野村マイクロ・サイエンス の歴史

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創業 1969年
母体 北興化学工業ニュクリポアー部門
創業地 東京都中央区
創業
1969年4月、米ゼネラル・エレクトリックが開発した超精密ろ過膜ニュクリポアー・メンブレンの日本・極東での独占販売を目的に、東京都中央区日本橋本石町で野村マイクロ・サイエンス株式会社が設立された。技術面の母体は北興化学工業のニュクリポアー部門で、同社は以後も1割強を持つ筆頭株主として残っている。1972年12月には米ゼネラル・エレクトリックとの合弁で製造側のNuclepore Corporationを設立して株式の23%を取得し、1973年11月には北興化学工業の人員と資産を統合して製造と販売を一体化した。1991年8月に本社と研究拠点を神奈川県厚木市へ集約し、2007年10月にジャスダック証券取引所へ上場している。
決断
膜という部品の販売から、膜を組み込んだ装置の建設へ売る単位を移した。1974年1月、米アクアメディア社の技術を導入して超純水製造システムへ参入した。フィルターとイオン交換樹脂という消耗品の継続販売を伴う事業へ組み替え、1976年3月には逆浸透膜によるパイロジェン除去システムを国内の製薬会社へ納入している。1980年7月には日揮などとの3社合弁で逆浸透装置を国産化した。1983年2月に韓国の三星半導体通信へ超純水装置を輸出して以降は、顧客の海外進出を追って現地法人を置き、1993年に韓国、1996年に米国、1997年に英国、2001年に中国へ広げている。顧客の工場が動き続ける限り消耗品が売れる関係を先に作ったことが、装置受注の増減に耐える収益を残した。
現況
1年で売上が4割減り、その減少のほぼ全部が米国子会社1社で起きた。2026年3月期の連結売上高は562億円、営業利益66億円で、売上963億円・営業利益153億円だった前期から大きく減少している。米国の売上は前期の523億円から100億円へ縮み、日本257億円、韓国91億円、中国76億円、台湾35億円が残った。中期経営計画TTT-26は2026年度に売上高1,010億円・ROE25%以上・ROIC22%以上を掲げるが、先端半導体の工場建設が一巡すると受注が数年で半減する事業特性は変わっておらず、内田誠社長は規模ではなく資本効率を経営目標の前面に据えた。
競合
1981年に超純水の市場を語った同業の講演に、この会社の名は出てこない。同年11月、40〜45%のシェアを持っていた栗田工業の中村貞夫社長は日本証券アナリスト協会で、逆浸透装置と純水装置の組み合わせにより日本電気・東芝・ソニー・日立から発注を受け、米ローム・アンド・ハースの総代理店から始まったオルガノと市場を分けていると述べている。装置メーカーへ移って10年近く、野村マイクロ・サイエンスは業界のなかで小さな存在にとどまっていた。転機は韓国で、9社に断られた末に始まった三星電子との取引が、装置の後ろに保守と消耗品が積み上がる関係を作る。産業用水を広く扱う同業と違い半導体という1業種の工場に張り付いたことが、投資の集まる時期に売上を3年で3倍へ伸ばす収益を生んだ。
野村マイクロ・サイエンス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2026年3月期

設立ストーリー GE合弁の輸入代理店から半導体超純水専業メーカーへの転換38年 (1969年〜)

米GE製超精密ろ過膜の独占販売権から始まった輸入代理店

1969年4月、米国ゼネラル・エレクトリック社(GE)開発のニュクリポアー・メンブレン(超精密ろ過膜)の日本・極東地区独占販売を目的に、東京都中央区日本橋本石町で野村マイクロ・サイエンス株式会社が設立された。北興化学工業株式会社のニュクリポアー部門が技術面の母体となり、創業時は米GE製ろ過膜の代理店として日本・東アジア市場の独占販売権を持つ輸入商社の形態であった。1972年12月にはGE社と共同でNuclepore Corporation(NPC社)を米国に設立しNPC社株式の23%を取得、上流の製造側に資本参加して販売会社から一歩立ち位置を移した。1973年11月には北興化学工業ニュクリポアー部門の人員・資産を統合し、ニュクリポアー・メンブレンと関連機器の製造販売体制を一体化した。北興化学工業はこの前後から大株主第1位の位置にあり、以後も約10%強を保有する筆頭株主であり続けている。 [1][2][3][4][5]

  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1972年12月 GE社と共同で米国にNuclepore Corporation(NPC社)を設立、NPC社株式の23%を取得
    • [2]北興化学工業はFY24時点でも筆頭株主(発行済株式の約11.49%保有)
    • [3]1969年4月 米GE開発の超精密ろ過膜の日本・極東地区独占販売を目的に東京都中央区日本橋本石町で野村マイクロ・サイエンス㈱を設立
    • [4]技術面の母体は北興化学工業のニュクリポアー部門で、創業時は米GE製ろ過膜の輸入商社形態(独占販売権)
    • [5]1973年11月 北興化学工業ニュクリポアー部門の人員・資産を統合(製造販売体制の一体化)

だが装置メーカーとしての事業転換点は、1974年1月に米アクアメディア社の超純水技術を導入して超純水製造システム事業に参入した時点である。ニュクリポアー・メンブレンは半導体製造工程の洗浄水・製薬向けろ過水の供給を担う基幹部品で、これを組み込んだ超純水製造装置を一体提供することで、消耗品(フィルター・イオン交換樹脂)の継続販売を伴うシステム事業へ事業構造を移行できた。1976年3月にはRO(逆浸透膜)によるパイロジェン(細菌の菌体成分の一部)除去システムを開発し、国内製薬会社に納入して医薬向け事業の起点も築いた。 [6][7]

  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [6]1974年1月 米アクアメディア社の超純水技術を導入し超純水製造システム事業に参入
    • [7]1976年3月 ROによるパイロジェン除去システムを開発し国内製薬会社に納入(医薬向け事業の起点)
  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1972年12月 GE社と共同で米国にNuclepore Corporation(NPC社)を設立、NPC社株式の23%を取得
    • [2]北興化学工業はFY24時点でも筆頭株主(発行済株式の約11.49%保有)
    • [3]1969年4月 米GE開発の超精密ろ過膜の日本・極東地区独占販売を目的に東京都中央区日本橋本石町で野村マイクロ・サイエンス㈱を設立
    • [4]技術面の母体は北興化学工業のニュクリポアー部門で、創業時は米GE製ろ過膜の輸入商社形態(独占販売権)
    • [5]1973年11月 北興化学工業ニュクリポアー部門の人員・資産を統合(製造販売体制の一体化)
    • [6]1974年1月 米アクアメディア社の超純水技術を導入し超純水製造システム事業に参入
    • [7]1976年3月 ROによるパイロジェン除去システムを開発し国内製薬会社に納入(医薬向け事業の起点)

韓国・台湾の半導体顧客との「装置輸出から現地子会社へ」の展開

1980年7月、逆浸透装置の国産化を図るため、日本アクアメディア株式会社(1991年8月に株式会社ナムテックに商号変更)を米アクアメディア・日揮株式会社(現日揮ホールディングス株式会社)・野村マイクロ・サイエンスの3社合弁で設立した(野村マイクロ・サイエンス出資比率33.3%)。RO装置の国産化は、米国メーカーからのライセンス受入を土台に日本市場向けへ製品を現地化する転換点で、輸入販売から国内生産へ供給構造を一段移した。プラントエンジニアリングの日揮を合弁先に取り込んだことは、半導体・化学プラント領域の取引網拡大にもつながり、後にナムテックは2006年1月に野村マイクロ・サイエンスへ吸収合併されグループに一体化した。 [8][9]

  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [8]1980年7月 日本アクアメディア㈱(後の㈱ナムテック)を米アクアメディア・日揮との3社合弁で設立(出資33.3%)
    • [9]ナムテックは2006年1月に野村マイクロ・サイエンスへ吸収合併された

1983年2月、韓国三星半導体通信(当時)に超純水装置を輸出し韓国市場に進出した。三星電子は1980年代以降に半導体DRAM市場で日本メーカーを追い抜く成長を遂げ、その製造工程に必要な超純水装置を野村マイクロ・サイエンスが継続供給する関係が成立した。以後の海外展開は、韓国メーカーの海外進出を追って野村マイクロ・サイエンスが現地法人を設立する構造で動いた。1993年12月には三星電子からのメンテナンス受注のため韓国に合弁会社株式会社野村テクノを設立(出資比率50%、1999年8月に株式会社野村コリアへ商号変更、現在は出資比率100%)し、韓国メンテナンス拠点を整えた。 [10][11]

  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [10]1983年2月 韓国三星半導体通信(当時)に超純水装置を輸出し韓国市場に進出
    • [11]1993年12月 三星電子向けメンテナンス受注のため韓国に合弁会社㈱野村テクノを設立(出資50%)

1996年1月には三星電子の米国進出に伴い米国に100%子会社野村マイクロ・サイエンスUSA, Inc.を、1997年9月には韓国・LG半導体の英国進出に伴い英国に野村マイクロ・サイエンスUK Ltd.を設立した(両社とも後に清算)。1987年7月には台湾・極水股份有限公司に超純水装置を納入して台湾市場に進出、1995年5月に台湾支店を開設(2015年10月閉鎖)した。1991年8月には本社・研究拠点を厚木市岡田に集約し新社屋を建設した。1977年7月に日本橋鍛冶町、1981年2月に東京都千代田区大手町と本社を移した後、厚木への移転で所在地が定着し、創業地・東京都中央区日本橋本石町を離れて装置開発・営業・管理を一拠点に集約した運営体制が整った。神奈川県厚木市の本社所在は現在まで続いている。 [12][13][14][15][16][17]

  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [12]1996年1月 米国に100%子会社野村マイクロ・サイエンスUSA, Inc.を設立(後に清算)
    • [13]1997年9月 英国に100%子会社野村マイクロ・サイエンスUK Ltd.を設立(後に清算)
    • [14]1987年7月 台湾・極水股份有限公司に超純水装置を納入し台湾市場に進出
    • [15]1995年5月 台湾支店を開設(2015年10月閉鎖)
    • [16]1991年8月 本社・研究拠点を厚木市岡田に集約し新社屋を建設
    • [17]本社移転の経緯:1977年7月 日本橋鍛冶町/1981年2月 大手町
  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [8]1980年7月 日本アクアメディア㈱(後の㈱ナムテック)を米アクアメディア・日揮との3社合弁で設立(出資33.3%)
    • [9]ナムテックは2006年1月に野村マイクロ・サイエンスへ吸収合併された
    • [10]1983年2月 韓国三星半導体通信(当時)に超純水装置を輸出し韓国市場に進出
    • [11]1993年12月 三星電子向けメンテナンス受注のため韓国に合弁会社㈱野村テクノを設立(出資50%)
    • [12]1996年1月 米国に100%子会社野村マイクロ・サイエンスUSA, Inc.を設立(後に清算)
    • [13]1997年9月 英国に100%子会社野村マイクロ・サイエンスUK Ltd.を設立(後に清算)
    • [14]1987年7月 台湾・極水股份有限公司に超純水装置を納入し台湾市場に進出
    • [15]1995年5月 台湾支店を開設(2015年10月閉鎖)
    • [16]1991年8月 本社・研究拠点を厚木市岡田に集約し新社屋を建設
    • [17]本社移転の経緯:1977年7月 日本橋鍛冶町/1981年2月 大手町

中国市場進出とジャスダック上場──輸出装置メーカーへの完成

2001年2月、台湾Hantech社との合弁で中国に上海野村水処理国際貿易有限公司を設立(野村マイクロ・サイエンス出資比率70%、後にHantech社へ持分譲渡)し、中国市場進出の起点を作った。2006年1月には台湾Hantech社との合弁で中国に上海野村水処理工程有限公司を設立(出資比率70%、現100%)し、中国生産・施工拠点を整えた。2006年は野村マイクロ・サイエンスの業容拡大が並列的に進行した年で、ナムテックとアグルー・ジャパンを野村マイクロ・サイエンスに吸収合併(グループ再編・事業一体化)、米国に100%子会社野村マイクロ・サイエンスUSA Ltd.,Coを設立(米国再進出)、シンガポールにも100%子会社(後に2008年12月清算)、野村ピュアを吸収合併──と組織再編と国際展開が同時進行した。 [18][19][20][21]

  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [18]2001年2月 台湾Hantech社との合弁で中国に上海野村水処理国際貿易有限公司を設立(出資70%)
    • [19]上海野村水処理国際貿易有限公司の出資持分は後にHantech社へ譲渡(2006年12月)
    • [20]2006年1月 台湾Hantech社との合弁で中国に上海野村水処理工程有限公司を設立(出資70%・現100%)
    • [21]2006年 ナムテック・アグルー・ジャパン吸収合併/米国USA Ltd.,Co設立/シンガポール子会社設立(2008年12月清算)/野村ピュア吸収合併

2007年10月、ジャスダック証券取引所(現東京証券取引所JASDAQスタンダード)に株式を上場した。創業から38年で公開市場入りを果たし、輸入代理店から半導体・FPD・製薬向け超純水装置の専業メーカーへの長い転換がいったん区切りを迎えた。上場時のFY06(2007年3月期)の連結売上高は272億円、FY05(2006年3月期)は185億円で、海外比率を含む装置受注を主軸とした事業構造が固まっていた。米GE製ろ過膜の輸入販売事業から半世紀近くを経て上場装置メーカーへ転換した経路は、戦後日本の輸入技術導入型の独立装置メーカーが歩んだ典型的な軌跡である。 [22][23]

  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [22]2007年10月 ジャスダック証券取引所(現東証JASDAQスタンダード)に株式を上場
    • [23]創業(1969年)から上場(2007年)まで38年
  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [18]2001年2月 台湾Hantech社との合弁で中国に上海野村水処理国際貿易有限公司を設立(出資70%)
    • [19]上海野村水処理国際貿易有限公司の出資持分は後にHantech社へ譲渡(2006年12月)
    • [20]2006年1月 台湾Hantech社との合弁で中国に上海野村水処理工程有限公司を設立(出資70%・現100%)
    • [21]2006年 ナムテック・アグルー・ジャパン吸収合併/米国USA Ltd.,Co設立/シンガポール子会社設立(2008年12月清算)/野村ピュア吸収合併
    • [22]2007年10月 ジャスダック証券取引所(現東証JASDAQスタンダード)に株式を上場
    • [23]創業(1969年)から上場(2007年)まで38年

上場直後のリーマンショックとアジア半導体投資縮小──3期連続赤字

JASDAQ上場直後の2008年9月、リーマンショックが半導体製造装置メーカー各社の業績を直撃した。FY08(2009年3月期)の連結売上高は214億円とFY07の250億円から14.5%減、続くFY09(2010年3月期)は114億円とFY08比46.9%減・経常損失5億円となり、上場後初の赤字決算となった。FY10(2011年3月期)は220億円・経常利益7億円と一時的な回復を示したが、FY12(2013年3月期)133億円・経常赤字、FY13(2014年3月期)150億円・経常赤字、FY14(2015年3月期)121億円・営業赤字5.5億円と、3期連続で純損失を計上した。創業以来の最大の業績悪化局面となり、装置受注主体の収益振動の幅が大きい事業特性が顕在化した。

赤字の主因は二つあった。第一に、リーマンショック後の世界半導体投資縮小により装置受注が急縮小した一方で、グローバル子会社網と研究開発投資は固定費として残った。創業以来の三星電子・LG半導体・台湾顧客向け装置取引が、製造業の設備投資判断に直接連動する構造で、需要振動の幅が経営に重く乗った。第二に、2006〜2007年の事業拡大期に整備したアジア・米国子会社網の維持コストが、装置受注縮小局面では収益圧迫要因となった。

八巻由孝氏在任中の事業再生──素材・樹脂技術と海外開発体制

横川收氏が代表取締役社長執行役員に就任し、千田豊作氏は取締役へ移った。3期連続赤字の最終年であるFY14(2015年3月期)は売上121億円・営業赤字5.5億円だったが、横川氏在任中のFY15(2016年3月期)は売上178億円・営業黒字3.2億円へ転じ、赤字局面を脱した。ただし黒字を継続的な収益力へ引き上げる推進力は、2017年2月に代表取締役社長へ就任した八巻由孝氏(1957年4月生、住友ベークライト出身、1985年野村マイクロ・サイエンス入社)が担った。 [24]

  • 日刊工業新聞 2017年2月15日(野村マイクロ・サイエンス 社長に八巻由孝氏)
    • [24]2017年2月 八巻由孝氏(1957年4月生・住友ベークライト出身・1985年野村マイクロ・サイエンス入社)が代表取締役社長に就任

八巻氏は東京理科大院工学研究科修了(1982年)後、住友ベークライト株式会社に入社後、1985年に野村マイクロ・サイエンスへ転じた生え抜き経営者である。住友ベークライト時代の樹脂・素材技術のバックグラウンドを活かし、超純水装置の薄膜・流体制御技術の高度化に注力した。同氏在任中のFY16(2017年3月期)売上165億円・営業利益7.7億円、FY17(2018年3月期)売上216億円・営業利益12.4億円、FY18(2019年3月期)売上251億円・営業利益12.1億円、FY19(2020年3月期)売上210億円・営業利益18.5億円と、上場後の収益力が改善した。 [25]

  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [25]八巻由孝氏は1982年東京理科大院工学研究科修了後に住友ベークライト㈱入社、1985年に野村マイクロ・サイエンスへ転じた生え抜き経営者

2011年11月に韓国に株式会社NAD(後に野村マイクロ・サイエンスコリアに統合)を設立して海外R&D拠点を整備し、2013年11月に韓国京畿道華城市に研究所を設置した。海外顧客に近い場所での研究開発体制は、半導体メーカーが要求する微細化対応の超純水水質管理を継続的に高度化する土台だった。2018年12月にはAEO制度における『特定輸出者』の承認を取得し、輸出貿易の通関効率化も行った。八巻氏在任中の最大の成果は、米国子会社野村マイクロ・サイエンスUSA Ltd.,Coの位置づけの転換である。 [26][27][28]

  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [26]2011年11月 韓国に㈱NAD(後に野村マイクロ・サイエンスコリアに統合)を設立し海外R&D拠点を整備
    • [27]2013年11月 韓国京畿道華城市に研究所を設置
    • [28]2018年12月 AEO制度における『特定輸出者』の承認を取得
  • 日刊工業新聞 2017年2月15日(野村マイクロ・サイエンス 社長に八巻由孝氏)
    • [24]2017年2月 八巻由孝氏(1957年4月生・住友ベークライト出身・1985年野村マイクロ・サイエンス入社)が代表取締役社長に就任
  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [25]八巻由孝氏は1982年東京理科大院工学研究科修了後に住友ベークライト㈱入社、1985年に野村マイクロ・サイエンスへ転じた生え抜き経営者
    • [26]2011年11月 韓国に㈱NAD(後に野村マイクロ・サイエンスコリアに統合)を設立し海外R&D拠点を整備
    • [27]2013年11月 韓国京畿道華城市に研究所を設置
    • [28]2018年12月 AEO制度における『特定輸出者』の承認を取得

FY20売上303億円とプライム市場移行による急成長軌道入り

FY20(2021年3月期)の連結売上高は303億円とFY19の210億円から44.4%増、営業利益39.7億円・純利益26.2億円と上場後の最高水準を更新した。リーマンショック後の3期連続赤字からの回復が完了し、FY21(2022年3月期)売上319億円・営業利益44.3億円、FY22(2023年3月期)売上496億円・営業利益65.5億円と、半導体投資の世界的拡大局面を捉えて成長軌道に入った。背景には、5Gスマートフォン・AIサーバー・データセンター向けの先端半導体需要が世界的に拡大し、TSMC・三星電子・Intel・マイクロン等の半導体メーカーが米国・アジアで設備投資を計画したことがある。

2020年5月に東京証券取引所JASDAQから同取引所市場第二部に市場変更、2021年6月に市場第一部銘柄に指定、2022年4月の市場区分見直しに伴いプライム市場へ移行と、市場区分が上昇した。半導体・FPD・製薬向け超純水装置の専業メーカーとして、機関投資家比率の上昇に応じた市場での評価ステージアップが続いた。八巻氏の退任は2023年4月で、引継ぎを受けた内田誠氏(三菱レイヨン出身、現三菱ケミカル)が代表取締役社長執行役員に就任した。八巻体制6年は、上場直後のリーマンショック・3期連続赤字からの回復と、半導体投資ピーク取り込みの起点形成という二つの転換を担い終えた。 [29][30][31][32]

  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [29]2020年5月 東証JASDAQから市場第二部に市場変更
    • [30]2021年6月 東証市場第一部銘柄に指定
    • [31]2022年4月 市場区分見直しに伴いプライム市場へ移行
  • 月刊経団連 2023年9月
    • [32]八巻氏の退任は2023年4月、内田誠氏(三菱レイヨン出身・現三菱ケミカル)が代表取締役社長執行役員に就任
  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
    • [29]2020年5月 東証JASDAQから市場第二部に市場変更
    • [30]2021年6月 東証市場第一部銘柄に指定
    • [31]2022年4月 市場区分見直しに伴いプライム市場へ移行
  • 月刊経団連 2023年9月
    • [32]八巻氏の退任は2023年4月、内田誠氏(三菱レイヨン出身・現三菱ケミカル)が代表取締役社長執行役員に就任

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野村マイクロ・サイエンスの沿革1969〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1969〜2006年GE合弁の輸入代理店から半導体超純水専業メーカーへの転換38年東京都中央区日本橋本石町で設立
GE社と共同でNuclepore Corporation(NPC)を設立しNPC社株式23%を取得
北興化学工業のニュクリポアー部門の人員・資産を統合
米GE製ろ過膜の輸入販売から超純水製造システムへの転換と、米アクアメディア社からの技術導入

1974年1月、米ゼネラル・エレクトリック社製の超精密ろ過膜を輸入販売してきた野村マイクロ・サイエンスが、米アクアメディア社から超純水技術を導入し、膜を組み込んだ超純水製造システムを設計・施工して売る装置メーカーへ業態を移した経営判断。

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★★★
超純水製造システム事業に参入★★
ROによるパイロジェン除去システムを開発し国内製薬会社に納入
アクアメディア・日揮との合弁で日本アクアメディアを設立
本社を移転
韓国三星半導体通信に超純水装置を輸出★★
GEとともにNPC社株式をスウェーデン・ボニエールグループに譲渡
台湾・極水股份有限公司に超純水装置を納入
新社屋を厚木市岡田に建設し本社を移転
三星電子向けメンテナンス受注のため韓国に野村テクノを合弁設立(出資50%)
100%子会社野村マイクロ・サイエンスUSAを設立(2002年5月清算)
ピュアレックスとの合弁で野村ピュアを設立(出資71%)
ナムテックを100%子会社化
オーストリア・アグルー社との合弁でアグルー・ジャパンを設立(出資80%)
千田豊作Hantech社との合弁で中国に上海野村水処理国際貿易有限公司を設立(出資70%)
千田豊作Hantech社との合弁で中国に上海野村水処理工程有限公司を設立
2007〜2022年リーマンショック後の3期連続赤字と八巻氏在任中の半導体投資ピーク取り込み千田豊作ジャスダック証券取引所に株式を上場
千田豊作クラレとの合弁でクラレアクアを設立(出資45%・2012年3月合弁解消)
千田豊作野村微科學工程股份有限公司を設立(出資100%)
千田豊作NADを設立(出資100%)
千田豊作上海野村水処理工程有限公司が広州支店を開設
千田豊作NADが研究所を新設
八巻由孝野村マイクロ・サイエンスVietnamを設立(出資100%・2021年3月清算決議)
2023〜2026年内田誠氏在任中のAI半導体投資ピーク取り込みとTTT-26中計八巻由孝水翼(上海)成套工程有限公司の全出資持分を取得
八巻由孝野村(上海)水処理工程技術有限公司に商号変更
内田誠野村マイクロ・サイエンスSingaporeを設立(出資100%)
内田誠上海野村水処理工程有限公司が野村(上海)水処理工程技術有限公司を吸収合併
出典・参考
  • 野村マイクロ・サイエンス 有価証券報告書(2025年3月期)【沿革】
  • 日刊工業新聞 2017年2月15日(野村マイクロ・サイエンス 社長に八巻由孝氏)
  • 月刊経団連 2023年9月
  • フィスコ 2026年6月24日

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