津田久

住友商事・元取締役社長

Tsuda Hisashi(敬称略)

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社長就任 1956年
生年月日 —
学歴 東京帝国大学法学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

日本建設産業は1945年11月の発足から3年のあいだに、住友本社と連系各社から復員・引揚者を含む350名を受け入れ、1948年末の在籍は720名となった。転入者は住友本社159人、住友金属工業106人、住友電気工業32人が上位を占めた。津田久氏もこの転入組の世代にあたる。社長を退任したのち、商事部門の開設準備から社長交代までの経緯を"私の住友昭和史"として自ら編み、1988年に東洋経済新報社から刊行した。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1956年、田路舜哉氏の後任として第3代社長に就任した。就任前年度の1956年3月期の売上高は404億円、社名を住友商事へ改めてから4年しか経っていない。取扱品目は住友金属工業や住友金属鉱山などグループ各社の販売機能を担う役割から鉄鋼と非鉄金属に傾き、業界では"金ヘン商社"と呼ばれた。1955年9月の大株主は住友金属工業、住友信託、住友化学工業、住友銀行の順だった。

在任中の主な施策
施策

1962年12月、大阪・東京の営業部門を一体として商品本部制を導入し、鉄鋼・非鉄金属・電機・機械・農水産・化成品・繊維・物資燃料・不動産の9本部を開設した。資本金は1956年12月の10億円から1967年6月の105億円へ積み増した。1963年にリース事業へ参入し、1969年10月には大阪府に住商コンピューターサービスを設立して情報サービス事業へ乗り出した。1970年8月には相互貿易を合併している。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1956〜1970年
在任中の業績
就任前(FY55)405億円
退任時-
変化-
就任前(FY55)1.4%
退任時-
変化-

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