コスモエネルギーホールディングス の歴史

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創業 1939年
母体 新潟県下精油業者8社合同
創業地 東京都
創業
1939年9月、戦時下の石油統制のもとで新潟県下の精油業者8社が合同し、資本金125万円で大協石油が設立された。本社を東京に置き、1943年7月に四日市製油所を完成させて中核拠点とする。1949年5月に東京・大阪の証券取引所へ株式を上場し、同年8月には一般石油製品元売業の登録を受けて、精製から販売までを一貫して担う資格を得た。1986年4月に丸善石油・旧コスモ石油との3社合併でコスモ石油となり、2015年10月に持株会社のコスモエネルギーホールディングスへ上場主体を移している。
決断
合併の相手ではなく出資者を選ぶことで、単独の元売として残った。1980年7月にアジア石油と資本提携し、1989年10月には合併して国内の販売網を広げている。2014年度は原油価格が半年で115ドルから50ドル台へ落ち、在庫評価損で営業赤字に転落した。同じ時期にJXと東燃ゼネラル、出光興産と昭和シェル石油が統合へ動いたが、コスモが選んだのは2015年10月の持株会社化と、アブダビ国営石油系のIPICを2割超の筆頭株主に迎える資本構成である。2023年6月には旧村上ファンド系の大量取得に対し買収者を除くMoM決議で有事型買収防衛策の是非を株主に諮り、2024年4月に岩谷産業と資本業務提携を結んで約20%の安定株主を得た。
現況
売上の2%に満たない石油開発が、営業利益のほぼ半分を出している。2026年3月期の連結売上高は2兆6,776億円、営業利益は1,448億円。石油事業が売上2兆2,988億円で86%を占め、セグメント利益762億円を計上する。これに対し石油開発事業は売上452億円と全体の1.7%にとどまりながら、セグメント利益は652億円に達した。石油化学事業は30億円の損失、再生可能エネルギー事業は27億円の利益にとどまる。1967年12月のアブダビ首長国政府との利権協定に始まる上流権益が、精製と販売で得られる利幅の薄さを補っている。
競合
規模で3番手にとどまる元売の採算は、製油所ではなく中東の油田で決まる。東燃ゼネラル石油を取り込んで5割超のシェアを築いたENEOSホールディングスと昭和シェル石油との統合で2社目の規模を作った出光興産に対し、コスモの2026年3月期の売上高は2兆6,776億円で、国内元売のなかで最も小さい。ただし上流では順位が入れ替わる。出光の資源セグメントが売上2,035億円でセグメント利益292億円だったのに対し、コスモの石油開発は売上452億円で利益652億円を出した。1967年に大協石油が丸善石油・日本鉱業と結んだ利権協定が、精製規模で届かない差を上流の利幅で埋める構造を作った。
コスモエネルギーホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2016年3月期2026年3月期

設立ストーリー 戦時統合の大協石油から3社合併によるコスモ石油誕生まで (1939年〜)

新潟8社合同による大協石油の発足と戦後再建

1939年9月、新潟県下の精油業者8社が合同して大協石油株式会社が設立された。本社を東京に置き[1]、資本金は125万円[2]。戦時下の石油統制のもと、業者を集約して精製能力を確保する国策的な再編の一環であり、コスモエネルギーHDの最も古い源流に位置する。設立翌年代には四日市製油所の建設に着手し、1943年7月に完成させて中核拠点とした[3]。本社を東京、主力工場を四日市に置く体制は、戦後復興期から高度成長期にかけて、首都圏向け石油製品の供給拠点としての地位を後押しした。新潟8社合同という地方発の出自にもかかわらず、首都圏元売の有力プレイヤーとして再出発する基盤が整っていた。

  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1939年9月 新潟県下の精油業者8社が合同し大協石油株式会社を設立(本社東京)
    • [3]1943年7月 四日市製油所が完成
  • コスモエネルギーHD会社案内
    • [2]大協石油 設立時資本金125万円

戦後の混乱期を経て、1949年5月には大協石油株式会社として東京・大阪の各証券取引所に株式を上場した[4]。終戦から4年、産業復興と資本市場再建が進む節目の年に上場を果たし、同年8月には一般石油製品元売業の登録・認可を受けて[5]、精製から元売までの垂直統合を制度的に承認された。元売資格の取得は、原油の精製・製品の販売を一貫して担う事業者として、戦前から続く統制経済の枠組みを脱して市場経済下の事業基盤を確立する手続きでもあった。新潟8社合同という地方発の出自を持ちながら、首都圏元売の中核として再出発する形が整った。

  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
    • [4]1949年5月 大協石油が東京・大阪の各証券取引所に株式上場
    • [5]1949年8月 一般石油製品元売業の登録・認可を取得

1950年代から1960年代にかけて、大協石油は四日市製油所の拡張と関連事業の整備を並行で実行した。1958年11月には丸善石油の全額出資により丸善ガス開発(現コスモエンジニアリング)が設立され[6]、LPG事業とエンジニアリング機能の起点が築かれた。直接の系列ではないが、後の3社合併で同じグループに加わる事業会社が、1950年代後半に種を播いていた構図である。戦後の石油需要拡大局面で、精製・販売・エンジニアリングを別個に積み上げる動きが業界全体で広がり、大協石油もその一翼を担う独立企業として規模を拡張した。

  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
    • [6]1958年11月 丸善石油の全額出資により丸善ガス開発(現コスモエンジニアリング)を設立
  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1939年9月 新潟県下の精油業者8社が合同し大協石油株式会社を設立(本社東京)
    • [3]1943年7月 四日市製油所が完成
    • [4]1949年5月 大協石油が東京・大阪の各証券取引所に株式上場
    • [5]1949年8月 一般石油製品元売業の登録・認可を取得
    • [6]1958年11月 丸善石油の全額出資により丸善ガス開発(現コスモエンジニアリング)を設立
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    • [2]大協石油 設立時資本金125万円

アブダビ権益と業界再編の地ならし

1967年12月、大協石油・丸善石油・日本鉱業の3[7]社が現アブダビ首長国政府との間で利権協定を締結した。日本独自の石油上流権益を中東で確保する歴史的契約であり、翌1968年1月に3社の共同出資でアブダビ石油株式会社を設立[8]、2月には同社が利権協定と事業協定を譲り受けて事業主体となった[9]。アラビアン石油や帝国石油と並ぶ『自主開発油田』の代表的存在として、コスモグループの上流事業の中核となる権益が1967〜68年に獲得された。後にコスモ石油の海外開発事業として承継され、現在のヘイル油田を含むアブダビ陸上権益まで連なる長い系譜の起点である。

  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
    • [7]1967年12月 大協石油・丸善石油・日本鉱業の3社が現アブダビ首長国政府と利権協定を締結
    • [8]1968年1月 3社の共同出資でアブダビ石油株式会社を設立
    • [9]1968年2月 アブダビ石油が利権協定・事業協定を譲受し事業主体化

1973年と1979年の二度の石油ショックは、日本の石油業界に深刻な影響を与えた。原油価格高騰と需要急減、そして1985年12月のプラザ合意以降の円高・原油安への揺り戻しを経て、業界には合従連衡の機運が高まった。大協石油も例外ではなく、1980年7月にアジア石油との資本提携により同社株式48.7%を取得し[10]、業界再編の地ならしに着手した。1980年代前半には、丸善石油の全額出資で1982年2月に丸善松山石油(現コスモ松山石油)を設立[11]、1984年2月には大協石油の全額出資により旧コスモ石油を設立して四日市製油所を譲渡する[12]など、3社統合に向けた事業体制の再編が連続して動いた。

  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
    • [10]1980年7月 大協石油がアジア石油との資本提携により同社株式48.7%を取得
    • [11]1982年2月 丸善石油の全額出資で丸善松山石油(現コスモ松山石油)を設立
    • [12]1984年2月 大協石油の全額出資により旧コスモ石油を設立し四日市製油所を譲渡

1984年4月、丸善石油との業務提携により同社の精製子会社と旧コスモ石油が合併[13]、精製機能の一体運営が始まった。これは1986年の本格統合の前段であり、3社を1社に束ねるための精製会社の中間統合プロセスといえる。1986年2月には丸善石油の全額出資でコスモ石油潤滑油製造(現コスモ石油ルブリカンツ)が設立され[14]、潤滑油事業の体制も整備された。3社の経営統合は、製油所・販売網・潤滑油・LPGを順次統合していく形で、数年がかりの段階的プロセスとして進行した。後発の業界再編(1999年の日石三菱、2010年のJX、2017年のJXTGなどに先立つ)の先駆的事例である。

  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
    • [13]1984年4月 丸善石油の精製子会社と旧コスモ石油が合併
    • [14]1986年2月 丸善石油の全額出資でコスモ石油潤滑油製造(現コスモ石油ルブリカンツ)を設立
  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
    • [7]1967年12月 大協石油・丸善石油・日本鉱業の3社が現アブダビ首長国政府と利権協定を締結
    • [8]1968年1月 3社の共同出資でアブダビ石油株式会社を設立
    • [9]1968年2月 アブダビ石油が利権協定・事業協定を譲受し事業主体化
    • [10]1980年7月 大協石油がアジア石油との資本提携により同社株式48.7%を取得
    • [11]1982年2月 丸善石油の全額出資で丸善松山石油(現コスモ松山石油)を設立
    • [12]1984年2月 大協石油の全額出資により旧コスモ石油を設立し四日市製油所を譲渡
    • [13]1984年4月 丸善石油の精製子会社と旧コスモ石油が合併
    • [14]1986年2月 丸善石油の全額出資でコスモ石油潤滑油製造(現コスモ石油ルブリカンツ)を設立

3社合併によるコスモ石油の誕生と垂直統合の完成

1986年4月、大協石油・丸善石油・旧コスモ石油の3[15]社が合併し、商号をコスモ石油株式会社に変更した。同時に丸善松山石油の商号もコスモ松山石油に変更[16]された。戦後石油業界における最大級の再編で、首都圏の大協、関西の丸善、そして中間統合で生まれた旧コスモが一つの企業として再編された。新生コスモ石油は精製能力・販売網・関連事業すべての規模で業界中堅から大手への階段を一段上った。コスモエネルギーHDの直接的母体がここで誕生し、後の純粋持株会社化(2015年10月)までの29年間の事業基盤となる。

  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
    • [15]1986年4月 大協石油・丸善石油・旧コスモ石油の3社合併で商号をコスモ石油に変更
    • [16]同時に丸善松山石油の商号もコスモ松山石油に変更

合併直後、1986年6月にはコスモ石油の全額出資でコスモ石油ガスが設立されてLPG事業が独立運営化[17]、1987年4月にはコスモ石油潤滑油製造が旧コスモペトロテック・コスモ石油加工と合併して㈱コスモペトロテックに改称[18]、1988年10月には丸善エンジニアリングが㈱アデックと合併してコスモエンジニアリングに改称[19]と、関連事業の統合と改称が連続して動いた。3社の事業を一旦すべて子会社化したうえで機能別に再編し、コスモというブランドのもとに統一する作業が、1986〜1990年の数年がかりで完了した。

  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
    • [17]1986年6月 コスモ石油の全額出資でコスモ石油ガスを設立(LPG事業独立運営化)
    • [18]1987年4月 コスモ石油潤滑油製造が旧コスモペトロテック・コスモ石油加工と合併し㈱コスモペトロテックに改称
    • [19]1988年10月 丸善エンジニアリングが㈱アデックと合併しコスモエンジニアリングに改称

1989年10月にはコスモ石油とアジア石油が合併し[20]、1980年からの資本提携を最終的に完結させた。これによりコスモ石油は国内シェアを更に拡大し、業界中位の地位を固めた。1989年といえばバブル経済の到達点であり、原油価格は1986年の暴落後の低位安定期に入っていた。新生コスモ石油は、原油安と内需拡大の追い風を受けながら、3社統合のシナジーを引き出すフェーズに入った。垂直統合の輪郭がほぼ完成し、コスモブランドの全国展開とアブダビ権益という上流資産を併せ持つ独立系石油元売としての立ち位置が確立されたのが、1986〜1989年の数年間である。

  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
    • [20]1989年10月 コスモ石油とアジア石油が合併(1980年からの資本提携を完結)
  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
    • [15]1986年4月 大協石油・丸善石油・旧コスモ石油の3社合併で商号をコスモ石油に変更
    • [16]同時に丸善松山石油の商号もコスモ松山石油に変更
    • [17]1986年6月 コスモ石油の全額出資でコスモ石油ガスを設立(LPG事業独立運営化)
    • [18]1987年4月 コスモ石油潤滑油製造が旧コスモペトロテック・コスモ石油加工と合併し㈱コスモペトロテックに改称
    • [19]1988年10月 丸善エンジニアリングが㈱アデックと合併しコスモエンジニアリングに改称
    • [20]1989年10月 コスモ石油とアジア石油が合併(1980年からの資本提携を完結)

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コスモエネルギーホールディングスの沿革1939〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1939〜1986年戦時統合の大協石油から3社合併によるコスモ石油誕生まで新潟県下の精油業者8社が合同し大協石油を設立
四日市製油所が完成
東京・大阪の各証券取引所に株式を上場(大協石油)
一般石油製品元売業を登録・認可
丸善石油の全額出資により丸善ガス開発を設立
大協石油・丸善石油・日本鉱業の3社で現アブダビ首長国政府と利権協定を締結★★
アブダビ石油を大協石油・丸善石油・日本鉱業の共同出資で設立
アブダビ石油が3社の利権協定・事業協定を譲受
アジア石油との資本提携により同社株式48.7%を取得(大協石油)★★
大協石油の全額出資により旧コスモ石油を設立し四日市製油所を譲渡
丸善石油との業務提携により同社の精製子会社と旧コスモ石油を合併★★
大協石油・丸善石油・旧コスモ石油の3社が合併し商号をコスモ石油に変更★★
1987〜2014年コスモ石油時代の事業多角化から純粋持株会社化までの28年コスモ石油とアジア石油が合併★★
潤滑油事業をコスモペトロテックへ営業譲渡
コスモペトロテックをコスモ石油ルブリカンツに商号変更
東京コスモ石油サービスが地域販社11社と合併しコスモ石油サービスに商号変更
コスモ石油サービスがコスモアスファルト・八百善商店と合併
コスモ石油販売が東洋国際石油・東海コスモコーポレーションと合併
コスモ石油と丸善石油化学の共同出資によりCMアロマを設立
コスモ石油販売の会社分割でコスモプロパティサービスに資産・負債を譲渡
エコ・パワーの株式取得
アブダビ石油が1967年12月締結の利権更新・新鉱区追加取得の利権協定を締結
双日エネルギーを子会社化
2015〜2024年純粋持株会社化以降のOil & New戦略とアクティビスト圧力森川桂造単独株式移転によりコスモエネルギーHDを設立★★
森川桂造丸善石油化学を子会社化
桐山浩コスモエネルギー開発の全額出資によりCosmo E&P Albahriya Limitedを設立
桐山浩日揮HD・レボインターナショナルと共同でSAFFAIRE SKY ENERGYを設立
山田茂旧村上系の大量取得に対する有事型買収防衛策とMoM決議、岩谷産業による決着

コスモエネルギーホールディングスが、約20%強の株式を握った旧村上ファンド系のシティインデックスイレブンスらの買い増しに備え、2023年1月に有事型の買収防衛策を導入し、6月22日の定時株主総会で買収者を除いた株主だけで賛否を諮るMoM方式の採決に付した経営判断。防衛策は賛成59.54%で可決され、最終的に同年12月の岩谷産業による株式取得で対立は決着した。

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★★★
山田茂岩谷産業と資本業務提携契約を締結★★
出典・参考
  • コスモエネルギーホールディングス 有価証券報告書 第10期(2025年3月期)【沿革】
  • コスモエネルギーHD会社案内

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