ジャパンエナジーの歴史

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沿革

1905年に久原房之助氏が赤沢銅山を取得して創業した久原鉱業所が起源。

1933年の雄物川油田の出油で銅と石油を併せ持ち、1992年に共同石油を合併して精製と販売を一体にした。新日本石油との提携で両社の国内燃料油シェアは35%に達し、2010年に同社へ吸収合併された。

1912年1928年1929年1933年1965年1988年/1992年1993年2002年/2003年2010年久原鉱業1912年設立日本産業1928年持株会社に改組日本鉱業1929年鉱山・製錬を分離株式上場1933年上場共同石油1965年共同販売会社を設立日鉱共石1992年共同石油を合併決断グールド1988年銅箔メーカー買収決断ジャパンエナジー1993年商号変更日鉱金属2002年株式移転決断新ジャパンエナジー2003年石油事業を分割JXHD2010年新日本石油と統合新日本石油2010年共同株式移転
ジャパンエナジー
歴代社長と長期業績(敬称略)
2010年3月期
連結
売上高
32,337億円
売上高純利益率
0.9%
出所:有価証券報告書(新日鉱ホールディングス第8期)
売上高463億円売上高2,177億円売上高8,584億円売上高32,337億円純利益率1.9%純利益率0.7%純利益率0.9%1955/31960/31965/31970/31975/31980/31985/31990/31995/32000/32005/32010/32015/32020/32025/32030/3
  1. 久原房之助氏が茨城県の赤沢銅山を買収[1]買収
  2. 大雄院製錬所を起工[2]
  3. 久原鉱業を設立[1]
  4. 雄物川(秋田県)の石油鉱区を獲得[3]
  5. 資本金を3,000万円に増資[4]
  6. 佐賀関製錬所の操業を開始[5]
  7. 久原房之助氏が鮎川義介氏を取締役に就ける[6]
  8. 鮎川義介氏のもとで久原鉱業を大衆持株会社の形態に改め、日本産業に商号変更[5][7]商号変更
第1章久原房之助氏が日立村で開いた日立鉱山と、他山の鉱石も調達して吹く製錬所
売上高
  • 売上高
ジャパンエナジー売上高—

1929年〜日本鉱業の分離独立と在外資産の喪失

  1. 日本産業の鉱山・製錬部門を分離独立させ、日本鉱業を設立[5]
  2. 日本鉱業の株式を公開[3]
  3. 雄物川油田で出油に成功[5]
  4. 竹東油業所を開設[3]
  5. 早川石油製油工場を買収[7]買収
  6. 戦時経済の要請により石油鉱業部門を帝国石油へ譲渡[7]
  7. 日産化学工業を合併[3]
  8. 化学工業部門を日本油脂へ、石炭鉱業部門を日本炭砿へ譲渡[7]
  9. 敗戦により簿価約4億円、全資産の約半分にあたる在外資産を失う[7]
  10. 中条油業所で天然ガスの供給を開始[5]
売上高営業利益率
  • 売上高
  • 営業利益率
ジャパンエナジー1960年3月期売上高463億円売上高営業利益率n/a
安定成長期

1961年〜共同石油の設立と銅箔メーカーのグールド買収

  1. 水島製油所が操業開始[5]
  2. 貿易自由化を控え、人員整理を含む合理化を労働組合の了解のもとで実施[8]
  3. アジア石油・東亜石油と24金融機関の出資により共同販売会社の共同石油を設立[9]
  4. 石油販売部門を共同石油へ集約[5]
  5. 鹿島石油を設立[3]
  6. 丸善石油・大協石油と均等出資でアブダビ石油を設立[8]
  7. 袖ヶ浦潤滑油工場を開設[3]
  8. アジア共石を共同設立[3]
  9. ムバラス油田で原油生産開始[3]
  10. 東亜共石を設立[3]
  11. 東亜共石の経営を譲り受け知多石油が発足[5]創業
  12. 日鉱グールド・フォイルを設立[5]
  13. 共石シンガポールを設立[3]
  14. パナファーム・ラボラトリーズを共同設立[3]
  15. 磯原工場を開設[3]
  16. 円高を受けて花輪・藤ケ谷の両鉱山を閉山[10]
  17. 釈迦内鉱山を閉山[10]
  18. 米国アルコ社とCVS事業の業務提携契約を締結[3]
  19. 銅箔メーカー・グールドを10億5,000万ドルで買収[10]買収
  20. am/pmジャパンを設立[3]
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
ジャパンエナジー1985年3月期売上高11,301億円売上高当期純利益率0.6%
転換期

1992年〜共同石油の合併から新日鉱HDの設立へ

  1. 日鉱金属を分離設立[1]分社・スピンオフ・子会社上場
  2. 共同石油と合併[10]合併・経営統合
  3. 新社章と石油事業のブランドネーム「JOMO」の使用開始[3]
  4. グールドを翌年3月までに解散すると発表[11]
  5. ジャパンエナジーに商号変更[9]商号変更
  6. 潤滑油事業の合弁会社「山西日本能源潤滑油有限公司」を設立[3]
  7. グールドが解散[3]
  8. 日鉱石油化学の石油化学製品の生産にかかわる営業を譲受[3]
  9. 基本理念「エナジーの創造」を制定[3]
  10. 日鉱金属が東京証券取引所市場第一部に上場[3]上場
  11. 鹿島石油を子会社化[3]買収
  12. 日鉱マテリアルズを設立[3]
  13. 新日鉱ホールディングスの上場に伴い上場廃止[3]上場廃止
  14. 日鉱金属と持株会社設立[12]持株会社化・グループ再編
  15. 石油事業を分割し新ジャパンエナジーを設立[12]
  16. 豊羽鉱山の操業休止と委託製錬の終了により亜鉛事業から撤退[5]
  17. 新日本石油と株式移転による経営統合契約を締結
  18. 新日鉱と経営統合[5]合併・経営統合
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
ジャパンエナジー2002年3月期売上高20,834億円売上高経常利益率1.2%
出典・参考12件
出典・参考
  • [1]有価証券報告書(2010年6月28日)
  • [2]日本鉱業 五十年史「第2章 大規模経営への躍進」(1957年)
  • [3]ジャパンエナジー 公式サイト「沿革」(2026年10月)
  • [4]会社銀行八十年史「日本鉱業」(1955年)
  • [5]有価証券報告書
  • [6]日本鉱業 五十年史「第6章 久原鉱業から日本産業へ」(1957年)
  • [7]会社銀行八十年史(1955年)「日本鉱業」
  • [8]証券アナリストジャーナル 1969年7巻6号「日本鉱業の現状と将来」
  • [9]日経ビジネス「共同石油スタディ 船頭多くしてままならぬ経営安定」(1977年2月14日)
  • [10]日本産業史 第4巻(日本経済新聞社「非鉄金属鉱業-国際化に向けて再編成へ」)(1994年)
  • [11]日本産業史 第4巻(日本経済新聞社、1994年)「非鉄金属鉱業-国際化に向けて再編成へ」
  • [12]日経ビジネス「君子豹変の裏に市場の掟 ジャパンエナジーと日鉱金属が経営統合へ」(2001年11月19日)

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