]二度の石油ショックで自主開発原油も産油国の意向に左右されることが明らかになった

1プロジェクト1カンパニー方式が形づくった開発会社の群れ

戦後の日本で石油開発を担ったのは、案件ごとに設立される開発会社[50]であった。1プロジェクト1カンパニー方式と呼ばれるこの手法は、旧大蔵省と旧通産省の妥協の産物[51]とされる。1000回掘って3回しか当たらないといわれる油田開発[52]をめぐり、貸したものは他の資産を売ってでも返すべきだとする大蔵と、失敗すれば返す必要はないとする通産が対立し[53]、民間各社に本体ではなく関連会社を作らせて案件ごとに開発させる形が採られた[54]。石油公団はそれらの開発会社に出資や債務保証を行い、なかば金融機関のようになって自らの負債を膨らませた[55]

  • 週刊東洋経済 2003年12月6日号
    • [50]1案件ごとに開発会社が手がける日本固有のやり方
    • [51]1プロジェクト・1カンパニー方式は旧大蔵省と旧通産省の妥協の産物
    • [52]油田開発の成功率は1000回に3回といわれる
    • [53]大蔵省は返済を求め通産省は失敗時の返済不要を主張した
    • [54]民間各社に本体でなく関連会社を作らせ案件ごとに開発させる手法
    • [55]石油公団は開発会社への出資・債務保証でなかば金融機関化し負債を膨らませた

この仕組みのもとで、上流部門を抱える国際石油資本に相当する企業は日本に生まれなかった[56]。中東諸国と対話できる政治力、技術力、資金力のいずれも日本は持っておらず、敗戦国にその機会はなかったとする政府幹部の見方[57]もある。石油資源開発は公団出資の開発会社およそ70社のなかで長男坊と呼ばれ[58]、新潟県などの天然ガスを開発生産して、粗利の高い国産ガスを収益源に据える[59]会社であった。日本にメジャーが生まれなかった代わりにエネルギー分野で商社が育ったとする、資源エネルギー庁幹部の反論[60]もあった。

  • 週刊東洋経済 2003年12月6日号
    • [56]日本には上流部門を抱えるメジャー(国際石油資本)が存在しない
    • [57]政治力・技術力・資金力を欠き敗戦国に機会はなかったとする政府幹部の見方
    • [58]石油公団出資の開発会社は約70社で、石油資源開発は最古参の「長男坊」
    • [59]主力は新潟県などの国産天然ガスの開発生産で粗利が高い
    • [60]メジャー不在の代わりにエネルギー分野で商社が育ったとする資源エネルギー庁幹部の反論
  • 週刊東洋経済 2003年12月6日号
    • [50]1案件ごとに開発会社が手がける日本固有のやり方
    • [51]1プロジェクト・1カンパニー方式は旧大蔵省と旧通産省の妥協の産物
    • [52]油田開発の成功率は1000回に3回といわれる
    • [53]大蔵省は返済を求め通産省は失敗時の返済不要を主張した
    • [54]民間各社に本体でなく関連会社を作らせ案件ごとに開発させる手法
    • [55]石油公団は開発会社への出資・債務保証でなかば金融機関化し負債を膨らませた
    • [56]日本には上流部門を抱えるメジャー(国際石油資本)が存在しない
    • [57]政治力・技術力・資金力を欠き敗戦国に機会はなかったとする政府幹部の見方
    • [58]石油公団出資の開発会社は約70社で、石油資源開発は最古参の「長男坊」
    • [59]主力は新潟県などの国産天然ガスの開発生産で粗利が高い
    • [60]メジャー不在の代わりにエネルギー分野で商社が育ったとする資源エネルギー庁幹部の反論

新潟・仙台間251kmが加えた輸送と販売の機能

1996年3月、石油資源開発は新潟・仙台間ガスパイプラインを完成させた[61]。総延長251kmで[62]、新潟県内のガス田から東北地方の都市ガス会社や大口需要家へ天然ガスを広域に送る設備[63]であった。北海道でも、1989年に見つけた勇払の産出ガスを苫小牧と札幌へ運ぶパイプラインが敷かれ[64]、生産地と需要地を結ぶ経路が二つの地域に置かれた。

  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [61]1996年3月 新潟・仙台間ガスパイプライン完成
    • [62]新潟・仙台間ガスパイプラインの総延長 251km
    • [63]新潟県内のガス田から東北地方の都市ガス会社・大口需要家へ広域供給
    • [64]勇払パイプライン(苫小牧・札幌間)の敷設

連結の売上高は2002年3月期で897億円、経常利益は100億円[65]であった。上場前年の2003年3月期も売上高907億円・経常利益128億円[66]にとどまり、40年以上にわたる探鉱の積み重ねに比べれば事業の規模は小さかった。もっとも主力の国産天然ガスは粗利が高く[67]、上場時点の見通しでは売上高887億円に対して経常利益134億円、利益率は15%に達した[68]

  • 石油資源開発 有価証券報告書(連結)
    • [65]2002年3月期 連結売上高897億円・経常利益100億円
    • [66]2003年3月期 連結売上高907億円・経常利益128億円
  • 週刊東洋経済 2003年12月6日号
    • [67]主力の国産天然ガスは粗利が高い
    • [68]上場時点の見通しは売上高887億円・経常利益134億円・利益率15%
  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [61]1996年3月 新潟・仙台間ガスパイプライン完成
    • [62]新潟・仙台間ガスパイプラインの総延長 251km
    • [63]新潟県内のガス田から東北地方の都市ガス会社・大口需要家へ広域供給
    • [64]勇払パイプライン(苫小牧・札幌間)の敷設
  • 石油資源開発 有価証券報告書(連結)
    • [65]2002年3月期 連結売上高897億円・経常利益100億円
    • [66]2003年3月期 連結売上高907億円・経常利益128億円
  • 週刊東洋経済 2003年12月6日号
    • [67]主力の国産天然ガスは粗利が高い
    • [68]上場時点の見通しは売上高887億円・経常利益134億円・利益率15%

2003年〜 石油公団の解体をくぐり抜けた単独上場と海外権益への資金の振り向け

石油資源開発の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2003年 白根瓦斯設立
  2. 2003年 石油公団保有株の売り出しによる東証一部上場と、開発会社統合構想からの離脱 国策の担い手として統合されるか、単独で市場の評価を受けるか——石油公団廃止をめぐる進路
  3. 2007年 エネルギー メガ プラタマ社株式取得
  4. 2009年 ジャペックスエネルギーの株式取得
  5. 2010年 ジャペックスガラフ設立
  6. 2014年 ジャペックス ユーケー イーアンドピー社設立

4社統合構想から抜け出しての単独上場

小泉政権の構造改革路線に伴う特殊法人整理で、石油公団は2005年3月の廃止が決まった[69]。公団が保有する株などの資産の処分方針は、2003年3月に経済産業省の総合資源エネルギー調査会の小委員会が出した最終報告書で内定し[70]、前期末で7,701億円の欠損金を抱える公団[71]にとって株式の売却は小さくない額であった。同じ月の3月19日、公団傘下のジャパン石油開発が負債総額3,077億円で民事再生法の適用を申請した[72]。民事再生法の申請の1日前には、自主石油開発を担う「中核的企業」として国際石油開発・サハリン石油開発・ジャパン石油開発の3社が示されていた[73]

  • 週刊東洋経済 2003年12月6日号
    • [69]小泉政権の特殊法人整理で石油公団の2005年3月廃止が決定
    • [70]2003年3月 総合資源エネルギー調査会の小委員会最終報告書で公団保有資産の処分方針が内定
    • [71]石油公団の前期末欠損金 7,701億円
    • [72]2003年3月19日 ジャパン石油開発が負債総額3,077億円で民事再生法の適用を申請
    • [73]最終報告書が挙げた「中核的企業」は国際石油開発・サハリン石油開発・ジャパン石油開発の3社

資源エネルギー庁が当初描いていたのは、石油資源開発を含む4社の統合であった[74]。だが同社は2000年8月の中間報告書が出た段階から上場の準備に入り、サハリン1プロジェクトの資金調達を理由に、単独上場へ向けてエネ庁首脳への説得を重ねた[75]とされる。2003年12月10日、石油公団が保有株の一部を売り出す形で東京証券取引所市場第一部への上場を果たした[76]。新株の発行はなく、仮条件で計算すると公団には約300億円が入り[77]、公団の保有比率は65.74%から49.94%へ下がった[78]。当時の社長は、旧通産省で事務次官まで務めた棚橋祐治[79]であった。

  • 週刊東洋経済 2003年12月6日号
    • [74]資源エネルギー庁の当初構想は石油資源開発を含む開発会社4社の統合
    • [75]2000年8月の中間報告書段階から上場準備、サハリン1の資金調達を理由に単独上場を働きかけ
    • [77]新株発行はなく仮条件では石油公団に約300億円が入る見込み
    • [79]上場時の社長は旧通産省の事務次官経験者である棚橋祐治
  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [76]2003年12月10日 石油公団の保有株売り出しにより東京証券取引所市場第一部へ上場
    • [78]売り出しにより石油公団の保有比率は65.74%から49.94%へ低下
  • 週刊東洋経済 2003年12月6日号
    • [69]小泉政権の特殊法人整理で石油公団の2005年3月廃止が決定
    • [70]2003年3月 総合資源エネルギー調査会の小委員会最終報告書で公団保有資産の処分方針が内定
    • [71]石油公団の前期末欠損金 7,701億円
    • [72]2003年3月19日 ジャパン石油開発が負債総額3,077億円で民事再生法の適用を申請
    • [73]最終報告書が挙げた「中核的企業」は国際石油開発・サハリン石油開発・ジャパン石油開発の3社
    • [74]資源エネルギー庁の当初構想は石油資源開発を含む開発会社4社の統合
    • [75]2000年8月の中間報告書段階から上場準備、サハリン1の資金調達を理由に単独上場を働きかけ
    • [77]新株発行はなく仮条件では石油公団に約300億円が入る見込み
    • [79]上場時の社長は旧通産省の事務次官経験者である棚橋祐治
  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [76]2003年12月10日 石油公団の保有株売り出しにより東京証券取引所市場第一部へ上場
    • [78]売り出しにより石油公団の保有比率は65.74%から49.94%へ低下

国へ承継された政府保有株と業界再編からの距離

石油公団は2005年4月1日に廃止され、保有株は国(経済産業大臣)へ承継された[80]。2007年6月15日を受渡期日とする売出しでそのうち15.94%相当が売却され[81]、政府の保有比率は34.00%まで下がった。上場から3年半で、政府の持分は設立時の約56%から3分の1近くの水準へ下がった[82]ことになる。

上場の2年後にあたる2005年、国際石油開発と帝国石油が経営統合を選び、政府は両社を日本の石油上流企業の旗艦と位置づけた[83]。原油高騰で上流開発に必要な資金力と規模が増すなか、石油資源開発やアラビア石油、三井石油開発が単独で生き残るのは難しいという見方[84]も業界に広まっていた。石油資源開発は国際石油開発の第2位株主として12.9%を保有していた[85]が、棚橋祐治社長は「石油上流中核企業は複数あってよい。それが国の政策でもある。当社が国際石油・帝国石油に合流することは絶対ない[86]」と述べた。

  • 週刊東洋経済 2005年12月24日号
    • [83]2005年 国際石油開発と帝国石油が経営統合を選択し政府が両社をフラッグシップ企業と位置づけ
    • [84]原油高騰下で石油資源開発・アラビア石油・三井石油開発の単独存続は難しいとの業界の見方
    • [85]石油資源開発は国際石油開発の第2位株主で12.9%を保有
    • [86]棚橋祐治社長が国際石油・帝国石油への合流を否定(直接引用)
    • [80]2005年4月1日 石油公団廃止に伴い保有株は国(経済産業大臣)へ承継
    • [81]2007年6月15日受渡の売出しで15.94%相当を売却し保有比率は34.00%へ低下
    • [82]政府保有比率は設立時の約56%から2007年に34.00%へ低下
  • 週刊東洋経済 2005年12月24日号
    • [83]2005年 国際石油開発と帝国石油が経営統合を選択し政府が両社をフラッグシップ企業と位置づけ
    • [84]原油高騰下で石油資源開発・アラビア石油・三井石油開発の単独存続は難しいとの業界の見方
    • [85]石油資源開発は国際石油開発の第2位株主で12.9%を保有
    • [86]棚橋祐治社長が国際石油・帝国石油への合流を否定(直接引用)

上場で得た信用力が向かった海外権益の取得

上場の時点で資源エネルギー庁は、国内は石油資源開発、海外は中核的企業と役割が分かれていると位置づけていた[87]。だが国内中心のはずの同社では、国内重視と国際志向の路線が社内で割れている[88]とも伝えられた。2003年10月に白根瓦斯を設立した[89]のに続き、上場で得た信用力は海外の権益取得へ向かった。2007年5月、インドネシア・カンゲアン鉱区に係る英領ヴァージン諸島法人エネルギー メガ プラタマ社の株式を取得した[90]。2009年11月にはジャペックスエネルギーを傘下に収め[91]、2010年3月に中東イラクのガラフ油田事業を担うジャペックスガラフ[92]、2014年3月に英領北海アバディーン沖合を担うジャペックス ユーケー イーアンドピーを設立した[93]

  • 週刊東洋経済 2003年12月6日号
    • [87]エネ庁幹部が国内は石油資源開発・海外は中核的企業と役割分担を説明
    • [88]国内重視と国際志向の路線が社内で割れているとの指摘
  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [89]2003年10月 白根瓦斯設立
    • [90]2007年5月 エネルギー メガ プラタマ社(インドネシア・カンゲアン鉱区)の株式取得
    • [91]2009年11月 ジャペックスエネルギーの株式取得
    • [92]2010年3月 ジャペックスガラフ設立(中東イラク・ガラフ油田事業)
    • [93]2014年3月 ジャペックス ユーケー イーアンドピー設立(英領北海アバディーン沖合)

連結の売上高は2004年3月期の967億円から、2015年3月期には3,049億円へ伸びた[94]。経常利益も145億円から548億円へ増え、上場から11年で規模はおよそ3倍[95]になった。もっともセグメント別で見ると2014年3月期の売上高は日本が2,615億円、北米が147億円、中東が4億円[96]で、収益の大半はなお国内のガス事業が稼いでいた。

  • 石油資源開発 有価証券報告書(連結)
    • [94]連結売上高 2004年3月期967億円→2015年3月期3,049億円
    • [95]連結経常利益 2004年3月期145億円→2015年3月期548億円(約3倍)
    • [96]2014年3月期のセグメント売上高 日本2,615億円・北米147億円・中東4億円
  • 週刊東洋経済 2003年12月6日号
    • [87]エネ庁幹部が国内は石油資源開発・海外は中核的企業と役割分担を説明
    • [88]国内重視と国際志向の路線が社内で割れているとの指摘
  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [89]2003年10月 白根瓦斯設立
    • [90]2007年5月 エネルギー メガ プラタマ社(インドネシア・カンゲアン鉱区)の株式取得
    • [91]2009年11月 ジャペックスエネルギーの株式取得
    • [92]2010年3月 ジャペックスガラフ設立(中東イラク・ガラフ油田事業)
    • [93]2014年3月 ジャペックス ユーケー イーアンドピー設立(英領北海アバディーン沖合)
  • 石油資源開発 有価証券報告書(連結)
    • [94]連結売上高 2004年3月期967億円→2015年3月期3,049億円
    • [95]連結経常利益 2004年3月期145億円→2015年3月期548億円(約3倍)
    • [96]2014年3月期のセグメント売上高 日本2,615億円・北米147億円・中東4億円

2015年〜 油価急落と二度の巨額損失を経て初の生え抜き社長に託された経営

石油資源開発の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2015年 福島ガス発電設立
  2. 2018年 相馬LNG基地操業開始
  3. 2020年 福島ガス発電による電力販売開始
  4. 2022年 プライム市場へ移行
  5. 2024年 通産省OB社長からの交代と創業以来初の生え抜き社長の起用、下限配当引き上げによる株主還元方針の見直し 国策会社の人事慣行を継ぐか、資本市場の評価に答えるか——政府を最大株主に残したままの経営体制
  6. 2024年 ジャペックス・ノーゲ・エーエス社の株式取得

油価急落が露わにした在来型生産の収益の振れ幅

2015年3月期の連結売上高は3,049億円、経常利益は548億円[97]に達した。だが翌2016年3月期は売上高2,403億円・経常利益47億円へ落ち[98]、2017年3月期には営業利益が7億円、経常利益が22億円まで縮んだ[99]。売上高は2年で3,049億円から2,071億円へ3分の2に減り、経常利益は548億円から22億円へ25分の1[100]になった。営業利益も321億円から83億円、7億円と2年続けて落ち込んだ[101]。連結の従業員数は2015年3月期の1,818人から2017年3月期の1,825人へほぼ変わらず[102]、収益だけが縮んだ。

  • 石油資源開発 有価証券報告書(連結)
    • [97]2015年3月期 連結売上高3,049億円・経常利益548億円
    • [98]2016年3月期 連結売上高2,403億円・経常利益47億円
    • [99]2017年3月期 連結営業利益7億円・経常利益22億円
    • [100]2年で売上高は約3分の2、経常利益は約25分の1へ縮小
    • [101]連結営業利益 2015年3月期321億円→2016年3月期83億円→2017年3月期7億円
    • [102]連結従業員数 2015年3月期1,818人・2017年3月期1,825人

2018年3月期の売上高は2,306億円、経常利益は38億円にとどまり[103]、減損損失677億円を含む特別損失782億円を計上して[104]、親会社株主に帰属する当期純損失は310億円となった[105]。2021年3月期にも減損損失163億円を計上して純損失27億円を出し[106]、2022年3月期は特別利益836億円を上回る特別損失1,458億円で、ふたたび310億円の純損失を計上した[107]。2022年3月期の経常利益は437億円の黒字[108]であり、特別利益836億円には投資有価証券の売却益398億円[109]が含まれていた。

  • 石油資源開発 有価証券報告書(連結)
    • [103]2018年3月期 連結売上高2,306億円・経常利益38億円
    • [104]2018年3月期 減損損失677億円・特別損失782億円
    • [105]2018年3月期 親会社株主に帰属する当期純損失310億円
    • [106]2021年3月期 減損損失163億円・純損失27億円
    • [107]2022年3月期 特別利益836億円・特別損失1,458億円・純損失310億円
    • [108]2022年3月期 経常利益437億円
    • [109]2022年3月期 特別利益のうち投資有価証券売却益398億円
  • 石油資源開発 有価証券報告書(連結)
    • [97]2015年3月期 連結売上高3,049億円・経常利益548億円
    • [98]2016年3月期 連結売上高2,403億円・経常利益47億円
    • [99]2017年3月期 連結営業利益7億円・経常利益22億円
    • [100]2年で売上高は約3分の2、経常利益は約25分の1へ縮小
    • [101]連結営業利益 2015年3月期321億円→2016年3月期83億円→2017年3月期7億円
    • [102]連結従業員数 2015年3月期1,818人・2017年3月期1,825人
    • [103]2018年3月期 連結売上高2,306億円・経常利益38億円
    • [104]2018年3月期 減損損失677億円・特別損失782億円
    • [105]2018年3月期 親会社株主に帰属する当期純損失310億円
    • [106]2021年3月期 減損損失163億円・純損失27億円
    • [107]2022年3月期 特別利益836億円・特別損失1,458億円・純損失310億円
    • [108]2022年3月期 経常利益437億円
    • [109]2022年3月期 特別利益のうち投資有価証券売却益398億円

相馬LNG基地と発電事業でつないだ川下の機能

川下の設備はこの間も積み上がり、2015年4月には福島ガス発電が設立された[110]。2018年3月には福島県の相馬LNG基地が操業を開始し[111]、2020年4月には福島ガス発電による電力の販売が始まった[112]。1996年の新潟・仙台間パイプラインの完成から22年[113]を経て、探鉱と生産から輸送・受入基地・発電までを自社と関係会社で持つ体制となった。

  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [110]2015年4月 福島ガス発電設立
    • [111]2018年3月 相馬LNG基地(福島県)操業開始
    • [112]2020年4月 福島ガス発電による電力販売開始
    • [113]1996年3月のパイプライン完成から2018年の相馬LNG基地操業まで22年

海外では上流の資産構成が動き、2022年にサハリン1のオペレーターであるエクソンモービルが事業からの撤退を発表した[114]。フォース・マジュールが宣言されるなかで操業は続き、同社はSODECOの一株主として政府や他のパートナーと協議する立場に置かれた[115]。同じ年、米国のタイトオイル開発への投資拡大を決め、イーグルフォードなど実績のある地域へ2022年度に約1億6,000万ドルを投じる計画[116]を示した。米国子会社の年間原油生産量は2021年の12万バレルから2022年に88万バレルへ増える見通しで、売上高6,000万ドル・営業利益2,500万ドルを見込んだ[117]。2022年4月には東京証券取引所の市場区分見直しに伴い、市場第一部からプライム市場へ移った[118]

  • 石油資源開発 2022年3月期 決算説明会 質疑応答
    • [114]2022年 サハリン1のオペレーターであるエクソンモービルが撤退を発表
    • [115]フォース・マジュール宣言下でも操業を継続し、SODECOの一株主として関係者と協議
    • [116]2022年度に米国タイトオイルへ約1億6,000万ドルの投資見込み(イーグルフォード等)
    • [117]米国子会社の年間原油生産量は2021年12万バレル→2022年88万バレル、売上高6,000万ドル・営業利益2,500万ドルの見込み
  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [118]2022年4月 市場第一部からプライム市場へ移行
  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [110]2015年4月 福島ガス発電設立
    • [111]2018年3月 相馬LNG基地(福島県)操業開始
    • [112]2020年4月 福島ガス発電による電力販売開始
    • [113]1996年3月のパイプライン完成から2018年の相馬LNG基地操業まで22年
    • [118]2022年4月 市場第一部からプライム市場へ移行
  • 石油資源開発 2022年3月期 決算説明会 質疑応答
    • [114]2022年 サハリン1のオペレーターであるエクソンモービルが撤退を発表
    • [115]フォース・マジュール宣言下でも操業を継続し、SODECOの一株主として関係者と協議
    • [116]2022年度に米国タイトオイルへ約1億6,000万ドルの投資見込み(イーグルフォード等)
    • [117]米国子会社の年間原油生産量は2021年12万バレル→2022年88万バレル、売上高6,000万ドル・営業利益2,500万ドルの見込み

現預金1,919億円とPBR1倍割れに向けられた問い

2023年3月期の連結売上高は3,365億円、経常利益は831億円へ回復し[119]、2024年3月期も売上高3,259億円・経常利益688億円を保った[120]。手元の資金は積み上がり、2023年3月末の連結現預金残高は1,919億円に達した[121]。海外プロジェクト各社が持つ約450億円とグループ全体の運転資金約400億円を除いた約1,000億円[122]は、本来は投資に充てるべき資金として残った。2023年5月の決算説明会で会社側は、キャッシュの積み上がりとPBR1倍割れについて即効策は無いと述べ[123]、脱炭素の流れのなかで石油やガスを中心とする事業に将来の成長が見込みにくいという市場の評価[124]があると認めた。東京証券取引所の要請は執行役員も社外取締役も認識しているとしながら、開示の方法と時期は決まっていなかった[125]

  • 石油資源開発 有価証券報告書(連結)
    • [119]2023年3月期 連結売上高3,365億円・経常利益831億円
    • [120]2024年3月期 連結売上高3,259億円・経常利益688億円
  • 石油資源開発 2023年3月期 決算説明会 質疑応答
    • [121]2023年3月末の連結現預金残高 1,919億円
    • [122]必要資金850億〜900億円を除く約1,000億円が投資に充当されるべき資金
    • [123]キャッシュの積み上がりとPBR1倍割れに即効策は無いとの会社側見解
    • [124]脱炭素の流れで石油・ガス事業の成長が見込みにくいという市場評価を認識
    • [125]東証の要請は執行役員・社外取締役とも認識するが開示の方法と時期は未定

2024年4月、山下通郎氏が代表取締役社長に就任した[126]。1982年に入社して財務畑を歩み、2003年の東京証券取引所への上場に従事した[127]経歴を持つ。1955年の創業以来おもに経済産業省の出身者が社長に就いてきたなかで、生え抜きの社長就任は初めて[128]であった。前任の藤田昌宏氏は代表取締役会長へ移り[129]、官僚OBの会長と生え抜きの社長という体制が組まれた。就任後は海外E&P事業のコア資産の構築を最優先課題に据え、2024年5月の決算説明会では、北米セグメントの営業利益197億円が現有資産だけでは2025年にほぼ半減するとして、自ら資産を取得する方針へ改めた[130]。就任初年度の2025年3月期は、連結売上高3,891億円・経常利益642億円・親会社株主に帰属する当期純利益812億円[131]となった。2024年7月にはノルウェー法人ジャペックス・ノーゲ・エーエスの株式を取得し[132]、ノルウェー大陸棚へ足場を広げた。

  • 石油資源開発 有価証券報告書(役員の状況)
    • [126]2024年4月 山下通郎が代表取締役社長に就任
    • [129]前任の藤田昌宏は代表取締役会長へ
    • [127]山下通郎は1982年入社・財務畑・2003年の東証上場に従事
    • [128]1955年の創業以来おもに経済産業省出身者が社長に就任し、生え抜き社長は初
  • 石油資源開発 2024年3月期 決算説明会 質疑応答
    • [130]北米セグメントの営業利益197億円は現有資産では2025年にほぼ半減する見通しで、自ら資産を取得する方針へ転換
  • 石油資源開発 有価証券報告書(連結)
    • [131]2025年3月期 連結売上高3,891億円・経常利益642億円・純利益812億円
  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [132]2024年7月 ジャペックス・ノーゲ・エーエス社の株式取得

2025年、ムーディーズは格付をBaa1に据え置きつつ、アウトルックを安定的からネガティブへ変更した[133]山下通郎社長は同年5月の決算説明会で「財務の健全性を重視するクレジットサイドと、成長性を重視するエクイティサイドの当社に対する見方が今回は一致している[134]」と述べ、英領北海資産の売却と政策保有株式の売却をその考え方に沿う措置だと説明した[135]。同月13日には年間配当金の下限を1株あたり10円から40円へ引き上げ、2026年3月期から適用する[136]と公表した。40円という額は、配当性向30%を前提とする純利益約340億円が保守的な油価・為替前提でも実現できる水準[137]として決めた。2026年4月に公表した「JAPEX経営計画2026-2035」では、2031年度に生産量10万boe/d・税引後事業利益400億円を掲げ[138]、2035年度までの海外E&P成長投資を累計1兆1,000億円と置いた[139]。1兆1,000億円のうち米国が6,000億円を占め、Verdad資産の追加開発に2,000億円、新規資産の取得に4,000億円[140]を見込んだ。出発点の税引後事業利益は約190億円から200億円[141]であり、政府が約38%を持つ株主構成は当面維持することを基本とする方針[142]が示された。

  • 石油資源開発 2025年3月期 決算説明会 質疑応答
    • [133]2025年 ムーディーズが格付Baa1を維持しアウトルックをネガティブへ変更
    • [134]山下社長がクレジットとエクイティ双方の見方の一致を表明(直接引用)
    • [135]英領北海資産のダイベストメントと政策保有株式の売却を格付維持の考え方に沿う措置と説明
    • [137]下限配当40円は配当性向30%を前提とする純利益約340億円が実現可能な水準として決定
    • [136]2025年5月13日 年間配当金の下限を1株あたり10円から40円へ引き上げ(2026年3月期から適用)
  • 石油資源開発 新経営計画説明会 質疑応答(2026年4月23日)
    • [138]2031年度の生産量目標10万boe/d・税引後事業利益400億円
    • [139]2035年度までの海外E&P成長投資 累計1兆1,000億円
    • [140]海外E&P成長投資のうち米国6,000億円、Verdad資産の追加開発2,000億円・新規取得4,000億円
    • [141]現在の税引後事業利益は約190億円から200億円
    • [142]政府保有比率約38%を当面維持することを基本とする方針
  • 石油資源開発 有価証券報告書(連結)
    • [119]2023年3月期 連結売上高3,365億円・経常利益831億円
    • [120]2024年3月期 連結売上高3,259億円・経常利益688億円
    • [131]2025年3月期 連結売上高3,891億円・経常利益642億円・純利益812億円
  • 石油資源開発 2023年3月期 決算説明会 質疑応答
    • [121]2023年3月末の連結現預金残高 1,919億円
    • [122]必要資金850億〜900億円を除く約1,000億円が投資に充当されるべき資金
    • [123]キャッシュの積み上がりとPBR1倍割れに即効策は無いとの会社側見解
    • [124]脱炭素の流れで石油・ガス事業の成長が見込みにくいという市場評価を認識
    • [125]東証の要請は執行役員・社外取締役とも認識するが開示の方法と時期は未定
  • 石油資源開発 有価証券報告書(役員の状況)
    • [126]2024年4月 山下通郎が代表取締役社長に就任
    • [129]前任の藤田昌宏は代表取締役会長へ
    • [127]山下通郎は1982年入社・財務畑・2003年の東証上場に従事
    • [128]1955年の創業以来おもに経済産業省出身者が社長に就任し、生え抜き社長は初
  • 石油資源開発 2024年3月期 決算説明会 質疑応答
    • [130]北米セグメントの営業利益197億円は現有資産では2025年にほぼ半減する見通しで、自ら資産を取得する方針へ転換
  • 石油資源開発 有価証券報告書【沿革】
    • [132]2024年7月 ジャペックス・ノーゲ・エーエス社の株式取得
  • 石油資源開発 2025年3月期 決算説明会 質疑応答
    • [133]2025年 ムーディーズが格付Baa1を維持しアウトルックをネガティブへ変更
    • [134]山下社長がクレジットとエクイティ双方の見方の一致を表明(直接引用)
    • [135]英領北海資産のダイベストメントと政策保有株式の売却を格付維持の考え方に沿う措置と説明
    • [137]下限配当40円は配当性向30%を前提とする純利益約340億円が実現可能な水準として決定
    • [136]2025年5月13日 年間配当金の下限を1株あたり10円から40円へ引き上げ(2026年3月期から適用)
  • 石油資源開発 新経営計画説明会 質疑応答(2026年4月23日)
    • [138]2031年度の生産量目標10万boe/d・税引後事業利益400億円
    • [139]2035年度までの海外E&P成長投資 累計1兆1,000億円
    • [140]海外E&P成長投資のうち米国6,000億円、Verdad資産の追加開発2,000億円・新規取得4,000億円
    • [141]現在の税引後事業利益は約190億円から200億円
    • [142]政府保有比率約38%を当面維持することを基本とする方針

石油資源開発の沿革1955〜2024年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
前身の特殊会社「石油資源開発」設立
見附油田(新潟県)発見
東新潟ガス田(新潟県)発見
片貝ガス田(新潟県)発見
エスケイ産業設立
北スマトラ海洋石油資源開発設立
旧会社解散・石油開発公団へ業務承継★★
吉井ガス田(新潟県)発見
公団から分離・民間会社石油資源開発として再発足★★
日本海洋石油資源開発設立
エスケイエンジニアリング設立
由利原油ガス田(秋田県)発見
地球科学総合研究所設立
勇払油ガス田(北海道)発見
新潟・仙台間ガスパイプライン完成★★
棚橋祐治白根瓦斯設立
棚橋祐治石油公団保有株の売り出しによる東証一部上場と、開発会社統合構想からの離脱国策の担い手として統合されるか、単独で市場の評価を受けるか——石油公団廃止をめぐる進路 詳細を読む★★★
棚橋祐治エネルギー メガ プラタマ社株式取得
渡辺修ジャペックスエネルギーの株式取得
渡辺修ジャペックスガラフ設立
渡辺修ジャペックス ユーケー イーアンドピー社設立
渡辺修福島ガス発電設立
岡田秀一相馬LNG基地操業開始
藤田昌宏福島ガス発電による電力販売開始
藤田昌宏プライム市場へ移行
山下通郎通産省OB社長からの交代と創業以来初の生え抜き社長の起用、下限配当引き上げによる株主還元方針の見直し国策会社の人事慣行を継ぐか、資本市場の評価に答えるか——政府を最大株主に残したままの経営体制 詳細を読む★★★
山下通郎ジャペックス・ノーゲ・エーエス社の株式取得
出典・参考

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