日本長期信用銀行 川崎製鉄・トヨタへ融資 電力・鉄鋼・海運・石炭へ貸出の5割を振り向ける配分と、後発企業への肩入れ
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筆者の見解
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制約が先にあり、そこから融資先が選ばれた
三白景気に沸く砂糖や肥料へ貸すほうが効果的である、というのが当時の金融の常識であった。資金量が約90億円で第1期に赤字が見込まれていた新銀行にとって、過重な投資負担で経営が困難を極める電力・鉄鋼・海運・石炭へ貸出の半分を回す配分は、採算の面では不利にみえる。それでも杉浦敏介次長らがそこへ約5割を置いたのは、資金運用部の債券引受という政府資金を預かる立場が、貸出先の選定そのものを新銀行の存在理由に変えていたからだとみられる。
ただし、四重点産業への集中は長くは続かなかった。後発の銀行が電力や鉄鋼でリーディングバンクの座を得るのは難しく、長銀は1950年代後半には石油化学や紙パルプ、斜陽とみられた繊維へ資金を移している。千葉製鉄所で日銀総裁の反対を受けた川崎製鉄や、自立を疑われていたトヨタ自動車工業への融資も、興銀と同じ相手を追えないという後発の制約があってこそ選ばれた面がある。制約が先にあり、そこから独自の融資先が決まったと推察される。
Yutaka Sugiura, 2026年8月
概況
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参考文献
- 金融財政事情 35(2)(1638)(金融財政事情研究会、1984年)五十畑隆
- 金融財政事情 35(3)(1639)(金融財政事情研究会、1984年)五十畑隆
- 会社銀行八十年史(1955年)「日本長期信用銀行」
- 企業の歴史 明治百年(1968年)「日本長期信用銀行」
- 証券 22(4)(253)(1970年)