ブルドックソース の歴史

創業

1902年

創業者

小島仲三郎

創業地

東京都中央区

直近売上高(2026/3)

147億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1902年創業のブルドックソースはソース単品・関東中心という狭い事業構造を選んだのか
A 1902年に小島仲三郎氏が東京で食品卸の三澤屋商店として創業し、1905年からウースターソースを範に日本人の味覚へ寄せた中濃ソースの製造販売に入ったのが原型である。明治屋やカゴメが先行する市場で、関東の好みに合わせた中濃という後発の棲み分けを選んだため、原料のたまねぎやりんごを関東近郊で調達し、東京・神奈川・埼玉・千葉の食卓へ届ける狭い地理圏で需要と供給が完結した。1935年新設の鳩ヶ谷一工場で単品を量産する身軽な構造が、固定費を抑えた高い限界利益率を生んだ
Q なぜ2007年にブルドックソースは買収防衛策を発動してまでスティール・パートナーズの買収を退けたのか
A きっかけは、1954年の会社更生法から1959年の更生債務一掃までの五年で根づいた財務方針である。利益剰余金を厚く積み有利子負債を持たず換金性の高い資産を温存した結果、2007年3月期末で現預金18億円・土地27億円・投資有価証券84億円を抱え自己資本比率は75.75%に達し、米系ファンドのスティール・パートナーズに保有比率10.25%まで買い進まれ公開買付を提案された。資産価値が株価に映らない構造を突かれたため、ブルドックソースは新株予約権無償割当でスティールの比率を希薄化させ、2007年8月に最高裁が適法と判断した
Q なぜ2023年に石垣幸俊氏(社長)は創業地の鳩ケ谷工場を閉鎖し館林へ集約したのか
A 1935年開設の鳩ヶ谷工場は周囲の宅地化で拡張が難しく、1998年新設の館林工場との3拠点併存で固定費が膨らんでいたため、石垣幸俊社長は2工場体制への集約を選んだ。第10次中期経営計画B-UP120のもと総額99億円規模を投じ、2023年9月に操業88年の鳩ケ谷工場の生産を終え、2025年には同工場を売却した。創業地の主力拠点をたたむこの判断は、単品を一工場で磨いてきた創業以来の生産構造の組み替えにあたり、富留得客食品(上海)の連結子会社化やベトナム市場調査と合わせ関東家庭用に閉じた商圏を国外へ広げる準備でもある

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1902年〜 三澤屋商店の創業と、関西進出の失敗が招いた会社更生法

  1. 1902年 食料品卸商三澤屋商店として創業
  2. 1905年 ソースの製造販売を開始
  3. 1926年 京橋区永島町にブルドックソース食品を設立
  4. 1931年 本社を京橋区八丁堀に移転
  5. 1934年 本社を日本橋兜町に移転
  6. 1935年 鳩ヶ谷工場を新設
  7. 1954年 会社更生法による再建と、以後の無借金・手元流動性重視という財務体質の定着 破綻の記憶は、いかにして無借金・換金性資産温存の財務体質を生んだか

食料品卸から家庭用ソース専業への分岐

ブルドックソースは1902年、小島仲三郎氏が東京で食料品卸商の三澤屋商店を興した[1]ことに始まる。三澤屋商店は1905年にソースの製造販売を開始[2]し、洋風調味料を扱う卸から製造へ踏み込んだ。1926年9月21日[3]には、個人企業であった三澤屋商店を母体としてブルドックソース食品を京橋区永島町に設立[4]し、商標をブルドックのマークに改めて営業を開始した[5]。本社は1931年12月に京橋区八丁堀へ、1934年5月に日本橋兜町へ移り[6]、1935年6月には埼玉県に鳩ヶ谷工場を新設した[7]。1940年10月には商号をブルドック食品へ[8]改めた。

  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1902年 小島仲三郎が東京で食料品卸商の三澤屋商店を創業
    • [2]1905年 ソースの製造販売を開始
    • [4]1926年9月 京橋区永島町にブルドックソース食品を設立(三澤屋商店の製造部門を分離)
    • [6]1931年12月 本社を京橋区八丁堀へ移転、1934年5月 本社を日本橋兜町へ移転
    • [7]1935年6月 埼玉県に鳩ヶ谷工場を新設
    • [8]1940年10月 ブルドック食品に商号変更
    • [3]設立は大正15年(1926年)9月21日
    • [5]個人企業であった三沢屋商店を母体としてブルドックソース食品として設立し、商標をブルドックのマークに改め営業を開始

1944年3月、外来語の使用が禁じられたため社名を三澤工業へ変え、1945年12月に再びブルドック食品へ戻した[9]。戦中および戦後の一時期は原料の入手難から生産を中止しており[10]、その時期を除けば業績は順調だった。1952年7月には本社を中央区日本橋兜町11番5号へ移し[11]、以後この地を本店としている。1935年6月に開いた鳩ヶ谷工場は、1998年4月に群馬県の館林工場が加わるまで、同社のソース生産を担う唯一の拠点[12]であり続けた。上場を申請した1973年の時点でも、事業所は本社と鳩ケ谷工場の二つ[13]にとどまった。

  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [9]1944年3月 外来語使用禁止により社名を三澤工業へ商号変更、1945年12月 再びブルドック食品へ商号変更
    • [11]1952年7月 本社を中央区日本橋兜町11番5号へ移転
    • [12]1998年4月 群馬県に館林工場を新設(それまで鳩ヶ谷工場が唯一の生産拠点)
    • [10]原料の入手難から生産を中止した戦中および戦後の一時期を除いて業績は順調
    • [13]おもな事業所は本社および鳩ケ谷工場
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1902年 小島仲三郎が東京で食料品卸商の三澤屋商店を創業
    • [2]1905年 ソースの製造販売を開始
    • [4]1926年9月 京橋区永島町にブルドックソース食品を設立(三澤屋商店の製造部門を分離)
    • [6]1931年12月 本社を京橋区八丁堀へ移転、1934年5月 本社を日本橋兜町へ移転
    • [7]1935年6月 埼玉県に鳩ヶ谷工場を新設
    • [8]1940年10月 ブルドック食品に商号変更
    • [9]1944年3月 外来語使用禁止により社名を三澤工業へ商号変更、1945年12月 再びブルドック食品へ商号変更
    • [11]1952年7月 本社を中央区日本橋兜町11番5号へ移転
    • [12]1998年4月 群馬県に館林工場を新設(それまで鳩ヶ谷工場が唯一の生産拠点)
    • [3]設立は大正15年(1926年)9月21日
    • [5]個人企業であった三沢屋商店を母体としてブルドックソース食品として設立し、商標をブルドックのマークに改め営業を開始
    • [10]原料の入手難から生産を中止した戦中および戦後の一時期を除いて業績は順調
    • [13]おもな事業所は本社および鳩ケ谷工場

関西進出の失敗と会社更生法による再建

関西進出計画の失敗などを原因として経営が行き詰まり[14]、1954年に会社更生法の適用を受けた[15]。後年に社長を務めた佐藤和雄氏は、この破綻を「会社更生法の適用を受けるに至ったのは、事業そのものの失敗ではなかった。創立者の二代目が株に興味を持って、そんな個人的な問題から会社更生法の適用を受けるようになったわけです」と振り返っている。佐藤氏は自らを「その当時この会社に席を置いていなかった」と断りつつ、更生法の適用を受けた社員が「非常にショックを受けたのではないか」と述べ、商品そのものが調味料という地味なものであったため会社の性格も同様の傾向があった[17]と語った。 [16]

再建にあたった佐藤和雄氏は、破綻を「契機に堅実な、石橋を叩くような経営体制を取ってきました[18]」と述べている。人については「社員に働く意欲、生きがいを与えて、内部から盛り上がる力を養成しようと努めました[19]」と語った。更生の過程では更生債権が株式へ振り替えられた[20]。堅実な経営方針と、国民の食生活が洋風化して需要が増えたことが重なり、再建計画は当初の予定を上回って進み、1959年に更生債務を一掃した[21]。更生手続を抜けた同社は、鳩ヶ谷の一工場でソースを作る体制を保ったまま、関東・東北・北海道へ販売を築いた[22]

    • [14]関西進出計画の失敗などを原因として経営が行き詰まった
    • [15]昭和29年(1954年)に会社更生法の適用を受けた
    • [20]資本の変遷に更生債権振替の記載
    • [21]堅実な経営方針と食生活の洋風化による需要増で再建計画は当初予定を上回って推移し、昭和34年(1959年)に更生債務を一掃
    • [22]その後は関東・東北・北海道に販売を築いた
    • [16]会社更生法の適用は事業の失敗ではなく創立者の二代目の株式投資という個人的問題が原因と佐藤和雄・当時社長が証言
    • [17]佐藤和雄・当時社長は更生法適用時に在籍しておらず、社員が非常にショックを受けたと述べ、商品が調味料という地味なもので会社の性格も同様の傾向があったと証言
    • [18]佐藤和雄・当時社長は更生法を契機に堅実な、石橋を叩くような経営体制を取ってきたと証言
    • [19]佐藤和雄・当時社長は社員に働く意欲・生きがいを与え内部から盛り上がる力を養成しようと努めたと証言

1960年〜 商号の統一と東証二部上場、関東家庭用に偏った事業

ブルドックソースの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1962年 社名をブルドックソースに商号変更
  2. 1972年 三澤屋商店を吸収合併
  3. 1973年 東京証券取引所市場第二部に上場
  4. 1976年 本社社屋新築
  5. 1985年 子会社サンワフーズを設立
  6. 1998年 館林工場を新設(第1期工事)

商号の統一から東京証券取引所第二部への上場

1962年12月、社名をブルドックソースへ商号変更[23]し、主力商品の名を社名に重ねた。1968年には福岡事務所を建設して九州へ[24]進出した。1970年のチクロの全面使用禁止で製品の廃棄と砂糖への切り替えが生じ、原料費が高騰したが、1971年3月に実施した15%程度の製品値上げ[25]でこれを吸収した。1972年3月には三澤屋商店を吸収合併[26]し、卸と製造に分かれていた体制を一つにまとめた。1972年9月期の売上高は38億6,652万円で、カゴメの42億円に次ぐ業界第2位[27]に位置した。長期・短期の借入金は皆無で、同期の自己資本比率は62.4%[28]に達した。

  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [23]1962年12月 社名をブルドックソースに商号変更
    • [26]1972年3月 三澤屋商店を吸収合併
    • [24]昭和43年(1968年)に福岡事務所を建設し九州へ進出
    • [25]昭和45年(1970年)のチクロ全面使用禁止による製品廃棄と砂糖への切り替えで原料費が高騰、昭和46年(1971年)3月の15%程度の製品値上げで吸収
    • [27]昭和47年度(1972年9月期)の売上高38億6,652万7千円はカゴメの42億円に次ぐ業界第2位
    • [28]長・短借入金は皆無で、昭和47年9月期の自己資本比率は62.4%

1973年5月16日、東京証券取引所市場第二部に株式を上場[29]した。銘柄コードは2804、資本金は3億6,000万円で、公募120万株を1株700円[30]で出した。上場時の取締役社長は丸山豊次郎氏、専務取締役は佐藤和雄氏[31]だった。会社の目的は「ソースの製造販売」と記され、従業員は253名、取引金融機関は第一勧業銀行、決算期は9月30日に置かれていた[32]。1973年9月期の売上高は46億円、当期純利益は5.3億円[33]を計上した。1976年1月には本社社屋を新築[34]した。上場申請にあたっての公認会計士監査は、1971年9月期・1972年9月期とも適正の無限定意見[35]を受けた。

    • [29]1973年5月 東京証券取引所市場第二部に上場(上場年月日 昭和48年5月16日)
    • [30]銘柄コード2804・資本金360,000千円・公募120万株を1株700円で実施
    • [31]上場時の取締役社長は丸山豊次郎、専務取締役は佐藤和雄
    • [32]会社の目的はソースの製造販売・従業員数253名・取引金融機関は第一勧業銀行・決算期9月30日
    • [35]公認会計士監査意見は昭和46年9月期・昭和47年9月期とも適正(無限定)
  • ブルドックソース 有価証券報告書(1974年9月期)
    • [33]1973年9月期 売上高46億円・当期純利益5.3億円
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [34]1976年1月 本社社屋新築
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [23]1962年12月 社名をブルドックソースに商号変更
    • [26]1972年3月 三澤屋商店を吸収合併
    • [34]1976年1月 本社社屋新築
    • [24]昭和43年(1968年)に福岡事務所を建設し九州へ進出
    • [25]昭和45年(1970年)のチクロ全面使用禁止による製品廃棄と砂糖への切り替えで原料費が高騰、昭和46年(1971年)3月の15%程度の製品値上げで吸収
    • [27]昭和47年度(1972年9月期)の売上高38億6,652万7千円はカゴメの42億円に次ぐ業界第2位
    • [28]長・短借入金は皆無で、昭和47年9月期の自己資本比率は62.4%
    • [29]1973年5月 東京証券取引所市場第二部に上場(上場年月日 昭和48年5月16日)
    • [30]銘柄コード2804・資本金360,000千円・公募120万株を1株700円で実施
    • [31]上場時の取締役社長は丸山豊次郎、専務取締役は佐藤和雄
    • [32]会社の目的はソースの製造販売・従業員数253名・取引金融機関は第一勧業銀行・決算期9月30日
    • [35]公認会計士監査意見は昭和46年9月期・昭和47年9月期とも適正(無限定)
  • ブルドックソース 有価証券報告書(1974年9月期)
    • [33]1973年9月期 売上高46億円・当期純利益5.3億円

関東家庭用に偏っていた販売と製品の構成

上場時に示された製品別の売上構成比は、中濃ソース40.1%、とんかつソース36.2%、ウスターソース23.7%[36]で、濃厚ソースが主体だった。製品の大半は一般家庭向けで、地域別では東京を中心とした関東地方が売上高の69.1%を占め、東北地方を加えると87.2%に達した[37]。販売は全量を特約店経由で行い、主な販売先には国分・佐藤商店・明治屋・日本酒類販売[38]が並んだ。関東と関西の味に対する嗜好の相違が根強いため、この時点でも関西進出は図られて[39]いなかった。ブルドックソースはソース専業メーカーとして、関東と東北を主要な地盤に業績の拡大に努めて[40]いた。

    • [36]製品別販売実績はウスターソース23.7%・中濃ソース40.1%・とんかつソース36.2%
    • [37]製品の大半は一般家庭向け、地域別販売実績は関東地方で売上高の69.1%、東北を加えると87.2%
    • [38]販売ルートは全量特約店経由、主たる販売先は国分・佐藤商店・明治屋・日本酒類販売ほか
    • [39]関東と関西の味に対する嗜好の相違が根強いため、いまだに関西進出は図られていない
    • [40]ソース専業メーカーとして関東・東北を主要地盤に業績の拡大に努めている

高収益が現れたのは1970年代の後半で、1977年3月期の売上高は87億円・当期純利益8.0億円、1978年3月期は94億円・10億円と伸びた[41]。1979年3月期には売上高102億円・当期純利益10.3億円となり[42]、売上高純利益率は約1割に達した。1978年11月の時点で社長を務めていたのは佐藤和雄氏[43]だった。上場前の1972年9月期に38億円だった売上高[44]は、7年で2.6倍になっている。1974年9月期の売上高は60億円[45]で、上場直後の数年が伸びの中心にあたる。1972年9月期に4.5億円だった当期純利益も、1979年3月期には2.3倍[46]の10.3億円へ増えた。

  • ブルドックソース 有価証券報告書(1979年3月期)
    • [41]1977年3月期 売上高87億円・当期純利益8.0億円、1978年3月期 売上高94億円・当期純利益10億円
    • [42]1979年3月期 売上高102億円・当期純利益10.3億円(売上高純利益率約10%)
    • [46]1972年9月期 当期純利益4.5億円、1979年3月期 当期純利益10.3億円
    • [43]1978年11月時点のブルドックソース社長は佐藤和雄
  • ブルドックソース 有価証券報告書(1974年9月期)
    • [44]1972年9月期 売上高38億円
    • [45]1974年9月期 売上高60億円
    • [36]製品別販売実績はウスターソース23.7%・中濃ソース40.1%・とんかつソース36.2%
    • [37]製品の大半は一般家庭向け、地域別販売実績は関東地方で売上高の69.1%、東北を加えると87.2%
    • [38]販売ルートは全量特約店経由、主たる販売先は国分・佐藤商店・明治屋・日本酒類販売ほか
    • [39]関東と関西の味に対する嗜好の相違が根強いため、いまだに関西進出は図られていない
    • [40]ソース専業メーカーとして関東・東北を主要地盤に業績の拡大に努めている
  • ブルドックソース 有価証券報告書(1979年3月期)
    • [41]1977年3月期 売上高87億円・当期純利益8.0億円、1978年3月期 売上高94億円・当期純利益10億円
    • [42]1979年3月期 売上高102億円・当期純利益10.3億円(売上高純利益率約10%)
    • [46]1972年9月期 当期純利益4.5億円、1979年3月期 当期純利益10.3億円
    • [43]1978年11月時点のブルドックソース社長は佐藤和雄
  • ブルドックソース 有価証券報告書(1974年9月期)
    • [44]1972年9月期 売上高38億円
    • [45]1974年9月期 売上高60億円

成長の頭打ちと群馬県館林工場の新設

1980年3月期は売上高115億円・当期純利益10.8億円、1981年3月期は117億円・9.9億円[47]、1982年3月期は123億円・10.9億円、1983年3月期は122億円・11.2億円、1984年3月期は123億円・11.9億円[48]と、売上高は115億円から123億円の幅を出なかった。1985年3月期は売上高116億円・当期純利益11.0億円で減収[49]に転じた。1998年4月に館林工場が加わるまで、生産は鳩ヶ谷の一工場に集まったまま[50]だった。1985年11月には子会社サンワフーズを設立[51]した。

  • ブルドックソース 有価証券報告書(1982年3月期)
    • [47]1980年3月期 売上高115億円・当期純利益10.8億円、1981年3月期 売上高117億円・当期純利益9.9億円
  • ブルドックソース 有価証券報告書(1985年3月期)
    • [48]1982年3月期 売上高123億円・当期純利益10.9億円、1983年3月期 売上高122億円・当期純利益11.2億円、1984年3月期 売上高123億円・当期純利益11.9億円
    • [49]1985年3月期 売上高116億円・当期純利益11.0億円
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [50]1998年4月の館林工場新設まで鳩ヶ谷工場が唯一の生産拠点
    • [51]1985年11月 子会社サンワフーズを設立

1998年4月、群馬県に館林工場を新設[52]した(第1期工事)。1935年6月の開設から60年余りにわたり鳩ヶ谷工場だけがソースを作ってきた[53]体制は、ここで二工場に変わった。1999年度にあたる2000年3月期の単体売上高は142億円、当期純利益は3.5億円[54]を計上した。売上高は1985年3月期の116億円から22%増えた一方、当期純利益は11.0億円から3分の1以下に減り、売上高純利益率は9.5%から2.5%へ下がった[55]。1985年11月に設立していたサンワフーズは、2005年10月にイカリソースへ商号を変えた[56]

  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [52]1998年4月 群馬県に館林工場を新設(第1期工事)
    • [53]1935年6月 鳩ヶ谷工場を新設、1998年4月の館林工場新設まで唯一の生産拠点
    • [56]2005年10月 子会社サンワフーズをイカリソースに商号変更
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2000年3月期)
    • [54]2000年3月期 売上高142億円・当期純利益3.5億円
    • [55]1985年3月期 売上高116億円・当期純利益11.0億円(売上高純利益率9.5%)に対し2000年3月期は142億円・3.5億円(同2.5%)
  • ブルドックソース 有価証券報告書(1982年3月期)
    • [47]1980年3月期 売上高115億円・当期純利益10.8億円、1981年3月期 売上高117億円・当期純利益9.9億円
  • ブルドックソース 有価証券報告書(1985年3月期)
    • [48]1982年3月期 売上高123億円・当期純利益10.9億円、1983年3月期 売上高122億円・当期純利益11.2億円、1984年3月期 売上高123億円・当期純利益11.9億円
    • [49]1985年3月期 売上高116億円・当期純利益11.0億円
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [50]1998年4月の館林工場新設まで鳩ヶ谷工場が唯一の生産拠点
    • [51]1985年11月 子会社サンワフーズを設立
    • [52]1998年4月 群馬県に館林工場を新設(第1期工事)
    • [53]1935年6月 鳩ヶ谷工場を新設、1998年4月の館林工場新設まで唯一の生産拠点
    • [56]2005年10月 子会社サンワフーズをイカリソースに商号変更
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2000年3月期)
    • [54]2000年3月期 売上高142億円・当期純利益3.5億円
    • [55]1985年3月期 売上高116億円・当期純利益11.0億円(売上高純利益率9.5%)に対し2000年3月期は142億円・3.5億円(同2.5%)

2000年〜 池田章子社長の商品転換とイカリソース買収、買収防衛策の発動

ブルドックソースの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2005年 子会社サンワフーズをイカリソースに商号変更
  2. 2005年 イカリソースが更生会社イカリソースの営業を譲受
  3. 2006年 館林工場第2期増築工事竣工
  4. 2006年 Bullフーズを設立
  5. 2007年 スティール・パートナーズのTOBに対する新株予約権無償割当による買収防衛策の発動 50年守った財務体質はなぜ狙われ、会社は株主平等の枠内で何を差し出したか

池田章子社長の就任と食品添加物を使わないソースへの転換

2000年6月、池田章子氏が代表取締役社長に就任[57]した。就任前後の業績は下り坂で、2001年3月期の単体売上高は143億円・当期純利益2.5億円、2002年3月期は141億円・1.2億円、2003年3月期は141億円・1.4億円[58]と、売上高140億円台に対し当期純利益は1億円台まで落ちた。2004年3月期は138億円・6.5億円、2005年3月期は133億円・6.4億円[59]と利益は戻したが、売上高は3期続けて減った。2006年3月期の連結売上高は147億円、営業利益8億4,900万円、経常利益12億1,600万円[60]を計上した。

  • ブルドックソース 有価証券報告書 第81期(2005年3月期)【役員の状況】
    • [57]2000年6月 池田章子が代表取締役社長に就任
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2003年3月期)
    • [58]2001年3月期 売上高143億円・当期純利益2.5億円、2002年3月期 141億円・1.2億円、2003年3月期 141億円・1.4億円
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2005年3月期)
    • [59]2004年3月期 売上高138億円・当期純利益6.5億円、2005年3月期 売上高133億円・当期純利益6.4億円
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2006年3月期)
    • [60]2006年3月期(連結)売上高147億600万円・営業利益8億4,900万円・経常利益12億1,600万円

池田章子氏のもとで進めたのは商品の作り方の転換で、「フードエッセンス」という標語を掲げ、食品添加物に依存しないソース作りを宣言した[61]。ソースはもともと酢や砂糖を多く含み、添加物を多用しなくても長期保存[62]できる。アミノ酸調味料の代わりに野菜からうま味を引き出し、増粘多糖類ではなくコーンスターチで粘りを出すなどの研究を重ね[63]、添加物の使用を段階的に減らした。2006年11月には食品添加物不使用のソースを発売[64]した。大量生産を前提とするナショナルブランドが主力製品を無添加にする例[65]は珍しかった。

  • 週刊東洋経済 2010年1月30日号「敵対的買収こそ切り抜けたものの…“公約”も絵に描いた餅 ブルドックソースの十字架」
    • [61]「フードエッセンス」の標語のもと食品添加物に依存しないソース作りを宣言し開発体制を見直した
    • [62]ソースには元来、酢や砂糖が多く含まれており食品添加物を多用しなくても長期保存は可能
    • [63]アミノ酸調味料の代わりに野菜からうま味を引き出し、増粘多糖類ではなくコーンスターチで粘りを出す研究を重ね段階的に添加物の使用を減らした
    • [64]2006年11月 食品添加物不使用のソースを発売
    • [65]大量生産が前提のナショナルブランドが主力製品を食品添加物無添加にするのは異例
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第81期(2005年3月期)【役員の状況】
    • [57]2000年6月 池田章子が代表取締役社長に就任
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2003年3月期)
    • [58]2001年3月期 売上高143億円・当期純利益2.5億円、2002年3月期 141億円・1.2億円、2003年3月期 141億円・1.4億円
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2005年3月期)
    • [59]2004年3月期 売上高138億円・当期純利益6.5億円、2005年3月期 売上高133億円・当期純利益6.4億円
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2006年3月期)
    • [60]2006年3月期(連結)売上高147億600万円・営業利益8億4,900万円・経常利益12億1,600万円
  • 週刊東洋経済 2010年1月30日号「敵対的買収こそ切り抜けたものの…“公約”も絵に描いた餅 ブルドックソースの十字架」
    • [61]「フードエッセンス」の標語のもと食品添加物に依存しないソース作りを宣言し開発体制を見直した
    • [62]ソースには元来、酢や砂糖が多く含まれており食品添加物を多用しなくても長期保存は可能
    • [63]アミノ酸調味料の代わりに野菜からうま味を引き出し、増粘多糖類ではなくコーンスターチで粘りを出す研究を重ね段階的に添加物の使用を減らした
    • [64]2006年11月 食品添加物不使用のソースを発売
    • [65]大量生産が前提のナショナルブランドが主力製品を食品添加物無添加にするのは異例

会社更生手続中のイカリソースからの営業譲受

大阪のイカリソースには、経営不振に乗じて数年前から事件師めいた者が経営に関与し、手形が乱発されていた[66]。2001年末ごろには産業廃棄物処理施設のリース詐欺が実行され、名古屋証券取引所セントレックスに上場する店舗流通ネットの社長らが逮捕[67]される事件に発展した。この社長は2005年5月21日付で辞任[68]した。イカリソース事件では反社会的勢力の影が見え隠れしていた[69]。イカリソースは2005年5月24日に会社更生法を申請し[70]、更生手続に入った。逮捕された社長は昭和リースやソニー生命を経て5年前に店舗流通ネットを設立し、2004年11月に上場[71]を果たしたばかりだった。

  • 週刊東洋経済 2005年6月4日号「ニュース最前線 異聞・イカリソース詐欺事件 名証 問われる審査体制 投資家の信頼を裏切るセントレックス」
    • [66]イカリソースには経営不振に乗じる形で数年前から事件師めいた連中が経営に関与し手形が乱発された
    • [67]2001年末ごろに産業廃棄物処理施設のリース詐欺が実行され、名証セントレックス上場の店舗流通ネット社長が逮捕
    • [68]店舗流通ネットの江藤鉄男社長は2005年5月21日付で辞任
    • [69]イカリソース事件では反社会的勢力の影が見え隠れしていた
    • [70]イカリソースは2005年5月24日に会社更生法を申請
    • [71]江藤鉄男容疑者は昭和リースやソニー生命を経て5年前に店舗流通ネットを設立し、2004年11月に上場

2005年10月、子会社サンワフーズをイカリソースへ商号変更し、11月に更生会社イカリソースの営業を譲り受けた[72]。営業譲受に伴う支出は33億2,600万円[73]に上った。関東と関西で味の嗜好が異なるとして見送ってきた関西の商権[74]を、更生手続の受け皿を通じて手に入れた。石垣幸俊氏は2005年から子会社イカリソースの社長を兼務し、のちに本社の専務を経て社長へ[75]進んだ。譲受の対象は更生会社イカリソースの営業で、ブルドックソースは関西の老舗ソースメーカーの銘柄を手に入れた[76]。2006年3月には館林工場の第2期増築工事が竣工し、同年7月にはBullフーズを設立した[77]

  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [72]2005年10月 子会社サンワフーズをイカリソースに商号変更、2005年11月 イカリソースが更生会社イカリソースの営業を譲受
    • [77]2006年3月 館林工場第2期増築工事竣工、2006年7月 Bullフーズを設立
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2005年3月期)
    • [73]営業譲受に伴う支出 33億2,600万円(2005年3月期有報)
    • [74]関東と関西の味の嗜好の相違が根強く関西進出は図られていなかった
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第93期(2017年3月期)【役員の状況】
    • [75]石垣幸俊は2005年から子会社イカリソース代表取締役社長を兼務し、本社専務を経て2017年に社長就任
  • 週刊東洋経済 2010年1月30日号「敵対的買収こそ切り抜けたものの…“公約”も絵に描いた餅 ブルドックソースの十字架」
    • [76]2005年に34億円で買収した関西の老舗ソースメーカー、イカリソース
  • 週刊東洋経済 2005年6月4日号「ニュース最前線 異聞・イカリソース詐欺事件 名証 問われる審査体制 投資家の信頼を裏切るセントレックス」
    • [66]イカリソースには経営不振に乗じる形で数年前から事件師めいた連中が経営に関与し手形が乱発された
    • [67]2001年末ごろに産業廃棄物処理施設のリース詐欺が実行され、名証セントレックス上場の店舗流通ネット社長が逮捕
    • [68]店舗流通ネットの江藤鉄男社長は2005年5月21日付で辞任
    • [69]イカリソース事件では反社会的勢力の影が見え隠れしていた
    • [70]イカリソースは2005年5月24日に会社更生法を申請
    • [71]江藤鉄男容疑者は昭和リースやソニー生命を経て5年前に店舗流通ネットを設立し、2004年11月に上場
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [72]2005年10月 子会社サンワフーズをイカリソースに商号変更、2005年11月 イカリソースが更生会社イカリソースの営業を譲受
    • [77]2006年3月 館林工場第2期増築工事竣工、2006年7月 Bullフーズを設立
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2005年3月期)
    • [73]営業譲受に伴う支出 33億2,600万円(2005年3月期有報)
    • [74]関東と関西の味の嗜好の相違が根強く関西進出は図られていなかった
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第93期(2017年3月期)【役員の状況】
    • [75]石垣幸俊は2005年から子会社イカリソース代表取締役社長を兼務し、本社専務を経て2017年に社長就任
  • 週刊東洋経済 2010年1月30日号「敵対的買収こそ切り抜けたものの…“公約”も絵に描いた餅 ブルドックソースの十字架」
    • [76]2005年に34億円で買収した関西の老舗ソースメーカー、イカリソース

新株予約権無償割当による買収防衛策と最高裁決定

スティール・パートナーズによるブルドックソース株の保有は2002年に明るみに出たが、それ以降も接触は少なく、2007年5月に届いた買収提案は寝耳に水だった[78]。同ファンドは2007年5月までに株式の10.25%を保有する筆頭株主となり、5月18日、全株式の取得をめざして1株1,584円で公開買付を開始した[79]。2007年3月期末の連結貸借対照表には現金及び預金18億円、土地27億円、投資有価証券84億円が並び、自己資本比率は75.75%に達していた[80]池田章子氏とスティールのウォーレン・リヒテンシュタイン会長によるトップ会談は決裂した[81]

  • 週刊東洋経済 2010年1月30日号「敵対的買収こそ切り抜けたものの…“公約”も絵に描いた餅 ブルドックソースの十字架」
    • [78]スティールによるブルドック株保有は2002年に明るみに出たが接触は少なく買収提案は寝耳に水だった
    • [81]池田章子社長とスティールのウォーレン・リヒテンシュタイン会長によるトップ会談は決裂
    • [79]スティールは2007年5月までに10.25%を保有する筆頭株主となり、5月18日に1株1,584円で全株式取得のTOBを開始
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第82期(2007年3月期)【連結貸借対照表・主要な経営指標等】
    • [80]2007年3月期末(連結)現金及び預金18億7,900万円・土地27億1,000万円・投資有価証券84億7,800万円・自己資本比率75.75%

ブルドックソースは、スティールの意図や買収成立後の経営方針に関する回答が不十分で株主共同の利益を損なう可能性があるとして、6月7日に公開買付への反対を表明した。6月24日の定時株主総会では、定款変更と新株予約権無償割当に関する会社提案が議決権総数の83.4%の支持を得て承認された。防衛策は、7月10日時点の全株主に保有株式1株につき3個の新株予約権を無償で割り当てるもので、スティールとその関係者は非適格者として行使できず、他のすべての株主が行使すれば持株比率は2.82%へ下がる[83]設計だった。スティールに割り当てた分は、公開買付価格の4分の1にあたる1個396円[84]、総額23億円で会社が買い取った[85][82]

    • [82]2007年6月7日にTOB反対を表明、6月24日の定時株主総会で会社提案が議決権総数の83.4%の支持を得て承認
    • [83]7月10日時点の全株主に1株につき3個の新株予約権を無償割当、スティールとその関係者は非適格者として行使できず持株比率は2.82%へ低下
    • [84]スティールに割り当てられる新株予約権は会社が1個396円(TOB価格1,584円の4分の1)で取得できる
  • 週刊東洋経済 2007年7月21日号「ニュース最前線01 株式市場 ブルドックが防衛策を発動 市場は大混乱に」
    • [85]スティールには普通株を割り当てず現金23億円で新株予約権を買い取る

スティールは6月13日、新株予約権無償割当の決議禁止と新株予約権の発行差止めを求めて東京地裁へ仮処分を申し立て、15日には公開買付価格を1,700円へ引き上げた[86]。東京地裁は6月28日、東京高裁は7月9日にいずれも申立てを退け、高裁決定はスティールを濫用的買収者とみなし、差別的行使条件を付した新株予約権無償割当は株主平等原則に反しない[87]とした。7月11日、ブルドックソースは新株予約権の効力が発生したと宣言し、買収防衛策の実施は国内初[88]となった。権利落ち日の7月5日、株価は始値500円から一時1,370円まで上げ、翌日から2営業日連続でストップ安となり取引が成立しなかった[89]。2007年8月7日、最高裁第二小法廷はスティールの特別抗告を棄却し、防衛策を適法と認めた[90]

  • 週刊東洋経済 2010年1月30日号「敵対的買収こそ切り抜けたものの…“公約”も絵に描いた餅 ブルドックソースの十字架」
    • [78]スティールによるブルドック株保有は2002年に明るみに出たが接触は少なく買収提案は寝耳に水だった
    • [81]池田章子社長とスティールのウォーレン・リヒテンシュタイン会長によるトップ会談は決裂
    • [79]スティールは2007年5月までに10.25%を保有する筆頭株主となり、5月18日に1株1,584円で全株式取得のTOBを開始
    • [82]2007年6月7日にTOB反対を表明、6月24日の定時株主総会で会社提案が議決権総数の83.4%の支持を得て承認
    • [83]7月10日時点の全株主に1株につき3個の新株予約権を無償割当、スティールとその関係者は非適格者として行使できず持株比率は2.82%へ低下
    • [84]スティールに割り当てられる新株予約権は会社が1個396円(TOB価格1,584円の4分の1)で取得できる
    • [86]スティールは6月13日に東京地裁へ仮処分を申立て、15日にTOB価格を1,700円へ引上げ
    • [87]東京地裁は6月28日、東京高裁は7月9日に申立てを退け、高裁はスティールを濫用的買収者として差別的取扱いは株主平等原則に反しないとした
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第82期(2007年3月期)【連結貸借対照表・主要な経営指標等】
    • [80]2007年3月期末(連結)現金及び預金18億7,900万円・土地27億1,000万円・投資有価証券84億7,800万円・自己資本比率75.75%
  • 週刊東洋経済 2007年7月21日号「ニュース最前線01 株式市場 ブルドックが防衛策を発動 市場は大混乱に」
    • [85]スティールには普通株を割り当てず現金23億円で新株予約権を買い取る
    • [88]2007年7月11日にブルドックソースが新株予約権の効力発生を宣言、買収防衛策の実施は国内初
    • [89]権利落ち日の7月5日に株価は始値500円から一時1,370円まで急騰し、翌日から2営業日連続でストップ安となり取引が成立しなかった
    • [90]2007年8月7日 最高裁第二小法廷がスティールの特別抗告を棄却し買収防衛策を適法と認めた

2008年〜 防衛の代償と、石垣幸俊社長の下での生産再編

ブルドックソースの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2009年 富留得客(北京)商貿有限公司を設立
  2. 2016年 監査役設置会社から監査等委員会設置会社へ移行
  3. 2018年 館林工場第3期増築工事竣工
  4. 2018年 委任型執行役員制度を導入
  5. 2019年 サンフーズを子会社化
  6. 2019年 富留得客食品(上海)有限公司を設立
  7. 2023年 鳩ケ谷工場生産終了

防衛の代償と、絵に描いた餅となった中期経営計画

防衛の代償は決算に表れ、2008年3月期のブルドックソースは、公開買付対応費用6億6,900万円と、スティールから取得した自己新株予約権の対価21億1,400万円を負担した。イカリソース関連ののれん減損を含め、特別損失は合計38億円に達した。当期純損失は19億1,200万円となり、連結自己資本比率は前期末の75.75%から69.6%へ下がったが、無借金は保った[92]。訴訟関連費用は年間営業利益に匹敵する約6億円[93]に上った。スティールは2008年にブルドックソース株を全て売却し、他の日本企業への出資割合も次々に引き下げた[94][91]

  • ブルドックソース 有価証券報告書 第83期(2008年3月期)【連結損益計算書・連結キャッシュ・フロー計算書】
    • [91]2008年3月期 公開買付対応費用6億6,900万円・自己新株予約権取得対価21億1,400万円・のれん減損を含む特別損失合計38億円・当期純損失19億1,200万円
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第83期(2008年3月期)【主要な経営指標等】
    • [92]連結自己資本比率は2007年3月期末75.75%から2008年3月期末69.6%へ低下、無借金は維持
  • 週刊東洋経済 2010年1月30日号「敵対的買収こそ切り抜けたものの…“公約”も絵に描いた餅 ブルドックソースの十字架」
    • [93]年間営業利益に匹敵する約6億円の訴訟関連費用が発生
    • [94]スティールは2008年にブルドックソース株を全株売却し他の日本企業への出資割合も次々に引き下げた

2007年の攻防のさなか、ブルドックソースは株主向けの説明会で中期経営計画を発表していた[95]。揚げ物用ソースという用途に限らず事業ドメインを再定義して液体調味料全体を対象にすること、工場を3か所から2か所へ再編して生産を効率化すること、2005年に34億円で買収したイカリソースとの重複部門を統合して100名程度の人員を削減すること、そして最終年度の2013年3月期に営業利益25億円を達成すること[96]を掲げた。3年後の2010年の時点でいずれもめどが立たず、売上高の9割以上を依然ソースに依存し、住宅地に隣接して稼働時間が限られる鳩ケ谷工場の移転も進まず、3工場体制が続いていた[97]

  • 週刊東洋経済 2010年1月30日号「敵対的買収こそ切り抜けたものの…“公約”も絵に描いた餅 ブルドックソースの十字架」
    • [95]2007年のスティールとの攻防戦のさなか株主向け説明会で中期経営計画を発表
    • [96]中計は事業ドメイン再定義による液体調味料全体への展開、工場3か所から2か所への再編、2005年に34億円で買収したイカリソースとの重複部門統合による100名程度の人員削減、2013年3月期の営業利益25億円を掲げた
    • [97]2010年時点で中計の施策はいずれもめどが立たず、売上高の9割以上をソースに依存し工場再編は凍結、移転予定の鳩ケ谷工場も稼働中で3工場体制が続いた

2010年3月期の営業利益は9億5,000万円が見込まれ、中期経営計画の13億円から3億円以上[98]離れた。無添加への転換も数字には結びつかず、消費者からは「味が変わった」「色が薄くなった」という声が相次いだ[99]。2009年3月期の単体売上高は前期比4%減で、材料の切り替えなどにより原材料調達価格は逆に3〜4%[100]上がった。添加物を使わない方針を明確にしたことで、乳化剤が欠かせないマヨネーズやドレッシングの分野へ進む条件はかえって厳しくなった[101]。家庭用ソースのシェア4割に対し、業務用は1割程度[102]にとどまっていた。

  • 週刊東洋経済 2010年1月30日号「敵対的買収こそ切り抜けたものの…“公約”も絵に描いた餅 ブルドックソースの十字架」
    • [98]2010年3月期の営業利益見込みは9億5,000万円で中期経営計画の13億円目標から3億円以上乖離
    • [99]無添加化に対し消費者から「味が変わった」「色が薄くなった」という声が相次いだ
    • [100]2009年3月期の単体売上高は前期比4%減、原材料調達価格は3〜4%上昇
    • [101]添加物無添加の方針により乳化剤の使用が不可欠なマヨネーズ・ドレッシング分野への進出のハードルが一段と高くなった
    • [102]家庭用シェア4割に対し業務用は1割程度
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第83期(2008年3月期)【連結損益計算書・連結キャッシュ・フロー計算書】
    • [91]2008年3月期 公開買付対応費用6億6,900万円・自己新株予約権取得対価21億1,400万円・のれん減損を含む特別損失合計38億円・当期純損失19億1,200万円
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第83期(2008年3月期)【主要な経営指標等】
    • [92]連結自己資本比率は2007年3月期末75.75%から2008年3月期末69.6%へ低下、無借金は維持
  • 週刊東洋経済 2010年1月30日号「敵対的買収こそ切り抜けたものの…“公約”も絵に描いた餅 ブルドックソースの十字架」
    • [93]年間営業利益に匹敵する約6億円の訴訟関連費用が発生
    • [94]スティールは2008年にブルドックソース株を全株売却し他の日本企業への出資割合も次々に引き下げた
    • [95]2007年のスティールとの攻防戦のさなか株主向け説明会で中期経営計画を発表
    • [96]中計は事業ドメイン再定義による液体調味料全体への展開、工場3か所から2か所への再編、2005年に34億円で買収したイカリソースとの重複部門統合による100名程度の人員削減、2013年3月期の営業利益25億円を掲げた
    • [97]2010年時点で中計の施策はいずれもめどが立たず、売上高の9割以上をソースに依存し工場再編は凍結、移転予定の鳩ケ谷工場も稼働中で3工場体制が続いた
    • [98]2010年3月期の営業利益見込みは9億5,000万円で中期経営計画の13億円目標から3億円以上乖離
    • [99]無添加化に対し消費者から「味が変わった」「色が薄くなった」という声が相次いだ
    • [100]2009年3月期の単体売上高は前期比4%減、原材料調達価格は3〜4%上昇
    • [101]添加物無添加の方針により乳化剤の使用が不可欠なマヨネーズ・ドレッシング分野への進出のハードルが一段と高くなった
    • [102]家庭用シェア4割に対し業務用は1割程度

石垣幸俊社長への交代と株主還元の見直し

2016年6月、監査役設置会社から監査等委員会設置会社へ移行[103]した。2017年には池田章子氏の後任として石垣幸俊氏が代表取締役社長に就任[104]した。石垣氏は1978年入社の生え抜きで、マーケティング室長と経営企画室長を歴任[105]した。2017年3月期の連結売上高は168億円、営業利益9億5,900万円、当期純利益8億800万円[106]を計上した。2016年3月期の連結売上高は167億円、当期純利益は7億2,800万円[107]で、交代の前後で業績はほぼ横ばいで推移した。2018年1月には館林工場の第3期増築工事が竣工し、同年4月には委任型執行役員制度を導入した[108]

  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [103]2016年6月 監査役設置会社から監査等委員会設置会社へ移行
    • [108]2018年1月 館林工場第3期増築工事竣工、2018年4月 委任型執行役員制度を導入
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第93期(2017年3月期)【役員の状況】
    • [104]2017年に池田章子の後任として石垣幸俊が代表取締役社長に就任
    • [105]石垣幸俊は1978年入社の生え抜きでマーケティング室長・経営企画室長を歴任
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2017年3月期)
    • [106]2017年3月期(連結)売上高167億6,000万円・営業利益9億5,900万円・当期純利益8億800万円
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2016年3月期)
    • [107]2016年3月期(連結)売上高166億6,700万円・当期純利益7億2,800万円

2019年10月にサンフーズを子会社化し、11月には富留得客食品(上海)を設立した[109]。中国では2009年7月に富留得客(北京)商貿を設けており[110]、上海法人はその二社目にあたる。2019年11月の決算説明会で配当倍増を発表した際、アナリストからは「古くはスティールから増配要求を受けたと思うが、なぜ急に配当を倍増させたのか」と問われた[111]。本業の利益は細っており、2019年3月期は経常利益10億2,000万円のうち5億9,500万円が営業外収益で、営業利益は4億3,000万円にとどまった[112]

  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [109]2019年10月 サンフーズを子会社化、2019年11月 富留得客食品(上海)有限公司を設立
    • [110]2009年7月 富留得客(北京)商貿有限公司を設立
    • [111]2019年11月の決算説明会で配当倍増を発表した際、アナリストから旧スティール時代の増配要求と重ねて意図を問われた
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2019年3月期)
    • [112]2019年3月期(連結)経常利益10億2,000万円・営業外収益5億9,500万円・営業利益4億3,000万円
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [103]2016年6月 監査役設置会社から監査等委員会設置会社へ移行
    • [108]2018年1月 館林工場第3期増築工事竣工、2018年4月 委任型執行役員制度を導入
    • [109]2019年10月 サンフーズを子会社化、2019年11月 富留得客食品(上海)有限公司を設立
    • [110]2009年7月 富留得客(北京)商貿有限公司を設立
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第93期(2017年3月期)【役員の状況】
    • [104]2017年に池田章子の後任として石垣幸俊が代表取締役社長に就任
    • [105]石垣幸俊は1978年入社の生え抜きでマーケティング室長・経営企画室長を歴任
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2017年3月期)
    • [106]2017年3月期(連結)売上高167億6,000万円・営業利益9億5,900万円・当期純利益8億800万円
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2016年3月期)
    • [107]2016年3月期(連結)売上高166億6,700万円・当期純利益7億2,800万円
    • [111]2019年11月の決算説明会で配当倍増を発表した際、アナリストから旧スティール時代の増配要求と重ねて意図を問われた
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2019年3月期)
    • [112]2019年3月期(連結)経常利益10億2,000万円・営業外収益5億9,500万円・営業利益4億3,000万円

鳩ケ谷工場の生産終了と創業地の売却

2023年9月、鳩ケ谷工場が生産を終了[113]した。1935年6月の操業開始から88年[114]にわたり主力のソースを作ってきた拠点が役目を終えた。2023年12月には、旧館林工場を建て替えたTATEBAYASHIクリエイションセンターが完工し、稼働に入った[115]。2024年3月期の連結売上高は144億8,000万円、営業利益1億6,000万円で、特別損失4億4,000万円を計上して当期純利益は1億4,500万円[116]まで縮んだ。2024年6月にはBullフーズをブルドックソースへ吸収合併[117]し、国内の連結子会社を一社減らした。

  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [113]2023年9月 鳩ケ谷工場生産終了
    • [114]1935年6月 鳩ヶ谷工場を新設
    • [115]2023年12月 TATEBAYASHIクリエイションセンター(旧・館林工場)完工、稼働
    • [117]2024年6月 Bullフーズをブルドックソースに吸収合併
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2024年3月期)
    • [116]2024年3月期(連結)売上高144億8,200万円・営業利益1億6,300万円・特別損失4億4,200万円・当期純利益1億4,500万円

第11次中期経営計画「B-Challenge2025」は2023年度から2025年度を対象とし、ROE5%の達成を目標に掲げ、ベトナムを中心とした海外進出モデルの確立[118]を準備に据えた。2025年3月期の連結売上高は146億1,700万円、営業利益2億2,300万円、経常利益8億6,400万円、当期純利益6億2,300万円で、経常利益のうち7億600万円は営業外収益[119]によるものだった。従業員は連結295名で、2023年3月期末の318名から23名[120]減った。2025年5月には鳩ケ谷工場を売却し[121]、1935年から埼玉県で続いた生産拠点は同社の手を離れた。

  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)
    • [118]第11次中期経営計画B-Challenge2025(2023〜2025年度)はROE5%を目標に掲げ、ベトナムを中心に海外進出モデルの確立を目指した
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2025年3月期)
    • [119]2025年3月期(連結)売上高146億1,700万円・営業利益2億2,300万円・経常利益8億6,400万円・当期純利益6億2,300万円・営業外収益7億600万円
    • [120]連結従業員数は2023年3月期末318名、2025年3月期末295名
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [121]2025年5月 鳩ケ谷工場を売却
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)【沿革】
    • [113]2023年9月 鳩ケ谷工場生産終了
    • [114]1935年6月 鳩ヶ谷工場を新設
    • [115]2023年12月 TATEBAYASHIクリエイションセンター(旧・館林工場)完工、稼働
    • [117]2024年6月 Bullフーズをブルドックソースに吸収合併
    • [121]2025年5月 鳩ケ谷工場を売却
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2024年3月期)
    • [116]2024年3月期(連結)売上高144億8,200万円・営業利益1億6,300万円・特別損失4億4,200万円・当期純利益1億4,500万円
  • ブルドックソース 有価証券報告書 第100期(2025年3月期)
    • [118]第11次中期経営計画B-Challenge2025(2023〜2025年度)はROE5%を目標に掲げ、ベトナムを中心に海外進出モデルの確立を目指した
  • ブルドックソース 有価証券報告書(2025年3月期)
    • [119]2025年3月期(連結)売上高146億1,700万円・営業利益2億2,300万円・経常利益8億6,400万円・当期純利益6億2,300万円・営業外収益7億600万円
    • [120]連結従業員数は2023年3月期末318名、2025年3月期末295名

ブルドックソースの沿革1902〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
食料品卸商三澤屋商店として創業
ソースの製造販売を開始★★
京橋区永島町にブルドックソース食品を設立
本社を京橋区八丁堀に移転
本社を日本橋兜町に移転
鳩ヶ谷工場を新設
ブルドック食品に商号変更
社名を三澤工業に商号変更
再びブルドック食品に商号変更
本社を中央区日本橋兜町11番5号に移転
会社更生法による再建と、以後の無借金・手元流動性重視という財務体質の定着破綻の記憶は、いかにして無借金・換金性資産温存の財務体質を生んだか 詳細を読む★★★
社名をブルドックソースに商号変更
三澤屋商店を吸収合併
東京証券取引所市場第二部に上場
本社社屋新築
子会社サンワフーズを設立
館林工場を新設(第1期工事)
池田章子子会社サンワフーズをイカリソースに商号変更
池田章子イカリソースが更生会社イカリソースの営業を譲受★★
池田章子館林工場第2期増築工事竣工
池田章子Bullフーズを設立
池田章子スティール・パートナーズのTOBに対する新株予約権無償割当による買収防衛策の発動50年守った財務体質はなぜ狙われ、会社は株主平等の枠内で何を差し出したか 詳細を読む★★★
池田章子富留得客(北京)商貿有限公司を設立
池田章子監査役設置会社から監査等委員会設置会社へ移行
石垣幸俊館林工場第3期増築工事竣工
石垣幸俊委任型執行役員制度を導入
石垣幸俊サンフーズを子会社化★★
石垣幸俊富留得客食品(上海)有限公司を設立
石垣幸俊鳩ケ谷工場生産終了★★
石垣幸俊TATEBAYASHIクリエイションセンター完工、稼働
石垣幸俊Bullフーズをブルドックソースに吸収合併
石垣幸俊鳩ケ谷工場売却
出典・参考

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