出光興産の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

外部の資本も業界の協調も入れない構えを、自分から解いた。1953年5月、イラン石油の国際的な封鎖に対し、自社タンカー日章丸二世をイランへ差し向けて原油を直接輸入した。1963年11月には生産調整に反対して石油連盟を脱退し、1966年10月の調整撤廃まで単独路線を続けた。系列外の流入を締め出すため、1978年時点で全国8,100カ所のスタンドのうち1,100カ所を自社で所有している。この構えを崩したのは資金だった。2000年6月に議決権のない優先株で設立以来初めて外部資本を入れ、2005年10月には優先株を消却して普通株へ組み替え、翌2006年10月に東京証券取引所市場第一部へ上場した。個人商店を理想とした会社が外部の株主に開かれるまでに、95年かかった。

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