植村光雄氏が長期案件を避ける理由に挙げたのは、市場の見通しでも資金繰りでもなく、経営者が在任中に結果を見届けられるかどうかであった。責任の取れる範囲に事業の時間軸を合わせるという考え方で、審査部を長く率いた人物らしい規律といえる。後発として商権も資本も薄いという条件のもとでは、これは弱者が選びうる数少ない合理的な構えであった。実際に1981年3月期の経常利益率は業界1位、有利子負債は5社中最小に収まっている。
ただし、同じ期の粗利益率は上位5社で最低に沈み、投資残高は三井物産の3分の1にとどまった。規律が守ったのは財務であって、収益基盤の厚みではなかった。2005年にアンバトビーへ参入した判断は、この積み残しに答えようとしたものと読めるが、そこで問われたのは原則を破ることの是非ではなく、破った先で同じ水準の審査を保てるかであった。