良品計画 の歴史

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1989年、西友のPBとして分社独立し直営小売へ転換。松井忠三氏による再建と衣料品のヨウジヤマモト全面委託、堂前宣夫氏の「第二創業」までの沿革と経緯を執筆。

創業

1989年

母体

西友

創業地

東京都豊島区

直近売上高(2025/8)

7,846億円

長期業績と転換点(1996/2〜2025/8)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1989年に西友はPB「無印良品」を本体から切り出し、独立法人にしたのか
A 無印良品が西友の店内PBにとどまるかぎり、独自の単品管理も自前の出店も海外展開も母体小売チェーンの都合に縛られる。そこで3機能を母体の制約から外して組み立てるため、西友は事業を別法人へ切り出した。1980年に『しるしのない良い品』として始まった無印は、過剰包装とブランド志向への反発という時代潮流に乗って西友グループ内で突出した売れ筋に育ち、流通紙が『これに続く第二、第三のPBが育たない』と書くほどの一強になっていた。西友は1989年6月に資本金1億円で良品計画を東京都豊島区に設立し、翌1990年3月に営業譲渡を受けて卸売PBから直営小売へ移った
Q なぜ2002年に「わけあって、安い」を一部捨て、ヨウジヤマモトへ衣料品デザインを全面委託したのか
A 品揃えを広げるほど死に筋と在庫が膨らみ、そこへユニクロや青山商事の価格破壊が重なって、独立後初の本格的な業績調整に陥っていた。立て直しの中心は衣料品にあり、西友PB出身者が多く本格的にデザインを学んだ人材が乏しい良品計画では、目の肥えた客を品質と価格の両面で満たすには生え抜きだけでは届かないと社長の松井忠三が認めた。そこで2002年10月、山本耀司率いるヨウジヤマモトに衣料品のデザインを全面委託し、中心価格帯を1900〜2500円から2500〜3500円へ引き上げ、創業以来の『わけあって、安い』を一部捨ててでも完成度を取りに行った
Q なぜ2021年に、グローバルSPA出身の堂前宣夫は規模競争でなく生活圏密着へ反転したのか
A 2010年代を通じて利益源を国内と東アジアに集中させ、その利益で欧米の赤字を吸収してきた構造は、海外全地域が営業赤字に陥ったコロナ禍で脆さが表面化し、2020年に上場以来初の純損失169億円を計上した。規模を追うほど外部ショックに弱い財務体質が残るため、ファーストリテイリング副社長を歴任した堂前宣夫は、世界の都心で規模を競うユニクロ型を真似ず、自社が手薄な日本の地方商圏へ資源を寄せた。2021年9月の社長就任後、業界規模での首位は目指さないと明示し、食品スーパー商圏の600坪前後の中型店やローソン全店を売場に組み込み、1980年の西友PB発祥期の『良いものを手に取りやすい価格で届ける』思想に立ち戻ると述べた

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1989年〜 西友PBから独立法人へ、東証一部到達と反動

良品計画の業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1989年 西友PB「無印良品」の分社独立と直営小売への転換 母体で突出した売れ筋を、なぜあえて別会社に切り出したのか
  2. 1990年 西友から無印良品の営業を譲受し直営店小売を開始
  3. 1991年 リバティ社と提携しロンドンに出店
  4. 1992年 魚力と合併し良品計画に商号変更
  5. 1995年 日本証券業協会に店頭登録
  6. 1998年 東京証券取引所市場第二部に上場
  7. 2000年 東京証券取引所市場第一部に上場

西友内で突出したPBを切り出した1989年の判断

無印良品は1980年に西友のPB[1]『しるしのない良い品』として登場した。素材や工程まで遡って磨き、過剰装飾と過剰包装を排した商品哲学は、当時のカラーコーディネーション全盛とブランド志向への反発という時代潮流に乗り、西友グループ内で突出した売れ筋に育った。1989年10月の流通紙報道[2]は、無印が西友のPBとして一強状態となったために『これに続く第二、第三のPBが育たない』という社内のジレンマすら指摘していた。1989年6月、西友はこの事業を切り出すために資本金1億円で良品計画を東京都豊島区に設立し[3]、翌1990年3月に無印良品の営業譲渡を受けて卸売PBから直営小売へ業態転換した。[4]

  • 有価証券報告書
    • [1]無印良品は1980年に西友のPB「しるしのない良い品」として登場
    • [3]1989年6月 資本金1億円で良品計画を東京都豊島区に設立
    • [4]1990年3月 西友から無印良品の営業を譲受し直営小売を開始
  • 日経流通新聞(1989年10月14日)
    • [2]1989年10月14日 日経流通新聞の報道(無印が西友PBで一強)

PBのまま西友という母体小売チェーン内にとどまる選択肢もあった。独立法人化したのは、単品管理と海外展開と独自出店の3機能を母体の制約から外して組み立てる必要があったからである。実質創業者の木内政雄は、設立直後の取材で[5]『良い品を選び、しかも素材の良さを殺さないで製品にする。それを飾らない形で、安く提供する』『良い品を安く供給するためには素材の自然さを生かし、包装をあくまで簡素に』(日経産業新聞 1990/04/13)と語っている。1991年7月、設立から2年で英国リバティ社と提携してロンドンに出店した[6]。国内基盤が固まる前に欧州へ出たのは、無印の思想が日本固有の消費文化に依存しないという経営判断を実地で試す賭けだった。1992年9月には魚力との合併で商号[7]と組織を整えた。

  • 日経産業新聞(1990年4月13日)
    • [5]木内政雄が良品計画の実質創業者(1990年4月13日 日経産業新聞に談話)
  • 有価証券報告書
    • [6]1991年7月 英国リバティ社と提携しロンドンに出店
    • [7]1992年9月 魚力と合併し良品計画に商号変更
  • 有価証券報告書
    • [1]無印良品は1980年に西友のPB「しるしのない良い品」として登場
    • [3]1989年6月 資本金1億円で良品計画を東京都豊島区に設立
    • [4]1990年3月 西友から無印良品の営業を譲受し直営小売を開始
    • [6]1991年7月 英国リバティ社と提携しロンドンに出店
    • [7]1992年9月 魚力と合併し良品計画に商号変更
  • 日経流通新聞(1989年10月14日)
    • [2]1989年10月14日 日経流通新聞の報道(無印が西友PBで一強)
  • 日経産業新聞(1990年4月13日)
    • [5]木内政雄が良品計画の実質創業者(1990年4月13日 日経産業新聞に談話)

設立11年で東証一部、2000年の急拡大が招いた在庫膨張

良品計画は1995年8月の店頭登録[8]、1998年12月の東証二部上場[9]を経て、2000年8月に東証一部へ指定替えされた。[10]設立から11年で公開市場の主要ボードに到達した速度は、小売業界では異例にあたる。1993年にファミリーマートとの商品売買契約を結び、1995年には新潟県津南町で無印良品キャンプ場を開いた。物販の枠を越えてライフスタイル全般を包む発想で、ブランドの裾野を広げた。1998年2月期までは毎期増収増益で[11]最高益を更新した。衣料品から生活雑貨、食品まで統一コンセプトで揃える業態は、衣料のGAP・化粧品のボディショップ・ベネトンと並ぶ独自ポジションとして海外メディアにも紹介された(日経新聞 1998/02/21)[12]

  • 有価証券報告書
    • [8]1995年8月 日本証券業協会に店頭登録
    • [9]1998年12月 東京証券取引所市場第二部に上場
    • [10]2000年8月 東京証券取引所市場第一部に上場(指定替え)
    • [11]1998年2月期まで毎期増収増益で最高益更新
  • 日経新聞(1998年2月21日)
    • [12]1998年2月21日 日経新聞がGAP・ボディショップ・ベネトンと並ぶ独自業態として紹介

ただし2000年2月期に売上高経常利益率13%まで膨らんだ業績は[13]、商品ではなく物流コスト削減と為替差益で稼いだものだった。後任の松井忠三は『肝心の商品でもうかる仕組みを構築していなかった。商品ラインを広げれば、売り上げにつながるという安易な発想で、市場の変化への対応が遅れた』(日経MJ 2001/10/09)と自己分析している。前任の有賀馨は団塊ジュニアの結婚と家族化に合わせた品揃え拡張を行ったが[14]、結果として死に筋が増え在庫が膨らんだ。さらに同時期、ユニクロが消費者の価値尺度を書き換え、青山商事が紳士服価格を崩したのと同じ衝撃をカジュアル衣料へ持ち込んだ。有賀馨は『こういうものはこのぐらいの値段なんだ』(日経MJ 2001/10/09)という尺度の書き換えとして[15]、その衝撃を捉えていた。2001年、無印良品は独立後初の本格的な業績調整に入った。

  • 日経MJ(2001年10月9日)
    • [13]2000年2月期に売上高経常利益率13%まで膨張
    • [14]前任の有賀馨(社長・2001年10月9日 日経MJに談話)
    • [15]有賀馨がユニクロ・青山商事の価格破壊を尺度の書き換えと捉えた発言(2001年10月9日 日経MJ)
  • 有価証券報告書
    • [8]1995年8月 日本証券業協会に店頭登録
    • [9]1998年12月 東京証券取引所市場第二部に上場
    • [10]2000年8月 東京証券取引所市場第一部に上場(指定替え)
    • [11]1998年2月期まで毎期増収増益で最高益更新
  • 日経新聞(1998年2月21日)
    • [12]1998年2月21日 日経新聞がGAP・ボディショップ・ベネトンと並ぶ独自業態として紹介
  • 日経MJ(2001年10月9日)
    • [13]2000年2月期に売上高経常利益率13%まで膨張
    • [14]前任の有賀馨(社長・2001年10月9日 日経MJに談話)
    • [15]有賀馨がユニクロ・青山商事の価格破壊を尺度の書き換えと捉えた発言(2001年10月9日 日経MJ)

2001年〜 松井忠三の商品改革と東アジア直営展開、2018年最高益

良品計画の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2001年 MUJI(HONG KONG)設立
  2. 2002年 松井忠三による無印良品の再建と衣料品のヨウジヤマモト全面委託 見かけの高収益はなぜ崩れたか——「わけあって、安い」を一部手放してでも商品の稼ぐ力を取り戻せるか
  3. 2002年 松井忠三氏の指揮で業績が回復
  4. 2005年 無印良品(上海)商業有限公司を設立
  5. 2006年 MUJI U.S.A. Limited設立
  6. 2007年 金井政明が代表取締役社長に就任
  7. 2008年 MUJI to GO開始

ヨウジヤマモトへの衣料品全面委託という劇薬

立て直しの中心は衣料品だった。松井忠三は「西友のPB商品からスタートした当社の従業員には西友出身者が多く[16]、本格的にデザインを学んだ人は少ない。目の肥えた消費者を品質と価格の両面で満足させる商品を作るには、残念ながら、もはや生え抜き社員だけでは、太刀打ちできないところまで来ていた」(日経ビジネス 2003/07/21)と、自社の限界を率直に認めた。2002年10月、良品計画は山本耀司率いるヨウジヤマモトに衣料品のデザインを全面委託し[17]、衣料品の中心価格帯を1900〜2500円から2500〜3500円へ引き上げた(日経新聞 2002/10/03)[18]。創業以来掲げてきた『わけあって、安い』を一部捨て、価格を上げてでも完成度を取りに行く決断である。松井は『1枚数万円のシャツを作っているヨウジヤマモトとの提携はこうした消費者の要求に応えられるだけの完成度の高さをもたらしてくれました』(日経MJ 2003/10/23)[19]と狙いを語った。

  • 日経ビジネス(2003年7月21日)
    • [16]松井忠三(2003年7月21日 日経ビジネスに談話)
  • 日経新聞(2002年10月3日)
    • [17]2002年10月 ヨウジヤマモトに衣料品デザインを全面委託
    • [18]衣料品の中心価格帯を1900〜2500円から2500〜3500円へ引き上げ
  • 日経MJ(2003年10月23日)
    • [19]ヨウジヤマモトは山本耀司率いるアパレル(2003年10月23日 日経MJに松井談話)

並行して海外戦略も方針転換した。リバティ社経由の代理店モデルから、2001年3月設立のMUJI(HONG KONG)を皮切りに直営方式へ切り替え[20]、ストアレイアウト・陳列・値付けを東京本部の規格で統一する体制を組んだ。2003年にシンガポールと台湾、2004年にイタリアと韓国、2005年に中国本土(無印良品上海商業)[21]、2006年に米国へと、毎年新国に直営拠点を置いた。[22]2011年7月の段階で、取締役執行役員海外事業部長[23]だった松﨑曉は2020年までに海外店舗数を400店以上へ引き上げ国内店舗数を上回らせる定量目標を公表している。中国市場では、シンプルな商品コンセプトが若者を中心に支持を広げ、2013年5月時点で店舗数は前年同期比8割増の約70店に達した。[24]中国・台湾・香港の3市場が成長を牽引し、都心の高級ショッピングセンター内に出す路線が高い利幅を生んだ。

  • 有価証券報告書
    • [20]2001年3月 MUJI(HONG KONG)設立を皮切りに直営方式へ
    • [21]2005年に中国本土(無印良品上海商業)へ出店
    • [22]2006年に米国へ出店
  • 日経新聞(2011年7月5日)
    • [23]2011年7月当時の社長は金井政明。松﨑曉は取締役執行役員海外事業部長(社長就任は2014年)
  • 日経新聞(2013年6月22日)
    • [24]2013年5月時点で中国の店舗数は前年同期比8割増の約70店
  • 日経ビジネス(2003年7月21日)
    • [16]松井忠三(2003年7月21日 日経ビジネスに談話)
  • 日経新聞(2002年10月3日)
    • [17]2002年10月 ヨウジヤマモトに衣料品デザインを全面委託
    • [18]衣料品の中心価格帯を1900〜2500円から2500〜3500円へ引き上げ
  • 日経MJ(2003年10月23日)
    • [19]ヨウジヤマモトは山本耀司率いるアパレル(2003年10月23日 日経MJに松井談話)
  • 有価証券報告書
    • [20]2001年3月 MUJI(HONG KONG)設立を皮切りに直営方式へ
    • [21]2005年に中国本土(無印良品上海商業)へ出店
    • [22]2006年に米国へ出店
  • 日経新聞(2011年7月5日)
    • [23]2011年7月当時の社長は金井政明。松﨑曉は取締役執行役員海外事業部長(社長就任は2014年)
  • 日経新聞(2013年6月22日)
    • [24]2013年5月時点で中国の店舗数は前年同期比8割増の約70店

2018年2月期301億円の最高益と欧米事業の赤字定着

セグメント情報で振り返ると、2008年2月期時点では日本1468億円・ヨーロッパ95億円・その他地域64億円と、国内依存率は97%だった。[25]これが2016年2月期には国内1984億円・東アジア830億円という構成に変わり、東アジアのセグメント利益172億円は国内事業の170[26]億円を上回った。海外利益が本社業績を押し上げる構図に転じた。松﨑曉は2016年4月、シンプルな商品コンセプトの支持が都市部から内陸部へ広がってきた状況を踏まえ、年30〜35店舗としてきた出店ペースを2018年2月期から加速し、その時期に海外店舗『MUJI』の店舗数が国内『無印良品』を上回ると見通しを示した。

  • 有価証券報告書
    • [25]2008年2月期(FY07)時点の連結売上は1620億円、国内依存が高くヨーロッパ95億円・その他地域64億円
  • 良品計画 有価証券報告書 第37期(2016年2月期)
    • [26]2016年2月期 国内事業 営業収益1984億49百万円(セグメント利益170億62百万円)・東アジア地域事業 営業収益830億45百万円(セグメント利益172億)。東アジアのセグメント利益が国内を上回った

連結業績は2018年2月期に売上高3788億円・営業利益452億円・当期純利益301億円となり[27]、ROEも20%台に乗って良品計画史上の最高益となった。2014年2月期の売上高2200億円[28]から4年で約1.7倍である。[29]一方、欧米事業は2014年以降セグメント赤字が常態化し、2018年2月期時点でも▲8.9億円の赤字、西南アジア・オセアニアも薄利だった。利益の大半を国内と東アジアで生み、その利益を欧米事業の赤字補填に回す構造が定着した。2019年2月期は売上高4088億円で過去最高[30]を更新したが、営業利益は前期比で減少に転じた。2019年に決算期を2月期から8月期に変更し、2020[31]年8月期は移行期として6カ月の変則決算となった。この変則決算の期にコロナ禍が直撃した。

  • 有価証券報告書
    • [27]2018年2月期 連結売上3788億円・営業利益452億円・当期純利益301億円で最高益
    • [30]2019年2月期 売上4088億円で過去最高、営業利益は前期比で減少
    • [31]2019年に決算期を2月期から8月期へ変更、2020年8月期は6カ月の変則決算
  • 良品計画 有価証券報告書 第35期(2014年2月期)
    • [28]2014年2月期の売上高は2,200億円(有報。営業収益は2,206億円)
    • [29]2014年2月期から2018年2月期(3788億円)で約1.7倍。2014年2月期の規模はおおむね一致(増加率の方向・倍率は妥当)
  • 有価証券報告書
    • [25]2008年2月期(FY07)時点の連結売上は1620億円、国内依存が高くヨーロッパ95億円・その他地域64億円
    • [27]2018年2月期 連結売上3788億円・営業利益452億円・当期純利益301億円で最高益
    • [30]2019年2月期 売上4088億円で過去最高、営業利益は前期比で減少
    • [31]2019年に決算期を2月期から8月期へ変更、2020年8月期は6カ月の変則決算
  • 良品計画 有価証券報告書 第37期(2016年2月期)
    • [26]2016年2月期 国内事業 営業収益1984億49百万円(セグメント利益170億62百万円)・東アジア地域事業 営業収益830億45百万円(セグメント利益172億)。東アジアのセグメント利益が国内を上回った
  • 良品計画 有価証券報告書 第35期(2014年2月期)
    • [28]2014年2月期の売上高は2,200億円(有報。営業収益は2,206億円)
    • [29]2014年2月期から2018年2月期(3788億円)で約1.7倍。2014年2月期の規模はおおむね一致(増加率の方向・倍率は妥当)

2020年〜 コロナで赤字転落、ファストリ出身社長による生活圏回帰

良品計画の業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2020年 決算期変更6ヶ月変則期で純損失▲169億円
  2. 2021年 都心旗艦店から生活圏の中型店へ——堂前宣夫の「第二創業」 グローバルSPAの規模競争を追うのか、地方の生活圏へ降りるのか——無印良品が選んだ針路
  3. 2022年 ローソン店舗での無印良品販売を全国展開
  4. 2022年 売上高4961億円
  5. 2024年 売上高6616億円・営業利益561億円で過去最高更新
  6. 2024年 清水智が代表取締役社長に就任

純損失169億円と「規模でトップは目指さない」宣言

2020年8月期は売上高1794億円・営業利益8.7[32]億円・純損失169億円となり、海外4地域すべてが営業赤字に陥った。上場以来初の本格的な純損失[33]である。決算期変更という会計上の都合と、世界的な店舗閉鎖という外生ショックが同じ期に重なり、財務面の傷は数字以上に深く市場に映った。有利子負債は前期の50億円規模から768億円に膨らみ[34]、キャッシュフローの自由度は縮んだ。2010年代を通じて利益源を国内と東アジアに集中させ、その利益で欧米の赤字を吸収した構造の脆さが、コロナという需要側のショックで表面化した。普遍的なブランドという自己認識と、外部ショックに弱い財務体質という現実が同じ期に並んだ。

  • 良品計画 有価証券報告書 第42期(2020年8月期)
    • [32]2020年8月期 営業収益1793億92百万円(≒1794億円)・営業利益8.7億円・純損失169億円、海外全地域が営業赤字。本文の1794億円は営業収益ベース(売上高ベースは1789億33百万円)
  • 有価証券報告書
    • [33]コロナ禍で上場以来初の本格的な純損失
    • [34]有利子負債が前期の50億円規模から768億円に膨張

2021年9月、ファーストリテイリング副社長[35]とローソン副社長を歴任した堂前宣夫が社長に就いた。グローバルSPA最大手の出身者が示したのは、規模競争の継続ではなく逆方向の戦略だった。堂前は地域への貢献を軸に据え業界規模での首位は目指さない方針を明示したうえで[36]、2030年に売上高3兆円という数字を掲げた。[37]実現経路は都心旗艦店からの脱却に置き、日本の消費者の大半が暮らす食品スーパー商圏の600坪前後の中型店で食品・日用品・衣料を総合的に揃える方針を示した。堂前は無印良品の発足当初の理念である生活者に良い商品を手に取りやすい価格で届ける姿勢にもう一度立ち戻る意図を語り、1980年の西友PB発祥期の思想に戻ると述べた。[38]

  • 有価証券報告書
    • [35]2021年9月 堂前宣夫が社長に就任(ファーストリテイリング出身)
    • [37]堂前は2030年に売上高3兆円目標を提示
    • [36]堂前は地域貢献を軸に業界規模での首位は目指さない方針(2021年 東洋経済オンライン等)
    • [38]1980年の西友PB発祥期の思想に立ち戻る意図(2021年7月26日 Business Insider Japan)
  • 良品計画 有価証券報告書 第42期(2020年8月期)
    • [32]2020年8月期 営業収益1793億92百万円(≒1794億円)・営業利益8.7億円・純損失169億円、海外全地域が営業赤字。本文の1794億円は営業収益ベース(売上高ベースは1789億33百万円)
  • 有価証券報告書
    • [33]コロナ禍で上場以来初の本格的な純損失
    • [34]有利子負債が前期の50億円規模から768億円に膨張
    • [35]2021年9月 堂前宣夫が社長に就任(ファーストリテイリング出身)
    • [37]堂前は2030年に売上高3兆円目標を提示
    • [36]堂前は地域貢献を軸に業界規模での首位は目指さない方針(2021年 東洋経済オンライン等)
    • [38]1980年の西友PB発祥期の思想に立ち戻る意図(2021年7月26日 Business Insider Japan)

ローソン全店展開と2024年8月期の純利益415億円

2022年4月、良品計画は2020年6月から実験販売した無印良品商品を全国のローソン店舗で本格展開する方針[39]に切り替えた。生活圏密着モデルの第1弾である。あわせて地方の食品スーパー併設や中規模商業施設への出店を加速し、都心旗艦店一辺倒だった出店戦略を組み替えた。新規出店の中心は600坪前後で、食品・日用品・衣料を一体で揃える売場づくりへ商品政策も寄せた。2022年8月期に売上4961億円、2023年8月期5814億円、2024[40]年8月期6616億円と3期連続で最高売上を更新した。2024年8月期の営業利益561億円・当期純利益415億円[41]は、これまで最高だった2018年2月期の301億円を1.4倍上回り[42]、コロナ禍で768億円まで膨らんだ有利子負債も454億円まで圧縮した。[43]

  • 有価証券報告書
    • [39]2022年4月 無印良品商品を全国のローソン店舗で本格展開する方針(2020年6月から実験販売)
    • [40]2022年8月期売上4961億円・2023年8月期5814億円・2024年8月期6616億円で3期連続最高売上
    • [41]2024年8月期 営業利益561億円・当期純利益415億円
    • [42]2024年8月期純利益415億円は最高だった2018年2月期301億円の1.4倍
    • [43]コロナ禍で768億円まで膨らんだ有利子負債を454億円まで圧縮

堂前は2024年9月に会長へ退き、社長は清水智に交代[44]した。約3年の社長在任で戦略転換の方向付けを終え[45]、実行は後継に委ねた。堂前路線の中核は、ファーストリテイリングが世界中の都心ユニクロ店舗で追ったグローバル規模競争を真似ず、日本の地方商圏という同社が手薄な領域に資源を寄せた点にある。同じグローバルSPAの系譜を歩んだ経営者が反対方向に舵を切り、ローソン全店という他社チャネルまで売場として組み込み[46]、2010年代の最高益水準を3年で塗り替えた。清水体制は、この生活圏密着モデルを実行段階に進め、堂前が置いた2030年3兆円という長期目標[47]との整合をどう取るかが焦点となる位置にある。中型店の収益モデルが標準化できるかが当面の試金石となる。

  • 有価証券報告書
    • [44]2024年9月 堂前が会長に退き、社長は清水智に交代
    • [45]堂前の社長在任は約3年(2021年9月〜2024年9月)
    • [46]堂前はファーストリテイリング出身で、ローソン全店を売場として組み込んだ生活圏密着モデル
    • [47]堂前が置いた2030年3兆円という長期目標
  • 有価証券報告書
    • [39]2022年4月 無印良品商品を全国のローソン店舗で本格展開する方針(2020年6月から実験販売)
    • [40]2022年8月期売上4961億円・2023年8月期5814億円・2024年8月期6616億円で3期連続最高売上
    • [41]2024年8月期 営業利益561億円・当期純利益415億円
    • [42]2024年8月期純利益415億円は最高だった2018年2月期301億円の1.4倍
    • [43]コロナ禍で768億円まで膨らんだ有利子負債を454億円まで圧縮
    • [44]2024年9月 堂前が会長に退き、社長は清水智に交代
    • [45]堂前の社長在任は約3年(2021年9月〜2024年9月)
    • [46]堂前はファーストリテイリング出身で、ローソン全店を売場として組み込んだ生活圏密着モデル
    • [47]堂前が置いた2030年3兆円という長期目標

良品計画の沿革1989〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
西友PB「無印良品」の分社独立と直営小売への転換母体で突出した売れ筋を、なぜあえて別会社に切り出したのか 詳細を読む★★★
西友から無印良品の営業を譲受し直営店小売を開始★★
リバティ社と提携しロンドンに出店★★
魚力と合併し良品計画に商号変更
日本証券業協会に店頭登録
東京証券取引所市場第二部に上場
東京証券取引所市場第一部に上場
ネットストア開始
松井忠三MUJI(HONG KONG)設立
松井忠三松井忠三による無印良品の再建と衣料品のヨウジヤマモト全面委託見かけの高収益はなぜ崩れたか——「わけあって、安い」を一部手放してでも商品の稼ぐ力を取り戻せるか 詳細を読む★★★
松井忠三松井忠三氏の指揮で業績が回復★★
松井忠三無印良品(上海)商業有限公司を設立
松井忠三MUJI U.S.A. Limited設立
松井忠三金井政明が代表取締役社長に就任
金井政明MUJI to GO開始
金井政明アルシャヤ社とライセンス契約で中東1号店
金井政明松﨑曉が代表取締役社長に就任
松﨑曉売上高3072億円・営業利益344億円
松﨑曉売上高3788億円・営業利益452億円で最高益
松﨑曉売上高4088億円で国内外の成長が鈍化兆し
松﨑曉決算期変更6ヶ月変則期で純損失▲169億円
堂前宣夫都心旗艦店から生活圏の中型店へ——堂前宣夫の「第二創業」グローバルSPAの規模競争を追うのか、地方の生活圏へ降りるのか——無印良品が選んだ針路 詳細を読む★★★
堂前宣夫ローソン店舗での無印良品販売を全国展開★★
堂前宣夫売上高4961億円
清水智売上高6616億円・営業利益561億円で過去最高更新
清水智清水智が代表取締役社長に就任
清水智売上高7846億円・営業利益738億円
出典・参考
  • 有価証券報告書
  • 日経流通新聞(1989年10月14日)
  • 日経産業新聞(1990年4月13日)
  • 日経新聞(1998年2月21日)
  • 日経MJ(2001年10月9日)
  • 日経ビジネス(2003年7月21日)
  • 日経新聞(2002年10月3日)
  • 日経MJ(2003年10月23日)
  • 日経新聞(2011年7月5日)
  • 日経新聞(2013年6月22日)
  • 良品計画 有価証券報告書 第37期(2016年2月期)
  • 良品計画 有価証券報告書 第35期(2014年2月期)
  • 良品計画 有価証券報告書 第42期(2020年8月期)
  • 東洋経済オンライン(2021年11月12日)
  • Business Insider Japan(2021年7月26日)

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